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名前の意味


 ☆


 俺とマリー先生は音葉を家まで送った。

 博物館の近くに家があり、扉を開けると音葉のお父さんが出てきた。

「先生ではないですか。それに音葉? 一体どうしたんですか?」

 明らかに青ざめている音葉を見た音葉のお父さんは、俺たちを見て表情を曇らせた。

「ちょっと酔っぱらいに絡まれてまして。偶然ワタクシが近くにいたから、保護した後に一緒に帰って来ました」

「何!? 大丈夫だったか?」

「……うん」

 音葉はかなり疲れていた。

「ワタクシは帰ります。音葉さんは少し休んだ方が良いでしょう」

「ありが……とうございます。狩真も……ありがとう」

 音葉のお父さんは軽く頭を下げ、音葉を部屋に連れて行った。

 俺とマリー先生は一緒に自宅へそのまま向かった。


「マリー先生、音葉は元気になりますか?」

 その質問をしたあと、少しだけ間が空いた。

「精神的な苦痛は簡単に治せないわ。まあ、治す方法はあるけどね」

「魔術……ですか?」

「そうよ」

 セレンが魔術道具を使って精神的な怪我を軽減させているのと同じ方法で、今回の出来事を抑え込めれば治る。しかしそれが本当に正しいのかわからない。

「木戸の妹のセレンに関しては正解よ。あれはむしろ脳の許容範囲を超えかけているわ。あのままだとどこかでパンクして動けなくなるわね。音葉は誰にでもありうるトラウマレベルの恐怖ね。これは時間や周囲の協力で解決するしかないわね」


 そして少し歩き進むと、傷だらけの店主さんが電柱の裏に隠れていた。

「ようやく戻ってきましたね。すみませんが肩を貸してくれますか? もう歩くのが大変でして」

「らしいわよ。狩真、おんぶしてあげなさい」

 まあ、この中で男は俺だけだし、マリー先生に店主さんをおぶらせるわけにはいかないか。

「はい、店主さん」

「躊躇なく背中を出されると、それはそれで少しショックですね。一応ワタチは女の子なのですが」

「セレンでこういうのは慣れているんです。ちょっと揺れますが我慢してください」

 そう言って後ろに乗った店主さんを持ち上げた。見た目通り軽い。


「ついでに少し血を貰いますね」

「いってええええ! ちょ、噛んでる! 噛んでる!!」


 首筋を強く噛まれたんだけど!

「ふう、人間の血をがっつり飲んだのは久しぶりですね。あ、安心してください。この『悪魔的な絆創膏』を貼れば、噛んだ跡は見えません。それと、もう降ろして良いですよ」

 そう言うと、まるで俺の背中から飛び降りるようにぴょんと降りた。え、あんなに傷だらけだったのにもう元気なの?

「って、まだ切り傷多いじゃないですか。大丈夫ですか?」

「これくらい、大丈夫ですよ。それよりもマリー様、レイジは再びここに襲って来ませんか?」

「え、あれで倒したんじゃないのですか?」

 見た限り消滅したように見えるけど……。

 俺の質問にマリー先生は首を横に振った。

「実はあのレイジもフーリエと同じくドッペルゲンガーなのよ。だから本体や分身はどこかにいるの」

「え、じゃあ場所がバレているんじゃ?」

 ドッペルゲンガー同士は記憶を共有している。だから、ここで争ったレイジってやつは他の場所で記憶だけ共有しながら行動しているのでは?


