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クアンのミルダ大陸観察記録

 今回のお話はカルマの視点ではなく、クアンの視点で描いてます。

 三大魔術師やネクロノミコンなどの単語をもう少し深掘りする内容です。


 ★


 本に書かれている内容が、全て真実であるというなら、人類は本を読めば良い。

 だが、本には娯楽の分野や、筆者の考えのみが書かれている物もあるため、全て真実であるというわけではない。

 だが、この世界において紙は重要だ。百科事典や魔術所が最優先で作成され、聖書がその次。時々商人が吟遊詩人の歌を綴った書物を売り込んでくるが、数は少ない。

「クアン様、また図書館の守り神でもやっているのですか?」

 クアン様……と呼ぶ声が聞こえた。『クー』は立場としてはそれなりの地位に立つが、クアン様と呼ぶ少女こそクーの上司であり、仮にこの場で喧嘩でもやりようものなら絶対に負けるであろう。


「フーリエ上司よ。クーは君の部下だ。いい加減『様』を付けるのはどうか?」

「これはドッペルゲンガーであるワタチが混乱しないようにするため、呼び方をほぼ統一しているだけです。気にしないでください」

「ドッペルゲンガーか」

 クーは周囲の本から『悪魔術』が書かれた書物を取り出し、それを開く。

『ドッペルゲンガー。術者は自身の分身を作り出し、記憶を共有し、個々で別行動を取ることが可能。欠点としてお互い目があった場合は、その二体が自我を持ち、お互いの存在を死守すべく戦闘の意思が芽生える』

「クーの知るドッペルゲンガーは色々ある。例えば姿かたちを別人に変化する妖怪も一種のドッペルゲンガーだ。それとは違うのか?」

「世界が異なれば内容も異なりますよ。変化に関しては魔術として存在しますしね」

「なるほど。地球における固定概念は、予備知識程度に納める方が良いと言う事か」

 独り言をつぶやき、クーは本を戻した。


「それはそうと、クアン様は魔術を使う事ができないのに、どうして魔術を理解しようとしているのですか?」

 クーは元々地球の人間である。どうやらこの世界の住人は体内の魔力によって魔術を使う……というのが常識で、実際クーは魔術を使う事ができない。

「この世界で解明したことが本当かどうかを確かめているだけに過ぎない。これでクーが魔術を使えれば、この世界に一矢報いるということだよ」

「世界に一矢報いて何になるんです?」

「壮大な自己満足だ。この世界全員が長年かけて出した答えを覆す。これこそ面白い事じゃないか」

「ワタチにはよくわかりません。まだ夕飯を作っている最中に別の調味料を使ったら美味しく出来上がったという発見の方が有意義です」

「ベクトル……考え方は違うが、やっていることは一緒だ。既存の料理を自分なりにアレンジしたら、革命が起こった。これも一種の発見さ」

 そしてクーはさらに他の本を探した。すると、そこには大陸の歴史について書かれた書物があった。


「『三大魔術師』か。そういえばフーリエ上司も三大魔術師の一人だな。これは誰かが決めたのか?」

 クーの質問にフーリエ上司はあっさりと答えてくれた。

「先代のガラン王国の国王、トスカ王です。国政に直接何かを言えるのは三大魔術師の中でも一人だけ、他二人は国政に関与せず、脅威が出たら排除する。そういう立ち回りですね」

「それは……損しかしないのでは?」

 利益が無い。権利を奪われ、脅威が出たら出動。つまり、ただの使い捨てのミサイルだろう。

「重要なのは『三大魔術師』という称号です。一人で国を壊すことができる存在は国にとって脅威です。クアン様は法だけで身を守れると思いますか?」

「おっと、それはクーが答えられない質問だ。民衆が平和を訴えるため大勢が広場に集まったが、その中心を爆撃されて終わるなんてことはあってはならないからな」


 今一度、三大魔術師について考える。

 目の前のフーリエ上司含め、魔力お化けと言われているマオ。そしてこの大陸の頂点とも言える存在の静寂の鈴の巫女ミルダ。その三人が三大魔術師と言われている。

 驚異的な力はもつものの、実際に人としての権利を持ち合わせているのはミルダだけだ。他二人は、片方は宿屋の店主で、もう片方は自由気ままに旅に出ている。もはやこの括りに必要性は感じないが、だからと言ってこの二人を野放しにして良い存在ではない。

 フーリエ上司に関しては、宿屋の店主をしつつ魔術研究所の館長も担っている。そして宿屋の店主は『全て』フーリエ上司だ。ドッペルゲンガーで増えたフーリエ上司は各店舗に配置。つまり、この大陸の情報は全てフーリエ上司に集まっている。


