影の者の村
☆
家を出て離れた場所に到着すると、それとなく広い場所へ到着した。
小さな公園くらいの広さで、所々で木刀を振っていたり、走っている人もいた。
「すまないが場所を貸してくれ。フブキ様と我が手合わせをする」
「「「はっ」」」
返事と共に全員がその場から『しゅっ』と消えた。
すげー、特撮とかで悪役とかが敵地に向う時のワープみたい。凄く速く移動したんだろうけど、俺の目では追い付けなかった。
「さて、儂も目覚めてすぐじゃから多少鈍っているが……まあそれくらいがちょうど良いか?」
「負けた時の言い訳ですか? そういう冗談も先代の族長は言うのですね」
早速二人は何か言い合っている。うん、凄くコワイ。
「では相手が参ったと言ったら終わりで良いな。それか、気を失ったらでも良いかのう?」
「はい。合図は……マオ様にお願いしても?」
「……あいよ。じゃあこの石を投げて地面に落ちたら開始ね」
「うむ」
そしてパムレは石を持って、それを軽く投げた。そのまま弧を描くように緩やかに地面に向って落ちた。
次の瞬間。
「ふん!」
「はあっ!」
すでに二人は木刀を交えていた。え、まったく見えなかったんだけど?
何度か木刀がぶつかり合う音は聞こえてくるため、すでに試合は始まっているのだろうけど、早すぎてわからない。
そう言えば剣道の試合をテレビで見たことあるけど、お互い面を打った時とかどっちが勝ったのか素人の俺にはわからなかったな。まさにそんな感じ。
「うむ、ちと近いのう」
「少し離れればフブキ様が得意とする距離になります」
「やるのう。じゃが、お主も攻撃できまい」
「それほどでも無いですよ?」
カエデさんは瞬時に足を出し、フブキに強い蹴りを入れた。あ、そういうのはありなのね。
強い蹴りを受けたフブキは後ろに飛ばされた。
「いや、蹴りで離してどうする? 終わりじゃぞ?」
「しまっ!」
次の瞬間、木刀とは思えない破裂音が聞こえた。同時に、カエデさんの木刀が折れた。
息をする間も無く、フブキはカエデさんの後ろに立ち、抱え抑え込みながら木刀で首元を攻撃できる体制に持ち込んだ。
「ま……参った」
「うむ、あまあまじゃな」
多分だけど俺が見えた部分ってほんの一部な気がする。ハイスピードカメラがあったら撮影してスロー再生をしてみたい。
「さて約束じゃ。ガラン王国の王の暗殺について、調査をしてもらおう」
「承知しました。族長として一度受けた約束は守ります。しかし本件については情報がありません。何か犯人の手がかりとなる情報をいただけないでしょうか?」
「そうじゃな……うむ、その話については儂の主に任せよう」
俺!?
「悪魔店主から依頼を受けていて、隣には魔力お化けと儂。流石にただついて来ただけというのも物足りないじゃろう」
「いやまあ、それは薄々感じていたけど」
「それに、今のカルマ殿じゃから気が付く事はある。儂や魔力お化け等は固定概念があるからのう」
そうか。部外者の俺だからこそ気が付くことか。
「前々から思ってたけど、フブキとセシリーって一人称以外同じ口調だよね。カエデさんは一人称同じだし、フブキとカエデさんを足して二で割ったらセシリーじゃね?」
「それは気にしなくて良いことじゃ。いや、今それ言う事では無い!」
壮大に突っ込まれてしまった。だって気になってたんだもん。
☆
再度家に戻り、緑茶を出してくれた。
ザ・抹茶という感じで、飲む作法とかはわからないけど、取り合えず隣に座っていたパムレは両手で飲んでたから真似をしてみた。
かなり濃い緑色だから苦いのかと思ったら、予想より苦みが薄く、それ以上に香りが良かった。抹茶アイスとかは食べたことがあるけど、それとは比べ物にならない程美味しい。
「この深みのあるお茶は初めて飲んだよ」
「おや、異世界から来たお方がお茶の良さを分かるとは」
「あれ、俺って異世界から来たって言ったっけ?」
俺の質問にカエデさんは微笑んだ。
「普通の人はわからないでしょうね。我々は相手の動きを観察し、少しでも怪しい動きをしていたら警戒します。カルマさんは危険こそありませんが、言葉を発する時に限り、若干の違和感が感じられました」
「違和感?」
そこでパムレがお茶の隣に置いてあったお菓子を食べながら話始めた。
「……カルマは日本人。この世界の人とは普通なら会話ができない。言葉を発する際に微小な魔力を無意識に使って相手に伝えている。だから、口と言動が少し違っている」
「そうなの!?」
知らなかった。そういえば文字はじっくり見ないと読めない。でも聞こえる言葉や話す言葉は日本語なんだーとばかり思っていた。
