魔力抑制アイテム2
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「おはようございますカルマ様! 朝食は出来上がってますよー」
元気な店主さんの朝の挨拶。俺はすでに身支度を終えていた。
「今行きます」
「最初の頃と比べてずいぶんとしっかりし始めてきましたね。今や姫ズはお寝坊ですよ」
そう言って隣の部屋を見ると、そこから凄く眠そうな表情のシャトルとシャトラが出てきた。その奥からはパムレとクアンも出て来て、皆眠そうだ。
「城のベッド以外で寝るのはまだ慣れないです。ですが良い経験です」
「シャトラがいつ炎を噴き出すかわからないから眠れないのよ」
「……隣の部屋がいつ燃えるかわからないから油断できない」
「この世界の文明について整理してた」
一人だけ違うけど、とりあえず置いておこう。
「そうだ店主さん、ご飯を食べ終えたら時間良いですか?」
「良いですよ。数名の受付処理を終えてからなので、応接室で待っててください」
☆
待つこと三十分くらい。その間シャトルはパムレのほっぺたをフニフニして遊び、それをシャトラはヒヤヒヤしながら眺め、クアンは何かをメモしていた。
「そう言えばクアンはずっとここに居るの?」
「良い質問だ狩真少年。実の所もう少ししたら一度ゲイルド魔術国家に帰るところなのだよ。魔術の学会発表という実に有意義な催し物があるため、その三日前くらいには帰ろうと思う」
魔術研究所の副館長だもんね。その魔術研究所がどれくらいの規模かはわからないけど、多分大きなところだよね。
「お待たせしましたー」
そう言って店主さんが入ってきた。
「それで、用事と言うのは何でしょうか?」
「えっと、驚かないで見てもらって良いですか?」
「え?」
そう言って俺は、鞄から小さなカプセルを取り出した。
その蓋を開けると、中から空腹の小悪魔ことクーちゃんが出てきた。
『ギャギャ。セマカッタ』
「空腹の小悪魔? カルマ様、いつの間に取得したのですか?」
「いえ、これは『地球の』店主さんが護衛の為に召喚した空腹の小悪魔です……えっと、実は用があるのは俺ではなく、この空腹の小悪魔を通じてあっちの店主さんがお話したいそうです」
『ギャギャ。自分に対して久しぶりと言うのは変ですが、一応言っておきましょう。久しいですね、ミルダ大陸のワタチ』
「!?」
その瞬間、店主さんは隠していたナイフを取り出した。
『驚かないで欲しいギャ。ドッペルゲンガー同士が出会うと自我を持ち、どちらかが死なない限り戦い続けるという呪いはあくまでもドッペルゲンガー本体同士が会った時。そして地球のワタチはすでに自我を持っていて、『すでに戦いは終わっています』。保険として空腹の小悪魔を通じているから、おそらく呪いの発生は無いと思っているギャ』
「たし……かに。警戒心が高まっただけで殺意は出てきません」
『わかったら武器をしまって欲しいギャ。ミルダ大陸のワタチ』
「はい」
そう言って店主さんは武器を隠した。と言うか常に武器を隠し持っているんだ……。
『改めて初めましてですミルダ大陸の皆様。今回は実験も兼ねて来ました』
「待ちたまえ地球のフーリエ女史。君は今何をしているかわかっているのか?」
クアンが立ち上がり声を荒げた。
『知ってますギャ。狩真様が寝る際に着ていた衣服もそちらの世界に転移する。これを利用すれば、近くの物は一緒に転移ができる。この作用を利用して小さな空腹の小悪魔を転移させました。そこからはワタチとのつながりが切れるかどうかはやってみないとわからなかったのですが、どうやら成功したみたいですギャ』
そう。店主さんの提案は単純かつ今まで何故か思いつかなかった内容だった。
空腹の小悪魔のクーちゃんは店主さんの目や口になる。つまり、疑似的に店主さんを連れて行くことができるということだ。
「待ちたまえ地球のフーリエ女史。それが可能ならば、仮にクーが添い寝をすることで地球に行けるという結果が生まれるぞ?」
添い寝!?