「君は世界征服でも考えているのか?」

「犯罪が消えるならやっても良いですよ?」


 この程度の……いや、簡単にできる。だが、リターンが感じられないのだろう。

「君が強さを盾にして破壊をつくす人物じゃなくて良かったと思うよ」

「世界を壊したら、ワタチが田植えやら運送やらしないといけないですからね」

 恐ろしい思想を持った人だ。中には全ての人類を支配しやりたい放題をするために力でねじ伏せるという考えもあるだろうが、この人は『幸運にも』そうではないのだろう。


「そうそう、クアン様は『ネクロノミコン』を一部読んで、それを模写したんですよね。その本はここにあるんですか?」

「ああ、と言っても見て覚えた場所をなんとか書いただけだ。全部の頁が完全とは言い難い」

 クーは図書室の奥に進み、魔術所の欄の一冊を取り出した。

「禁書の模写本をこんな誰でも読める場所に置かないでくださいよ」

「むしろ読める人がいたらその人は確保し、解読をしてもらいたいくらいだ。例えこの辺が燃えたとしても、それ以上の価値がある」

「そうなに難読なんですか? えっと……うわ、読めないですね」


 とある神話に出てくる『ネクロノミコン』。その中に書かれている内容は世界の全てと言われている物だ。

 ある頁では未来が書かれており、ある頁では植物や生物が書かれている。当然この世界に存在する魔術も書かれており、唱えれば魔力を持たないクーでも魔術を使う事ができる。

「解読できた場所に関しては何が書かれてあったんですか?」

「実にくだらない内容だったさ。ジョゼフ氏の誕生日会について書かれていたよ」

「誰ですか、そのジョゼフ氏って」

 偶然か、それとも必然なのか。地球では『フーリエ変換』という数学の方程式を唱えた人だ。目の前のフーリエ上司と名前が同じで、そこに深い意味を考えるべきか悩んだ。

「地球の数学者だよ。あの本には一つの頁に複数の内容が書かれてあり、それらは全て異なる解読をすると別の答えが出て来て、それらは文章として成り立つという奇妙な……いや、計算しつくされた暗号が使われている」

「そんなこと、ありえるんですか?」

「実際にその本があったのだから『ありえた』としか言えない。言葉を入れ替えて別な文字にするくらいはこの世界でも可能だ。故に現象を一つの文章にまとめて、二つの暗号で解くと別の文章になるが、どちらも事実だという証拠を残すことも理論上可能だ」

 だが、クーが恐れているのはそこでは無かった。

 このネクロノミコンには未来も描かれていた。地球は機械生命体により滅び、それから空白の数百年が過ぎて、文明としては二千年代に戻る。それすらも書かれていた。

 残念なのが、それ以上の事は解読できなかった。というのも、クーがネクロノミコンを読んだのは一瞬で、それらを全て暗記できたわけではない。

 文字なら概要だけなら覚えられたが、あの書物は英語でも日本語でも無い独自の言語。つまり、クーができる最善手として絵を暗記するしか無かったのだ。

「この世界にカメラが存在していれば、とても楽だったのだがな」

「地球文明を知っているにも関わらず、最低限しか広めていないのはクアン様じゃないですか」

「当然だ。この世界の人間が生み出すのであればクーは黙認するが、クーが与えることは無い。この世界の住人の文明はこの世界の住人が作らなければいけないのだよ」

「と言いつつ、このパイプを使った呼び出し機はクアン様が考案したものですけどね」

 フーリエ上司は指をさした先には、クーが作らせた鉄のパイプがあった。その隣にはいくつかボタンがあり、そのボタンを押した後にパイプに向けて話せば、指定した先にクーの声が届くという物だ。


「人一人探すのにこのデカい研究所を大声出しながら探し回るなんて非効率的なことはできるか! というか研究所を名乗るのならせめて人を呼ぶ方法や連絡手段の一つや二つ用意したまえ!」

「基本研究員は持ち場を動かないですからね。ワタチやクアン様くらいですよ。色々な部屋に行くのは」


 そもそもクーはインドアだ。地球の施設と違って床も悪く、歩くと足が痛む。

 幸い研究所と名乗っているため、電話の一つや二つ作ろうかと思ったが、それでは文明を壊してしまう。故に、今ある技術を組み合わせてできたのが、このパイプと鉄心、そして切り替えボタンを使った鉄パイプだ。


