神の失敗
☆
『この文字を読める人へ。どうか、助けてくれ』
冒頭は助けを求める文章だった。
『世界が神の『失敗』によって不安定になり、俺の持つ運命を断ち切る力を全て使い、最悪の結末はきっと訪れなかっただろう。神の失敗によって作られた世界、神の思い付きでミルダ大陸の隣に大陸が生まれ、結果としてこの世界は不安定な状態になった』
ミルダ大陸の隣……それってミリアムさんが住んでいる大陸だっけ?
『神の失敗は神が責任を負う……というのが普通。だが、その普通という感覚は人間の感覚だ。実際、失敗を犯した神は逃げ出し、俺と女神、そしてシャ==ッ=の魔力を合わせて、世界をなんとか壊さずに済んだ』
シャ……何故かここだけは俺にも読めなかった。クアンを見ると「続きを読んでくれ。後で答える」と言った。
『世界の崩壊を防ぐ行為は、同時にレイジに好機を与える。この本を読んでいる人は、レイジの存在に気が付いているだろうか。もし知らなければ、クアンに聞いてくれ。そしてレイジを止めるためには俺と女神とシャ==ッ=の力が必要だ。読めただけでこんなお願いをされて困ってしまうのは重々承知だが、どうか俺の依頼を受けて欲しい。リ==』
本自体はそこそこ厚いのに、書いてある内容は少なかった。感覚としては一文字につき十文字くらいだ。
「なるほど。これはクーも想定外だ。そしてクーは答えを早まったかもしれないと反省するかもしれない」
「どういうこと?」
「クーは同郷である君を帰すことを第一に考えていた。が、もし帰した場合、次に襲い掛かって来るであろう危機に対応できないかもしれない。これはミルダ大陸に限らず、地球に完全帰還した場合にも限る」
クアンは真剣な表情をして、考え込んだ。そこにシャトラが問いかけた。
「あの、所々カルマ様が読めなかった箇所は何て書いてあったのでしょうか」
「ああ、そこは簡単だ。最初に書いてあったのは、先代のガラン王国女王のシャルロット。そして最後に書いてあった名前はフーリエ上司の息子のリエンだ」
「!?」
つまり、これは店主さんの息子さんの手紙?
「というか世界が崩壊とか色々と書いてあったけど、どういうこと?」
「うむ、おそらくミルダ大陸史における『神の失敗』だな。これはクーとミルダ巫女……一応フーリエ上司、この三人は知っているな」
一応……というのは、何か理由があるのか?
「神の失敗……そういえばちょっと前にヒルメと名乗る神様が、大きな失敗をしたって言ってたけど、結局教えてくれなかったな」
「ほう。日本の神にも会っていたか。そして日本の神ですら『アレ』を言えない程、大きな失敗だったと認めたか。実に愉快であり、不愉快だな」
クアンは最初、笑ったと思ったら、突然静かになった。
と、そこでミルダさんが話し始めた。
「神の失敗について、簡単に説明します。今から八百年ほど前にこの大陸の隣に、別の大陸が出現しました」
「出現したって、火山噴火でもあったってこと?」
「狩真少年の知る地球と、この世界では大陸の作りが違う。星では無いこの世界に噴火は存在しない。言葉通りこの大陸の隣に大きな大陸が突如現れたのだよ。こう、ポンっとな」
信じられない。大陸が現れるって、今まで見えなかったものが見えるようになったとか、そういうレベルなんじゃないの?
「その大陸は元々クアンさんやミリアムさんが住んでいた『別世界』です。そして、その大陸にはあらゆる死者が住んでいました」
「あらゆる死者?」
え、意味が分からない。
「狩真少年が理解できる単語で例えるなら、その大陸は『あの世』だ。隣の大陸にはかつて地球で有名になった偉人や武士などが生き返った。クーはマリー女史の所為で転移したから、唯一あの大陸で死を経験していない者だがな」
「え、唯一? じゃあミリアムさんは?」
「はい。クアンさんの言う通り、ミリアムさんは一度亡くなってます。フーリエさんだけはドッペルゲンガーとして生き残ってますが、ミリアムさんは普通に魔術研究所に勤め、そして生涯を終えました」
そうだったのか。てっきり会う人全員何かしらの能力を得て、不老不死になっている物かと思ってたよ。
「ん、そうなると、ミリアムさんって地球の人?」
「いえ、その辺も踏まえて神の失敗です。『運命の神』と名乗る女神がうっかり失敗をして、あらゆる死者の運命を狂わせた結果、一つの大陸と複数の肉体、そしてあらゆる矛盾が生まれてしまいました」
そりゃ、過去の偉人たちが生き返ったら、現代科学はとんでもない事になるよね。
ん、でもこの世界に来てスマートフォンとかは見かけないし、それほど技術が向上したとは思えないな。
「あらゆる世界のあらゆる人種が共存する大陸。そして既存のミルダ大陸は様々なバランスを崩され、世界が崩壊するとまで言われました。三大魔術師の力だけでは何もできないほどに、世界が壊れていたのです」
一つの大陸が登場したことにより、世界のバランスが崩れる。うーん、魔力とか関係しているのだろうけど、俺にはピンとこないな。
「そこで、ワタチの息子のリエンと創造の神とシャルロット様が協力し、体内の魔力を放出して、あらゆる矛盾から成り立つ崩壊を退けました」
後ろから声が聞こえた。
そこには店主さんが立っていた。
「店主さん?」
「はい。店主です。人間のワタチは普段ここに住んでいます」
あ、よく見たら目が水色だ。
「聞いていたかフーリエ上司」
「当然です。ワタチの息子に関係することは全て関わりますよ」
「今お茶追加しますね」
そう言ってミルダさんはお茶を淹れた。