「口の動きから察するに異国の……いえ、異世界の言語だと思いましたよ」
「え、目を閉じているのに口の動きとかわかるの?」
出会ってから今までずっと目を閉じているカエデさん。なのに口の動きとか分かるんだ。
「ふふ、それはもちろん。口から出てくる空気の音も聞いています。稀にやり手の盗賊は口の動きとは無関係の言葉で何かを伝えたりするので、この技も必要なんですよ」
へー。しかも目を閉じたままやるんだ。俺は目を閉じてても家の中とか歩けないけどね。
「えっと、じゃあ本題。ガラン王国の王を殺害した犯人は、すでにガラン王国に捕まっているみたい。でも精神が壊れていて、ここにいるパムレ……マオも読み取れないほど廃人になっているらしい」
「ふむ、つまり魔術ではわからなかったということですね」
「一応確認なんですけど、影の者って暗殺集団なんですよね?」
「へ? そうだったというのが正しい解釈ですが」
「影の者がやったという線は無いですよね?」
俺の発言に突然天井から四人の男が登場し、俺に刃を向けた。
「やめなさい。お客様に失礼ですよ」
「ですが族長。この者は我々を疑っているんですよ?」
「当り前です。この者は昔話を聞いただけで、今の影の者がどうなっているかわかりません。むしろガラン王国領土内にある村のタプル村で隠れてお世話になっていることすら一般的に知られていません。彼の疑問は当然です」
「ですが!」
と、そこで俺は溜息をついて話した。
「依頼者はフブキですが、現状その主は俺です。つまり俺も依頼者の一人です。これから依頼を出す人に刃を簡単に向けるのがこの部族のやり方ですか?」
「貴様!」
男の一人は刀を振りかぶり、俺を切りかかろうとした。俺は同時にフブキに視線を送り、察してくれたのかフブキは鞘付きの刀を取り出して、振りかぶった刀を鞘で止めた。
「ねえフブキ、今の攻撃は止めて無かったら当たってた?」
「うむ、止めて無かったら死んでたな」
「わかった。じゃあ……帰ろっか」
「!?」
周りにいる影の者は驚いていた。フブキとパムレはそれほど驚いていないみたい。
「待て、カルマ殿。依頼はどうした?」
「依頼する前の人を斬りかかる集団を信用できないだけ。そもそも王の暗殺については俺たちが絶対に解決するって約束もしていないし、リスクが大きい。あ、えっと、こっちの言葉で言い換えると、負荷が大きすぎる」
「カカッ。カルマ殿は儂が思った以上に冷静な判断ができる男じゃったか」
「はは。フブキが守ってくれるって信じてたからかな。それに、すでにフブキが言ってたと思うけど、俺は寒がり店主の休憩所の店主さん……フーリエさんから依頼を受けている最中なんだ。それを言ったにもかかわらず切りかかるということは、任務中も問題を起こしそうって思った」
それに対してパムレが笑った。
「……うん。地球から来たとは思えないほど順応してる。パムレも同感。この影の者はフブキがいた時よりも駄目だね。強さは認めるけど、暗殺者としては駄目かも。それとも、刃を向けたこの人だけが特殊?」
パムレがその人の目をジッと見る。すると男は刀をパムレに向け始めた。それを見たカエデさんは焦って止めに入った。
「ば、馬鹿者! その方には向けるな!」
「いえ、族長。今まで危険という言葉でしか知りませんでしたが、俺も我慢の限界でしてねえ。こんな隙だらけで俺の間合いに入っていて負けるなんてことは」
その瞬間、男の刀は折れた。
いや、バキッと折れる音はしなかった。どちらかというと、ボトリと落ちたように感じた。
折れた刀を見てみると、若干赤く光っている。もしかして溶けている?
「なっ!」
「……フブキには悪いけど、今日から影の者はパムレ……いや、マオの敵。協力関係にはなれないかな」
「構わぬ。ここまで堕ちておったら儂も元族長を名乗りとう無いわい」
男はしりもちをついて、後ろに下がった。
「カルマ殿、ここまで来てもらって悪かったのう。収穫は無しで、今日はこの近くの村で一泊するぞ」
そう言ってフブキは立ち上がった。
が、それを見たカエデさんは立ち上がった。
「ま、待ってください! 部下の無礼は我が謝ります。だから許してください!」
「否。許されぬ行為を貴様の部下はやった。それを言葉のみで止めようとして終わらせた。これはもう……駄目じゃな」
「もう一度、我にチャンスを!」
「やらぬ。せいぜいガラン王国の情けで貰った生きる術だけは大切にしているんじゃな」
そう言ってフブキは立ち上がり、俺たちはそれについて行く形で村を去った。
なんとも後味の悪い交渉となってしまい、これで良かったのかと思うほど気が晴れないものだった。




