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教会から招待


 ☆


 翌日。

 俺はシャトルとシャトラと一緒にミルダさんの教会へ向かう事になった。


「なんとなくモヤっとするから言うけど、昨日店主殿が大泣きしてカルマに何かお願いしていたことは丸聞こえだったわよ」

「結構壁薄いですからね」

「うん、気を使って言われないよりましかな!」

 こういうさっぱりした所は彼女の良いところだよね。

「それで、店主殿は何をお願いしたのよ。所々聞こえなくて、セシリーを行かせたら『認識阻害が邪魔で行けぬわ』って言ってたよ」

『今の我のモノマネか? 似てぬぞ!?』

 ノリの良い精霊である。

「ざっくり言うと、クアンはすでにグールの首飾りの修復方法は思いついていたけど、その上で俺を地球に帰らせる方法を考えていたみたい」

「カルマ様の安全のためですね」

 シャトラが俺の目を見て話した。

「え、うん。そうだけど、やっぱりクアンの考えが正しいのかな?」

「分かりません。ですが、カルマ様は地球出身であちらの生活もあるのであれば、第一に一方通行の帰還。最後の手段で従来通りの方法に戻すというのが挙げられるでしょう」

 そういうものなのか。


「でも店主殿の依頼を投げ出すのは私としてはちょっと嫌な気もするわよ?」

「ただの人探しでは無い状況です。そもそも数年に会えるかどうかわからない三大魔術師とこうして頻繁に会い、危篤者の代弁者様まで出てきました。これはシャトラの予想ですが、よからぬことが待ち受けてると思います」

「まあその時はその時だよ。こっちの世界にはクアンもいるし、あっちにはマリー先生もいるからね」


「そのクーが必死に狩真少年を転移させようと、珍しく徹夜していたのに、一晩で無意味となったがな」


 ぬああああ!?

 後ろからヌッとクアンが登場してきた!

「あ、クアン。眠そうね」

「当り前だ。この『馬鹿』の帰る方法をあらゆる数式を用いて半分までたどり着いたところで、プルー修道女をあっちにぶっ飛ばしたんだ。目の前の計算書類を全部焼いてやったよ」

「あはは、ごめんな。でも店主さんの気持ちを考えると、見捨てられなくてさ」

「それも分かっている。君はクーがあのフーリエ上司の息子探しに何もしていないとでも思っていたのか?」

「え?」

 クアンは俺を睨みつけるように見つめて話し始めた。

「この数百年、空き時間は常にリエン少年の場所を突き止めようとあらゆる手段を費やしていた。クーが数百年かかっても見つけられていないんだ。狩真少年が出てきた瞬間、その計算書類は全て破棄するレベルの出来事に、クーはずっと葛藤していたのだよ」

 そう……だったのか。

「クアン様って口は悪いですけど、優しい人ですね」

「クーがいつ悪口を言った」

「え、今カルマ様に『馬鹿』って言いましたよ?」

「ほう……クーもまだ人間味が残っているということか。シャトラ第二……いや、今日から君はシャトラ助手だ。君に免じて昨晩の事は全て水に流そう」

 急にご機嫌になったクアンを見てホッとした。って、シャトラ助手?

「あ、ああ! そう言えばシャトラってゲイルド魔術国家の魔術研究所で勉強するために来たんだっけ?」

「色々ありすぎて忘れてましたね。そうですよ。今日からクアン様の下で色々と勉強することになりました」

「へえ、じゃあ姉として挨拶をしないとね。クアン、妹をよろしくね」

「ああ。こちらこそ手が増えることは嬉しい限りだ。なんせあのガラン王国の血を引き継いでいるからな。それに火の精霊を持っている。これでわざわざ灯油を持ってくる必要は無くなる……ふふふ……ふふふふふ」

 なんかすごく怖いんだけど。


 ☆


 教会に到着すると、門の外には沢山の人が並んでいた。

「俺たちも並んだ方が良いのかな?」

「でも呼ばれたのは私達よ?」

 そうシャトラと話していると、一人の神官がこっちに来た。

「失礼ですが、その金髪。ガラン王国の方でしょうか」

「はい。シャトル・ガランよ」

「失礼しました。私、ここの神官をしています。ミルダ様から貴方達が来た際には裏口を通すように言われております」

 金髪が目印なのかな。ずいぶんと安直すぎるような気がするな。

「ねえクアン」

「何だ?」

「この人は見たことある?」

「ん、ああ。この教会の神官を務めているベギルだな。普段は聖書を読み、時々人手が足りない場合はこうして入り口に立つこともある……のだが、すごいな狩真少年。君は無駄な行動を全くせず、しっかりクーに聞いたのは正解だったな」

 俺はジッと相手を見た。


『ガムー』


 こいつの名前はガムー。てっきりレイジだと思った。でも、クアンの言った名前と違う。

「嘘は駄目だガムー。本当に神官か?」

「なっ! 俺の名前を、ならば!」

 ガムーは右手に持っていた杖をシャトルに向けて振りかぶった。


「忘れていると思うけど、私、そこそこ腕の立つ冒険者よ?」


 杖を手ではじいて相手の顎を殴り、一瞬で気を失わせた。

 すげー、鮮やか過ぎて何も見えなかった。あと、相手はシャトルを冒険者だと言うことはそもそも分からないからね。

「な、何事だ!」

 教会から一人の男性が走ってきた。おや、どうやらこの人がクアンの言っていたベギルという男らしい。

「なっ! 俺と同じ顔……一体ここで何があった?」

「急に襲われたのよ。そこにいる魔術研究所の副館長が証人よ」

「ああ。見事な変装だった。強いて言えば、着ている服の模様が違っていたな」

 それでわかったの!?

