様々な考え
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夜になり、俺は店主さんの家でご飯を食べることになった。
「大根の煮つけにお浸し。お味噌汁に白いご飯。そして小鉢には昆布……凄い和食だ」
「文句があるなら食べなくても良いですよ?」
「違いますよ。むしろ旅館で出される凄い綺麗な盛り付けに驚いてますよ」
「褒めているのなら結構です。さて、ワタチもいただきます」
そう言って店主さんと俺は両手を合わせて「いただきます」と言って食べ始めた。
「ワタクシのは?」
「今日来るって言ってないですよね?」
「だったら先に無いって言ってくれない? 着た途端『あ、マリー様も来たんですね』って言ってそれっきりじゃない」
てっきり俺も三人分出すのかなーって思った。
ちなみに俺は帰る途中でクーちゃん経由で店主さんに連絡をしていた。クーちゃんあらため、クーフォンである。いや、クアンの前では言いにくい名前だな。
「はあ、冗談です。冷蔵庫に入れてますから、取ってください。ご飯も今わけますよ」
「わーい。さすがフーリエね」
泣き顔から満面の笑みに変化する大学教授。この人を見てると俺も大学教授になれるのではと思ってしまう。
「一応言っておくけど、大学教授になるための道のりは長いわよ。ワタクシは数百年生きてるから勉強する時間があっただけよ」
「そう言えばこの人心を読んでくるんだった」
マリー先生の前ではプライバシーなんてものは存在しないのである。
「それにしてもフーリエ、料理の腕上げたわね。この一週間で一気に変化したわよ」
「気のせい……と言うと嘘ですね。そこの空腹の小悪魔経由であっちのワタチの料理を見て、ちょっとマネしたくなったのですよ」
「まるで姉のマネをする妹ね」
「どちらかと言うとこっちは自立しているのでワタチが姉です」
ん? 今少しだけ店主さんの声に力が入ってた?
「ワタチの場合は狩真様がわかる表現で例えるなら、残機がゼロです。その中で破壊の時代を乗り切りました。その件だけを言えばあっちのワタチよりも優れていると言いたいです」
破壊の時代。教科書ですら載っていない、ただその単語だけがある時代。一体何があったのだろう。
「一方であっちのワタチは残機が沢山あります。ですが、全ての記憶が共有されているため、操作難易度はやばいです。致命傷を受ければ、全員がその痛みを感じます。つまり、死を経験できるのです」
「死の経験って……言われてみれば、そうか」
「実力は一緒だと仮定するなら、あっちは死を経験するほどの出来事に一度でも遭遇しているのであれば、あっちのワタチの方が優秀かもしれません。何故なら、こっちのワタチは生きていますからね」
「でも、それはさっきフーリエが言ってたように、操作方法が難しいからじゃないの?」
「そのハンデがどこまで通じるかですね。まあ、別にあっちのワタチとは競っていません。ですが、いざ自分と同じ容姿で同じ性格の何かが自分より勝っているのであれば、超えてみたいと思うのですよ」
へー。まあ、兄妹でゲームとかすると勝ちたくなるのと似ているやつかな。
「それって、ドッペルゲンガーだからってのもあるの?」
「ん? 狩真様、それはどういう質問ですか?」
「あ、いや、ドッペルゲンガーってお互い目が合ったら戦うんだよね。それって、自分が本物であるという感情が高ぶって、結果的に戦うって何かの漫画に描いてあったし、店主さんも自分であって自分では無い存在が自分より勝っているとなればーって思っただけ」
「それは考えもしませんでした。面白い答えに特別にご飯のおかわりを許しましょう」
そう言って俺の空になった茶碗を取ってご飯をよそってくれた。
「ふふ、狩真と出会ってからフーリエも少しは明るくなったんじゃない?」
「言われてみれば、最初出会った時は冷たい反応だったような?」
「え”、考えてみてくださいよ」
店主さんは箸をおいて、俺に『すっごい笑顔』で話し始めた。
「はーじめましてー! ワタチの名前は店主です! 普段はー、この空腹の小悪魔ちゃんキーホルダーを売ってますですよー!」
……。
「って一番最初に話しかけられたら怖いでしょ。というか、ワタチ自身テンションを保てません」
「店主さんってそんな表情もできるの!?」
なんというか、あっちの世界の店主さんですらそこまでの笑顔は見せたことは無い。普通に笑うと可愛いんだな。
「ちょっと待ちなさいフーリエ。ワタクシとはそこそこ長い付き合いよね? 表情が柔らかくなったのはここ数週間よ?」
「マリー様はそもそも神の魔力を若干出しているので、地味に頭が痛くなるんです。ドッペルゲンガーじゃ無かったら、今頃眉間のしわが凄い深くなってますよ」
「ワタクシがいるだけで実は痛かったの……今知ったわ……」
悪魔と神の魔力が相性悪いって言ってたもんなー。
「え、でも最近表情が柔らかくなったということは、マリー先生の魔力を克服できたということ?」
「違います。マリー様は狩真様がオカルト探求部に入部してから、色々と調査をしています。その際に自身の魔力を使っているので、夜は多少薄い状態です」
「マリー先生……」
「学生のために動くのは当然よ。それも教え子なら、面倒くらいみるわよ」
「もっと前から夕食前くらいに、どっかで『バスター』的な感じで魔力をぶっ放してから帰ってくれば良かったのでは?」
