北の国へ移動
☆
久しぶりにぐっすり寝た気がする。本当なら寝た後にだるい感じが残って二度寝をしたい衝動に駆られるが、ここ二週間は無かった。
とりあえず起き上がって背伸びをすると、パムレが床に布団を敷いて寝ていた。
「……ん、おはよ」
「え、床で寝てたの?」
「……え”、一緒に寝たかったの?」
「いや、そういう意味で聞いたわけじゃなくて、俺が床で良かったのにって意味!」
危ない。
パムレは小っちゃいから大丈夫なんて考えは、個人的な感想に過ぎない。駄目なものは駄目である。
「……変な空間に取り込まれた時にかなり魔力を持ってかれた。今は半分くらい回復できた。けど、往復するくらいの元気は無い」
「往復?」
「……ゲイルドとここ。姫二人と狩真を持ってくのに三往復は辛いかな」
うん、大変なら大変って言ってもらった方が良いんだよ?
「じゃあゆったり馬車かな。酔いとか大丈夫?」
「……少し浮くから大丈夫」
そっちの方が疲れる気がするんだけど。
『カルマ、起きてる?』
『カルマ様。おはようございます!』
と、隣の部屋の姫二人が起こしに来てくれた。どうやら公務は無事に終わったのだろう。
とりあえず扉を開けてみた。
「私の子孫に起こしてもらって、これはこれは良い朝だな」
「シャムロエ様!? これは絶対ズルいでしょ。罠でしょ」
シャムロエ様が腕を組んで立っていた。
というか後ろ二人は笑ってるんだけど。
「冗談よカルマ。大叔母様がちょっといたずらしようって提案してきたのよ」
「ロイヤルジョークよ。楽しんでもらえた?」
「笑えないですよ……」
ため息をつく。なんだよロイヤルジョークって。
というかシャムロエ様ってそういう冗談をやるタイプの人だったんだ。でも仮面から見える目が怖い。
「まあ、事情はフーリエから聞いたわ。これからゲイルドに行くんでしょう。だったらこの子孫二人を連れて行って欲しいのよ。最初はどうやって行かせるか悩んでたんだけど、貴方が行くならついでにって感じで」
「あ、じゃあお許しが出たんだ」
「駄目とは元々言ってないわよ? 馬車での話を聞いてたわよね?」
「時々来るこの圧は何ですか?」
もう怖いよこの人。
「カルマ様、すみませんがゲイルド魔術国家まで同行してもよろしいでしょうか?」
「良いも何も、俺は大歓迎だよ。道中は危ないだろうし、シャトラは強いし!」
「一応姫なんだから、そこはカルマが守るくらいの事は言いなさいよね」
「そうでした」
ということは、現地まで女の子三人と俺の計四人、あとは精霊二体で移動ということか。色々と気を使う場面が多いかもな。
「魔術研究所に関しては何も言わなくてもフーリエが色々とやってくれてるだろうし、学校に行きたければ行きなさい。ただ、一応王家としての名もあるから、ゲイルド王に挨拶と、ミルダに挨拶はしてちょうだい」
「はい。大叔母様」
おおー、なんか王族が色々と命令している。ドラマとかでしか見たこと無いけど、本当にそういう場面に遭遇すると俺も緊張するな。残念なことに宿屋の廊下でそれらが行われているけどね。
「それとそこで二度寝を楽しんでるマオ」
「……あい」
目をこすりながらテケテケと歩いて来るパムレ。その姿だけならただの小さな女の子なのに、これが大陸一番かもしれないと言われている魔術師だもんな。
「早く城を破壊した修繕費、払ってもらえる?」
「……二人の護衛でチャラ。王族の護衛費用を計算してみ?」
「ちゃっかりしているわね。わかったわよ」
そう言ってシャムロエ様はパムレの頭に手を置いた。
仮面越しだが、ニコッと笑っている気がする。うーん、それにしても気になる。
「あの、シャムロエ様」
「何かしら」
「どうして仮面をつけているんですか?」
「ちょ、カルマ!」
え、聞いたら駄目だった?
「……仕方がない。あまりにも怖いから、『超強い三大魔術師のマオ』が教えてあげる」
え、何?