 と、突然ポンっと音を立てながら、ガムーを中心に煙が舞った。

 服装はそのままだが、顔から何かが剥がれ、おおよそ三十代くらいの男性に変わった。まるで魔術でマスクのような物でもつけていたのか?


「変化……いや、クーの知る限り今のは……」

「心当たりがあるの?」

「うむ、心当たりだけだ。詳しくはこいつの身分をしっかりと調べてから結論を出しても遅くはないだろう。それよりも用事を済ませよう。そこの本物のベギル使者」

「はい」

「静寂の鈴の巫女様に呼ばれた者がここに居るのだが、並んだ方が良いか?」

「はっ、失礼しました。カルマ様ですね。でしたらこちらからどうぞ」

 あ、結局裏口から行くんだね。


 ☆


 裏口から入ると、中では聖書を読むシスターがいたり、掃除をしている人がいたりと、まさに裏側という状況が目に入った。

「すみません、普通ここは関係者しか入れないので」

「いえ、別にあやまることでは」

 そして突き当りの部屋に到着。

「この部屋でお待ちください。今ミルダ様をお呼びします」

「え、あの行列はミルダさんと話すためでは?」

「静寂の鈴の巫女様が出る場合は、国の重役の方や大陸に関する話をする方が来た時です。今はそれなりに地位のある神官が皆様の悩みを聞いています」

 そういうことか。


 部屋に入ると、石の壁だが、どこか温かみのあるデザインと塗装がされている立派な部屋だ。


「クアン様、もしやこの部屋は」

「おお、さすがシャトラ助手。見抜いたか」

 え、もしかして格式ある部屋なの?


「ミルダ様の自室ですよね」

「うむ、あ、狩真少年。そこのタンスは絶対開けるな。この大陸で一番敵に回してはいけない人物の大胆な下着が入っているからな」


「大胆な下着はありません! というか何故それをクアンさんが知っているんですか!」


 おおー、クアンが話し始めた頃から地響きが聞こえた(気がした)けど、ミルダさんが凄い勢いで走って来てたのか。

「来ました。ミルダさん」

「ありがとうございます。あ、どうぞ座ってください。今お茶を出しますね」

 そう言ってミルダさんはお湯を用意して、お茶をカップに入れた。


「って、ミルダ様、何やってるんですか! 私達がやりますよ!」

「そうです! 静寂の鈴の巫女様がお茶汲みなんて!」

「あ、これはミルダの趣味なので気にしないでください」


 自然な流れだったからうっかりしてたけど、そういえばこの世界でこの人は偉い人だった。

「さて、今日来てもらったのは他でもありません。そこのクアンさんですら解読できなかった本をカルマさんに読んでもらおうと思い、お呼びしました」

「解読できなかったとは失礼な。そもそも暗号では無い文字なだけだ。魔術的要素を必要とするならクーには不可能だとも追加で発言しよう」

「ということで、クアンさんがすっごく悔しがる表情をしながら諦めた書物です。どうぞ」


 ミルダさん、クアンの事嫌いなの?


 とりあえず本を見てみることに。うーん、見たことが無い文字ばかりだ。所々ひらがなっぽい文字もあるけど、それは偶然だろうな。

「みぽぷぺふへほはんな……いや、わからないな」

「日本語に似ているが、違うぞ。英語やタミル語でも似た文字は存在する。重要なのは文字では無く筆者の考えだ。はっきり言おう。この本はクーには読めないが君なら読める」

「俺なら?」

 それは……じっくりと見れば何が書いてあるかわかる能力を持っているからか?

「君の能力は人の名前や物の名前を当てることができる。そして文字や言葉も分かる。それは地球では通訳者にとって喉から手が出るほどの力だ」

「そりゃ、勉強しなくて済むからね」

「そこでクーは一つの仮説を立てていた。君が読める文字や言葉は、その中に込められた呪いを読み解く力なのだと」

 呪い?

「親が子供に名前を付けるという習慣はどこにでもある。この世界にもそれは存在し、無機物にも名前を付けることすらある。そしてその名前には理由も込められている。これは一種の呪いだ。故に、クーがこの適当に書いた線を念じて書くと……」

 そう言ってクアンはペンを握って一枚の紙に適当な線を描いた。


『リンゴ』


 え、今のがリンゴ?

「クアン、この文字は何語? リンゴって書いてあるのは分かったけどさ」

 俺が驚くと、シャトルが俺に質問をしてきた。

「ただの線にしか見えないわね。地球の文字なの?」

「答えは『クアン語』だ。その歴史は浅く、知っている者は少ない」

 クアン語……聞いたことが無い。たまたまクアンと同じ名前の言語だろうか。

「いや、真剣な表情をされると恥ずかしい。たった今考えた文字だというだけだ。ちなみにこれは『リンゴ』と念じて描いただけで、深い意味は無い」

 照れるクアン。あ、そう言う事ね。歴史が浅いって、たった今考えたからそう言ったのか。分かりにくい!

「それで、リンゴと読めたのだな?」

「うん。てっきり俺の知らない地球の言語だと思ったよ」

「クーは地球の言語をほとんど知っているつもりだ。現在進行形で増え続けていたら学ぶ資料が無いため不可能だが、それでも知りうる限りの言語は分かる。その上で、存在しない文字を書いたが、それを狩真少年は読めた。つまり、この本の筆者は何かを伝えるべく、念じながら一つ一つ文字を書いていたなら、きっと読めるだろう」

 この場では俺にしか読めない本……。

「分かった。ちょっと読んでみるね」

 そして俺は、本の中を音読し始めた。


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