大陸の名になった少女
☆
大きな門があり、そこには二人の門番が立っていた。
「止まれ。何者か答えろ」
俺が出ようと思ったら、シャトラが服を掴んだ。
「適任者は姉様です。カルマ様が出てきても、例え正当な理由だとしても調べられたりします」
「そういうものか」
入国検査的な?
「シャトル・ガランよ。ガラン王国から来た第一皇女で、ここには第二皇女もいるわ。護衛に三大魔術師マオ。あとは……私達の使用人二名ね」
「はっ。魔術研究所の館長様より伝言は承っています。ようこそおこしくださいました」
そう言うと大きな門が開いた。おおー、こんな石で作られた重そうな門なのに、スーッと開いてる。もしかして魔力的なやつかな。
少し進むと門は再び閉じ、馬車はさらに進む。すると、大きな町と、少し高い山。その上には教会のような建物が見えた。
「すげー。なんというか、すげー」
「語彙力な失ってますよ」
「まあ、無理も無いわよ。魔力を保管して照明として照らす石が散りばめられていて、夜も明るいのはこの国だけだからね」
よく見ると電灯のようなものが沢山並んでいた。
「そろそろだと思ったよ。狩真少年」
「クアン。久しぶり」
どうやらクアンが迎えに来てくれたらしい。
「最短ルートで二日。とは言え、さすがに馬車で疲れただろう。操縦者も二人で交代だろうし、そこの魔力お化けは護衛に集中だからな。おや、途中で相乗りでもしたのか?」
クアンはプルーを見た。
「数百年ぶりだな。頭の悪い人間よ」
「ほう、危篤者の代弁者か。これは……予想外だ」
そしてクアンは笑った。
「クアン、どうしたの?」
「いや、このタイミングでプルー修道女を連れて来るとは『想定外』だ。狩真少年、クーは想定外が大好きだ。何事も計算で物事が進めば、その通りに生きればいいだけだからな。ラプラスの悪魔……いや、それとは異なるか?」
「相変わらず貴様は……いや、それが人間というやつか。クアンはプルーに何か質問をしたいのだろう?」
「いや、逆だろう。プルー修道女はクーに何か聞きたいのだろう。服を見てわかる。プルー修道女はこことは違う世界で五年生活していた。だが、いざ戻ってきたら数百年の時を経ていた。目の前には狩真少年と魔力お化けとリエン少年の子孫。ここまで情報があればクーなら答えられる。プルー修道女の質問くらいな」
「ほう、そうか。ではせーので言うから答えて見ろ」
「面白い。いくぞ、せーの」
「「今日の晩御飯は何だ」」
何だよその質問!
そしてクアンはその質問を当てるのかよ!
「凄いです、何で当てることができたんですか?」
「簡単な精神的な操作だ。どうせ本当の質問をこんな場所ではしない。であれば全然関係のない質問をする。視線の先には『寒がり店主の休憩所』。となれば、晩御飯のメニューを質問してくるだろう」
いやいや、何『これしかないでしょ?』って顔で言ってるの?
「というか店主さんって記憶の共有をしているんだよね? プルーが相乗りしていることは聞いて無いの?」
「む、良い質問だ。これでもクーは副館長として忙しくてな。到着予定日を聞いた日以降はお互い会っていないのだよ」
てっきり同じ職場で働いているのだと思ってたけど、違う部屋なのかな。
「とりあえず宿に荷物を持って行こう。魔力お化けは早くこの国のパムレットを食べたいのだろうしな」
「……クアンは魔術が使えないのに心を読んでくる。マジ厄介」
☆
宿屋に到着すると、中は賑やかだった。
「はーい、いらっしゃい」
「あれ、店主さんは?」
受付には緑色の髪の男の人が立っていた。高身長で頼れる知的なお兄さん的な雰囲気を醸し出している。名前は……『シグレット』か。
「悪いな。今店主は買い出しに出ててな。どうも、客が一人増えるって言って急いで用意しに出てったよ」
「それはプルーの事か?」
「ああそうだ。ずいぶんとご無沙汰だな。代弁者さんよ」
この人もプルーを知っている?
というか、プルーは何百年もこの大陸に居なかったのに、知っているということはこの人も結構長生きしているのかな?
