自己紹介
☆
朝食を終えてシャトルと広間で待ち合わせ。相手が女性ということもあり、なんだか少しドキドキしてしまう。
「待たせたわね」
「いや、ここのお茶美味しいから全然待てた」
夢の世界なのに緑茶が置いてあるんだよね。しかも飲み放題。とは言えこっちに来たらこっちの生活をしなくてはいけない。生活する以上ある程度の貯金が貯まるまでは節約生活である。
「まずは貴方について私は何も知らないし、貴方も私の事を知らないからお互い自己紹介をしましょう。セシリー、悪いんだけど『認識阻害』をお願いできる?」
『うむ。少し魔力を借りるぞ』
シャトルの頭の上に小さな青い髪の少女もとい氷の精霊セシリーがポンっと音を立てて登場。なんか髪が少し乱れているけど、店主さんにこってり怒られたのかな。
セシリーが両手を広げて何かを唱えると目が金色に輝いた。その瞬間、何か霧のようなものが俺たちのテーブル周囲を包み込んだ。
「少しの間私達は周囲から見えなくなったわ。正確には見ようとすると目が無意識に別の方向へ向く。話を聞こうとすると別の音が割り込んだりするって感じの術ね」
「隠れ身の術みたいだな」
「かくれ……何それ?」
「あ、いや、こっちの話。それよりも周りから見えなくする術を使って話すってことは、結構重要な自己紹介なの? 実はシャトルの正体はかなり有名な人とか?」
そう尋ねると、シャトルは腰にぶら下げていた短剣を机の上に置いた。これは昨日『グールの首飾り』の紐を切ろうとした武器だよね。
「私はここの隣国『ガラン王国』の王位継承権第一位のシャトル・ガラン。今は理由があって店主殿の依頼を遂行するためにお忍びで外に出ている最中よ。この短剣は私の国の超秘宝で、これを持つ者が次の王もしくは女王になる証よ」
「それ先に言ってくれない? 昨日軽く渡してきたからてっきり普通の果物ナイフだと思ったじゃん」
例えば凄くやりこんだロールプレイングゲームなどでは、最後のボスを倒す際に主人公の武器をトイレのスッポンとか木の棒等にしてふざける遊びがある。他にもプライドが凄く高いキャラに、挙動不審な動きをさせたり、重要場面で服装を水着にしてキャラ崩壊をさせる等の自己満足な遊びがある。
しかし現実では絶対に許されない。例えば有名な絵画を下敷きにカレーライスを食べるなんて芸当をやった日には裏の世界の人たちが命を狙ってくるだろう。つまるところゲームだから許されるのである。
「大丈夫よ。私はこれで野菜炒め作ってるから。あと昨日ようやく魚を三枚にできたのよ」
「料理包丁かよ! 秘宝ってもっと大事にしないと駄目じゃないの!?」
なんだか一気に全然価値が無い物に見えてきた。
というか後半の話が異常過ぎて前半の話を忘れるところだった。
「サラッと言ったけど継承権一位ってことは、姫だったんだ」
「そうだけど、驚かないのね。普通これを聞いたら驚くどころか頭を下げたりするけど」
「うーん、装備屋のゴルドさんも言っていたけど、俺はこの世界の人じゃないんだ。だから、少しは驚くけど、シャトルの事はもちろんこの世界について全く知らないから、驚くポイントがわからないんだよね」
ここが地球だったら目の前に有名人が現れたら驚くだろう。が、ここは異世界で周りは誰も知らない。要するにその人がどう凄いのかがわからないんだ。
「遠慮無しで話せるのは正直助かるわ。私の正体を知ったら皆頭を下げちゃうからね」
「ん? そう言えば店主さんはシャトルの『大叔母様』たる人物を知っているということは、シャトルの正体も知っているの?」
「あの店主殿は本当に何者かわからないんだけど、私達の事はほとんど知っているわ。言うなればガラン王国の情報屋ってところかしら」
そんなことを言うとセシリーが苦い顔で愚痴を漏らした。
『なーにが情報屋じゃ。あの悪魔店主の所為で我は何度頭痛を味わったことやら』
腕を組んでシャトルの頭の上に座るセシリー。見た感じセシリーと店主さんは仲がよろしくないのだろう。
「あ、お茶のおかわりを持ってきました。で、今ワタチの事を悪魔店主って言いました?」
音も無く、俺の真横に店主さんがお盆を持って立っていた。え、さっきの説明だとここって周囲から遮断されているんじゃないの?
