起床と諦め
☆
店を出てしばらく歩くと氷精霊セシリーが話しかけてきた。
「カルマ殿よ。どういう経緯で知ったかはわからぬが、先ほど発した名前は店主の名じゃ」
「そうなの?」
フーリエさんって言うのか。
「そうなの?」
「しもうた。うっかり我の主人にも教えてしまった。我もしかしたらあの悪魔店主にポンされるかもしれぬ」
「馬鹿なの? この距離だから当然聞こえるよね?」
普通に話してくるからシャトルも知っている物だと思ってたよ!
それとポンってなんだよ!
「済まぬがシャトル殿よ。そしてカルマ殿よ。その名は秘密なのじゃよ。できれば店主と呼んで欲しいのじゃよ」
「そう言えば国家機密とか冗談っぽく言ってたけど本当なの?」
「間違いでは無い。色々と不都合じゃからな」
「というかセシリーちゃんは知っていたのね」
確かに。主人は知らなくて精霊は知っているんだ。それもまた不思議な設定である。
「我はシャトル殿よりも長く生きている。それこそ数千年前からな。知りたくない事実も勝手に流れてくるものじゃよ」
「ああ、だからそんな口調なんだ。見た目はちっちゃいのに『のじゃ系』だし」
「口調は生まれつきじゃよ。それよりも守ってくれるな? 先ほどあの店主から銅貨一枚を渡された。もしも拒否するならばこの場で凍らせることも躊躇わないぞ」
「わ、分かったよ」
目が本気である。
「それよりも到着したわよ。私がいつも来る防具屋の『ゴルド防具店』!」
店の外には鉄の盾とか小さな剣とかが置いてある。中には杖もある。え、もしかして魔法使いとかいるの?
「変な質問をするけど、この世界に魔法使いっているの?」
「魔法使い? 魔術師なら普通にいるけど」
すげー。てっきり肉体系の魔法無しパターンだと思ってたけど、そう言うのはあるのか。ぜひとも見てみたい。
いや、というか普通に氷精霊いるからお願いしたら簡単に氷の一つや二つ出してくれるんじゃね?
そんな事を思いつつ店の中に入ると、結構綺麗な武器屋だった。色々な長さの剣や盾。杖や弓もある。その奥には料理用の鍋や包丁もあって、金属全般を扱っている店という感じだろう。
「いらっしゃいませ」
と、若い男性の店員が来た。
金色と銀色が交互に混ざり合った髪をした色白の男性。俺と同い年くらいで、凄いさわやかである。
腰には鉄を叩く道具をぶら下げているから、この人が作っているのかな。
「ゴルドさん。こんにちは」
「シャトルか。それにセシリー。今日は何の用で?」
「店主殿の紹介状を持って連れて来たのよ。彼はカルマ。武器や防具を持たずに精霊の森に入っていたの」
そう言って俺を紹介するシャトル。俺はその話に乗っかって自己紹介をした。
「カルマです。えっと、これ店主さんから」
そう言って手紙を受け取るとゴルドさんはしばらく黙り込んだ。
「なるほど。これはまた面白いお客さんだね。えっと、カルマだっけ? ボクの目をジッと見て質問に答えてくれないかな?」
「え、はい」
そう言うとゴルドさんの目が金色に光り始めた。え、ナニコレ怖い。
「昨日の昼間、君は何をしていたかな?」
昨日の昼間は……えっと、大学で各授業の説明会を受けていたけど、それを言ったところで伝わらないだろう。その前と言うとこの町に到着したって言った方が良いかな。
「この町に到着しました」
「そうか。『大学で各授業の説明会を受けていた』んだね」
え。
今ゴルドさんは何て言った?
「いや、確かに間違いでは無いですけど、それは現実の話……いや、この世界からすれば夢の中の話で、こっちだとここへ来たばかりというかなんというか」
なんか俺悪い事をした犯罪者が疑われて言い訳をしようにも見事墓穴を掘って失敗している感じの人になってない?
「ふふふ、大丈夫ですよ。あの店主の手紙に書いてあった通りです。カルマはこの世界の人では無い。間違っていませんね?」
「え!?」
驚いた。と言うより怖くなった。
夢の中の人に急に『この夢の中の人じゃないな!』って言われたらホラーじゃん。もしかしてバレたら一生夢から目覚めないとか無いかな!
「どういう経緯でこの世界とあっちの世界を行き来しているかはわかりませんが、こっちの世界にいる以上はこっちの世界で生きる術を覚え、そして生活をしなければなりません。店主からは無理をしてでも君に最低限の防具を揃えるように依頼されたので、特別に揃えますよ」
そう言ってゴルドさんは店の奥に入っていった。何かを用意してくれるのだろう。それはそれで助かるんだけど、先ほど言われた言葉がどうも気にかかる。
「行き来している。つまりここは夢じゃない?」
確かに昨日指を切った場所は現実の俺も怪我をしていた。服装も二日続けてその日着ていた服装。そして何より夢の続きを翌日見ている。
夢の続きを見るというのは基本的にできない。仮に見れたとしても夢だと気が付いたときにはすでに頭が覚醒して目覚めてしまう。しかし今はしっかりと周囲の風景が分かる。
「良かったじゃない」
と、シャトルが俺に突然話しかけてきた。
「良かった?」
「武器や防具を揃えてくれるのよ。この店の道具はかなり質が良いからさっきの魔獣相手でも対抗できる刃物は沢山あるわよ」
「そうだけど……」
こっちにいる以上はこっちで生活をしないといけない。その言葉が俺の頭を駆け回っていた。
どうやって行き来しているか……そうだ、『グールの首飾り』!
