神の使者2
☆
キューレさんの口からレイジという単語が出るとは思わなかった。
その単語を聞いた店主さんとパムレとフブキは顔色を変え、宿の営業時間終了後に俺の寝室に集まった。
うん、すげー人口密度。
そして男女比よ。
「……ふっ」
「キューレさん以外見た目子供だから何も思わないけどな!」
「……見た目と年齢は無関係。フーリエが最年長で次いでパムレ。そしてフブキ。キューレは多分年齢って概念が無い」
年齢って何だろうね。
と、そんなくだらない会話をしている中、店主さんはキューレさんに質問をした。
「本題です。レイジの作った世界というのは何ですか?」
「地球出身のレイジ。その人が独自で研究を重ね、新たな世界を生み出しました。そこは本来外へ出ることも、入ることも許されない無敵空間。ですが、最近になり、その壁が弱くなりました」
「弱く?」
「はい。おおよそ決まった時間に一瞬だけ穴が空きます。二回ほど、長い時間穴が空き続いていましたが、原因は不明です。その穴を利用してワタシは『リエンとシャルロット』と協力し、抜け出すことができました」
その二人の名前を聞いた店主さんは椅子から立ち上がった。
「リエン!? 今リエンと言いました!?」
「はい。話は聞いています。フーリエさんの血のつながっていない子ですね。リエンに秘める『離縁の力』でその穴を拡張、そしてシャルロットの力でワタシを転移し、ここにいます。ただ、所々記憶が消えていて、全てを語れません」
「ということは、プルーも一緒だったの?」
「プルー様をご存じで?」
「うん。ちょっと前にこっちに来て、キューレさんと同じように道中で迷ってたから」
その話をすると、キューレさんは胸をなでおろした。
「良かった。あの方も無事に帰って来れたんですね」
と、その瞬間
「良くありません。肝心のリエンが帰って来ていません! 何が神ですか!」
「……落ち着いてフーリエ」
「ですが!」
言いたいことは分かる。プルーが神って言うのも今でも信じられないけど、聞いた限りではリエンさんは普通の人間。そしてシャルロットさんも普通の人間。
何年探し続けているかは不明だが、その中で助かったのが人間ではなく神というのは、親としては複雑な気分だろう。
「当然、ワタシはリエンやシャルロットに恩があります。レイジの世界から助け出すというのはワタシの使命です」
「うむ、しかし絶対的な防壁に決まった時間に穴が空く。二回ほど長時間穴が空いていた。これだけの情報で奴の世界に行くことは可能だろうか?」
「グールの首飾り……とか?」
俺の言葉に全員がこっちを振り向いた。
「あ、いや、決まった時間に一瞬穴が空くって、俺が寝ている時に転移しているときで、長時間って、マリー先生がクーちゃんを使って会話をした時かなーって」
「「「それだ!」」」
☆
翌朝。
布団から目覚めると、そこにはクアンが俺の顔をのぞいていた。
「きゃーって言った方が良い?」
「そういう趣味があるなら良いぞ。クーは特に気にしない。とは言え、家に入り込んでいるという部分に驚かないということは、ある程度耐性がついているということだな。いや、そこのフブキ少女が証拠と言えるか」
わー。やっぱり驚けば良かった。
「一応聞くけど、どうやって入ったの?」
「方法はいくつかある。針金を使えば十秒で鍵を開けることはできる。もう一つはそこの空腹の小悪魔に命令をすれば、内部から開けられる。古典的な方法だが、隣のフーリエ女史に壁越しで依頼を出し、内側から鍵を開けてもらったのだよ」
「クーちゃん、次からは鍵を勝手に開けないでね」
クーちゃんに話しかけると、元気よく『ギャ!』と返事を返してきた。
「さて、あっちの世界のフーリエ女史から話は聞いた。そして結論をクーよりも先に出して、正直クーの出番がないじゃんとか思ったが、問題は残っている。グールの首飾りの転移やマリー女史による会話。それらがトリガーになり、リエン少年が閉じ込められている世界に穴が空く。それを利用したプルー修道女やその使者が戻って来れた。それで良いな?」
「うん。俺が適当に思いついたことだけど、行き来する時にリエンさんのいる世界を通過してるのかなーって思ったんだよね」
「考えるよりもひらめきというのは時に大きな成果を生む。クーもその結論に最終的には至るが、至ったころにはおそらく時間切れになるだろう」
時間切れ?
と、次の瞬間、クアンが目を閉じた。
そして、俺に倒れ掛かってきた。
「え!? く、クアン!?」
息はある。
「問題はあるが、生命に異常は無い。強いて言えば『レイジに気が付かれた』だけだ」
「レイジに?」
「先ほどの結論をここにいるクーが気が付いたのがせめてもの成果物だ。わかりやすく説明すると、狩真少年が行き来している時やマリー女史がミルダ大陸に通信をしている間は穴が空いていた。つまり、何か通路がある状態ということだ」
「通路……」
「そして、クーは先ほどまでミルダ大陸のクーと記憶を共有していた。が、残念なことにそれに関して気が付いたのだろう。クーとあっちのクーのつながりを断ち切られてしまった。少し……いや、かなり残念だ」
つまり、今までずっとリエンさん達が閉じ込められている世界に穴が空いていたということか?
「唯一の希望として未だ意味不明な聖遺物のグールの首飾りがある。どういう原理で行き来しているかわからない状態を続けて、全ての準備が整った時にレイジの世界に行って、リエン少年を助けよう」
「分かった」
頷くと、クアンは俺から離れた。
「さて、今まで並列処理ができていた便利な頭脳も、以前同様に一つになってしまった。この脳と地球の技術と隣の魔術師達でどうにかして、リエン少年を助けるとするか」
「儂も手を貸すぞ。と言っても、地球では刀を持つとじゅーとーほうとやらで面倒になるから、それほど外には出歩けぬがな」
無言で天井で張り付いていたフブキが話した。うん、目をパッチリ開けているから、気を失っているのかと思ってたよ。
☆
大学へ向かうと、音葉が正門前で待っていてくれた。
「やほー」
「おはよー」
なんか……いいなー。
「ん? どうしたの?」
「いや、大学生活だなーって」
「ああ、狩真はあっちの世界を行き来してるもんね」
いや、そういう意味じゃ無いんだけどね。
「おやおや、拙者の胃が異常をきたす空気を感じるのは気のせいでござるか?」
その空気を破壊する尾竹先輩登場。うん、まあ、いいけどね。
「おはようございます尾竹先輩」
「うむ、早朝に悪いでござるが、狩真氏、ちょっと気になる分権を見つけたでござる。これから部室に来てもらっても良いでござるか?」
「え、これから授業なんですけど」
「一限くらいサボっても問題無いでござる」
なんか強引過ぎない?
「まだ入学してすぐですし」
「拙者も最初の授業はサボったでござるよー」
何故だろう。
今まで尾竹先輩はこんなことは絶対に言わない人だと思った。
だが、この違和感は何だろう。
「手助けだと思って、来て欲しいでござる」
「えっと、その……」
その瞬間、
「狩真少年! その男を『見ろ』!」
息を切らして走って来たクアンが見えた。そして叫び声が聞こえ、俺はすぐに尾竹先輩を『見た』。
『尾竹== 尾== ==ジ レイジ』
れ……い……じ?
え、なんでその単語が?
「無の魔力も突き抜けてきますか。まあ、すでに遅いですけどね」
尾竹先輩は背中のポスターブレードを取り出し、
中から刃物が出てきた。
そしてそのまま
俺に向って……。