「それは大丈夫っぽいわ。このフーリエと同じで、あのレイジは自我を持って孤立しているみたい。つまり、記憶の共有はしていないからすぐに襲ってくることは無いわ」

 なるほど。だからマリー先生は意味深なことをレイジに言っていたのか。

「ですが、あのレイジという男は侮ってはいけません。自分の野望を叶えるために色々と手を回しています。このことはあっちの世界のマオ様にも連絡してください」

「わかりました」


 ☆


 ミルダ大陸に到着し、食堂へ行くと、何やら殺伐とした光景が目に入った。

「……店主。野菜多い」

「だーらっしゃい(黙りなさい)! これはパムレ様が今まで避けていた分の野菜です! 美味しく調理したので食べてください!」

「……苦い」

「この苦みが甘みに変わるのですよ。ほら、そうすれば野菜が全部甘くなったら最高じゃないですか?」

「……無理がある。砂糖か蜂蜜が欲しい」

「この土地だとどちらも交易品として結構高級です。パムレ様の稼ぎなら余裕だとは思いますが、それだと野菜本来の味が楽しめません。ほら、あーんしますよ」

「……ぬあー」


 大陸屈指の大魔術師が野菜を食べさせ合っている。どんな状況だよ。

 片方に関しては地球の店主さんは大怪我していたのに、こっちはほっこり野菜を食べさせているよ。

「……ん、狩真。蜂蜜は持ってきた?」

「いや、ちょっと色々あって持って来れなかった」


「……最後の……希望が」


 野菜を美味しく食べるだけなのに、ここまで落ち込む人もあまりいないと思うけどな。

「カルマ様も地球では忙しいのですよ。ですが、ワタチもできれば調味料の類を依頼してみたいですね。コンソメとかコショウとか」

「宅配サービスじゃ無いので。それよりもあっちの店主さんから伝言を預かってきました。というか俺も被害者なんだけどね」

「何かあったのですか?」

「レイジって人に会って襲われました」


「「!?」」


 二人は固まった。

「それで、その男は?」

「マリー先生の魔術で消滅しました。ですが、孤立した固体って言ってたし、別のレイジがいるかもって言ってました」

「……ふむ、今回は狩真が何か重要な役割を持っているのか。そうか、『カルマ』だもんね」

 どういうこと?

「断言はできませんが、カルマ様はご自身の名前に関して深く考えたことはありますか?」

「名前? いや、親が付けてくれるものって感じだし、名前は国籍とか何かに登録する時とかに重要になるし」

「普通はそんな感じです。名前というのはいわゆる呪いです」

「呪いって……」

「なにも悪いものだけではありませんよ? おまじないだって呪いの一種です。これから良い方向へと進むよう対象を祈る。これも呪いです。そんな中、名前というのは明確な陣のようなもので形成された呪いの一つとも言えます」

 そこまでファンタジーに考えたことは無かったけどな。

「もちろん全員が名前によって人生が良い方向に行くとは限りません。それだったら『超金持』という名前にすれば金持ちになる……わけでは無いですよね?」

「そりゃ、そうでしょ」

「ですが、それは単に魔力の量で異なります。ある属性の魔力が濃ければ、その名前が関係する未来にたどり着きます」

「え、でも一つ良いですか?」

「……ん?」

 俺は一つ、重要な事を言ってなかった。


「『狩真』は苗字で『誠』が名前なんだけど、それでもその魔力とやらは関係するの?」

「この話題を出したときに『カルマ』が苗字だってすぐに言ってくださいよ!」


 いや、言う暇も無かったし。

 と言うか店主さん、俺の名前知らなかったの!?

「……苗字でも名前でも関係は無い。むしろ苗字は代々受け継がれる物だから、魔力継承という意味ではさらに信ぴょう性も大きくなる」

「そ、そういうことです!」

 いや、絶対パムレの言葉を聞いて『そ、それだ!』とか思ったよね?


「じゃあ、その『カルマ』という名字とレイジは何か関係しているんですか?」

「断言はできません。単純に『カルマ』は『運命』です。もちろん『狩真』という漢字にした場合の意味合いも捨てきれません。ですが、レイジと出会う事が運命だとしたら、気を付けないといけないですね」

 なるほど。まあ、今回は偶然かもしれないけど、二回目出会った場合は三回目以降気を付けよう。凄く強そうだったし。


「……ちなみにフーリエは狩真の名前について、可能性を見出していたから担当受付になって、ひそかにおかずを増やしている。贔屓だね」

「あー! それは言わない約束だったのに!」


 え、そうなの?

「ぐうう、パムレ様に言われてしまった以上白状しますが、ワタチが最初に依頼した『息子』を探すという依頼は、大陸を探せば見つかる程度の依頼ではありません。それこそ、運命的に出会う必要があります」

「え、運命的に?」

 俺は一つ考えた。


「あの……『娘』さんじゃなく?」

「息子ですよ」


 えー。なんか嫌なんだけど。同性と運命的な出会いって、尾竹先輩の同族が喜ぶジャンルじゃん。

「……気持ちは分かるけど、リエンは悪い人では無い。あと、そっちの趣味も無いから安心して」

「当り前じゃないですか! ワタチの息子ですよ? 超紳士です!」

 いや、わからなくなってきた。

「と、とりあえず俺はその運命的に店主さんの息子さんと会えば良いんだね。で、何をすればいいの?」

 その質問に二人は声を揃えて言った。


「(……)さあ」


「おい」


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