マナーとは
☆
「おはようでござるー。狩真氏ー。音葉氏ー。木戸氏ー」
ハイテンションな尾竹先輩の声に、音葉と木戸は普通に挨拶。俺はというと
「よーざーす(おはようございます)」
「超元気が無いでござるな! どうしたでござる!?」
別に病気という訳ではない。ただ、この後に待ち受けていることを考えると、ちょっと気が重いんだよな。
「そうだ、何でも知ってる尾竹先輩。教えて下さい」
「うむ、この地域では百科事典よりも尾竹と言われた拙者。なんでも聞いて欲しいでござる」
これは頼りがいのある先輩だ。
「王族を前に、失礼のない服装とか、食事の作法を教えてください」
「せめて同じ土台の相談にして欲しいでござるな。突然ぶっ飛んだ質問に困惑でござるよ?」
うん、そうだよね。
「やっぱり尾竹先輩でも知らないですよね。王族の作法ってアニメや漫画とかでそういう知識は得られないんですか?」
「音葉氏はなかなか怖い事を言うでござるな。アニメの知識はあくまでも端折っていたり、偏った考えだったりするでござる。場合によってはオリジナルの作法もある故に、逆に危険でござるよ。本当に知りたければ図書室に行ってマナーの本を読むでござるよ」
「それか、僕の妹なら何か知ってるかもな。今聞いてみるか?」
セレンが?
まあ、いつもドレスのような服を着てるし、何かわかるかな。
とりあえず『何故かセレンも入っている部活のグループチャット』でセレンに質問をしてみた。本当に、いつの間に入ったのだろう。
『王族の食事マナーとか知ってる?』
『あの、何故ワタクシが知ってると思ったのですか?』
『綺麗な服着てるし、知ってると思って』
『ご期待に応えられなくてすみませんが、わかりません。そもそもどこの国の食事マナーですか?』
そうか。そもそもガラン王国だから、この国のマナーとは違っている可能性もあるかもしれない。
『夢の国だよ』
『ネズミの王様がいるのでしょうか……とりあえずそれとなく周囲を見るとか、一緒にいる方をマネする等で覚えると良いと思います』
普通に良い答えが返ってきて驚きだ。というか同級生と先輩よりも頼もしいな。
「さすがセレンちゃんね。ウチの妹なだけあるわね」
「僕の妹な。まあ、一日くらいセレンを音葉に預けてみたいとは思うけどな」
「え、良いの? 多分だけどセレンちゃんは木戸の家に帰らなくなると思うよ」
「まさか」
「言い間違えた。『ウチがセレンちゃんを帰らせないと思うけど、それでも良い?』」
「目が怖い! 本当に僕の妹が好きだなお前は!」
うん、とりあえず木戸は俺の後ろに隠れるのやめろ?
音葉の顔がマジで怖いから。
「とは言え、的確な答えではあるでござる。周囲を見て学ぶ。一般市民の拙者たちはそうするしかないでござろう。もしくはマリー氏に聞くのが一番でござる」
それもそうか。今日は部活だし、放課後に聞いてみようかな。
☆
そして放課後。昨日は臨時で集まったけど、週に一度の部活動の日である。
「遅れたわ。それで、ワタクシに用事って何かしら?」
マリー先生が入ってきた。
「うむ、実は狩真氏が質問したいそうでござる」
「ちょっと狩真は遅れてくるみたいです」
そんなやり取りを尾竹先輩と音葉はするが、マリー先生は眉をひそめた。
「え、狩真はそこにいるわよね?」
「やっぱり駄目かー!」
そう。俺はさっそくプルーからもらった本を読んで『認識阻害』を使ってみた。
「凄い。ウチ達は狩真が見えなくなったのに、マリー先生はわかるんですね」
「僕も、いるってのを事前に知らされてたから、なんかむずむずしていたけど、それ以外は本当に見えなかった」
「ああ、認識阻害を使っていたのね。もしかしてワタクシにそれを使ってバレないか試したくて呼んだの?」
「いえいえ、本題は違います。ただ、覚えたての『神術』を使って見たくて」
「そう。まあ、別に良いけど、多用は禁物よ?」
「あ、もしかして魔力の量が減るからですか?」
「違うわよ。そこの鞄の中に入っている子。辛そうよ?」
俺は疑問を浮かべながら鞄を開けた。するとそこにはぐったりとしているクーちゃんの姿があった。
「クーちゃん!? 何か凄く疲れてるっぽいけど、どうしたの!?」
『ギャギャ、カミジュツ……マリョク……クサイ』
臭い!?
「悪魔にとって神術は天敵よ。心情読破等は直接相手を選ぶから影響は少ないけど、認識阻害は周囲に魔力をバラまくから、気を付けなさい。ちなみにそれを使ってフーリエの近くに行くと、一発でバレるわよ」
なるほど。気を付けよう。
『ギャギャ。オナカスイタ』
「あ、ウチ、クッキーあるよ。はい」
『ギャ。ウマイ。カイフクシタ。オマエ、イイヤツ』
「良かったー。クーちゃんだっけ? ウチは『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』を持ってるけど、本物を見ると欲しく感じるわね」
「じゃあフーリエに頼んだら? と言っても、狩真は監視しないといけないし、多分無理だと思うけどね」
『ギャギャ。そりゃそうですよ。そもそもワタチは固体になってからかなりのブランクがあります。この子だけでも結構集中力を使うんですよギャ』
「凄い流暢に話したでござる!?」
そう言えばクーちゃん経由で店主さんが話すのは音葉しか知らなかったっけ。行ったり来たりで誰がどれを覚えているのかわからなくなってくるな。
「あらフーリエ。こっちに意識を向けるってことは暇なの?」
『これから忙しくなるギャ。地味に空腹の小悪魔ちゃんキーホルダーが学業成就のお守りになるという噂が広まって、そこそこ売れていますギャ』
「お守りというか、元は悪魔だから何とも言えないわね」
『お守りも呪いの一種です。言い方が違うだけで、内容は一緒ですよギャ』
おまじないって漢字にすると『御呪い』だし、確かに言われてみればそうだよね。
「っと、本題を忘れるところでした。えっと、実は近日中にガラン王国に行くことになるんですけど、王族のマナーとか礼儀とかを知れたらと思いまして」
「なるほど。確かにワタクシはあっちの世界に行ったことがあるから、地球上では一番間違いない相手ね。だけど、ワタクシもガラン王国はそこまで行ったことが無いから、正直わからないわ」
「頼みの綱が……」
もしも不敬罪で捕まっちゃったらどうしよう。だってガラン王国に呼ばれたんだよ?
