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リアルと現実


 ゲームやグロテスクな映画ではよくある場面だ。

 腕や背中の皮膚が突然裂けはじめて『ブチブチ』と音を立てながら開いたそこにはグロテスクな口が出現するシーン。

 今まさにその場面に遭遇し、俺は腰を抜かしてしまった。

 画面の外だから安全。フィクションだから関係ない。そういう星の下で生まれた俺にとって、目の前で起こっている状況に脳が追い付いていなかった。

『シャトル殿! 氷の柱に聖術じゃ!』

「分かったわ!『光球』!」

 突然俺の隣に立っていたシャトルは手から光る球を出した。光る球は先ほどセシリーが床に突き刺した氷の柱に命中し、一気に光輝いた。例えて言うならコンサートホールのミラーボールの様に全方向へ光が放たれていた。

『ギュアアアアアアアア!?』

 そして巨大な目玉は突然苦しみだした。突如現れた口は閉じ、間一髪で大男が食われることは無かった。

 巨大な目は一瞬俺を睨みつけると、瞬時に地面の血の池に潜り込もうとした。が、すかさずシャトルは手から光の球を放ち、巨大な目に追撃を食らわせた。

『ギャギャギャ……グルジイ』

 苦しむ巨大な目。だが、俺は声も出せない程恐怖に怯えていた。巨大な目は涙を流してこっちを見ているが、関係無い。とにかく早くここから去って欲しかった。


「はあ。野良の悪魔ほど悲しい存在は無いですね」


 ギルドの受付から店主さんが机を乗り越えて出てきた。

「店主殿! 危険です!」

「侮らないでくださいシャトル様。これでもギルドの受付ですよ。『空腹の小悪魔』くらいやり方を間違わなければ簡単に退治できますよ」

 そう言って店主さんはナイフで軽く指に切り傷をいれて、少しだけ血を出した。

 まるでその血を投げるように巨大な目玉に向けて飛ばした。その血は巨大な目玉に命中したが、特に状況が変わったようには見えない。

「ワタチと契約しましょう。代償として事前にワタチの血を差し上げました。貴方はおとなしく帰りなさい」

『グギギギ……ケイヤク……シタガウ……』

 巨大な目玉は苦しみながらも血だまりの中に入っていった。倒したのか?

 いや、あの店主さんは契約って言っていたような。いや、細かいことを気にするほど今の俺は冷静では無かった。


 周囲は冒険者たちが一気に外に出た所為で机などが全部ばらばらになっていた。そして地面には先ほどの悪魔の血。

 俺は腰を抜かして地面に尻をついていた。どうやらここにも悪魔の血があるのだろう。生ぬるく気味の悪い感触がズボンから伝ってくる。

「悪魔を持ってきたベギザ様は一度軍に連行ですね。魔獣の血は悪魔の好物なので、死体を持って来るとこういう事件も発生するのですよ」

 そして店主さんは広間の隅にあるロッカーからモップとバケツを取り出した。

 俺は呆然と店主さんを見ていると、モップを俺に渡してきた。


「という事で悪魔の血についてはワタチが何とか処理しますが、自分で汚してしまった床は自分で掃除をしてもらってもよろしいですか?」

「へ?」


 俺はフラフラになりながらも立ち上がった。ようやく周囲をしっかりと見渡せるほどの余裕は戻ってきたのだろう。

 床にはきっと悪魔の血が大量にあるのだろう。いくら人の血では無いとはいえ、赤い液体の上に座ってたなんて事実は受け入れがたい。

 が、自分が汚したとは?


 ん?


 ふと、俺は思った。

 恐怖の余り心臓の鼓動はすさまじく、そして足も凄く震えている。精神的にもかなりダメージを負っているはずだった。


 が、妙に『スッキリ』していた。


「残念な事にここは色々な人が来るギルドの受付で、トイレではないのです」

「ごめんなさい!」


 ☆


「まさかそんな理由でボクの店にもう一度足を運んでくるとは思わなかったですね」

 ゴルドさんは苦笑しながら店の中にある俺に合った革製品の装備品を選んでくれていた。

 とりあえず俺はギルドの男性用職員が着る服を借りて、ゴルドさんの店に来たわけだけど、まさかこんな短期間に服を買いに来ることになるとは思わなかった。

「ちなみに汚した装備品はどうしているんですか?」

「それが、最初水洗いをしようと思ったんだけど、シャトルに止められて」

 大学生活も始まったばかり。現代に生きる日本人として洗濯機を使って洗濯をするのが普通だったが、ここに来て洗濯板でゴシゴシと手洗いかーと思ったら、まさかの汚れた部分をセシリーの魔術によって凍らせて落とすという異世界版ドライクリーニングである。いや、ドライクリーニングではないか。

「シャトルはギルドの壊れた床とかの修理の手伝い。セシリーは俺のズボンのクリーニング。ということで、男ながら情けない俺はズボンを探しにここへ来ました」

「あはは。シャトルもセシリーも優しくて良かったですね。普通の女性なら引かれる所ですよ?」

 た……確かに。

 まもなく成人を迎える男が女の子の前で壮大に漏らしたとか、社会的に死んでいるようなものである。

「はい、これならカルマでも十分着こなせるでしょう」

 そう言って渡されたのは紺色のズボン。見た目はジーンズだが、横にちょっとした装飾品がついていた。普通に地球でも着れる物じゃないかな?

