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風の精霊の加護者

クルルさんと結びを結んでから特に進展はない。


次に必要なのは、暗器などを扱う隠密行動に長けた人物なんだろうけど、そうそういない。そもそも隠密行動をしている人など、公表していないに決まっている。

クルルさんという国家騎士団の実績を持った表で権力を持つ光の武力家と反対の、名をも上げずに活躍する影の武力。本当に隠密行動に長けた人物ほど知名度が低い。


「フレディ将軍。南の庭園に行きたいです。」

「承知致しました。」


息抜きのつもりで南の庭園へ向かった。


南の庭園はいつも幻想的で、癒やされるのだ。前世にはなかった精霊や、キラキラと輝く植物達。

俺は大きなルゥーサァーンの木に腰掛けると微睡の中へ吸い込まれた。


そうするとふわふわとした浮遊感が体を満たした。

木々の初々しい瑞々とした薫りや精霊達の甘く、神々しい薫りに包まれる。

淡い光が仄かに俺の頬に差し、ひんやりとした指先が上書きするように俺の頬を撫でる。


んん?撫でる?

俺は慌てて目を開けると、そこは南の庭園では無かった。

南の庭園が幻想的ならば、ここは神々しさが溢れている。南の庭園よりも浮世離れしている場所だった。


白いベールに包まれた空に、ふわふわと浮く精霊達。白い柱が立ち、木々がサワサワと揺れ、水がつやつやと輝きを放ちながら流れる。天国があるならばこの様なところだと呆然と考えた。


「起きましたか?」


『ノアーおきたー!!!』

『おはようー。ねてたねぇー。』

『ここ素敵でしょー?』


突然、頭上から声が降ってきた。

全てを包み込む様な、抱擁的で優しげな声。けれどもその中に真とした威厳が含まれている。 


その後、多くの精霊が話しかけてくる。緑色に近い色の精霊が多いので風の精霊が集まっているのだろう。


そちらに目を向けたら恐ろしく顔の整った半透明な女性がいた。


新緑色の艶やか長い髪に花や蔓などの髪飾りをしてハーフアップにしており、花や葉の刺繍が丁寧に施されている半透明生地のレースをケープのように羽織り、その中にはシンプルがありながらも繊細なデザインの白から緑のグラデーションのノースリーブワンピースを着ている。大きな胸元には綺麗な花が散りばめられていた。

そしてなりより顔がいい。耳が少し尖っている。

ミントグリーンの長い睫毛の下にある新緑色の瞳や、品の良い唇、穏やかで清楚な白色美人だ。


「貴方は…?」

「私ですか?そうですね…」


女性は自身の唇を撫でると少し悩むそぶりをした後、視線を向こう側に投げた。


「まずは、彼方の方々をどうにかしなくては。」


女性の目線の先を見たらなんと家族が勢揃いしていた。


フィル兄様とリフ兄様は右手を胸に添えて跪いてナートゥーラ王国の敬拝の姿勢を取っているがその目は不安そうに揺れていた。


父と母とエマはこの国の敬拝の姿勢を取り、ルーカス兄様とオーウェンさんは剣を突き出し騎士の敬拝の姿勢を取っている。 


フレディ将軍も騎士の姿勢を、クルルさんはナートゥーラ王国の姿勢を取っているが彼女が一番目を見開き驚きをあらわにしている。


しかし皆顔が強張っており、ピリピリとしは張り詰めた空気が場を満たしていた。


いったいこの女性は何者なのか。

ルエディア王国の国王までもが頭を下げているのだから相当だろう。

だったらこの女性に膝枕をしてもらっている俺は相当無礼では…?


「あの、私は相当無礼なことをしてしまっているのですぐ降りたいのですが…あと此処は…」

「貴方様はいいのです。ここは精霊界の最深部の一部です。私が貴方様を御招待致しました。」


精霊界


文字通り精霊が暮らす世界であり、俺たちが暮らす世界とは特別な門で繋がっている。


精霊召喚の時に門を出現させて、精霊の力を借りるのが精霊魔法の一つとして有名だ。

精霊魔法には近くにいる精霊の力を使うものと、召喚するものがある。

稀に精霊と契約する人がいるが、精霊が常に人の近くにいるためには膨大な魔力を有するため、殆どの人間が不可能なのだ。

人間界から精霊界に繋がるのは難しいが、精霊界からは簡単に繋がることが可能となっている。


女性は優しげに丁寧な言葉で俺に話しかけると父に向かって無表情を向けた。


「して、私がこの方を此処に招待したのだ。其方らは呼んではいない。速やかに退出せよ。門は繋げてある。帰らぬのなら力尽くで帰還させるぞ。ああ、まて、ソフィアは残れ。其方のエルフ達も残ってよい。」

「恐れながら精霊王…」

「精霊王とよぶのは止めろ。」

「では、シルフ様。」

「なんだ?」


精霊王だったのかこの女性は!

