狂人
☆
帰り道。途中まで音葉と一緒に歩きながら話していると、目の前に車が止まった。
「お、お父さん」
そう言った瞬間車からスーツ姿の男性が出てきた。
「やはり音葉だったか。近くを走っていたら見かけたからな。迎えにと思ったんだが……友人と一緒だったか」
「う、うん。大学の同じサークルの狩真」
紹介され、俺は軽く頭を下げた。
俺の父と同じくらいの年齢の、少し白髪があるスラッとした男性。音葉は可愛いから、きっと母親似なのだろうか。
「初めまして狩真君。娘から話は聞いているよ」
「初めまして。お世話になってます」
「最近音葉は大学に行くのがとても楽しみだと言っててね。いつも君の話をしているよ。父としては非常に複雑な心境だが……」
「ちょっと、父さん!」
家で俺の話をしているのか……俺、変なことしてないよね?
「冗談だよ。ふふ、これからも娘と仲良くしてあげてくれ。もちろん、友人としてね」
「は、はい」
何やら釘を刺された気分だ。いや、友達としてこれからも仲良くするつもりだけどね!
「それにしても……」
その瞬間、何か嫌な予感を感じた。
黒い何か。言葉では例えることができない、背筋が凍るような感じ。これは一体。
「二人とも! ちょっと怪我をしますが我慢してください!」
かなり後ろから大声が聞こえた。
同時に、俺と音葉は凄い勢いで背中を引っ張られた。
突然すぎて呼吸ができなかった。そして体制を崩し引っ張られた先で、しりもちをついた。
「きゃっ! 一体何!?」
音葉が叫ぶ。俺も何があったかわからなかった。が、目の前を見て理解した。
音葉のお父さんは、どこから出したかわからない日本刀を出し、それを振っていた。
もしも引っ張られなかったら、確実に切られていた。
え、どういうこと?
「惜しかったですね。まさかすでに彼女たちと出会ってたなんて」
「父さん!? 一体なんで!」
音葉が叫んだ瞬間、音葉のお父さんは煙に包まれた。そして中から別の人が姿を現した。
真っ白な髪に初老の男性。目は真っ赤で黒いスーツを着ていた。
「貴女の記憶を少し拝借しました。姿を変えることくらい簡単ですが、問題はあまり続かないということですね」
「お前は誰だ!」
問いかけると答えたのは目の前の男では無く、背中からの声だった。
「この人はレイジ。世界を狂わす狂人です。姿を現さないと思ったら、こんなところで出てきましたか」
「店主さん!?」
クーちゃん経由で声が聞こえたのではなく、店主さん本人だった。そうか、さっき引っ張ったのは店主さんか!
「地球のフーリエさんじゃないですか。久しいですね。あっちと違ってこっちのフーリエさんはちょっと暗いですね」
「余計なお世話ですね。あっちのワタチと共通の認識として貴方は敵です。悪魔になった今、貴方の望みは絶対に無理です」
「貴女がいなければすぐに叶ったんですよ? それなのに、原初の魔力が込められた魔道具を散りばめて、その所為で見つけられないのです」
「さて、何のことでしょうね」
店主さんが変な道具をオカルト探求部に配っているのって、何か目的があるってこと?
「まあ、ワタチを倒したら、面倒な問題は解決されてしまいますね」
「それもそうですね。ここは一つ、あの紫髪が来る前に全員始末してしまいますか」
その瞬間、店主さんは魔術を俺たちに向けて放った。痛みは無く、凄い風で押し込まれた感じだ。
「早急にマリー様に連絡してください! 内容は『レイジが来た』で通じます!」
☆
数十メートルは飛ばされただろうか。一直線の道を真っ直ぐ突き抜けて、地面に落ちる直前でクーちゃんが大きくなり、クッションの代わりになってくれた。え、クーちゃんってそんなこともできるの!?
『イダイ』
「あ、ありがとう。音葉は大丈夫?」
「う、うん。それよりもあの人は? お父さんじゃ無いの?」
「俺にもわからない。少なくとも音葉のお父さんでは無いと思う。それよりもマリー先生に連絡をしないと」
電話を取り出した瞬間、スマホを誰かに取られた。
「電話じゃなくても目の前にいるわよ?」
「マリー先生!」
振り向くとコンビニ袋を片手に持ったマリー先生が立っていた。
「あのねえ、周囲に誰もいないからって魔術とか使ったら駄目よ。ましてや空腹の小悪魔も巨大化させて、万が一見つかったらやばいわよ」
「すみません……いや、それどころじゃないです。俺たち襲われたんです!」
「襲われた? 強盗にかしら?」
「店主さんは『レイジが来た』と言ってました。マリー先生にそう伝えてとも言われました!」
その瞬間マリー先生は驚いた。
「えっ! どこ!? フーリエが近くにいるの!?」
思った以上の反応に俺も驚いた。
「あっちです!」
吹っ飛ばされた方向に指を刺した。
「それは本当なの? 全然魔力が感じられないんだけど!」
「嘘じゃありません。ウチ達は店主さんに吹っ飛ばされて、マリー先生を呼ぶようにと伝言を頼まれました」
音葉の言葉にマリー先生は少し考えた。
「嘘はついていないようね。分かったわ。まだ半信半疑だけどまずは行くわ」
どうしてマリー先生はここまで疑っているのだろう。俺と音葉は襲われたんだし、吹っ飛んできたという非現実的な状況も見ていたのなら察せるだろう。なのに、何故?
