ニリヤとカナイ
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沖縄の方言や伝統等が書かれている掲示物や、沖縄にあるシーサーのレプリカなど、色々な物が展示されていた。
沖縄の成人式では一人一人が沖縄弁で、今後の抱負とかを言うらしいんだけど、方言のイントネーションや若干の言葉の違いを人生の先輩方が指摘するというイベントもあるらしい。
「へー、家を守る神様。それに、お守り。鏡とかも結構あるね」
「最近発掘された物は全部都心部の博物館に展示されているから、ここには大量に見つかった物ばかりだけどね」
都心部に展示されている物というのはわからないけど、それでも結構な量があると思うけどな。
「例えばこれ、『異界の扉』って言われている鏡」
「普通の鏡のように見えるけど?」
「それが、科学的に調べてみたら、普通の鏡の製法で作られた物では無いらしいの。いわゆる失われた製法で作られた鏡だね」
へー。全く違いは分からないけど、普通の鏡とは違うのか。
本当に別の世界に繋がっていたりしてね。
俺はその鏡をじっくりと見た。なんとなく名前が知りたかった。
次の瞬間。
「ん!?」
「え、ちょ、狩真!?」
俺は突然鏡に引っ張られた。
ガラスケースに入っているはずの鏡だが、それをすり抜けて、鏡の中に吸い込まれていった。
☆
「……りま! 狩真!」
「おあ!?」
目を開けると草原が広がっていた。
「こ、これは……」
「わからない。ウチも気が付いたらここに寝てて」
地面は草原。空は青い……まさかとは思うけど、ミルダ大陸!?
「いや、それよりも音葉、怪我はない!?」
「へ!? う、うん。大丈夫」
「ほっ」
良かった。昨日あんな出来事があったから、立て続けに問題に遭遇してたら大変だよな。
「ねえ、もしかしてここって、狩真がいつも言ってるミルダ大陸って所?」
「そう思いたいけど……正直わからない。俺の言ってる場所はもう少し岩が多いし、こんなに草原が広がってない。ミルダ大陸にこういう場所があるなら別だけど」
すると、少し離れた場所でゴソゴソと音が聞こえた。
「音葉……俺の後ろに」
「へ? うん」
草が揺れて、そこから顔が出てきた。あれは……狼?
「待って、あれ……確証はできないけど、ニホンオオカミ?」
「ニホンオオカミって、絶滅した?」
「う、うん。でもはく製で見たことがある……ちょっと待って、その周りにも沢山いない?」
俺はジッと周囲を見た。するとそこには沢山の『ニホンオオカミ』という文字が出てきた。
「これは……やばいか? とりあえず俺が火を放つから、音葉は離れないで」
「わかった」
じりじりと迫って来るニホンオオカミ。俺は魔力を込めて、火の魔術を~
「こらあああああ!」
空から何か飛んで来た。
緑色の髪に小柄な少女。背中にはリュックを背負っていた。
「人間!? どうしてここに!」
「ここの人!? 助けて!」
「はあ!? この世界の動物を殺そうとしている人間を助けるわけないじゃない!」
え、この人、そっちサイドの人だったの?
「ニリヤ、待ちなさい」
「カナイ! え、何で!」
もう一つ声が聞こえて来た。全く似た顔の少女。髪の色が水色でツインテールにまとめていた。
「質問をするから正直に答えなさい」
水色のツインテールの子が俺に向って話しかけて来た。
「ここへは何をしに?」
「か、鏡を見たら、いつの間にかここに。彼女も一緒です」
音葉は首を大きく振っていた。
「そう……『心情読破』を使っても同じ答えね。つまり悪意はなく、目の前に狼がいたから、防衛本能が働いただけよ。ほら、狼たちはあっちに行きなさい」
そう言うとニホンオオカミは一度だけ吠えて、向こうへと走り去った。
「まって、さっき『心情読破』って」
「あら、君もミルダの人間なの?」
「いえ、俺は地球の人間で、事情があってその単語を知っているだけです」
「そう。まあ、そんなことはどうでも良いわ。間違ってこっちに来たなら、早く出て行ってちょうだい。そうすれば特にこちらから何かをするつもりはないわ」
そう言うと、少女たちは一歩下がった。
「いや、帰り方がわからないんだけど」
「はあ!?」
そりゃ、迷い込んだんだもん。仕方が無いよね。
「前に迷い込んだ黒髪の女は自力で帰ったわよ。貴方達もできるでしょ?」
「いやいや、誰ですかその人。少なくとも俺は魔術は使えても帰れないし、彼女に関しては魔術を使う事もできません」
「じゃあこの場で処分するしか無いわね」
「そうね。カナイ」
だから何なんだよこの殺戮姉妹は!
