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心を落ち着かせる方法


 ☆


「心を落ち着かせる薬? あるにはあるが、この世界よりも地球の方がそういう分野において長けているだろう」


 次の転移ですぐにクアンに相談してみた。まさかの答えはミルダ大陸では無く地球にあるという答えだった。

「例えば医療用の精神安定剤なんかはそれに該当するだろう。脳のマイナスな部分を排除する作用があり、人によっては脳の動きが鈍くなって眠気が強く感じる。が、それは副作用で、重要な点はその脳内で巡る考えが消えるという部分だ」

「いや、できれば病院とかは行かない方法で考えたいんだ」

「目的がわからないな。それこそ病院へ行って治療をした方が良いだろうに。何か事情があるのかね?」

 クアンは目の前の目玉焼きをナイフとフォークを使って食べた。隣のテーブルではシャトルとシャトラとパムレが楽しく朝食を食べている。

「あっちの店主さんの話では、精神が壊れて脳が無意識でやっている肉体のセーブが機能していないみたいなんだ。だから、いつ怪我をするかわからないんだよ」

「ふむ、大方その肉体のセーブが機能していない状態でそっちの店主は数回襲われたとかだろう」

「え!? 何で分かったの!?」

「今のはただの勘だ。放置すべきことが、放置できない状態になり、遠回しに助けを求めているのだろう。全くあっちの世界とこっちの世界では分裂しているのにクーの上司は……あ」

 クアンの後ろに店主さんが立っていた。


「最近究極に辛いカレーの開発をしています。試食しますか?」

「冗談だ。クーはこれでも甘口しか食べれない」

「安心してください。辛いと表記していますが、実際は爆破します。辛味とは痛みです。つまり、口の中で爆破すれば、それはすなわち辛味ということですよね」

「大暴論だぞ上司! わかった、クーが悪かったから許してくれ!」


 あのクアンが押し負けている。

「はあ、それにしてもあっちのワタチも苦労しているのですね。何か方法は無いのですか?」

「一番手っ取り早いのは『心情偽装』だ。だが、それを使わない方法を準備となると『静寂の鈴』の音を聞くか……あ」

 クアンは俺の首にぶら下げているグールの首飾りを見て何かをひらめいたようだ。

「対象者が女性であるならちょうど良い物があった。それに今日行く予定の場所で見つかるぞ」

「え?」


 ☆


 今日は以前お願いをしようとしていた、俺が無意識に魔力を発動しないように抑制する装備品をゴルドさんの所で購入するために、ゴルドさんの工房に来た。

 いつも店の外で話していたけど、工房の中に来たのは始めてだ。

「いらっしゃいませ。フーリエから話は聞いていますよ」

「ゴルドさん、しーっ!」

 どうして店主さんの名前は皆言いたがるんだろう。

「おや、まさかガラン王国の姫のもう一人が来るとは。すみません、小汚い場所で」

 そう言ってシャトラに頭を下げるゴルドさん。シャトラの事を知っているのか。

「大叔母様から話は聞いています。鉱石を扱った装飾品は全てここで作っていると」

「ガラン王国はボクのお得意様ですからね。そして……」

 ゴルドさんはシャトラの頭の上を見た。

「久しいですねフェリー」

『あうー』

 ポンっと音を立ててフェリーが出てきた。え、ゴルドさんって火の精霊フェリーとも知り合いなの?

「この仕事をしていると色々な人と会うんですよ。さて、魔力を暴発しないようにする道具ですよね。一応試行錯誤をした上で作成しました。一度確認をしてみてください」

 そう言ってゴルドさんは俺に銀の腕輪を渡した。


「重!」


 筋トレ道具かな? ぎりぎり腕は動かせるけど、剣を振るのは少し大変になりそう。

「そりゃ銀ですから。体内の魔力が放出する際にこの腕輪が吸い取って放出する仕組みです。ただ、元々魔力が込められている道具などには効果が無いので、これを付けてもその首飾りの効果は消えません」

「あくまでも俺の魔力が暴発しないようにするための道具なんですね」

 そう言うとゴルドさんはこくりと頷いた。

 腕輪を腕につけて、試しに俺は壁に向けて『氷球』を放とうとした。

「『氷球』!」

 だが、手からは何も出ず、代わりに銀の腕輪は少しだけ光った。

「成功ですね」

「凄い。これって結構珍しい道具なのでは?」

「そうでも無いですよ。主にこれは魔術を使った犯罪者の手錠に使われます。とは言え、そこのパムレに付けても少しだけ弱くなる程度ですけどね」

「……どやっ」

 凄くどや顔をしているパムレ。俺は全力で魔術を放ったつもりだったけど、それすらも貫通するパムレの魔力ってどれくらいなんだろう。

「さて、ゴルド技師。クーから一つ追加で依頼をしたいのだが」

「おや、クアンですか。何ですか?」

「かつて君と親しかった人間の女性と同じ状況になっている女性が地球にいるのだが、地球の人間はここの人間と比べて脆い。どうか心の制御ができる鉱石の道具等は無いだろうか?」

 かつて君と親しかった人間の女性……ゴルドさんの知り合いにセレンと同じ状況だった人がいたって事?