「ちなみにこのネクロノミコンには『原初の魔力』について書かれていたりするんですか?」

「ん、残念ながら書かれていないな。クーがざっくりとまとめた書物はあるぞ」

 そう言ってクーはフーリエ上司に一冊の白い本を渡した。

『原初の魔力は、この世界を生成したと言われている魔力。その属性は神・光・時間・音・鉱石の五つ。それぞれ保持する概念と人間と物が存在する』

 音読するフーリエ上司は眉をひそめた。

「概念……とは何です?」

「言い換えれば『神様』だな。だが、原初の魔力の属性に『神』があるため、『神の神』という表現は馬鹿らしい。故に概念と言い換えたのだよ」

「別に神の神でも良くないですか?」

「頭が痛くなる言葉は使いたくないのだよ。なんか美味しい食べ物と美味しい食べ物を組み合わせたら美味しい食べ物になったカツカレーのような表現は、胃もたれしてしまう」

「つまり気分の問題ですね。それと……」

 そう言ってフーリエ上司は続きを読んだ。


『原初の魔力の後に生まれたと言われているのが後発魔力。属性として龍・運命・闇・望遠無が存在する。関係性は不透明だが、原初の魔力の何かしら対になっていると考えても良いだろう』

「とはいえ、これらをまとめたところですぐに何かを使うわけでもないですからね」

「知識は腐らない。万が一という言葉は、絶対に使うから用意するという言葉ではないのだよ。遭遇しない前提で覚えることも、時に必要だとクーは思うがな」

「言われてみれば、毎年行っている避難訓練も、ワタチが館長を務めてからまだ二回くらいしか役立ってないですし、緊急時に遭遇せず寿命を迎えた方の方が多いですね」

「火災を想定した避難訓練は毎回やっているが、実際は三大魔術師の魔力お化けがうっかりくしゃみをして、魔術を暴発して、この魔術研究所を爆破した時くらいだもんな」

 突然隣の部屋が爆破した時は死を覚悟したな。そもそもクーのいた世界では爆弾などには縁が無い。

 だが、理不尽な現象というのはクーにも予想できない。例えば巨大隕石が落ちてくる場合、それを事前に情報を得ていない状態でそのままクーの真上に落ちて来た場合は、何もできない。

 知っていれば、もしかしたら避けれたかもしれない。そういう意味では情報は大事だ。故にクーは知ったこと全てをこうして書き記している。


「そうそう、狩真少年の持っている『グールの首飾り』。これはそもそも何の魔力で作られた道具なんだ?」

「それがワタチも知りません。原初の魔力や後発魔力の道具ですらない、謎の魔力。ですが、それを狙う者がいるということは確実です」

 それを狙う者。クーはその犯人を知っていて、同時にフーリエ上司も知っている。共通の敵という奴だ。

「それと狩真少年の持つ能力、物を見ただけで名前を当てることができるというのも気になるが、そういう術はあるのか?」

「わかりません。例えば、人の名前に関しては相手の心を読み取って、名前を当てることができます。ですが、カルマ様に関しては『無機物』ですら名前を当てられます。ワタチの名前を当てられた時も、別にワタチは心の中で名前を言っていたわけでは無いですし、謎なのです」

「現象として彼は文字を読んだり、理解したり、そして名前を当てられる。過程があって現象が起こるわけだ。その仮定とは何か」

 クーはペンを持って紙に書いた。目の前の文字は英語や日本語、そしてこのミルダ大陸で使われている言語だ。これらは狩真少年なら読むことができる。

 例えば原因不明の脳の働きにより、このような文字が奇跡的に読めるようになるというならば、脳のあらゆる部分を見ないとわからないが、彼の場合は物の名前までも分かってしまう。

 もちろんその物質には文字なんて刻まれていはいない。ナッツが置かれているこの無地の皿でさえ『皿』という文字が頭の中に入るのだろう。

 そもそも物質の名前がわかるという部分がおかしい。それらは人間がつけたものであり、例えばこの皿が『コチャラケッピー』というふざけた名前で世に広まった場合、全員が『コチャラケッピー』と認識し、狩真少年の頭の中に『コチャラケッピー』という名称が入り込む。

「コチャラケッピー……」

「クアン様、とうとう頭がぶっ壊れましたか?」

「いやなに、クーが全力で何も考えずに思いついた名前をこの皿につけたまでだよ。仮にこの皿が皿では無く『コチャラケッピー』という名前だった場合は彼の頭は大変な事になるな」

「そうですね。こういう食器などは自然と共通の名前を呼ぶようになったり、最初に見つけた人がつけたりと様々ですが、へんてこな名前じゃなくて良かったと思います」

「それもそうだな。ちなみにフーリエ上司は親に名前の由来を聞いたことはあるか?」

「ふむ、記憶にないですね。ワタチの両親は悪魔術を間違った方向で使ってしまい、飲み込まれてしまいました。ワタチと姉様はそこから逃げたので、気が付けばその名で呼ばれていましたね」

「なるほど」

「ですが、名前と言うのは一種の呪いですね。悪魔術では基本的に名前を重要視します。契約者の名前を引き換えに何かを得る。そんな術もありますね」


 名前……?