「……仮面を取ると、目から火が出て口から溶岩が出る呪いがかけられている」
「マジで!?」
「嘘を言わないの! はあ、仮面をつけている理由は馬鹿にされないようによ」
そう言ってシャムロエ様は仮面を取った。
その姿は、シャトルとシャトラとほとんど似ていて、三姉妹と言われてもおかしくない容姿だった。
「大叔母様……若!」
「え、隠す必要なくないですか!」
「あるのよ。子孫の方がどんどん年老いてくから、顔を隠して勝手に安心しているのよ。公に出てもこれなら大丈夫でしょ」
いや、めっちゃ怪しい人にしか見えません。
「……シャムロエもパムレみたいに自由奔放に生きれば良かったのに、そうしなかった。まあ、過ぎた話だけどね」
「マオは三大魔術師としてかなり行動を制限されているけどね」
ニッと笑うシャムロエ様。普通に可愛い人だけど、この人も凄い年上なんだろうなー。
再度仮面をつけて、いつも通りに戻ったシャムロエ様は振り返った。
「さて、私はそろそろガラン王国に行かないといけないから、ここでお別れよ。また会いましょう」
「はい、大叔母様もお気をつけて」
「ありがとうございます!」
軽く頭を下げると、シャムロエ様は去っていった。
☆
ロイヤルなマネーの力により、馬車を購入。そこに色々な荷物を入れて、後は行く場所の確認。
「ここから一気に雪が深くなるので、もし日が真上を過ぎていたら、この近くの休憩所に行ってください。そこにワタチもいます」
そこにワタチもいます。うん、なかなか聞かない単語だよね。
「店主殿、このミラド村経由の方が早いのでは?」
「ああ、そこは商人の休憩場所としても有名ですが、ワタチがいません」
ワタチがいません。これも普通ありえない単語だ。
「その『ワタチ』がいる場所……失礼、店主さんがいる場所をポイントとしていけばいいんですね」
つられちゃったよ。まあ、周囲はそこまで気にしてないみたいだ。と言うより、何を言ってるか分からないから興味も出ないのだろう。
「そうです。雪が深い場所は馬車の速度も落ちます。それに動物も目を光らせているので、できれば明るいうちに移動しつつ、こまめな休憩をお願いします」
「店主様、もし遭難したらどうすれば良いですか?」
シャトラの素朴な疑問。そして
「……パムレが現地までぶっとばす。荷物は諦めて」
いや、最終手段が強すぎるんだよ。
「まあ、仮にパムレ様がいなくても、セシリー様がいるので心配はしていません。元々セシリー様の地元ですからね」
そう店主さんが言うと、ポンっと音を立てて氷の精霊は姿を現した。
『そこら辺にいただけで生活をしていたわけでは無いのじゃよ。じゃが、人間基準で言えば地元じゃな』
北の国ゲイルドはセシリーの地元から近い。じゃあ迷う事はとりあえず無いのか。
「魔術研究所入館手続きとミルダへの謁見に関してはワタチの方で進めます。まずは無事にたどり着くよう頑張ってください」
☆
そして馬車に揺られること四時間。
俺は酔っていた。
「……まさかパムレの同胞がいるとは思わなかった。ようこそ」
全然嬉しくない歓迎である。
「道は悪いし、ここまで長い時間揺られるとは思わなかった。他の皆は平気なの?」
シャトルとシャトラは平気な表情で話しかけてきた。
「馬に乗ってれば酔わないし、馬車は乗り慣れているからね」
「確かにいつもより道は悪いですが、これくらいは大丈夫です」
そういやこの二人、王族だもんな。車が無いこの世界での移動手段は馬が主流だし、馬車で移動することも多いだろう。
以前ミリアムさんがパムレと戦った際に馬車に乗ったけど、椅子はフワフワだったし、ここまで長時間乗っては無かった。一方で今回は申し訳程度の布切れが敷かれてあるだけ。うん、お尻と腰が痛い。
「……飛ぶ? ねえ、飛ぶ?」
何でこの子はさっきから目を輝かせているのだろう。それほど仲間が嬉しかったのか?
「今飛んだら、きっと空から雨のような物を降らせることになるだろうから、やめよう。俺の尊厳のためにも」
「……あー、パムレの服が汚されるのは避けたい。うん、わかった」
パムレとしては馬車の速度に合わせて横でフワフワと浮いているのは、退屈なのだろう。
「というか今更だけど、こんな長旅なんだし、盛り上がる会話とかしないの? 基本ずっと黙ってるじゃん」
「そりゃ久しぶりに会った後なら話は尽きないけど、今は同じ部屋で寝てるし、パムレは抱き枕だから特に今話す内容は無いわよ」
「そうですね。姉様はパムレ様を抱き枕にしているので、正直パムレ様の機嫌がいつ爆破するかわからない状態で気安く話せないという状況です。なのでカルマ様から話題を振ってもらいたいです」
何度も思うけど、本当にこの抱き枕って大陸で恐れられてる魔術師なの?
「……ちなみにすでに数回首を絞められている上に、目の前で魔術を放たれそうになった時は、さすがに死ぬかと思った。昨日狩真の部屋で寝た日が久々の熟睡だった」
「皆、もっとパムレを大事に扱おう? なんか知らないけど、この世界では凄い人なんでしょ?」
俺は苦笑しつつ、とりあえず何か話題を考えた




