影の者の村
☆
薄暗い森の中を俺とパムレとフブキは歩いていた。
いつもはシャトルが一緒だったけど、今日はいない。少し寂しさもあり、いつになく緊張している。
シャトルは今日一日城で泊まるし、店主さんも内容は把握したため、パムレ同伴で外出することになった。
というのも、今から行く場所はフブキのふるさとである『影の者の集落』と呼ばれる場所らしい。つまりフブキがいないと入れない場所であり、そうなると俺も行かないといけない。
「影の者の集落って事は、忍者が沢山いるの?」
「シノビの者は多いのう。じゃが、儂が封印されてから変化しているかもしれぬ。儂は子を授からなかったが、他の者の子孫がどのように生まれたか、気になるのう」
そんな話をしながら進む事数十分。
周りは木だけで何も見えない。ただ、パムレが手から火を出して周囲を照らしてくれてた。
「今更だけど、三大魔術師を懐中電灯替わりにしてるけど、これって問題無い?」
「……今更。まあ、これくらい気にしない。むしろ火を常時照らし続ける人の方が少ない」
確かに。
単発で氷の球を放つのはできるけど、ビームみたいな魔術はまだちゃんと使ったことが無い。出し続けるって結構大変なのかな。
「パムレは影の者って存在は知ってるの?」
「……ふふ」
え、笑った?
「魔力お化けは歩く天災じゃよ。何度か集落に来て騒ぎになったこともある。モチロン儂と何度かぶつかったことものう」
「……懐かしい。とりあえず上空に行けば追い付けないから、村に登場して上空に吹っ飛ぶという遊びをした」
ピンポンダッシュかよ!
「その行動に意味はあるの?」
「……警告。影の者は暗殺集団。王族の暗殺依頼はもちろん、三大魔術師の暗殺依頼も来てたらしい」
「そうなの!?」
普通に隣歩いているけど、大丈夫なの!?
「最終的に儂はガラン王国の配下になり、三大魔術師には手を出さないという約束を結んだのじゃ。まあ、そもそもあの三人には勝てぬがな」
「……それは過大評価。フブキは強い」
笑顔が怖いな。もしもここにガラン王国の女王様がいたら、きっとまた具合悪くしてたんだろうな。
「そんな話をしておったら到着じゃよ。ほれ、ここが影の者の集落じゃ」
木で作られた門。だが、自然と一体化していて一瞬わからなかった。
奥を見ると家が並んでいる。
「けど、人影が無い?」
「違うぞカルマ殿。全員すでに囲っておる」
囲って?
『何用で訪れた』
『無用なら帰れ』
『争いは避けたい』
声だけが聞こえた。その声はなんとなくだけど震えているように思えた。
「あー、儂はフブキじゃ。族長はいるかのう。きっと、儂の事は伝承か何かで伝わっていると思うが?」
フブキが声を出した瞬間、目の前に数十人の黒服の人たちが膝をついて現れた。
思わず『すげー』って言いかけたけど、何とか声を飲み込んだ。
「し、失礼しました。先代の族長フブキ様ですね。この度はお目覚めおめでとうございます」
「「「おめでとうございます」」」
おおー、まるで水戸黄門だよ。もんどころを出してみたいな。
「フブキ様、そちらは三大魔術師のマオ殿で間違いないと思いますが、無害でしょうか?」
「安心しろ。儂とは仲が良い。お前たちが何もしなければ、こやつが何もしないだろう」
そう言うと全員がホッとした表情を浮かべた。ああ、皆パムレにおびえていたん……
「……え? 仲良し?」
「訂正じゃ。普通の旅友じゃ。儂も含めて何もしなければ何もしない。良いな?」
「「「は、はい!」」」
「いやいや! パムレ、そこは疑問を浮かべたら駄目でしょ!」
俺が突っ込むと、首に冷たい感触が伝わった。
「貴様、三大魔術師のマオになんて口を!」
黒服を着た一人の男が俺の首にクナイを向けていた。
全然気が付かなかったんだけど!?