俺はただ驚いた。シルフと言ったら四大精霊の風の王、風の乙女ではないか。なぜ俺がこの様な人に敬語を使われているんだ?


「私の息子であるノアを攫われるのはいくらシルフ様であっても許容しかねます。是非ともお返し頂きたい。」


父の真面目腐った、王らしい発言を聞きシルフ様は鈴が転がる様に愉快に笑った。


「まるで私が拐かしたかの様だな。」

「失礼ながら、人間に最も作用し四大精霊のなかで最も力を持つ貴方様がわざわざ玉座のある精霊王の間に呼び出す時点で…」

「まあ、たしかにそうだな。それにしてもソフィアはこの王に伝えておらんのか。精霊王の事。」


シルフ様は俺の母であるソフィアを見る。


風の精霊は四元素である水、土、火、風のなかで最も強い力を持つ。

風はどの属性の精霊魔法にも使われて、もっとも止めることができない属性だからだ。それにも関わらず風の精霊は余り人間に友好的ではなく、とても珍しい。


「伝えてはいませんわ。精霊王との対面など考えてもおりませんでしたから。」

「まあ、私達は人前に滅多に姿を表さないからな。」

「どう言うことだソフィア。何かあるのか?」

「あぁ、カベルウィンド様には話しておりませんでした。まあ、私は精霊王にお会いしたことはございませんでしたが私の祖国フリーギドゥスプラクラ王国の王は一度だけ精霊王との対面を許されます。また、フリーギドゥスプラクラ王国の王族は自身の真名を特殊なプレートに刻み、精霊王に献上するのです。そのため、殆どの王族の名前は調べることが可能です。そして、精霊王が自らの玉座に招くということは気に入った。つまり加護を与える人間を決めたという事です。ノアは加護者か何かになったのでしょう…それか、精霊に異様に好かれ、連れてこられたかどうかです。」

「そうだ。ノアは私の加護を与える。精霊王の加護者だ。」

「え!何故ですか!」


俺は思わず声を上げた。

俺はフリーギドゥスプラクラ王国の王族の血を引いているが直属ではないし、エルフでもない。精霊に南の庭園ではよく会い、会話をする程度で特に行動を起こしているわけでない。


「貴方様は不思議で特殊な魂の形をしている。神々がいっていた人だと一目でわかりました。」


特殊な魂。つまり、転生者。

それを家族にばらされるのは困る。

言わないで欲しいと祈る様にシルフ様を見上げるとシルフ様は優しげな笑みを浮かべた。


「大丈夫です。貴方のことは詳しく言いません。それに私が貴方様に加護を与えると決めたのは魂だけではありませんよ。精霊達が貴方様をとても好いていましたし、私自身貴方様の冷酷さを好いています。」

「えー。それはどうも。」


冷酷さってなんだよ冷酷さって。


「なーんだ。シルフ。俺に内緒でお気に入り君と会うだなんて薄情なやつー。」


デジャヴ?

また頭上から声が降ってきた。

男性の声で楽しげでメチャクチャイケボ。皆一斉に視線が上へ向かった。

白に近いミントグリーンの長い髪を優雅に垂らし、金色の目を好奇で輝かせたイケメンが浮いていた。オリーブの刺繍や、葉、風のエンブレム、金箔が入った純白のマントをひらひらと靡かせ、耳にはエメラルドの様な透明な深緑色の宝石を金の蔓の様な元で縁取っている綺麗なピアスが揺れている。