「シャトル! 何かナイフは無い?」
「え、あるけど」
そう言ってシャトルは腰にぶら下げていた短剣を俺に渡してきた。
それを使ってグールの首飾りの紐を切ろうと……切ろうと……切れない!?
「持ってきましたよ。皮の鎧と短剣がちょうど良いでしょうってわ! どうしました!? あの、店の中で突然自害しないでください!」
パッと見俺は今短剣を自分の首付近に突き当てているのだろう。
「違います。この紐を切りたくて……でも切れない!」
「見せてください。ふむ、これは一種の呪いですか? 魔力の塊りで覆っていて普通は切れないですね」
「そんな……」
じゃあ夜はこっちの世界。昼間は大学生活という非日常を過ごさないといけないのか。
「何か切る方法は無いですか?」
「無いわけでは無いですが、一番の近道はギルドでそれなりの成果を上げることですね」
「ギルドで?」
それって、俺に魔獣退治とかをちゃんとやれって事?
いやいや、あの狼だって怖くて逃げ出したかったのに、それに立ち向かえと!?
「大丈夫ですよ。そこにいるシャトルが面倒を見てくれます。ね?」
「え!? わ、私!?」
何故!?
「ちゃんと理由はあります。今一筆書きますが、店主の依頼を遂行するには彼の力が必要かもしれません。現在の『チキュウ』の技術や彼の能力はこの世界に無い物。そして店主の依頼達成に一歩近づける力でもあります」
今ゴルドさんは片言だが『地球』って言った?
「幸いシャトルはギルドでも上位に名前が載る実力者です。魔術はもちろん剣術も使いこなせるので、これ以上ない先生になりますよ?」
「まあ私も足止め食らっている最中だったから剣術を教えるのは別に良いけど。カルマはどうする?」
つまり俺は彼女……シャトルと一緒にパーティを組むということになるのか。俺にとっては悪い話ではない。ただ、ゲームではすんなり『はい』を選択するが、ここは夢の様で現実に近い世界だ。
「シャトルは良いの? 多分俺、相当足手まといだと思うよ?」
「大丈夫よ。私も一昨年まではさっきの魔獣相手に手も足も出なかったからね」
それを聞いて少し安心した。
それに怪我をしても現実……地球と違って治癒術が存在する。うん、少し恐怖が無くなってきた。
「ありがとう。えっと、よろしくお願いします!」
「ええ。あ、セシリーちゃんは私の契約精霊だけど、仲間になった以上気軽に話しかけて良いわよ」
『主人がそう言ったら我は従うしか無いのう。助べえな質問やお願いは首を跳ねるぞ』
「しないよ!」
そう突っ込み、その後はゴルドさんから鎧と短剣を受け取って、最後に手紙を受け取りギルドに戻るのだった。
☆
「ふむふむ、なるほど。想像以上にカルマ様はやべー人だったということですね。いや、良かったと言うべきでしょう」
ゴルドさんの手紙を読んだフーリエさん……もとい店主さんは俺の事をやべー人認定してきた。俺からすれば年齢不詳でこのギルドの受付をやっている店主さんの方がやべー人だと思うんだけど?
「じゃあしばらくはシャトル様と一緒に行動するということですね。ワタチとしても新人冒険者を一人で野放しにするよりも実力者と一緒に行動してもらった方が助かります」
「と言うか私がパーティを組ませるのを禁じたのは店主殿よ? カルマはあっさり合格したし、一体何が理由なのかしら?」
「ワタチと言うよりシャトル様の大叔母様から禁じられたのです。ただ、そんな大叔母様でもゴルド様の推薦なら問題無いでしょう」
『そうじゃのう。おー、いつ思い出してもシャトルの大叔母様の鋭い睨みは想像しただけで背筋が凍るのう』
その大叔母様という人はすごく怖い人なのかな。
「さて、カルマ様もしっかり装備が手に入りましたし、今日は夜も遅いです。しっかり休んで明日に備えてください」
「あ、うん。じゃあシャトルもセシリーもお休みー」
「うん。お休みー」
「お休みじゃ」
そう言って俺たちはそれぞれ自分の部屋に入っていった。
ボロボロの布団に入り俺はそのまま目を閉じる。明日は多分あの魔獣を相手に依頼をこなすのだろう。多少恐怖感はあるが、シャトルがいる。うん、大丈夫。
☆
目を開けると白い天井。もちろん地球のアパート。
きれいな布団を見る限りここは俺にとって本当の現実である。
が、認めざるを得ない事実もまた一つあった。
起き上がると体が重い。
立ち上がると体が少し傾く。何故か。『腰に短剣をぶら下げているから』である。
「二日続けて夢の世界に日本の服で行ったんだし、あっちの世界の防具を着こんで寝たらそうなるよな。いや、普通はそうならないけど、そうなってしまうのが現実なんだよな」
信じたくは無かった。と言うか寝心地は最悪だった。
鎧を着たまま、腰に短剣をぶら下げながら布団に入り、これで日本で目を覚ました時に普通の服装だったら夢で済ませていた。もしかしたら次の夜は別の夢を見てこの二日間の出来事は本当に夢の出来事で済んだのだろう。
だが、事実として今俺はあっちで手に入れた鎧を着こんでいた。
上着を少し捲ると、腹部に何かがぶつかった跡が残っていた。治癒術も完治とまではいかなかったのだろう。
「俺は、夢の世界と現実の世界の二つの人生を生きなければならないのか」
そんな現実を急に押し付けられ、ため息交じりに今日の大学の講義へ向かう準備を行うのだった。
こんにちは!いとです!
あらすじまでのお話はここまでとなり、ここから本格的に物語が始まって参ります。
楽しいと思っていただけたら幸いです!