『ギャギャ! アクマ、チカク、イル!』
クーちゃんが叫んだ。そりゃ、さっきの道を戻ったら店主さんの反応が近くなるだろう。
「なるほど。『認識阻害』よ。しかも、かなり複雑な条件を加えた物ね。ワタクシは全く魔力を感じなかったから貴方達の言っていることが理解できなかった。それに加えて直接的な会話も無意識に避けていた。どれが理由で正解の道を歩んだかわからないけど、もしかしたらワタクシ達はそのまま引き返していたかもしれないわ」
認識阻害。
パムレとかセシリーが使ってくれているやつだよね。じゃあレイジというあの男が使ったのだろうか。
次の瞬間、俺の腹部に大きな何かが飛んで来た。俺は瞬時に俺を捕まえたが、結構な勢いと重さの所為で、後ろに飛ばされた。
「いつつ、一体何が」
捕まえたモノを見ると、それは全身怪我を負った店主さんだった。
「て、店主さん!」
「吹っ飛んだ先にマリー様がいたとは……悪魔のワタチが言うのは変ですが、運はこっちの味方みたいですね。ふふ、実はちょっと諦めていました」
「フーリエ、ずいぶんと弱くなったわね」
「認識阻害の空間がワタチを弱らせています。正直あと一分戦ってたら死んでましたね、カハッ」
咳き込むと、口から血を吐いた。いやいや、かなり危ない状況じゃん!
「おやおや、そこの少女を始末して、ゆっくりとそこの二人を倒そうと思いましたが、まさか紫髪の少女もいますか。厄介ですね」
「久しいわねレイジ。その後の『頭』の調子はどうかしら?」
マリー先生とレイジはどんな関係なのだろう。
そう思っていたらマリー先生はいつも通り俺の心を読んで、その質問に答えた。
「あいつは昔、色々と悪さをしようとしてたのよ。ワタクシが相手の考えを書き換える『心情偽装』を使って頭の中をかき回したから、しばらく何も出来なくなったんだけど、さすがにもう慣れたわよね」
「ええ。ですがまだ貴女の声が頭から離れません。目を閉じれば貴女の声も聞こえて不愉快です」
「あら、ワタクシに恋でもしているのかしら?」
「そうですね。今すぐこの場で始末したいほど、貴女の事を想っていますね!」
レイジは日本刀を取り出し、それをマリー先生に向って投げた。
その瞬間、俺の腕の中にいた店主さんが移動して、日本刀の刃の部分を両手で止めた。
ぱーん、という音が周囲に鳴り響く。白刃取りというやつだ。
「ちょっとこの刀を奪わせてもらいます! 『妖刀村正』!」
店主さんは手についている血を日本刀に塗った。その瞬間紫色に輝き、店主さんの隣でフワフワと浮き始めた。
「人の武器を盗むなんて悪趣味ですね。しかもその武器に悪魔術を付与なんて、ひどいですね」
「ワタチも手段を選んでいられません。手足を切れば自由に動けないでしょう」
店主さんはフワフワと浮いていた日本刀を持ち、レイジに向って走った。そして何度も切りかかるも全て避けられている。
「狩真、ウチ達はどうすれば」
「貴方達はワタクシの後ろにいなさい。もう少しで終わらせるから」
その瞬間、レイジの足元が光った。
「なっ! 貴様!」
「マリー様のトラップですよ。ワタチではレイジを倒せる属性を持ち合わせていないので、時間稼ぎと誘導しかできませんでしたね」
「意図をくみ取ってくれてありがとう。それにしても変ね。同じ手をすでに三回使ったことがあるのに、まるで初めてのような感想ね。もしかして貴方は『他のレイジと』孤立しているのかしら?」
「くそおおおおお!」
そしてレイジの足元から光の柱が出て来て、レイジは一瞬で灰となった。
「ふう、とりあえずひと段落ね。フーリエは大丈夫かしら?」
「死にかけましたよ。ワタチもアレに触れてたら終わってました」
「貴女なら大丈夫でしょ。それより二人は大丈夫?」
本気の殺し合い。俺は夢の中でいくつか戦いを経験したが、音葉は初めてだった。だからこそ、その場で座り込み、そして泣き出した。