失礼な発言をしたらどうしよう。
「考え過ぎよ狩真。そもそも一緒に行動しているのはガラン王国の姫でしょ? まあ、貴族たちがいる前で普段の言葉使いをしたら何か言われるかもしれないけど、それ以外なら大丈夫よ」
「そうでしょうか……」
まあ、それもそうか。
そんな事を考えてたら木戸がふと疑問に思ったことを話し始めた。
「というか、そもそもガラン王国に行くのに、お前は女王とかに会わないといけないのか? その、一緒にいる……シャトルーさんだっけ? その人だけ行けば良くね?」
「そうよね。狩真も一緒に行く理由はあるの?」
うん、実は最初そう思ったんだよね。でもね、俺がこの質問をしているということは、ちゃんと理由があるんだ。
「俺もそれは気になったんだけどね、これを見て」
そう言って、俺はミルダ大陸から持ち帰った、一通の手紙を出した。
「読めないわ」
「読めないでござる」
「読めないぜ?」
「そうだった。うん、ごめ……あ、マリー先生なら読めますよね!」
「読めるけど……え、面倒。疲れたく無いから狩真が読みなさいよ」
うん、こういうのって手紙を持っていた人以外の声がバックから聞こえるシーンとか、アニメではよくある演出だけど、結局現実では自分が読まないといけないんだ。
「えっと、『我が愛娘のシャトル。シャトラをゲイルド魔術国家に送り届けてくれてありがとうと言わせていただくわ。積もる話もあるし、一度城へ顔を出しなさい。それと、一緒に行動をしている冒険者も城へ招くこと』って書いてあるよ」
「一緒に……ってことは狩真もってことね。へー、女王様から呼び出しって、凄く怖いね」
シャムロエ様がちょっと怖い人だから、女王様がどんな感じか少し気になるよね。
「それにしても狩真氏はこの数週間で色々と経験をしていて、時には危険も経験しているのであろう? 一緒に行動している姫君とは何か良い進展等は無いのでござるか?」
「なっ!」
「え、特には……」
というか何で音葉が一番驚いてるの?
「うーむ、特に無いということは狩真氏の好みの女性では無いと言う事でござろうか。姫という言葉に拙者は幻想を抱いているのかもしれぬな。ぐぬぬ、どういう人物か、気になるでござるな」
「あ、僕も気になるな……いや、狩真の仲間がどれだけ頼りになるかって意味で、女の子だからって意味じゃ無いからな」
「ウチも……気になる」
うーん、と言われても、スマートフォンは持って行けなかったし、カメラ的な物があれば……あ、そう言えば記憶を映し出す『神術』があったっけ。
「えっと、ちょっと待ってね。記憶を射影する術があるんだ。クーちゃんは少し離れててね」
『ギャー』
クーちゃんを念のため部屋の隅に避難させ、そして中央に向けて俺は『神術』の『心情投影』を唱えた。
これはプルーからもらった本に書いてあった神術で、記憶の映像をそのまま映し出すことができるらしい。極めれば誰かの記憶を映し出すこともできるとか?
「おお、何か浮かび上がって……む? これは……」
あ、とりあえずいつも見てる光景として、朝起きて一緒に朝ごはんを食べている時の映像だった。
シャトルとシャトラが眠そうな表情で朝ごはんを食べつつ、パムレも隣でパンをモグモグ食べている姿である。
「え、狩真、この美少女を前にして何も思わないの? 嘘でしょ?」
「なんで音葉はさっきからショックを受けてるの?」
意味がわからないよ!
「久々に拙者のポスターブレードが役に立つ日が来そうでござるな。想像以上の金髪美少女。どちらもツンとした目つきに一人はセミロングでもう一人はロング。この姉妹の隣には銀髪の少女。このほのぼの風景から殺伐とした光景が想像できないでござるよ」
まずい。このままでは俺はあっちの世界で命がけという情報が嘘で、実は毎日こんなほっこり朝食を食べて過ごしていると思われかねない。えっと、何か無いか?
そうだ。シャトラと店主さんが手合わせした光景を見せよう。
「これならどうだ!」
もう一度念じると、そこにはシャトラが店主さんに挑み、ボコボコにやられる光景が映し出された。
「良い趣味してるわね狩真。この子が可哀そうだと思わないの?」
「なかなかよくできた映像にしか見えぬでござるが、まあ事実なのでござろう。しかし、女の子が可哀そうでござるな」
「助けてやれよ狩真」
「違う! これ、手合わせだから! 生きてるから!」
映像を見せると俺の評価が下がる。何て理不尽なんだろう。