「やめろ若いの。そやつは儂の契約者。つまりそやつが死ねば儂もまた消える」
「なっ! し、失礼しました!」
そう言って男は凄い勢いで後ろに下がった。ふえー、首に怪我は無いみたい。
「……おまけで言うけど、今刃を向けた少年は『あの』フーリエから依頼を受けている最中。そしてミルダとも面識がある。さて、マオは今の出来事をどのように報告しようかなー」
「我の……命で勘弁していただけないでしょうか……村だけは!」
「パムレ! 変に脅さないで! そこの人も俺は気にしていないから!」
ここに来てパムレは急に遊び始めたんだけど!
☆
ザ・和室という雰囲気の広い部屋で、座布団に座らされた俺たち。
しばらく待つと、綺麗な女性が入ってきた。
フブキと同じく黒い髪で、綺麗な顔立ち。身長はパムレよりも少し大きく、俺より低いくらいだ。
気になったのは、その女性は目を閉じていた。閉じたまま歩き、そして俺たちの正面に座り、頭を下げた。
「この度はお目覚めおめでとうございます。現族長のカエデと申します」
「ほう、これはなかなかの逸材じゃな」
フブキは小声で相手を褒めた。
「のうカルマ殿。儂が許すから、この石ころをあやつに投げて見ろ」
「え、突然何を言い出すの?」
それって凄く失礼じゃん。
「いえ、フブキ様の指示でしたら失礼ではありません。それに、おそらくフブキ様は我を試したいのかと」
「そ、そう? じゃあ」
そう言って俺はフブキから小石を受け取り、それをカエデさんに投げた。
と、次の瞬間、僅かだが『ピン』という感じの音が聞こえた。
「うむ、カエデ殿、ずいぶんと頑張ったな。その若さでその領域は凄いと褒めよう」
「ありがとうございます」
「一体何を……」
俺は何の話をしているのかわからなかった。俺の投げた石は、カエデさんが右手でキャッチしている。というか、目を閉じたままキャッチしたことに褒めたのかな?
と、思ったら、カエデさんは右手に持っていた石を俺に見せるように前に出した。すると、綺麗に二つに割れていた。いや、これは切れていると言っても良いだろう。
「一体何が?」
「斬ったのじゃよ」
「斬った?」
よく見るとカエデさんの腰には刀があった。もしかしてあの一瞬で刀を抜いて斬って鞘に入れたの?
「先代のフブキ様がいつ目覚めても良いように、修行をしていたかいがありました」
「うむ、その領域に達するには想像を超えた努力が必要じゃ。これなら安心じゃな」
頷くフブキ。そしてパムレも話し出した。
「……あー、天井が凄く穴だらけなのは、失敗したからか」
「本当だ。というか、雨漏り大丈夫なの?」
「む、儂も今気が付いたわ。これを見逃す儂もまだまだ未熟じゃった……」
「み、見ないでー!」
今日のパムレは空気を壊す呪いでもかかってるのかな?
「……呪いとは失礼。ただ、影の者はほどよく強いから、良い感じに楽しめる」
「思った以上に理由がひどいな」
ため息はつきつつ、パムレがここまで遊ぶのも珍しい。
「それで、先代族長様もいらして、何用でしょうか?」
「うむ、一つ依頼を出そうと思ってな。ガラン王国の王を殺した者……は捕まっているから、それを計画した組織を探して欲しい」
「ガラン王国の……それは何故?」
「儂はガラン王国に恩義がある。三大魔術師は手が出せぬ今、影の者が適任じゃと思うのじゃが?」
「そうかもしれませんが、ガラン王国は我々に依頼を持ちかけていません。フブキ様には申し訳ありませんが、その依頼は断らせていただきます」
「ほう、儂の依頼を断ると?」
え、なんだか空気が変わったような?
「であれば力で物を言わせるしか無いのう。カエデとやら、儂が刀で勝てたら、引き受けてくれるか?」
「それは……わかりました。族長として引き受けます。ですが、我が勝ったら、そのままお帰りください」
木々の音しか聞こえないこの村で、凄まじい殺気が素人の俺でも感じ取れた。そんな数分だった。




