ネクロノ……
☆
部活の時間。
椅子には俺、音葉、木戸、尾竹先輩。そして顧問のマリー先生が座っていた。
「さっそく本題だけど、狩真、貴方はカンパネと名乗る自称神に会ったのね?」
「はい。夢の中なので、妄想を言っているようで凄く複雑ですけど」
「普通ならそうね。夢の話をするなんて、よほど衝撃的な内容だったり、子供の話題くらいにしかならないわ」
そしてマリー先生は俺の首元に指さした。
「今の狩真は普通の夢は見れないの。寝るという行為をトリガーにして転移して、魂を別の世界に具現させる。だから、ありえないのよ」
言われてみればそうだ。ここしばらくは夢という物を見ていない。むしろミルダ大陸の出来事を夢だと思いつつ、三日くらい継続して見続けると体が慣れてしまって受け入れていた。
「でも、そのカンパネって人は、俺がいたことに驚いていましたよ?」
「そういう演技かもしれないわよ。あの子のいる世界なんて、一般人が簡単に入れるような場所じゃ無いもの。あの子が隙を見て呼んだと思った方が良いわ。ワタクシも警戒はしていたけど、油断してたわ」
俺は初めましてだったけど、マリー先生はどこまで知っているのだろう。
「そうだ、マリー先生。帰る直前でカンパネって人が持っていた本をじっと見たんですが、『ネクロノミコン』って頭に刻まれたんです」
「なぬ!?」
マリー先生……では無く、尾竹先輩が立ち上がった。
「それは本当でござるか?」
「は、はい。『ネクロノ』までしか見えませんでしたが、そんな名前の本ってそれくらいしか無いと思います」
俺の話を聞いて音葉が話し出した。
「凄いじゃない。だったら狩真はもう一度そのカンパネって人に会って、その本を借りれば良いんじゃない?」
音葉の提案にマリー先生は首を横に振った。
「無理ね。まずカンパネのいる世界に行く方法は、地球からだと無理なの。ミルダ大陸からなら頑張れば行けるけど、そこに住む神々に追い出されて終わるわね」
凄く壮大でファンタジーな話を突然言ってくる先生。
「それにしてもよりにもよってネクロノミコンをカンパネが持っているなんて、最悪ね」
「あの、カンパネって人は悪い人なんですか?」
俺の質問にマリー先生は答えた。
「悪くはないわ。良くも無いけどね」
「どっち!?」
てっきり『ゲームの最終ボス』的な存在だと思ったよ!
「一応狩真が思ったことに回答するなら、この状況をゲームに例えるとラスボスはマオで、裏ボスはフーリエで、ダウンロードコンテンツのボスはミルダよ」
「三大魔術師勢ぞろいー。勝てる気がしないよ!」
俺とマリー先生は知っている内容だが、他三人はポカンとしていた。そして例えがなんとも現代らしい。
「それよりも『ネクロノミコン』が事実上入手困難だけど、場所が分かっただけでも大きな結果かしら。地球には存在しないしミルダ大陸でもあのフーリエが見つけていない。手詰まりから一転して一歩進んだと言う感じね」
そう言えばもう一つ居所不明な人がいる。そして俺は店主さんにその人を探すように依頼されていた。
「どこを探しても見つからなかったネクロノミコンがカンパネって人の所にあるなら、店主さんが探している息子さんもその世界にいるのでは?」
その質問にマリー先生は少し考えた。
「無くはない。正直、ワタクシには出せない答えね。クアンがまだ近くにいるなら、助言をもらった方が良いわね」
その辺の答えもクアンなら答えられるんだ。
「ふむ、なかなか拙者としては興味深い状況を前に足が震えているでござるが、マリー氏、今一度聞くが、狩真氏の安全は保障されているのでござるか?」
「というと?」
「拙者の考えでは、あちらの世界では強力な魔術師を仲間にしたからこそ狩真氏は活動できているでござる。こちらの世界では日常生活を送るという部分に関して日本というだけで保障されているでござる。では、カンパネという存在が出た今、どうでござる?」
「鋭いわね。一回クアンに会わせてあげたいわ」
そうだ。俺はカンパネを前に『ただの夢』という感じでそのまま終わったけど、今思えば一番命の危機だったかもしれない。
そう思った瞬間、背筋が凍った。
「リスクの緩和という意味も込めて、小さな空腹の小悪魔とはいつも行動してた方が良いわね。あれならフーリエがギリギリサポートしてくれるから大丈夫だと思うけど」
「じゃあさ、いつも小さな箱に入れるのは可哀そうだし、この部屋にいる時だけ少し自由にさせるのは?」