「何か店主さんっていつも料理を運んでいる印象があるから、お茶を淹れられる姿は変だね」
「しかも静寂の鈴の巫女様よ? あの店主殿がよ?」
「ちょっとお二人とも! 『一応』店主様は三大魔術師ですよ!」
「ワタチを何だと思ってますか? 一応言っておきますが、ミルダはワタチにとって魔術に関しては後輩に当たります。数少ない先輩面くらいさせてください」
腕を組む店主さん。うん、やっぱり変だ。
「先ほどフェルリアル貿易国にパムレ様とプルー様が落ちて来て、グールの首飾りの修理を終えました。能力は衰えてると言いつつ意味不明なものまで修復できるのは、やはり神だからですね」
「あ、店主殿はそれを伝えるために来たんですか?」
「そんなところです。とは言え、一番はここに女王候補が二人もいて副館長もいるのにパムレ様がいないから心配だったという事の方が大きいですね」
「あの、ミルダもいるんですよ!?」
おおー、巫女様が怒った。店主さんとミルダさんって仲良しなのかな。
「さて、今後の方針は決まったが、一方で不明点はある。不明点に関してはクーが調査しよう」
「不明点?」
「そうさ。どうしてリエン少年は狩真少年にしか読めない文字を残したのか。そして、どうしてこのような文字が読める人が後々現れると思ったのか。誰の入れ知恵なのだろうな」
そう言ってクアンは店主さんを見た。
「ワタチを疑ってそうですが、無駄ですよ。リエンを失う事に関しては大陸一反対しています。ワタチだってこれがリエンが書いたなんて、知りませんでしたからね」
ため息をつく店主さん。
そこにシャトラが手を挙げた。
「あの、結局『神の失敗』についての結末というか、リエンさん達が何かをして世界を守ったっぽい感じですけど、結局何をしたんですか?」
「リエン少年と女神とシャルロット少女が魔力を放出した。それ以上の情報が無いため、答えられない。そして、神が人間に頼らざるを得ない状況を作ってしまったことが『神の失敗』であり、神はそれを答えてくれない。まあ、その中で一番無神経な女神なら話してくれるだろうし、聞いたら答えてくれるかもな」
「いや、女神って言われても誰かわからないし」
「ああ、今は神の力の大半を失って『危篤者の代弁者』と名乗っているからな」
それって、プルーの事?
☆
教会を出ると、ミルダさんが見送りまで来てくれた。
「おい、静寂の鈴の巫女様だぞ!」
「頭を下げろ!」
「巫女様!」
並んでいる人がそれぞれ口に出し、そして頭を下げた。やっぱり凄い人なんだな。
「クーもこれくらい威厳があれば良いのだが、この国では副館長と言っても、所詮は頂点では無い。悲しい事だ」
「クアン様は偉くなりたいのですか?」
「シャトラ助手は面白い質問をするな。クーは偉くなりたいわけではないが、権利は欲しい。頂点になることであらゆる許可が不要になるからな。以前魔術と科学を合わせた研究で部屋を一つ破壊してしまったことがあり、結果として実験のたびに上司から許可を貰わないといけなくなったのだよ」
「それはクアン様が悪いのでは?」
うん、俺もそう思う。
「では皆さん。ミルダはここまでです。カルマさんと出会えてよかったです。困ったことがあったら寒がり店主の休憩所経由で相談して来てください」
大陸で一番偉い人に相談できるのはとても良い事だ。
「さて、シャトラ助手はクーについて来てもらう。今日から色々と頼むぞ」
「は、はい!」
「ふふ、良かったわね。ようやく外に出れたって感じね」
「はい。姉様」
今まで鳥かごの中から出れなかった姫が、ようやく外に出たという感じだろう。
「それにしても、ここから帰って二日。大学も一週間くらい休んでいるけど、大丈夫かな」
ずいぶん長い時間ミルダ大陸で過ごした気分だが、ここからフェルリアル貿易国に行くには途中で野営をする必要もあるし、今の時間から考えたら明日出発だろう。俺、単位大丈夫かな?
「あ、それには心配に及びません。カルマさんはミルダを何だと思ってます?」
「え? 凄い人かな?」
「そうです。凄い人です。マオさんや魔術研究所の館長と同じく三大魔術師です」
「はあ、それは聞いてますが」
その瞬間、足元が光った。
こ、これは?
「現地にはマオさんがいるので、良い感じに着地ができると思います。ということで、今後のご活躍、祈ってますよ!」
そして、光はさらに強くなり
俺とシャトルは思いっきり上空へと飛ばされた。
☆
「ぬああ!」
目を覚ますと、白い天井がまず目に入った。ここは……地球?
「あ、戻ってきたのですね。お帰りなさい」
「店主さんの声……そして白い天井ということは、ここは地球?」
「そうですよ。ちなみにここはワタチの家で、日時は四月の二十四日。時間は午前六時です」
ということは水曜日か……良かった、帰って来たのか。ん、でも吹っ飛ばされた後の記憶が無いけど、どうして戻ったのかな?
「それよりも目覚めたのなら布団から出て来てください。簡単な朝ごはんくらいは作りますよ」
「え!? あ、そんな、悪いです……よ?」
天井しか見ていなかったから、地球の店主さんを見ていなかった。ふと、見てみると、なんかやつれてる?
「痩せました?」
「マリー様の魔力を使って無理やりミルダ大陸とやり取りをしたから、その代償です。数日で治りますよ」
「えっと、ありがとうございます」
というか、この布団も俺のじゃないし、ここは店主さんの部屋か。ずっと店主さんの布団で寝てたのか。
「それで、起きる気があるんですか? 朝ごはん、作りませんよ」
「た、食べます!」