「ありがとうございます。あ、これお金」

 銀貨を渡し、商品を受け取る。早速試着室で着替えて着心地を確かめる。やはりジーンズに似た感触でとても着心地が良い。

「動きやすい物なので、街中ではそれが良いでしょう。それとセシリーにこれを渡してください」

 そう言ってゴルドさんは金色の丸いガラス玉を俺に渡してきた。

「これは?」

「ちょっとしたご褒美ですよ。おそらくセシリーの性格上、他人のズボンの洗濯をさせられて、ちょっとは不機嫌になっているかもしれないので、これを渡してあげてください。多分喜びますよ」

 見た目は丸いガラス。もしくはキャンディーだろうか。口に入れる物なら素手で触って大丈夫なのかな?

 と、考え込んでいると店には他の客が入ってきて、ゴルドさんは軽く手を振ってそっちに向かった。俺も長居をする理由も無いし、早く戻ってシャトルの手伝いをしようかな。


 ☆


 ギルドへ戻ると大勢の冒険者が木材や机などを運んでいて、すさまじい速度で建物の修理が行われていた。

「あ、カルマ」

「シャトル。これは一体」

「ふふ、店主殿って冒険者からはかなり慕われているから、声を掛けたら真っ先に手伝ってくれるのよ。おかげで私の仕事も終わってこれからセシリーの所へ行くところよ」

「そうなんだ。えっと……」


 個人的には凄く気まずい。だって、金髪の美少女の目の前で成人男性らしからぬ壮大なおもらしをしてしまったのだ。人生最大の汚点である。


「あ、気にしなくて良いわよ」

「へ?」

「冒険者をしていると恐怖で粗相をする人は見かけるのよ。まあ、私とコンビを組むなら次から気を付けて欲しい程度で、今回は無かったことにしてあげるわ」

 女神かよ!

「あ、ありがと」

「ふふ、顔赤くして、そんなに恥ずかしかった?」

 無邪気に笑うシャトル。そりゃ恥ずかしいわ!

 だが、自然と恥ずかしい気持ちと気まずい気持ちが和らいだ気がした。

 ギルドの裏庭に向うと、そこには宿を利用している人が共同で使う井戸があった。どうやらセシリーはそこで俺のズボンをクリーニングしてくれているらしい。


『おう。帰ってきたか。一応言っておくが高位な精霊の我に尿の処理をさせたのはカルマ殿が最初じゃな』

「本当にごめんなさい。言い返す言葉もありません」


 和らいだ気持ちが一気に帰ってきた。うん、やっぱり異世界でも地球でも、ある部分においては共通の認識なんだね。

「あ、ゴルドさんがこれをセシリーに渡してって」

 そう言って俺は先ほどゴルドさんから預かったガラス玉の様な物をセシリーに渡した。

『こっ!? これは!?』

 俺の手に飛びついてきた。何だろう、猫カフェで餌を持った状態で猫に近づいたら手に絡まってきた状況を思い出した。

『精霊の魔力玉!? くっ、仕方がない。これで手を打とう』

 そう言ってセシリーはガラス玉をパクリと口の中に入れた。え、やっぱり食べるタイプのやつだったんだ。

「ふふ、まさかセシリーが不機嫌な事を察したのかしら?」

「いや、ゴルドさんが準備したもので俺からは何も。でもセシリーがこんなに喜ぶならその魔力玉ってやつを今度探しても良いかな」

「一応言っておくと、あれって宝石クラスの高級品よ? 家一軒買えるわ」

 マジかよ! そんな高級品を俺にポンと渡してきて、セシリーはパクリと食べたの!?

「ど、どうしよう。ゴルドさんに今度お金渡さないと駄目かな」

「貰ったなら良いんじゃない? 自分から欲しいって言えばお金を払えば良いと思うわ」

 な、なるほど。今回はサービスか。ずいぶんと気前の良い装備屋さんである。

『さて、腹も膨れてカルマ殿の装備も完全に綺麗になった。日もそろそろ落ちかけておるし、シャトル殿の魔力量もそれなりに少ない。今日は休まぬか?』

 セシリーからの提案に俺とシャトルは頷いた。同時に俺は一つの疑問を抱いた。

「その、魔力って誰にでもあるの?」

 セシリーはシャトルの契約精霊。以前『認識阻害』を使う時に『魔力を借りる』と言っていたということは、シャトルから魔力を供給しているということだ。

 ここがゲームの様な異世界で悪魔という存在を目にした。また魔術もいくつか見た。

 俺には物をじっくりと見ると情報が分かる謎の力もあり、それが魔力と関係している物だとすれば、俺にも魔術が使えるのではないだろうか?

