セレンの心情
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「いらっしゃいませ狩真さん。音葉お姉さま」
「いらっしゃったわ。さて、まずは挨拶のハグね」
そう言って音葉はセレンに飛びかかった。いつもならちょっと焦る光景だが、セレンも諦めて、まるで高速道路のサービスエリアにある大きな人形のごとく、動かずにハグを受け入れていた。
「話は聞いてます。何やらワタクシに実験をするのでしょう?」
そういえばセレンって一人称ワタクシだったな。前から聞いてたからあまり気にしてなかったけど、マリー先生と一緒なんだね。
「まあ……どうせどこかで盗聴していたと思ってたよ」
「兄さんに万が一の事があったら大変です。監視は妹として当然です」
シャトラに聞いてみようかな。実はシャトルの監視をどこかでしているとか?
「玄関で立ち話もあれなので、ワタクシの部屋にしましょう」
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セレンの部屋は女の子らしく、可愛い人情が棚に置いてあったり、綺麗な花瓶が窓に置いてある。退院後もちょくちょく来ていたから俺は見慣れているけど、音葉は目を輝かせていた。
「とうとうセレンちゃんの部屋に入ったわね。つまり姉妹ということで良いかしら?」
「意味が分からないよ。僕の妹になるってことだぞ?」
「え”、それは複雑ね。超友人で我慢してあげるわ」
何だよ超友人って。ぎりぎり親友未満ということだろうか。
「それで、ワタクシの心を読むとは?」
「あー、話は盗聴してたと思うけど、マリー先生が一度セレンの心を読んでみろって言われたからさ。色々事情があって俺は相手の心を読めるんだよ」
「異界で得た能力のお話ですね。あまり現実味の無い話ですが」
そこまで盗聴していたのか。
とはいえ色々と一から話す手間が省けたと思えば良いか。
「ということでパパっとやっちゃうね。『心情読破』!」
その瞬間。
俺の脳内にありえない情報量が流れ込んだ。
『兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん
「ぬああああ! か、解除!」
一度経験したから、今回は何とか大丈夫だったとしか言いようが無い。
「ど、どうした、狩真」
「あ、ああ。なるほど、これはマリー先生が逃げ出したくなるという理由も分かるな」
ゆっくり深呼吸をして、ゆっくりと話の内容を整理し、セレンに話しかけた。
「えっと、どうしてそんなに木戸……君の兄を考えるの?」
「それは意味が分からない質問です」
「と言うと?」
「人は呼吸をする……くらいワタクシの中では兄さんの事を考えるのが普通です。ところで、狩真さんはワタクシの心を読んだと言ってましたが、どんな感じに読み取ったのですか?」
「ひたすら『兄さん』って考えてたよ。あまりにも多すぎて気絶しそうになった」
「マジかよ」
それにしてもマリー先生はどうしてセレンの心を読ませるように俺に指示を出したのだろうか。この経験がこれからの調査に役立つとは思えないんだけど。
『精神が壊れたら、悪の手はすぐそこに来ているのですよ……ギャ』
どこからか声が聞こえた。というか俺の鞄の中だ!
「狩真さん、今のは?」
「い、いやあ、あはは」
「もしかして目玉の人形さんですか?」
「盗聴だけじゃなくて盗撮もしてるの!?」
そのことに衝撃を受けた。
『とりあえずこの鞄から出して欲しいギャ。ワタチは悪くない悪魔だギャ』
なんだその怪しい台詞は。
とりあえず鞄を開けると、クーちゃんがふわふわと出てきた。
「何度見ても不気味だな」
『慣れて欲しいですね。それよりもそこの妹様は少々危ない状態です。ワタチは医者ではありませんが、そのままだと肉体がもたないでしょうギャ』
「どういうこと?」
『人間は力を無意識にセーブしています。そのセーブが無い状態となれば、骨や皮膚の許容範囲を超えた力で物を掴んだり、走ったりする恐れがあります。ワタチは『心情読破』を使えませんが、目を見ればなんとなく分かりますギャ』
セレンの目を見たが、俺にはよくわからなかった。でも、バーサーカーなセレンを見る限り、普通の人よりもありえない力で殴りかかっている場面は何度も見たことがあった。
「どうすれば良いんですか?」
『少し乱暴な方法ですが、『心情偽装』という心を書き換える術式を使って、暴走した思考を抑制するのが良いでしょうギャ。もしも今使えるなら、すぐやって欲しいですが』
「いや、初めて聞く魔術です」
そう言うと木戸はクーちゃんに話しかけた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんか勝手に話を進めているけど、妹の心を書き換える? それって本人の意思とか身の保証とか大丈夫なのかよ?」
『それは狩真様の実力次第ですギャ。下手に書き換えれば植物状態。もしくは今よりも酷くなりますギャ』
「そんな危険なことをセレンにしようとしたのかよ!」
『そんなことをしないといけない状態という事を理解してくださいギャ』
クーちゃんを通じて店主さんが放った言葉に、木戸は黙り込んだ。
セレンが危険な状態?
『先ほども言いましたが、精神が壊れている状態ほど、悪魔は住みやすくなります。セレン様はこの数年間でその肉体を傷つけながらも耐え、そして無意識に鍛え上げていました。これ以上木戸様のご家族やその周囲に被害が出る前に手を打たないと、大変なことになると助言してあげますギャ』
クーちゃんが話し終えると、音葉が質問をした。
「えっと、店主さんはどうしてそこまで助言をしてくれるの?」
確かに。オカルト探求部の部員でもないセレンに、ここまで関与するのは少し不自然だ。実は何か理由があるのだろうか。
『五回』
「五回?」
『五回、セレン様はワタチの店に来て、ワタチに襲い掛かりました。すげー怖かったですね。うっかり空腹の小悪魔を出しちゃいましたが、それすらも一握りでしたし、あんな襲撃は勘弁してほしいですね。と言うかもはや強盗ですギャ』
「思った以上に深刻じゃん!」
「兄さんと仲良しな女はワタクシだけで十分です」
「おい木戸! お前は常にセレンに見られていることを自覚して、周囲に女性が来ないように気を付けろ!」
「いや無理だろ。マネージャーとかも女子の先輩だし、極力私語は慎んでるけど、セレンがどこで何をするかまでは把握できないよ」
「じゃあ把握しろよ! 俺の家のご近所さんが怖い思いしてるじゃん!」
オカルト探求部の問題を飛び越えた問題だった。
『一応直近の襲撃で納得してくれたギャ。ですが、うっかり血を取ったりするとまた襲われかねないですギャ。だから狩真様には次にミルダ大陸へ行った際には『心情偽装』をマオ様に教えて貰ってくださいギャ』
「う、うん。そうする」
だんだん人間離れな技が増えているような気がするけど、とりあえず人助けだと思って頑張ろう。
「おい待て。セレンに万が一の事があったら困る。そのしんじょーなんとかという術は最後の手段として、別の方法は無いのか?」
「と言うと?」
「ほら、例えばハーブティーを飲むと落ち着くとかあるだろ? 薬とかその辺で対処できないのかよ」
「うむ……」
薬か。と言っても詳しそうな人は……。
「それこそ夢の世界にいるクアンって人は知らないの?」
音葉の提案に俺は少しだけ頷いた。
「んー、何か知ってるかもしれないし、一応聞いてみるか。まだ近くにいるみたいだしね」