 クーは紙に『あ』と書いた。

「どうしました?」

「これは『あ』という文字だ」

「そりゃ、見ればわかります」

「『あ』が『あ』である。これは文字を作り出した人による発明であり、そう決めたと言える。文字一つ一つがそういうルールを付け、それが付与した物や人が関係するとなれば……ふむ」

 クーはミルクと砂糖が沢山入ったコーヒーを飲んだ。


「クアン様でもお手上げですか?」

「その逆だフーリエ上司。名前とは親が子に付ける一種の呪いだ。目には見えないが存在するモノとして未来永劫刻まれ、死後も語り継がれるほどに強い呪い。つまり、狩真少年の持つ能力は『呪』という魔力だとクーは仮定しよう」

「なっ!」

 そこでフーリエ上司はクーに近寄って来た。

「ま、待ってください! 彼はカルマなのですよ!? 運命の魔力の保持者の可能性があるこの大陸に来た希望です!」

「待ちたまえ。別に魔力を一つ保持しようが二つ保持しようが関係無い。実際彼はこっちの世界に来たということは、運命の魔力を保持しているだろう。だが、それはおそらく、名前に刻まれた呪いが引きつけたものに過ぎない」

「なっ!」

 クーは『魔力の種類』という本を広げた。そこには火や水なのどの魔力しか載っていなかった。

「この本はかなり古い。故に書き加える必要もある。本の裏表紙が終わりを示しているのであれば、とても浅はかだ。常に情報は増え続けているし減り続けてもいる。さて、可能性のある魔力として『呪』と『夢』はクー名義で論文を書こうではないか」

「どうして『夢』も?」

「グールとは夢に関する精霊や悪魔を示している。であれば夢という魔力が存在しても不思議ではない。そう言うと、草や幻などの魔力も存在するかもしれないな」

「ま、待ってください。そんないっぺんに考えていたら、今までの魔術研究所の研究をひっくり返しかねません。クアン様は文明を大事にする人ではないのですか?」


 クーは地球の文明をこの大陸には最低限しか教えないと決めていた。

「くっくっく、残念だが魔術に関してはクーは無知『だった』。故にここで教わったことだけを駆使して論文を書くのだよ。魔術研究所の研究を一変すると思うのであれば、それは魔術研究所が遅いだけだ」

 その瞬間、クーの手足に触手のような物がまきついた。

「おいおい、フーリエ上司、それはさすがにやりすぎじゃないのか?」

「やりすぎはクアン様です。これは上司命令です。そして『三大魔術師』としても言わせていただきます。クアン様はカルマ様の魔力と思われる『呪』だけを調べてください」

「何故だね。理解できる理由を聞きたい」

「それはこの触手が答えです。大きな力になりうるものは、時に危険を生み出します。一気にことを進めるのではなく、一つ一つ進めてください」

「君は自分が危険人物だと自分で言っていることに気が付かないのか?」

 クーが言った直後、触手の一本がクーの目の近くで止まった。このまま動けば確実に目に穴が空く。


「まさかとは思いますが、ワタチが危険だと、ワタチが思っていないと思っていますか?」


「いや、失言だったな。クーも……新たな発見に興奮した。謝罪しよう」


 フーリエ上司の目は、確実に心が無い目だった。

 つまり、あの場でクーが生意気な事を一言でも言ったら、確実に片目は失っていただろう。

 謝罪後、触手は消え、クーは地面にペタリと座り込んだ。

「ふう、やはり敵に回したく無いな。君たち姉妹は」

「それは光栄ですね。クアン様も知識と言う分野においては敵に回したく無いですね」

「言われた通り一つ一つ進める。それは約束する。その上で再度問いたい。どうして魔術研究所はこうも研究速度が遅い。フーリエ上司が館長になってから数千年。その間にいくらでも産業的な分野の革命はあっただろうに」

 そう聞くと、フーリエ上司は溜息をついた。


「滅んだ地球の二の前になるのを恐れているのですよ。技術の発展の行きつく先は、力。言い換えれば、破壊……ですからね」


 それだけ言い残し、フーリエ上司は図書室を出て行った。


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