ミリアム
☆
思ったよりも時間が経過していたのか、昼をとっくに過ぎていた。
「このまま帰るのも良いけど、一旦進んでゴルドさんが言っていた滅んだ国の跡地に行ってみない?」
そう提案するシャトル。
「……まあ、一応あそこにも宿はあるし、このまま帰るのは危険かな」
「あ、でもパムレがいるなら私達をぶっ飛ばして運ぶってこともできるわよね?」
「……え、別にやってもいいけど……ここはちょうど砂漠だし、地面が柔らかいから試してみる?」
ばああああああああああああああああああん!
目の前が爆発した。
というのも、シャトルを掴んだパムレが空を飛び、一瞬で見えない所まで飛び、そして帰ってきた。
シャトルが空を飛ぶ。うん、地球の言葉的には間違ってないというか、名前通りだな。
「二度とお願いしないでおくわ。ありがとうぱむ……うっ!」
ぎゃー!
顔を青くしてるってことは、アレの前兆だよね!?
「はあ、はあ、一応姫だから一線は守るわ。絶対にこの胃の中の物は外に出さないわ!」
「姉様。もしも胃から色々と出てしまったら、ガラン王国は任せてください」
「なんつう会話をここでしてるんだよ!」
つまり、パムレジェットは凄まじい代償を得るんだね。
「……ということでシャトルが体調不良だし、やっぱり滅んだ国の跡地に行こう」
「いや、止めを刺したのはパムレだと思うけど……その跡地って近いの?」
「……結構すぐ。砂で見えないだけで、三十分くらいだよ」
そう言われて歩くこと三十分。そこには石で作られた廃墟が並ぶ街が並んでいた。
人の気配は……うーん、少しだけある。道端で横たわっている人もいるけど、大丈夫なのかな?
「姉様はここに来たことがあるのですか?」
「ここまでは来たことは無いわね。主に西の森を中心に依頼をしていたし、砂漠方面は迷うと終わりだから店主殿から止められていたのよ」
なるほど、ここはパムレ以外知らない土地なのか。
「あの、パムレ様。この土地ってもしや、『ミッドガルフ貿易国』と呼ばれていた場所では?」
シャトラの質問にパムレは答えた。
「……正解。今のフェルリアル貿易国の基盤となった国で、王家の横暴に不満を持った民衆が自ら滅びを選んだ悲しき国」
へえ、そういう歴史とかもあるんだ。
「シャトラは来たことないのに知ってるんだ」
「はい。書物で読んだことがありました。フェルリアル貿易国は元々商人たちが休憩場所として使っていた小屋を大きくして生まれた場所で、ミッドガルフ貿易国が崩壊する同時刻に民衆が全員今のフェルリアル貿易国に移住したとのことです」
へえ、ただの小屋があそこまで大きな城が生まれるほどの物になるんだ。
「一応名残として、フェルリアル貿易国で一番強い剣士は『英雄ミッド』という称号が与えられます」
「英雄ミッドって……え、あのムカつく人?」
「そうです。ムカつく人です」
確か姫二人に対してフランクに話しかけて、パムレを見た瞬間逃げていったあの男だよね。
「あんな人ですが、おそらくフェルリアル貿易国のギルドでは一番の剣術使いなのだと思います。でなければあの店主殿がギルドで評価をしません」
「英雄ミッドの称号って誰がつけるの?」
「フェルリアル貿易国の国王ですが、その採点基準はギルドからの情報を基にしています」
つまり、実力は本物だけど性格がアレということか。余計に質が悪いな。
歩き進むと、少しだけ開けた場所に到着した。そこには四角い石が沢山並んでいて、なんとなく寂しい雰囲気が漂っていた。
「もしかしてここって墓地?」
「……ん。でもここに来る人はほとんどいない」
そうだよね。滅んだ国だし、親族はほとんどいないよね。
とりあえず誰の墓かわからないけど、目の前の大きなお墓に手を合わせた。そんな俺を見たシャトルとシャトラも目を閉じて黙とうをした。
「おや、ここにお墓参りとは珍しいですね。御親族……では無いと思いますが、遠い親戚ですか?」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこには水色の髪に水色の目。そして白い肌。十歳くらいの身長の少女。いつもお世話になっている人がそこに立っていた。
「え!? 店主さん!?」
「店主殿!? どうしてここに!?」
俺とシャトルは驚いていた。が、俺は無意識に『じっくり見ると名前がわかる力』を使っていたらしく、相手の名前が俺の頭に書き込まれた。
「ミリ……アム?」
店主さんじゃ……無い!?