「ワタチもそれをお願いしましたが、「面倒よ」って言われて断られたのです」
「フーリエに関しては理由を今知ったから謝るけど、狩真に関しては次回の授業覚悟してなさい」
権力を行使するつもりだ。講師だけに。
「それで、ガラン王国にはいつ到着予定なの?」
「えっと、今日の朝出発して、途中野宿して、翌日の昼に到着って言ってました」
「なるほどね。護衛はマオだけ?」
「はい。パムレが来てくれます。俺もまだまだですが、一応魔術について学んではいるので、逃げる程度の実力はつけてます」
「ふむ……となると、ある意味で一番手薄な状態になるわね」
ぼそっとマリー先生がつぶやいた。
「いつも周囲を気に書けるのは良い事だけど、今まではパムレ以外にも強い人はいたわ。でも、レイジが貴方の顔を見た以上、いつ狙われてもおかしくない。パムレは強いけど万能じゃ無いの。だから、これを貴方に渡すわね」
そう言ってマリー先生は一枚のお札を俺に渡した。
「マリー様、それは何ですか?」
「店主さんも知らないんですか?」
「ワタチの専門は魔術と悪魔術です。それは……妖術に近いですね」
ここに来て新しい……いや、ファンタジー要素たっぷりなものが増えたよ。
「そのお札は見た目だけよ。クアンの実験の失敗でこうなったんだけど、役に立つことは保障するわ」
「いや、何なのかを言ってくれないと、使いどころがわからないんですけど」
「だったらあっちの世界で目覚めたら、これに少しだけ魔力を送りなさい。こっちの世界では『今は』使えないから」
今は……ということは前までは使えたのか。
「さて、話を整理しましょう。というか、今日はその為に集まったのですよね」
「そうね。そもそもフーリエがお腹を壊したり、クアンが数時間かけても戻る手段を見つけられなかったわけだから、何かしらの問題が発生したわけだものね」
そう言えばそうか。というか、俺が何故突然戻れなくなったのかが気になった。
グールの首飾りが突然壊れ、そして戻れなくなった。
クアンは俺を地球が地球に帰れるほうほう『だけ』を考えてくれてた一方で、あっちの店主さんは俺にしか息子さんを助ける手段は無いと言っていた。
そして色々と考えた結果、俺はグールの首飾りの修復という以前と同じ方法に戻した。クアンは大分お怒りだったけど、それを強く攻める感じでは無かった。
「クアンはマリー先生の声がクーちゃん経由で聞こえたことに驚いていました。結果として店主さんはお腹を下したわけですが、それほど大変なことだったのですか?」
そういうと店主さんは、地面からでっかい斧をヌッと取り出して、俺に刃を向けた。
「お腹を下すという可愛い表現を連呼しないでください。正確には死にかけでした」
「事実を言われていなかったので、許してください」
実はかなりヤバイ状況で俺に話しかけてくれてたんだ。
というか、そんな格好いい技もできるの?
「クアンの悪い癖よ。実はクアンって、パッと答えを出せる天才に見えて、実は応用が利かないのよ」
「応用?」
「そうよ。例えばここに茶碗とお皿があります。ヤカンから水を入れた場合、最終的に多く水が入っているのはどれかしら?」
おおー、これはコップと思わせてヤカンが答えのやつか。二択だと勘違いして、実は三択問題。一般的にコップよりもヤカンは大きいという引っ掛け問題。
「ヤカンですね」
「ふふ、それは普通のなぞなぞの答えね。クアンならきっと『それぞれの大きさをまずは言いたまえ』と言ってくるわ」
あー、言ってきそう。ヤカンが手のひらサイズだったら入れられないし、茶碗より皿の方が大きくて深いという状況もあるか。
「それで、正解は何ですか?」
「そうね。とりあえず今回はコップかしら」
とりあえずって……え、それ問題としてどうなの?
そしてヤカンじゃなくてコップなの?
「その時で状況が変化するという現象にクアンは弱いのよ。今日はコップが大きいかもしれない。明日は皿が大きいかもしれない。固定概念の塊りであるクアンはそれが理解……いや、曲げることができないから、悪魔の魔力と神の魔力を合わせることができないという答えから抜け出せなかったのよ」
かたくなに言ってたっけ。そしてマリー先生の答えは『包み込んだ』って言ってたな。
「まあ、クアンにしてみればそれ以外にも、空腹の小悪魔からワタクシの声が聞こえたことの方にも驚いたでしょうね。相性最悪のワタクシが空腹の小悪魔から声を出したんだもの」
「あ! そう言われれば!」
今気が付いた。いつもなら店主さんの声が聞こえるのに、マリー先生の声だった。
「その辺も踏まえてクアンなら答えを出すわよ。まあそれはクアンに任せて、現状をざっくりと説明すると、この地球とミルダ大陸の間に、よくわからない空間が発生したのよ」
「よくわからない空間?」
「冥界でも無く、桃源郷でも無い。神の世界……に近い何か。行き来する手段は現状として狩真のグールの首飾りだけ。だから、問題を解決するという意味では狩真の選択は間違っていないし、クアンの考えも間違いではない。個人的には狩真の答えに賛同するけどね」
「それなら狩真様に授業の単位を与えれば良いじゃないですか?」
「それはそれね」
今ナイスと思ったのに、厳しいな。
「途中の変な空間に関してはワタクシやクアンに任せて、貴方はガラン王国で失礼のない行動をしなさい。あ、場合によってはその札が助言をくれるわよ」