「そうね。例外は存在するけど、基本的には全員に宿っているわよ。ちょっと待ってね。『魔力探知』」

 シャトルは何かを唱えて目を金色に輝かせた。その目で俺をじっくりと見た。

「うん。カルマにも魔力は存在するわ。魔術を専門に扱う人よりは当然少ないけど、簡単な術くらいなら使えると思うわよ?」

「おお!」

 それは良い情報を聞いた。異世界で魔術! まさしく心が躍る単語である。

『じゃが魔術を使えるようになったとして、どうするのじゃ? カルマ殿の魔力量じゃと火の球を出して焚火を作るくらいしか今はできぬぞ?』

「焚火を作るだけでも十分なんだ。ここでの常識は俺にとって非常識。皆ができることは俺にはできない。変な事を言っていると思うけど、とにかく今の俺は何も無いんだ」

 そして俺はシャトルに頭を下げた。

「冒険者の仕事をしながらで大変だと思うけど、俺に魔術を教えてくれないか?」

「まあ、教えるくらいは別にかまわないわよ。それにセシリーもいるからそこら辺の魔術師よりは上手に教えられると思うわ」

『仕方がないのう。主人がそう言うなら我は断らぬ』

「ありがとう!」

 ガシッとシャトルの手を握り感謝を伝える。

「まあ今日は悪魔退治とギルドの修繕で疲れたから明日にしましょう。店主殿も手伝ってくれた人には夕ご飯を無料で出してくれるって言ってたわ」

「え、俺は手伝って無いから有料なんじゃ」

『ふむ、それがカルマ殿は今回の問題を一番最初に見つけた主役として、おかずを一品増やしてくれるとの事じゃ』

 え、俺何かした?

『魔獣の血だと思った物が実は悪魔の血だったと見抜いたのはカルマ殿じゃよ。それを店主に報告したらかなり驚いておったぞ』

 ああ、俺が何も考えずに魔獣から流れる血をジッと見ていたら偶然見つけた情報の事か。

 俺の些細な疑問を横で聞いていたセシリーがすぐに対応したし、立役者はセシリーだと思うけどね。

「ふふ、運も実力の内よ。私だって悪魔の血と魔獣の血は見分けられないし、セシリーも違和感しか感じなかった。もしもあのまま血が部屋中に広がっていたら、さらに大きな悪魔が呼び出されていたかもしれない。そんなところかしら」

「それほど大きな問題だったのか」

 自覚は無いが、どうやら俺は役に立ったらしい。

 嬉しい反面、少し残念な気持ちもある。

 俺はあの巨大な悪魔に対して身動きが取れなかった。しかも情けない事にあの場でズボンを汚してしまった。とてもじゃ無いが胸を張って言えることではない。

 そんな複雑な気分を抱え込みながらギルドに入ると、いつも通り活気のある声が部屋中に響き渡っていた。

 すでに修繕は終わっていて、日も落ちているためか、酒を飲む冒険者たちもちらほらと見えた。

「あ、待ってましたよ」

 店主さんがトコトコと入り口に来て俺たちに声をかけてきた。

「こっちです。お二人と一体には特別に巨大な肉の料理を用意しました。それとカルマ様にはおまけの小鉢も付けますよ!」

 ニコッと笑う店主さん。うーん、俺にとってはちょっと複雑な気分だ。

「おいおい店主さんよー。贔屓かよ」

「俺たちもおかず増やせよー」

「俺は酒ー」

 いかつい冒険者が店主さんに好き勝手話し出すと、振り向きニコッと笑顔で話し始めた。


「でっかい目玉が出ただけで我一番と机を破壊しながら逃げて行った強靭な冒険者様にこれ以上のご褒美を与えてしまうとワタチのお店が破産してしまうのですが?」


「「「お金払います」」」


 こわー!

 店主さんの一声でギルド修繕に人が集まったって言ってたけど、実際は机とか椅子とかを不可抗力とはいえ破壊したから集まったんじゃ?

「ふう、ということでセシリー様から聞きましたが真っ先に異変に気が付いたのはとても良い事です。自信を持ってこれからも冒険者業を頑張ってください」

「は、はい!」

 そして俺たちは周りに歓迎され、少し自信を持てた。

 美味しいご飯を食べてちょうど良い時間になり、部屋に入るとすぐに布団へ潜り込んだ。

 確かに怖くて大変な一日だったけど、それ以上に達成感のお陰ですぐに寝ることができた。

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