「やあ!ノア。会いたかったよ!」


イケメンさんはハイテンションで俺に近づくと目を覗き込んで愉快そうに笑った。

睫毛が恐ろしく長く、本当に顔が整っている。体は華奢で色白だが、自然と威厳を感じた。


「えっと…」


イケメンさんはシルフ様を呼び捨てで気さくに読んでいたため、話すのに多少の躊躇いが生まれた。不敬罪を一緒に訴えられたらたまらないからな。


『ノアー。この人はねー。』

『私たちの王様なの!』

『ジン様っていってねー。』

『シルフ様の上の精霊様で。』

『風の精霊の一番精霊王なの!』

『いじわるだけどー。ノアをいためつけたりはしないよー?』


「えっ…」


風の精霊の言葉を聞き、ジン様と呼ばれたイケメンさんはニヤッと楽しそうに口元を歪めた。


四大精霊とは四元素である水、土、火、風の四つの精霊の二番目に偉い精霊王四人を指す。 


一番目に偉い精霊王は人前に四大精霊以上に出てこないため、神と同等化されている存在だ。 


氷や音、雷などの精霊王も同様だが、四元素の精霊王の権力の方が強くなっている。精霊の神として祀られている精霊王達を詠唱で使わないのは私欲の魔法に神の名を使うな、という事らしい。

お祈りは神本人に捧げるから大丈夫らしい。

宗教関係は余り調べていないが、これから調べてもいいだろう。


「知らずに失礼しました。」


俺はシルフ様からやっと降りて敬拝の姿勢を取ろうとしたらシルフ様の豊富な胸が俺の顔に当たった。シルフ様が俺を引き寄せ抱きしめた様だ。


「ジン様!何故こちらにいらしたのですか。ノアは私と話しております。後程にしていただけないでしょうか。」

「えー。ノアをまた精霊界に呼んだら家族セットで大賑わいじゃんー。だったら一気に済ましたほうが良くない?」

「良くないです!」

「なんでよー。ノアはどう思う?」

「どう思うと言われても…」

「ジン様の加護など与えるわけにはいきません!」


シルフ様が大声でジン様に反抗心を露わにした。

ジン様の加護を俺に与えたくないらしい。そんなに俺はダメ男だろうか。


少し傷ついたノアだった。


「なんでよー。シルフはあげる予定だったじゃん。」

「精霊王様の加護を与えられた人間など聞いたことがないぞっ!」


父上再び登場。


「ジン様の加護は人間には負担がかかりすぎます。私の加護はまだ大丈夫です。」

「えー。しーしー。ノアはヘーキだと思うけどなー。」


そしてジン様はシルフ様から俺を無理矢理引き離し俺の耳元で呟いた。しっとりとした、しかし畏怖を抱く声。


「ねね。もと虐待児の×××くん?キミには俺の加護を与えようと思ってたんだよ。精霊王の加護者。」

「っ…!なん、でっ俺を選んだんですか。」 

「なんで。なんでだろーね?でも君の魂がとても特殊で、割れていて、壊れていて、とても美しい。そして君の思考自身が破滅を踊っている様でゾッとした。精霊王は力が強すぎて、人間が耐えられない加護を与えてしまう。しかし、人間の体に直接刻めば浸透することができるんだ。」

「加護を得たら、何かあるのですか…」


ジン様は俺の前世を間違いなく見ている。その上での提案。何か裏があるかもしれないが、精霊王の加護者となれば相当の利益が望めるかもしれない。

綺麗な蜂蜜色の瞳が光を反射してキラキラと輝いている。


「風の精霊魔法を自在に扱える。そして、魔法妨害中も俺の力を使える。人間において最強のカードだ。」

「不利益は…」

「おうおう不利益。」


ジン様は俺の顔を覗き込んだ。

最初は疑問に思ったが、脇腹に冷たいものを押し当てられる感覚があり、察した。

鋭利な銀製ナイフが押し付けられている。

あれ、またデジャヴ?