「ふふ、不思議な顔をしていますねカルマ様。『認識阻害』というのは相手を見ようとする思いを邪魔する術式。つまり、何も考えずにカルマ様の所へお茶を持ってくれば良いだけなのです」
「なるほど」
そういう抜け穴もあるのか。
納得しているとお茶を置いて店主さんは離れて行った。
「まあ、店主殿は色々と規格外よ。そもそも人間が何も考えずに行動するなんて無理なのよ。リエンも簡単に納得しているけど、実際何も考えないって無理なことよ?」
「いやまあそうだけど、例えば別な事を考えるとかの抜け道はあるんじゃない?」
例えばカレーライスについて考えながらここに来れば良いんじゃないかな。何も考えないというのは確かに無理だけど、別な事を考えながらだったら可能だと思うけど。
『うむ、カルマ殿は『認識阻害』を侮っている。試しに一旦ここから離れて再度この椅子に座ってみよ』
「え、うん」
言われた通り俺は一旦その場を離れた。包んでいた霧から抜けると一気に視界が綺麗になった。
このまま振り向けばシャトルたちは椅子に。
居ない?
いや、確かにここの席だったような。隣の席か?
あ、いや、意識しているから見つからないのか。じゃあ、カレーを考えよう。大学の食堂のカレーの中にはスペシャルカレーたるものがあるらしいし、今度食べてみたいなー……。
店の中をウロウロとしていると、一番奥の机から声が聞こえた。
「ここよ」
信じられなかった。
霧を出てすぐ振り返った場所にいるという簡単な答えのはずが、今シャトルたちは一番遠くの机に座っている。
俺はずっとカレーについて頭の中では考えていた。が、目はシャトルたちを探していた。つまり、シャトルたちを意識していたことになる。
「これが『魔術』よ。見たところ魔術を知らないようだし、少し体験させてあげたわ」
『術を使っているのは我じゃがな』
「うん。ありがとう」
お礼を言って俺はもう一度椅子に座り、再度セシリーは『認識阻害』を使った。
「さて、今度は私の契約精霊のセシリーの紹介ね」
『うむ。偉大なる氷の精霊セシリーとは我のことじゃ。少年、よろしく頼むぞ』
大きさは手首から肘くらいの大きな人形くらい。長くて青い髪にツンとした目つき。そして白い肌はさながら雪女と言ったところだろうか。
『ちなみに大きさは自由に変化できるぞ』
そう言うと一気に手のひらサイズに変わった。そう言えばさっきシャトルの頭の上にのってたっけ。
「この世界では精霊もいるんだね」
『今の台詞は『人間は息を吸わないと死ぬ』くらいの常識ぞ? この世界には精霊や神。悪魔なぞがいるぞ』
完全にゲームの世界である。実はあの危険な臭いしかしない先輩のいたずらで最新のブイアールゴーグルを装着させられて、最新のゲームをやらされているって途中で言われたら信じてしまうかもしれない。
『もう一つ言うと、我はカルマのような異世界人と関りがあった故にこうして話しているが、この『認識阻害』から出た外では、うかつに話さない方が良い』
「あ、そうなの?」
普通に会話しているけど、それはセシリーが俺に合わせてくれてたってこと?
それに俺のような異世界人と関わりが? 凄く重要な情報な気がする。
「そうね。セシリーは千年以上前から生きている精霊で、異世界の存在を知っている。一方で私はカルマが初めての異世界人となるわ。話だけは大叔母様から聞いていたけど、こうして出会うと普通ね」
「普通で悪かったな」
「あ、良い意味よ。こう、腕が十本くらいあるのかなーとか思ってたのよ」
確かに、俺からすればここは異世界。だが、彼女からすれば俺は異世界人である。うかつに地球の話を持ち出して混乱を生まないように気を付けないといけないかな。
「さて、それぞれの自己紹介は終わったし、本題に入るわね」
そう言ってシャトルは何枚かの紙を渡してきた。うん、読めない。
すごく集中すれば文字が頭の中に入り込んで読むことはできる。
東の国境付近で突如現れた魔獣退治に薬草集め。中には逃げたペットの捜索依頼などがある。
「基本的に私達はギルドに所属している以上、こうして住人から寄せられた依頼をやってお金を稼ぐの。中には依頼人から直接名指しで依頼が来るけど、その際の報酬は通常よりも高いわね」
「シャトルって姫だよね。お金には困ってないんじゃないの?」
「王位継承権一位ってだけで、外に出ているときは基本自炊よ。それに冒険者としてそれなりに有名になれば王国でも頼れる姫として慕われるわね」
なるほど。強い人が上に立つというのはどこの国でも一緒なのか。
『シャトル殿はギルドの若手の中では上位じゃな。その地位に泥を付けぬようにカルマ殿は気を付けないといけないのう』
思わぬプレッシャーである。
「ギルド内でも有名な人って居るの? 例えば百戦錬磨の男って感じの人とか、ドラゴンキラーのマッチョとか」
「一応いるわね。私と同じく拠点を持たない三大魔術師のマオって人がギルドで一番強いって言われているわ」
三大魔術師!
何それカッコ良い!
