一緒に移動
☆
フェルリアル貿易国を出ると、しばらくは草原が続いていた。なんというかのどかだ。
ギルドでの実績もあり、今回は行商人の団体の護衛という名目で一緒の馬車に乗せてもらう事になった。
二列に並び、合計六つの馬車。商人たちは愉快に会話をしながら歩みを進めていて、とてものんびりな旅だ。
俺とシャトルは一番後ろの馬車の、来るまで言う所のトランクにあたる部分に座って足をぶらぶらさせていた。
「パムレはやっぱり乗らないのね。私の膝が寂しいって言ってるわよ」
「……膝は言葉を発さない」
「地球では『膝が笑う』って言うよ?」
「……じゃあ狩真の目からは鱗が出るの?」
「うん、俺の負けだ」
くそー、今凄い切り替えしだと思ったのに、パムレが上手だった。
と、悔しがっていると、馬車の上に片足で立っているフブキが笑いながら話しかけてきた。
「久しく外は見ていなかったが、こうなっておったか。そしてパムレ殿、今回のガランの姫殿は『ちゃん』呼びでは無いのだな」
「……シャトルは時々変だけど、今までのガラン王国の姫と比べたら良い方。抱き枕も『まだ』マシ」
抱き枕状態でマシという表現はどうなの?
というか、以前のガラン王国の姫はどんだけパムレを雑に扱ってたんだろう。
「つまり私のご先祖様はパムレの事をパムレちゃんって呼んでたのね。じゃあこれからはパムレちゃんって呼ぶわ!」
「……え、何で? 今の話の流れ聞いてた?」
「むしろここまで長くいるのに、なんか距離があるのよね。シャトラもいないし、せっかくだしパムレちゃんって呼ぶわ」
「……三大魔術師の威厳が」
パムレットをモグモグ食べている人が今更威厳を語るのか。
「じゃあフブキはフブキちゃんなの?」
「フブちゃんね」
「なぜ儂は可愛くなる!?」
フブキはバランスを崩して落ちそうになった。
「はあ、かつてのガランの姫も儂の事をフブちゃんと呼んでおったから良いが、どうも背中が痒い」
「あはは、それにしても訳はあるけどフブキとパムレは昔知り合いだったんだね」
「うむ、ほぼ味方だったことが多いな。三大魔術師は儂にとって一番敵に回したくない相手じゃからな」
いや、俺が聞く限り三大魔術師は敵に回したら国が滅ぶ相手でしょう。
「……狩真はフブキを知らない。三大魔術師もフブキを相手にしたくない相手。魔力を使わずに素早い動きと正確な太刀筋はシャムロエも手こずる相手」
「へー。じゃあ漫画みたいに石を真っ二つに切ったりとかできるの?」
俺は冗談で言ったつもりだった。
「できるぞ」
まじかよ。
「えっと、じゃあパムレ、そこに落ちてる石を貰える?」
「……あい」
パムレは地面に落ちてる石を拾って俺に渡した。というか、自然な流れでやったけど、俺もパムレに雑なお願いをするようになったんだな。気を付けよう。
と、それはそれとして、俺はゆっくりとその石を上に投げた。
「ほい」
そして石は落ちて来て、俺の手にすっぽりと納まった。
すると、横に一つ線が入っていて、時間経過でパカッっと二つに分かれた。いや、本当に漫画みたいな割れ方するじゃん!
「む、カルマ殿。少しだけこの場を外すぞ」
「え、うん。別に良いけど」
そう言ってフブキは馬車の上から飛んで、少し離れた場所に走った。というか、あれ、地球の陸上選手よりも速いんじゃない?
『ぬあああああああ!』
『やめ、う、うあああああああああ!』
『なんだこ、う、があああああああ!』
悲鳴が聞こえた。え、何があったの?
そしてフブキは遠くからこっちに戻ってきた。顔には血がついていて、刀も布で拭いているけど、びっしりと血がついていた。もしかして、何かいた?
「盗賊が狙っておった。魔力お化けよ、済まぬが水魔術で洗ってもらえるかのう」
「……仕方がない。というかフブキ、弱くなったね。凄く悲鳴が聞こえて来たよ」
「うむ、人数が五十いてな。流石に全員に見つからずに倒しつつ、行商人の安全を守るのは無理じゃよ」
「……パムレがいる」
「肩慣らしじゃよ。儂がいなくても大丈夫だからこそ、気にせず今の自分を知れた。うむ、しかし弱くなったのは事実。やはり札に封印されている時でも時間は経過しているのかのう」
そんな会話を淡々としているなか、置いてけぼりな俺とシャトル。
「いやいや、フブちゃん今盗賊を倒したの!?」
「そうじゃ。流石に行商人が馬車六つとなれば、荷物も多い。おそらく一つの族の大半が来たのじゃろう」
「全く見えなかったからどれくらい凄いかわからないけど、パムレと同じくらい強いって思って良い?」
「……悔しいけど、間違いではない。十メートル以内にフブキがいたら、パムレは負ける。離れてたら勝てる。それくらいの微妙な差」
「そうじゃな。例えば大陸の端にいる儂に逆方向の大陸の端から巨大な魔術を放たれたら、儂でも逃げられない」
それは誰でもそうなんじゃない?