『それはできないギャ。その辺も確かめたく、周囲にワタチの私物を置いたり、ロープを腰につけて部屋の隅に同じくロープを巻いた人形を置きましたが、範囲は多く見積もって狩真様の肌から三十センチ程度。それ以上は転移できていないですギャ』
「なるほど。一度の実験でクーの知りたいことをほとんど行っている辺り、さすがと言うべきだ。こっちのクーの上司よりもあっちの上司の方が賢いのでは?」
「あー、今言ってはいけない事を言いましたねー! 明日からのモーニングコールは空腹の小悪魔十体を部屋に配置します」
「……パムレも同じ部屋で寝ているんだけど、それはマジでキモイからやめて欲しい」
パムレって基本的に何かのとばっちりを受けているよね。空腹の小悪魔十体からのモーニングコールはさすがに嫌だな。
『本題の実験は成功しましたし、あとはおまけでそっちのワタチにちょっと質問ですギャ』
「な、なんでしょうか」
『狩真様は現在、不可抗力で魔術を放つかもしれない状況ですギャ。魔力を吸収する装備品などがあれば渡してあげてくださいギャ』
「魔力を吸収ですか……発動する魔術を吸収する宝石を埋め込んだ指輪くらいなら、ゴルド様に依頼すればありますが」
『……懐かしい名前ですね。ではゴルド様に依頼をしてください。どうせそっちのワタチは狩真様に息子捜索なんて無茶難題を押し付けて、報酬としてご飯を出しているのでしょうけど、ワタチから言わせれば割に合いませんギャ。せっかくの好機を逃したくないのであれば、過剰なほどのサポートくらいしてあげてくださいギャ』
「うっ。まさか自分自身に説教をされるとは思いませんでした」
苦笑する店主さん。いや、今までも結構サポートしてもらっているし、おまけの小鉢とか結構おいしいけどね?
「わかりました。その依頼は受けましょう。ちなみにですが一つ良いですか?」
『何だギャ?』
「地球のワタチは……元気ですか?」
その質問に少しだけ沈黙が続いた。
『貴女がワタチなら、想像できるでしょう。決死の思いで分裂し、そして『破壊の時代』を過ぎた今もワタチは生きています。皮肉をあえて言うなら、ワタチも子供を育てながら笑顔溢れる日々を過ごしてみたかったですね』
そう言って、空腹の小悪魔はゆっくりと目を閉じた。
『ギャギャ? オワッタ?』
いつものクーちゃんに戻った。
「店主殿、今の会話は私達が聞いても良かったものなのですか?」
「この面子なら問題ありません。それに、地球のワタチを孤立させたのはこのワタチ自身で、今の質問は自問自答のようなものです。本来ドッペルゲンガーは目が合えば殺し合うという呪いがあるのに、こうして話せただけでも凄い事です。あのワタチはワタチよりも少し考えが大人な気がしますね」
そう言って店主さんは後ろを振り向き、部屋を出ようとつつ、一言だけ話した。
「お昼過ぎに時間が空きそうなので、その時にゴルド様の鍛冶屋に行きましょう。では」
そして店主さんは部屋から出て言った。
「気の所為かわからないけど、店主殿、泣いて無かった?」
「シャトラも同じことを思いました。何か深い事情があるのでしょうか?」
その疑問に俺はパムレを見た。
「……これはフーリエの問題。パムレから話すことは無いし、特別狩真が気にすることも無い」
それに続きクアンも話始めた。
「そうだな。『破壊の時代』も関わる話は千年以上生きる者にとって辛い過去だ。狩真少年は現時点でグールの首飾りを安全に取り外せる方法だけを考えるが良い」
「う、うん」
なんとなく煮え切らない状況だが、かといって何もできない俺に少しだけ苛立ってしまった