思わず興奮して色々聞きたくなってしまった。
「三大って事は他にもいるんだよね!」
『そうじゃな。魔術研究所の館長。そして静寂の鈴の巫女じゃな』
「二つ名!? え、ちなみにマオという人には二つ名は無いの?」
『魔力お化け』
何それカッコ悪い。
「まあ、マオって人や他の三大魔術師が関わるような仕事を私達がやることは多分無いから、最初の間はこのペット探しや薬草探しをやっていきましょう」
「だね。しばらく俺は足を引っ張るかもしれないけど、よろしくね。シャトルとセシリー」
「ええ」
『うむ』
そしてシャトルとセシリーそれぞれに握手を交わし、同時にセシリーが唱えていた『認識阻害』が解かれた。
「さて、最初はどれに」
そう言って依頼書を眺めていたら、一人の大男がギルドに入ってきた。
「邪魔するぜ店主」
スキンヘッドで色黒のマッチョ。いかにも武闘派という感じの大男だ。
肩には血だらけの狼を背負っていて、床にはその血が垂れ流れている。
「ベギザ様! また血だらけの魔獣を連れてきて、床が汚れるって言ってるでしょう!」
「良いじゃねえか。たまには床も模様替えをしないとボロいギルドがさらにボロくなるんだし、俺なりの心遣いだよ」
「いりませんよ!」
そんな店主さんの言葉を遮って、大男はギルドの受付の机の上にその魔獣を置いた。
「それよりも依頼していた四足歩行の魔獣討伐だ。報酬を渡せよ」
「討伐した証拠さえ持ってくればワタチたちは報酬をお渡ししますよ! これだと床の修繕費等で赤字ですよ!」
「知ったことかよ。こっちは仕事をしてきたんだからよ」
ギルドの中にはこういう荒くれ者もいるのだろう。本当にゲームやラノベの世界である。
それにしても魔獣からはドクドクと血が流れ出てきている。机に置かれた魔獣は机を真っ赤に染めた後、その血は床へと流れ続けていく。
ん?
それにしては多すぎないか?
狼の形をした魔獣の大きさは目視で一メートル。
どこで討伐したかはわからないが、このギルドに来るまでにずっと血を垂れ流しながらここへ持ってきた。どこかで血が枯れててもおかしくはない。なのに、今も机を赤く染め、床を血だらけにしている。
もしかして魔獣の血だからか?
俺は気になって床の血を集中して見た。おそらく『魔獣の血』等の情報が頭の中に入って来るのだろう。
俺の常識はこの世界では通用しない。つまり、魔獣の血は魔獣本体よりも多いかもしれないという可能性もある。
ジッと見るとそこには予想と異なった答えが返ってきた。
『悪魔の血』
悪魔?
そう言えばセシリーはさっき『この世界には精霊や神や悪魔もいる』って言ってたか。
「ねえシャトル、魔獣と悪魔って何か関りがあったりするの?」
「どうしたの突然。うーん、どちらも悪い印象しか無いけど、強いて言えば悪魔は知能を持っているという部分では違うわね」
「じゃあ、魔獣の中に悪魔の血が流れているってことは無い?」
「へ? そんなのありえないわよ。魔獣の中には魔獣の血が流れているわ。だから……」
次の瞬間、俺の目の前にセシリーが飛んできて、叫んだ。
『先ほどから感じていた頭が痛くなる違和感はこれか! よくぞ見抜いたカルマ殿!『氷柱』!」
セシリーは手からすさまじい勢いの氷の塊りを放った。まるで電柱の様な棒状の物体をマジックのように手から出た感じである。
その円柱の氷の塊りは床に突き刺さった。よく見ると魔獣の血が集まっている中心部だった。
「この世界の魔獣の血は一か所に集まる習性があるの?」
「そんなわけないわ。あれは悪魔よ!」
次の瞬間、集まった血が破裂し、中から大きな目玉が出てきた。
翼の生えた大きな目玉。細い手の様なものが生えていて、はっきり言って見てるだけで吐き気がしてきた。
「『空腹の小悪魔』!? 何故ここに!?」
『ケケッケッケケケッケ!』
「うわあああああああ!」
「魔術師を呼べ! 剣士は逃げるぞ!」
そう言って周囲の冒険者は一気にギルドから出て行った。
『ケケ? キサマガケイヤクシャカ?』
ゆっくりと巨大な目玉は大男に近づいた。流石の力自慢の大男も腰を抜かして目玉を見上げていた。
「違う。お、俺は」
『ケケ。チガウノカ?』
「ああ、違う。俺は何もしていない。だからここから消えろ!」
男は叫んだ。先程の威勢の良い姿は全くなかった。
その言葉に巨大な目玉はゆっくりと頷いた。
『キエロ。ソレガキサマノ『ネガイ』ダナ。ジャア』
そして、巨大な目玉は叫んだ。
『イタダキマアアアアアアアアアアアス!』