「不利益は加護を与えるときの痛み。この加護を与えるには、加護の紋様を体に刻まなければならない。しかも、自分でだ。俺の加護は紋様が複雑な上、広範囲。ナイフで刻むには6歳の君には辛すぎるんじゃないか?いや、もうすぐ6歳?」

「自分で、ナイフを突き刺すということ…」


「そう。刻むんだ自分で。だけれどまあ、君には難しいかな。理不尽な暴力に屈し、弱い自分に諦める。変わってなくて、残酷なだけの被害者様だもん。自分は守られる側で守る力はない。ずっとそのまま。守られて、大切なものを守れない。ずっとずーと。変わらない。」


ジン様の言葉が耳の奥で反芻した。


大切なものを守れない


失うだけで


思考だけが残酷な


哀れな被害者妄想者


そんなのダメだろう。俺は異世界に来たのだ。変わったんだ。過去の×××ではない。俺は、俺はルエディア王国第八王子のノア・ヴィルディストなのだ。

変わらなくてはダメだろう。


「…!ノア様っ!!!!」


体内でカチッと何かがはまるような、歯車が動いたかの様な音が響いた。

結びの時の契約の見返りだろう。

やっとクルルが俺に忠誠を誓ってくれたのだ。


必死の形相で俺に走って近づいてくるクルルに鮮血が視界を染めるのを眺めながら微笑みを向ける。


「クルル。ありがとう。俺はだいじょーぶ。」


よろめいた俺をジン様が後ろから支えてくれた。

それにより安定した俺は頭に流れてくる紋様を反射しているように黙々と、無心でナイフで皮膚に刻み込んだ。

血がパタパタと流れ落ち、綺麗な花を真っ赤に染めたかと思うとその花は一層と魔力を放ち輝いた。


「ほう。ノアの血は特殊は力を秘めているようだ。」


ジンがそれを見て何かを呟いたが、痛みと戦っているノアには聞こえなかった。


「ノア!何してるのっ!!!」

「リフっ!落ち着け。ジン様がついている。何か成し遂げたいことがあるのだろう。」

「でも!ノアから血が大量にっ…」

「ルーシェリフ。落ち着け。ノアは自暴自棄になっている訳ではないのだろう。やるだけやらせたほうがいい。」

「抑えつけるより、爆発させた方がいいでしょう。後悔より、燃えついた虚しさの方がまだいい。」

「ルーカス兄様。オーウェンさん…」

「ルーシェリフ。ノアは、私の息子はとても強いわ。」

「っ…!はい。ソフィア様。」

「ノア様…」

「エマ嬢。ノア様っ。いざとなれば私、フレディが…」


「ノア様。私は貴方様に×××××の忠誠を…」


クルルは一人、何かを呟いた。俺はそれを聞き取れなかったが、満足げに笑った。



*・゜゜・*:.。..。.:*・


ノアは銀製のナイフで自身の絹糸のような腕の肌を刻んでいた。ジンがノアの頭に流している秘伝の紋様が着々と織り成されてゆく。


沢山の鮮血が飛び散り、ノアの白銀の髪や目を染め上げてゆくがノアは顔を顰めながらも止める素振りはない。


「ノア。すごいな。正直舐めてた。よく頑張ったよ。あとは任せろ。」


ついに限界が来たノアがフラリと後ろのジンにもたれ掛かった。ジンは力強く支えると純粋に感心した声を上げると紋様が刻まれた血塗れの腕に自身の腕を掲げた。


「我が風の精霊王ジンが命ずる。全ての自然において万物を支え、動かす風の精霊よ、この紋様を授かりしノア・ヴィルディストに全てを捧げよ。そして、我が精霊王の加護を全てこのノア・ヴィルディストに授け、風の精霊の加護者とする。数多なる崇高な風の力を麗かなる純白な心で、扱うことをここに認める。」


ジンが呪文を唱えるとともに刻まれた紋様が美しい翠色に染まり、幻想的な模様を浮かび上がらせた。

いつのまにか夥しい量の血は消えていた。

ノアの周りには輝く風の精霊達がひらひらと祝福するように舞っていた。

翠色の蝶が舞い、花や葉が風に運ばれ優雅に散る。


「風の乙女の名を使いし、我がシルフがノア・ヴィルディストにこの名において加護を与える。包み込む抱擁の如き安らかな風と悪人を貫きし風の刃を其方の心に従うべきして扱うことを認める。」


シルフもノアの腕を掴み加護を与える。それにより、翠色から黄色に近い緑までのグラデーションが神秘的に生み出された。


「ノア・ヴィルディストの名において、風の精霊王の加護者になることを誇りに思います。」


ノアはジンから離れると首を垂れ、感謝の意を表すると力尽きたかのように凛々と輝くアジュールの花が、咲き誇る地面に崩れ落ちた。


それにより蒼い花が舞い上がり、サファイアの空が作り出された。

ひんやりとしていて美しく輝く、青色の精霊界だった。

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