「クーから紹介しよう。この青年はシグレット薬師だ。主に薬を使った治療薬を研究している」
とりあえずこっちも名乗るか。
「狩真です」
「シャトルです」
「シャトラです」
「……三大魔術師マオ」
「危篤者の代弁者プルー」
「魔術研究所の副館長クアン」
「いや、後の三人はどうして自己紹介したん? というかクアンに関しては俺の上司だし!」
ノリが良いお兄さんだ。そして後半三人もノリが良いな。
「というか寒がり店主の休憩所は店主さんだけで色々とやっているわけじゃないのか。まあ、ギルドの運営で普通に職員さんもいたし、当然か」
「そうだな。特にここは店主が館……アレだから、時々俺が呼ばれるんだ。残業手当とかでないのに理不尽だよな」
待遇に不満があるのだろうか。
「こうなることは目に見えたからプルーが教会に誘ってやったのに、断ったのはお前だ。自業自得だ」
「プルー修道女のプレゼンが足りなかったのが原因だな。クーの持つ調合の知識をすこーしちらつかせたら、即断即決だったからな」
「何も言い返せない。俺が長年費やした研究を一瞬で理解して、その応用を見せられたら飛びつくだろ……」
やることがえげつないな。
「過ぎたことだ。それよりも今日はゆっくりと休むと良い。そろそろ店主が」
その瞬間。
大きな音を立てて扉が開いた。
「プルーさん!」
プルーとは真逆の白い修道服を着た少女が現れた。
右手には大きな杖を持っている。
「げっ! 貴様は!」
「ようやく見つけました! さあリエンさんを返してください! ここですか!? この服の中ですか!?」
ぐりぐりと服の中に顔を突っ込む少女。いや、何者!?
「……あー、『ミルダ』。リエンはここにいない」
みるだ……ミルダ!?
たしかこの大陸の名前になってる凄い偉い人!?
「では五分待ちます。リエンさんを出してください」
「無茶を言うな。プルーも何故戻って来れたかわからないんだ。それを解明するべく不本意だがクアンの知恵を借りに来たんだ」
「ではクアンさん。はい、答え」
「ミルダ巫女がまず逆立ちをする。それができなければ、難しいな。カカカッ」
「わかりました」
「え」
ミルダさんは杖を隅っこに置いて、深呼吸をして、その場で逆立ちをした。
「言っておきますが、この動作に意味が無い場合、その杖でクアンさんを殴ります。次はどうすれば良いですか?」
クアンが固まってる。
いつも淡々と話しているクアンが、額に汗をかいているよ。
「これはミルダ巫女に『頭を冷やせ』という意味を込めたものだ。本来血は重力の影響で下に行くが、怒りという感情は心拍数を上げて血液の流れを加速し頭に血を多く送ってしまう。つまりその逆で重力の影響を受けつつも上がった心拍数に乗じて動いた血流を頭では無く足に……ちょっと待てその杖は大陸の宝だ。それにそれ結構痛いのだぞ。以前それをうっかり落とした時に石で作られた床に穴ができたでは無いか。よく考えろ、そのまま杖をゆっくりと両手でぎゃん!」
思いっきりスイングされた杖はクアンの腹に命中した。
うん、痛そう。
同時に、振った杖からは鈴の音が鳴り響いた。この音は……。
と、のんびり聞いていると、俺の目の前にセシリーとフェリーが音を立てて登場。
『ぐう、久しくこの音を聞くと辛いのう』
『ねむー』
そうか。静寂の鈴の音って魔力を抑制するんだっけ。精霊はもろに受けるのか。
「み、ミルダ様!」
と、シャトルが声を出した。
「はい、呼びましたか?」
「お初にお目にかかります。私はシャトル・ガラン。こちらは妹のシャトラ・ガランです。お会いできて光栄です」
「光栄です」
シャトルとシャトラはその場で膝をついた。
「改まらないでください。ガラン王国とは色々と食料を送る仲です。ミルダは王族でもないので、普通に話してください」
「ありがとうございます」
そして二人は立ち上がった。
「そして、こちらが噂のカルマさんですね。初めまして」
「は、はい。初めまして」
見た感じ、パムレや店主さんと変わらない身長。この人が三大魔術師の三人目、静寂の鈴の巫女ミルダか。
「首飾りについて、クアンさんから少し聞きました。壊れていなければ会えなかったかもということで、こうして会えたこと、嬉しく思います」
「いえ、この世界についてはよくわかりませんが、凄い人に会えたことは嬉しいです」
「異世界の方であれば仕方がないですよ。ミルダの事はこの店の店主さんと同じような口調で話してください」
「はい」
軽く頭を下げる。
それにしてもずいぶん神々しい人だな。声も優しいし。
とりあえず俺は一通り挨拶を終えたと思い、周囲を見た。
俺は気が付かなかった。
先ほどまで好き勝手飲み食いをしていた冒険者や商人が、その場で地面に膝をついて、頭を下げていた。
「狩真少年。君はクーやそこの魔力お化けが居るから許されている。本来彼女が目の前に出てきたときは、皆頭を下げるのだよ」
「あはは……その、不敬を許してください」
「いえいえ! 先程も言いましたが店主さんと同じように! これは命令ですからね!」
改めて、大陸の名前になる人の存在という物を、知らされた。