「クアン、どうしてそれを知っているのですか?」

「クーの上司はあの魔術研究所の館長だ。休憩中の雑談として君の話もいくつか聞いているよ」

「おっと、それ以上は言わないでくれると助かります。ボクは今や平凡な鍛冶屋です」

 ゴルドさんってやっぱり何者? そもそも店主さんとも知り合いだし、名前も知っているし、ガラン王国とも親密な仲だから実はすごい人なのかな。

「こほん。心が壊れた人に対して有効な鉱石ですか……あ、でしたらこんなのはどうです?」

 そう言ってゴルドさんは一つの指輪を見せて来た。

「まあ綺麗」

「殿方から頂けるなら、ああいう指輪が良いですね」

「……お菓子の方が良くね?」

 女の子たちがそれぞれ感想を言っているけどとりあえず無視。

「これは?」

「これも本当は常に持つ道具では無いのですが、洗脳を解く指輪です。試しに付けてみてください」

「わかりました」

 そして俺は指輪を付けた。


 …………?


 ……、…………?


 ………………。


「ちょっと、何ぼーっとしてるの?」

「え!?」

「とりあえず指輪を外してください。普通の人だと考える事すら難しいと思うので」

「じゃあ取るわよ。っと、どう?」

「うお!?」

 突然俺の考えが大声で叫ぶように頭の中に駆け巡った。

「これは頭の中に間違った情報が流れたり、操られている人に対して有効な道具です。かなりこれでも材料は減らしたのですが、普通の人に対してはかなり有効ですね」

「は、はい。いや……凄い」

 これがあればセレンの暴走も止まるだろう。

「ゴルドさんありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ『ありがとうございます』」

 え、何でお礼を言われているんだろう。


「え、買うんですよね?」


 凄くお金取られた。

 

 ☆


 指輪の入った箱を大事に持ちながら寒がり店主の休憩所へ向かう俺たち。

「まあまあ、そう気を落とすな狩真少年。良い勉強代になったでは無いか」

「金貨百枚って……日本円にすると十万くらいだよ」

「クーが立て替えたのだから結果良しではないか。ゆっくりと返してもらえればそれで構わないぞ」

「……クアン、知っててやってた。狩真に貸しを作るために」

「人聞きが悪いぞ魔力お化け。金による繋がりはかなり強固なものだ。特に貸し借りとなれば切れない縁とも言える。何故日本の通貨が円という言葉なのか、よく考えてみると良いさ」

 確かに円と縁って同じ読み方だし、円って丸って意味もあるし、色々と考えられるけどさ!


「さて、色々と情報も集まったことだし、クーはそろそろゲイルド魔術国家に戻るとするよ」

「え、もう?」

「ああ。こう見えてクーは多忙なんだ。もうすぐ行われる学会では的確な質問をしなければならない。まあ、ひと段落したらまた来るし、店主を通してクーに連絡をしてもかまわない」

 そうか。なんだか寂しくなるな。

 と、そこにシャトラがクアンの前に出てきた。

「あの! できればシャトラも一緒に行っても良いですか?」

「は?」

「シャトラは魔力の扱いがまだ未熟です。ゲイルド魔術国家であれば、それ相応の教育が受けられると思うのですが!」

 唐突な提案に困るクアン。うーん、俺は本人の意見を尊重してあげたいけど。

「私からもお願いできないかしら」

「シャトル少女も……あ、いや、さっきも言ったがクーは多忙だ。実験も忙しく、姫の護衛をしながら仕事なんて手に負えないぞ?」

「色々考えました。今まで城に籠って勉強だけをしていましたが、外の世界で色々見て回って、面白い人もいました。もっと色々な世界を自分の目で見たいのです!」

 ぐいぐいと迫るシャトラ。よほど本気なのだろう。

「うぐ……だが、上司がそれを許さないだろう」


「え、ワタチなら別に構いませんよ?」


 後ろから店主さんの声が聞こえた。

「君は神出鬼没だな。仕組みか? これは仕組みなのか?」

「失礼ですね。まるで人がお化けみたいな言い方しないでください」

 いや、ドッペルゲンガーだし、お化けみたいなものだよね。

「クアン様の助手として動くのでしたら構いませんよ。今更一人二人増えても良いじゃないですか」

「ぐむむ、わかった。だがこれは国際的な問題もある。クーの権力をフル活用してガラン王国に説得するから、迎えが来るまでもう少し待ってほしい」

「こっそりではダメなのですか?」

「クーの立場が揺らぐ。いくら姫が否定しようが、連れて行ったという事実は変わらない以上はいつ戦争を申し込まれてもおかしくない。そこの上司も証人として、必ず後日に迎えを越させよう」

「わかりました」

「くう、今日にでも出発して到着後に学会を聞いて、その後手続きか……時間があるか?」

 ブツブツ言うクアン。頭が良いからこそ先を読んで準備とかを終えていたのだろう。と、そこえパムレがさっきそこで買ったパムレットを食べながら話始めた。


「……時間が足りないなら、ここは一つ協力してあげる」

 そう言って、パムレはクアンの服を掴んだ。


「おい待て魔力お化け。もしかして『アレ』か!? だとしたら荷物がまだ」

「……大きくジャンプ。そしてボン。大丈夫、怖いのは最初だけ」


 そう言って、パムレは、


 大きな爆音と共に空にぶっ飛んでいった。

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