その提案に木戸が立ち上がった。
「いやいや! 今までついてこれなかったから黙ってたけど、あの目玉が出てくると聞いたら僕は横やりを入れさせてもらうぜ!?」
「え、もしかして反対?」
「当然! ただでさえ脱臭の際は凄く怖かったのに、毎週会うとなれば僕はこの部活をやめさせてもらうぜ?」
その瞬間『木戸の』電話が鳴り始めた。
『こんにちは木戸様。ワタチです。オカルトショップ寒がりの店員です』
「え!?」
突然の電話。そして木戸は普通に電話に出たのに、まるでスピーカーモードになっているほどの大音量だった。
『すでに木戸様はワタチの店と悪魔的契約をしています。色々なサービスを保証する代わりに、その部活から退会することは許されません』
「ええ!? ちなみに強引にやめようとすると?」
『朝、空腹の小悪魔が起こしてくれます。もちろん、木戸様の妹様の事は知っています。おそらく空腹の小悪魔は無残にも倒されるでしょうが、重要な点は毎日来るという点です。日に日に目玉の悪魔の死体が部屋を埋め尽くされる毎日に、木戸様は耐えられますか?』
「ぎゃああああああああああああ!」
俺も想像しただけで吐き気がしてきた。
『と言うのは半分冗談ですが、悪魔的に契約したのはあくまでも魔術を口外しないためです。これを必要以上に口外すると、地球の神様から天罰が下るので、遠回しに守っているのですよ』
「ちなみに天罰というのは?」
『毎日天からの使者が襲って来ます。ですが木戸様の家には妹様がいて、無残にも倒されますが使者の死体が増える毎日に』
「半分冗談って、店主さんからは何もしないという部分だったの!?」
結局木戸の部屋がスプラッターになってしまうのか。まあ、どこまでが本気かわからないけども。
しかも空腹の小悪魔から使者に変わるだけって、悲惨な未来しかないな。
「それよりもどうして店主さんは僕のスマホに電話を?」
『登録する時に知ったのですよ』
「え、でもあの紙には名前しか……」
『あ、企業秘密でした。では』
不穏な空気だけ残して切ったよあの店主さん!
そしてガタガタと木戸は震えているよ!
「大丈夫だよ木戸。店主さんはなんだかんだで優しいから!」
「そ、そうよ! それに空腹の小悪魔だって慣れるわよ。ほら、練習のためにウチのキーホルダー貸してあげるから!」
そう言ってプラスチックの空腹の小悪魔を渡された木戸。顔は笑っているが、心は笑ってない。
「ワタクシからすれば、空腹の小悪魔なんかよりも、木戸の妹さんの方が恐ろしいわね」
「へ、僕の妹?」
「ちょっと用事で外に出た時に、見かけたことがあるわ。金髪で人形のような人。ニュースにもなってたし、あーこの子かと思った瞬間、ワタクシはその場から走ったわね」
「え、先生逃げたんですか? あんなに可愛いのに?」
「まあ、そう思えるうちは可愛がった方が良いわ」
どういう意味だろう。
「もしもワタクシの感じた状況を知りたいなら、今日にでも妹さんに会って『心情読破』を使ってみることね」
「『心情読破』を?」
相手の心を読み取る魔術……それをセレンに?
「さてと、そろそろワタクシは帰るわ。最近どこかの誰かが野菜を近所に配っているせいで、ワタクシの居所が無くなってきているのよ」
「あはは」
そう言ってマリー先生は部室から出ていった。
「ミステリアスだけど、この一件に関してはマリー先生は優しいよね」
「というか、そもそも狩真達がこの部活に入らなければ、こんな事態には遭遇していなかったんじゃないか?」
確かに。そもそもこのグールの首飾りを貰ったのは、この部活に入ったからだ。
「ちっちっち。それは違いますぞ。拙者の持つ『運命の切札』という名のタロットカードは、本当にわずかな一時のみ、拙者にもわかる解釈で導いてくれます。故にこの三名が入部することは必然でござった」
そう言ってボロボロのタロットカードを見せる尾竹先輩。一見普通のタロットカードだけど、俺には何を示しているのかわからない。
「じゃあ木戸、今日お前の家に行って良い?」
「ん、まあ良いけど」
「ウチも行く!」
「はいはい。尾竹先輩はどうします?」
「拙者は今日、バイトがあるでござる……木曜だけはいつも空けているでござるが、夜にどうしてもと言われて断れなかったでござる」
先輩のバイトって、一体何をやってるのかな。水道とか直してそう。