『ちょっと待つギャ』
と、突然鞄からクーちゃんが登場。
「くうふくの……小悪魔!? ふざけないで、この聖地に悪魔の魔力を持ち込むなんて、ありえない!」
『不可抗力ですギャ。それと、処分されるとちょっとヤバイので、多少の悪魔の魔力が紛れることは許して欲しいギャ』
「はあ? ちなみに処分するとどうなるのよ」
『この空腹の小悪魔とこの男子は契約しているギャ。もしこの男子が死んだら、空腹の小悪魔は暴走して、この世界を食うギャ』
「一時休戦よニリヤ」
「はい、カナイ」
突然正座する姉妹。展開が早すぎて良くわからない。
「えっと、とりあえずここはミルダ大陸なの?」
「違うわよ。ここは『ニライカナイ』。琉球の狭間にある桃源郷で、普通は入れない神聖な場所よ」
「なるほど。つまりウチの実家がやってる沖縄フェアの展示物に、その『ニラタベタイ』が繋がってたと言う事かしら」
「ニライカナイね。私ニリヤとこっちのカナイはこの空間を守る精霊。だから部外者は処分する必要があるのよ」
「部外者って……ちなみに今まで間違って入った人は何人いるの?」
「貴女達含めて四人くらい? 意識だけ入ってきて消えた人は何人も見たけど、こうして肉体も一緒に入った人は四人目ね」
ふむ、つまりここは都市伝説とかで出てくる場所と言ったところだろう。
「最初の一人目は自力でって言ってたけど、どんな術式を使ったかわかる?」
「知らないわよ。そもそも魔力量も相当多かったし、間違って入ったって言った瞬間帰って行ったわ」
こっちとしても間違って入ったと言ってすぐに帰りたいんだけど、術が無いな。
「店主さん、何とか方法は無い?」
『ちょっと待ってくださいギャ』
そう言って店主さんはしばらく黙り込んだ。きっと何か良い案を持ってきてくれるだろう。
『あ、すみません。ちょうど空腹の小悪魔ちゃんキーホルダーが二つ売れたので、その対応をしていました。え、何でしたっけギャ?』
「あの、一応こっち、緊急事態なので、優先的に対応してもらって良いですか?」
そう言えば店主さんは店番しつつこっちを見ていたんだよね。
『唯一の不幸中の幸いは、ワタチの魔力が入っている空腹の小悪魔がそこにあるという事ですギャ。故にこうして話ができているギャ。つまり、繋がってはいるという事実はあるギャ』
確かに。スマートフォンでも圏外ってあるもんね。
『いっそのこと、目の前の魔力の塊りである精霊に、すっげー魔力を使ってもらってこっちに移動するって手はどうだギャ?』
「「私達が消えるわ!」」
二人がクーちゃんに向って突っ込んだ。
『そもそも精霊を名乗るなら、種族を言って欲しいギャ。そこから答えは出てくるかもしれないギャ』
「ニリヤとカナイは森の精霊だよ!」
「そうだそうだ!」
『森……動物と会話、多少の風のコントロール……結論が出たギャ』
おお!
さすが店主さん!
『全然役にたたねーギャ!』
「この目玉潰して良いよねニリヤ!」
「多分良いと思うよカナイ!」
「ストップ! それは絵的にも嫌だから駄目!」
「そうよ! こんなに可愛いのに!」
おいまて、今音葉はクーちゃんを可愛いと言ったか!?
まあ、最近俺も可愛いと思い始めていたが、音葉も咄嗟にそう言えるようになってしまったか。
『むー。少しマリー様に相談しますから、どこかでお茶でもしていてください』
「まて、今マリーと言ったか?」
『はい。知り合いですか?』
「ニリヤとカナイはマリーを知ってる。そいつもここに来たことがある。そして出て行った」
四人の内一人はマリー先生だったのかな。でも同じ名前のマリーって人の可能性もあるよね。
「わかった。その目玉を信じてとりあえずニリヤとカナイの家に案内する。他の動物たちに危害を加えるなよ」
「わかった」
そう言って俺と音葉は、二人について行った。