☆
「いやー、皆さんは運が良い。これほど平凡な旅は久しぶりですよー」
そう言って行商人の人は皿に芋などが入ったスープを俺たちに配った。
「いつもなら魔獣や、運が悪いと盗賊が来るのですが、今日は全くない。馬車を六つ運ぶ際は護衛も増やすんですが、あいにく人が少ないと言われて心配してました」
「そうなんですね。ハハハ」
実際はフブキやパムレが遠くにいる魔獣や盗賊を倒してたなんて言えない。
本人たちはあくびをしていたり、刀の手入れをしていた。二人の話では、特に名前を挙げる必要は無いということで、こうして笑うしかできないのだ。
「まあ何かあったら私達が倒すわよ。一応冒険者として結構実績はあるからね」
「存じてます。ギルドでも腕の立つ女性冒険者のシャトルさん。いやはや、まさか護衛する代わりに連れて行くという破格の条件を提示してもらって、こちらとしても助かりました」
実際は三大魔術師も護衛についてるから、ある意味、今一番安全な行商人たちなんじゃない?
「本当ならもう少し手前の場所で休憩しますが、すんなりと進めたのでちょっと奥まで行けました。明日は予定よりも早く到着します。すみませんが、明日の朝までの見張りをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「良いわよ。あ、焚火を付けていると盗賊に狙われるから、火は消しても良いわよね」
「はい。そこは旅のプロにお任せします」
行商人は軽く頭を下げて、他の行商人の場所へ行き、話をし始めた。
「とは言ったけど、俺は地球に戻る必要もあるし、寝ている間って半透明の状態ですごい怪しいんだよね。どうしよう」
「あ、それならそこにちょうど良い隠れ場所があるわよ」
そう言ってシャトルは指を刺した。そこにはマンホールのような鉄の円盤があった。ミルダ大陸にマンホールって、すごく違和感があるんだけど……ん、今マンホールが動いた?
「あ、こっちに来てましたか。ずいぶんと進みが早いですね」
店主さんがニュっと出てきたんだけど!
「寒がり店主の休憩所はどこにでもあります。ここは布団しか無いので、カルマ様にはちょうど良いかもしれませんね」
「うん、なんというか、凄いね」
セーブポイントじゃん。
「見張りは私とパムレちゃんとフブちゃんでやってるから、カルマは適当な時間に寝て良いわよ。今回に関してはカルマはお客様だから、むしろ見張りまでさせたら悪いわ」
「あはは、まあ少し見張りをしてお言葉に甘えるよ」
そして焚火が消え、数時間、それなりに見張りっぽい事をして眠気が来た辺りでマンホールの中に行き、俺はそこで寝たのだった。
☆
翌朝。
俺は目覚めると当然地球というのがわかる。まず手の感触だが、温かいふわふわの布団。そして土の臭いが全くしないアパートの香り。
安堵して目を開けた。
「起きたか。カルマ殿」
「ぬあああああああああああ!?」
天井にフブキが張り付いてるんだけど!?
「ど、どうしましたか!? 何かありましたか!?」
と、俺の声に反応して、お隣の店主さんが駆け付けてくれた。ミルダ大陸の店主さんと若干声の高さが違う気がするけど、やはり同じ店主さん。すぐに駆け付けてくれるあたり優しいと思った。
「気配二つ!? レイジ……では無い。何者ですか!?」
「おう、待たれよ。儂じゃよ。フブキじゃよ」
「『ワタチは』知りません。もし『あっちの』ワタチの知り合いなら、ワタチの名前を言ってください!」
「お主の名はフーリエ殿じゃ。あっちの世界では世話になってる!」
そんなやり取りをしながら部屋に入って来る店主さん。
……今、背中にちらっと果物ナイフを持ってるの見えたんだけど!?
「店主さん、ほら、マリー先生が渡したお札から出てきた人なんだ」
「む、ああ。つまり、護衛精霊か何かでしたか」
そう言って店主さんは包丁を俺の家の台所に置いた。
「ふう、それよりここはどこじゃ。護衛中に突然カルマ殿に吸い込まれて、気が付いたらこの部屋にいたぞ」
「それは俺も聞きたいよ。あ、もしかしてマリー先生なら知ってるんじゃない?」
そう言って俺は部屋を出てマリー先生の部屋のインターフォンを鳴らした。
「マリー先生、ちょっと良いですか?」
『何よー、朝から騒がしいわね』
そう言ってマリー先生が部屋から出てきた。
熊……? の着ぐるみを着た状態で。
「えっと、フブキがこっちの世界に来ちゃったみたいなんですけぶふっ」
「まったく、あのお札について隠さずに行ってくれればワタチも狩真様の部屋に突撃はぶふっ」
「おお、久しいのう紫髪。しかしずいぶん変わった服だのう。最近のりゅーこーという奴か?」
「貴方達の記憶をこれから消去してあげるわ」