「あ、マオさんじゃないですか。久しぶりですね」
パムレの事を本名で呼びつつ、『様』で呼ばない?
ということは店主さんでは無い?
「……ミリアム? どうしてここに?」
ミリアム。一体何者だ?
店主さんと瓜二つだし、違う場所と言ったら一人称が『ワタチ』では無いのと、目が水色という部分……いや、よく見ると店主さんより少しだけ目つきが違う?
「幼馴染のお墓参りですよ。長い激務がようやく落ち着いたので、ようやく来れたんです。あ、店主という単語が出たということは、『妹』の知り合いということですか?」
「妹……ということは店主さんのお姉さん?」
え、でも店主さんってドッペルゲンガーで数百歳を超えているのでは?
しかも元々は人間って言ってたから、姉がいたらすでに亡くなっているのでは?
「……この人は正真正銘フーリエの姉のミリアム。隣の大陸の代理人」
「となっ……!」
シャトルとシャトラはその場で膝をついた。
「し、失礼しました! ガラン王国のシャトル・ガランです!」
「同じくガラン王国のシャトラ・ガランです!」
おあー!
そんな急に膝をつかれたら、俺も対応しないといけないじゃん!
「あわわ、そんな改まらないでください。それに私はガラン王国、特にシャムロエさんには恩義があるので、その子孫さんでしたらなおさら改められると困ります」
苦笑するミリアムさん。というか、見た目がそのまま店主さんだから、凄く新鮮だ。
地球の店主さんは基本無表情で、こっちの店主さんは子供っぽい。一方でミリアムさんはすこーしだけ落ち着いている気がする。
「あの、店主さんは某事情で長生きをしていますが、ミリアムさんも某事情で長生きしているんですか?」
「ちょっとカルマ! 改まらないでって言われても、限度があるでしょ!」
「あはは、別に隠していることでは無いですよ。ガラン王国のシャムロエさん……大叔母様って呼んでるんですよね。その方と同じように特殊な魔力を体内に宿しているだけです」
便利だな、特殊な魔力。それを宿すだけで不老不死になれるのか。
「立って話すのも何ですし、ちょっと壊れていますが私の家だった場所に行きましょう。さっき見て見たら、一応休憩くらいはできそうですからね」
☆
壁は崩れているが、ギリギリ風よけと天井があって、部屋としての形は保っていた。
ミリアムさんは鞄から水筒を取り出し、パムレにお願いをしてコップを生成してもらい、そこにお茶を淹れながら話し始めた。
「あの、『私の家だった場所』ってことは、ミリアム様はここに住んでいたのですか?」
「普通にミリアムで良いですよ。もしくはミリアムさんで良いですよ。さっきの質問ですが、私はこのミッドガルフ貿易国出身で、妹のフーリエと一緒に暮らしていました」
元々住んでいた場所が廃墟になっている心境ってどういう物なのだろう。例えば家を取り壊したとかなら、地球でもあり得ることだけど、自分の家が数十年放置されて風化した姿というのは考えられないな。
「私の大陸から持ってきた茶葉で作ったお茶です。お口に合えばと」
「いただきます」
うん、おいし……い?
シャトルとシャトラの表情を見ると、こっちも微妙な表情をしていた。
「……一応補足すると、フーリエと真逆でミリアムは料理が下手。年々腕が落ちてる」
「このタイミングでそれを言うの!?」
思わず突っ込んでしまった。
「これが不老不死を得るための代償です」
「不老不死の代償やっすいな!」
こっちにも突っ込んじゃった。
「半分冗談です。このお茶は元々こんな味で、この滅んだ国で作られたお茶を再現したものです。まあ、わざと美味しくないお茶を出してみたという感じですね」
苦笑するミリアムさん。半分冗談ってことは、年々料理が下手になってるのは本当なのかな。
「なるほど、姉様。これは郷に入っては郷に従えというやつです。これがこの国の文化というのならば、シャトラ達は受け入れるしかありません」
「そ、そうね。ガラン王国の姫として、そして隣の大陸の代理人様が淹れてくれたお茶だもの。ありがたく頂戴しないとね」
王族マナーって大変だね。




