ペットの持ち込み
☆
「『~~ついに、激務に耐えきれず、魔術研究所の館長の座を副館長に譲り、今まで我慢していた豪華な食事を行った結果、ブクブクと太り、周囲からは『紫髪の大砲』と呼ばれるようになった。ついに普通の扉を通れなくなり自身の姿がとても醜い状態と知った元館長は、優秀な助手であるクアンに相談し、以前のような美貌を取り戻したとさ。めでたしめでたし』じゃないわよ!」
思いっきり本を地面に叩きつけるマリー先生。
「マリー先生……えっと、怒っているということは」
「違うわよ! 確かにミルダ大陸ではほんの一時だけ魔術研究所の館長と三大魔術師をやってたけど、ありえないくらい激務だったからフーリエに譲ったのよ! あ、これって言って良いやつ?」
「もう聞いてるんで大丈夫です」
「ほっ。あ、それと、扉は普通に通れたわよ! ドレスが若干着れなくなったからクアンに食事制限を依頼しただけよ! 全くこんな変な物語を書いたのは誰よ!」
本の表紙の隅に名前らしきものが書いてあった。
「クアンって書いてますね」
「ぶっ飛ばしたい!」
いやー、内心いつ噴き出してもおかしくない状況なんだよなー。地球に帰って本も鞄に入っていたからとりあえず読んでみたけど、マリー先生らしき人の失態とか失態とか失態が沢山書いてあって、特に失態がもう失態で失態が失態なんだよね。
「それ以上失態という単語を思い浮かべたら、明日の科学の実験でどうなるかわかっているわね?」
「すみません。これ以上心にも思いません」
教師という立場は本当にズルい。
そんなこんなで目を覚ましたら自室……では無くマリー先生の研究室のソファーの上だった。というのも、俺はここで何か魔術的な物をかけられて眠らされた。
スマホのカレンダーを見てみると、どうやら一日ぐっすりと寝ていたらしい。
一緒について来た音葉は最初、マリー先生にすごく怒ったらしいが、なんやかんやで落ち着いて帰ったらしい。
うん。絶対魔術を使って『なんやかんや』帰らせたんだろうな!
『失礼します』
音葉の声が廊下から聞こえた。
「入って良いわよ」
「失礼します。あ、狩真!」
小走りで近づいてきた。うん、ちょっと嬉しいかも。
「怪我とか無い?」
「とりあえず大丈夫。ただ眠らされただけだから。それより音葉は大丈夫?」
「え? うん、とりあえず昨日は頭がポーっとしたけど、後でメッセージが送られてきて、とりあえず納得させられたわ。ということでマリー先生、次からは事前に言ってください」
やっぱり魔術を音葉に使ったのか。
「悪かったわよ。別に眠らせるだけだからそこまで気が回らなかっただけよ。それに、もしあの場で眠らせられなかったらクアンに馬鹿にされるし、それが癪だったのよ」
マリー先生は小さく咳ばらいをして話を始めた。
「さて、本題だけど、クアンには会えたのよね。この本を渡してきたということは、それなりに仲良くなったという解釈で良いかしら?」
「え、あ、はい」
そう返事をすると、音葉が「ん?」と疑問の声を上げた。
「どうしたの?」
「いや、クアンってどこかで聞いたような……ああ、千年前の科学者の名前だっけ? 二千年代で一番頭が良かったのに、突然姿を消して、噂では世界を知りすぎたから闇の組織に消されたって言われている人」
そんな学者がいたんだ。歴史は苦手だからわからないけど、そういう人がいたんだ。流石博物館の娘、色々知っているな。
「本人よ」
「本人なの!?」
え!?
姿を消したって、もしかしてミルダ大陸に転移したって事!?
「オカルト探求部員だから話すけど、クアンは色々事情があってミルダ大陸に転移したのよ。そうね……頭が良すぎて破滅する未来から救おうとしたら、神様に見つかっちゃって逃げた先がミルダ大陸だったー的な」
凄い変な物語だが、マリー先生が言うと真実に思える。
「それで、クアンから助言は貰えた?」
「はい。俺の『じっくり見れば文字や名前がわかる』能力を使えば、ネクロノミコンの解読が一瞬でできる。そして、その力とネクロノミコンを使えばこの首飾りを取ることができるって言われました」
「へー。その時のクアンはどんな表情だった?」
「えっと、俺の能力を聞いた瞬間驚いていました。解決方法も出会った時はすぐに出なかったのですが、能力を聞いた瞬間すぐに答えました」
「そう。つまりその方法が最善ということね。あとはネクロノミコンの場所かしら」
クトゥルフ神話でも有名なネクロノミコン。本当に実在するのかはわからないが、この首飾りを外すには見つけるしかない。
「っと、もうこんな時間。先生、そろそろ俺たちは」
「あ、ちょっと待ちなさい」
「まだ何か?」
そう言うと、マリー先生は鞄から何かを取り出した。
えっと、ゲームコーナーとかスーパーの入り口とかにあるおもちゃが入っているカプセル?
『ギャギャギャ! カルマギャ! ダシテー!』
「クーちゃん!?」
☆
昼休み。いつもなら食堂に集まるのだが、事情が事情なため部室を使わせてもらう事になった。
「わー、目の下に口があって、そこから水を飲んでるわー」
とりあえずプラスチックの皿を買って、そこに水を入れてみた。まるで犬が水を飲むように目の下から舌が出てきて水を飲んでいた。
『ウマイ。ウマイ』
「ちょっと気持ち悪いけど、これくらい小さいと可愛いかも? わー、水を飲むのに夢中で撫でても動かないわ」
音葉はクーちゃんに夢中である。そして。
「あれを可愛いと思える思考に少々疑問を感じるでござる」
「小さい方がむしろマジの目玉に見えて怖すぎだろ」
男二人は部屋の隅で震えていた。
「基本無害だから大丈夫だよ。ほらクーちゃん。挨拶して」
『ギャ? クーチャンダ。ニンゲンノチ、スキダ』
「血液を所望しているでござる! 拙者、大半が脂肪故に脂質が多くて体に悪いでござるよー」
「絶対夢に出る。絶対夢に出る」
まあ、俺も最初に見た時はトラウマ物だったけどね。慣れって怖いな。
『ム? オトハ、クビダセ』
「へ? 良いけど」
音葉は髪を手で避けて、後ろの首を出した。そのしぐさにちょっとドキッとしてしまった。
『ハムッ』
「きゃっ!」
そしてクーちゃんは音葉に噛んだ。噛んだ!?
「ちょっとクーちゃん! 何やってるの!?」
『ローハイブツ。キニナッタ。チョットチヲスッタケド、モンダイナイ』
「ろーはいぶつ……老廃物の事? あれ、なんだか肩こりが無くなったような?」
音葉の首には蚊に刺されたような凄く小さな痕が残ったが、それ以上に目立った傷は見当たらなかった。
『ミズ、クレタ。ダイショウ、シハラッタ』
「水のお礼ってこと? わー、ありがとう! 凄い、なんだか首回りが凄く楽になった気がする!」
そんな力あるの!?
そしてすげーグルグルと首回してる!
「ねーねー、皆もやってもらいな? 肩こりがやばいくらい解消するわよ!?」
「遠慮するでござる。絵的にどう見てもホラー映画やスプラッター映画並みにヤバかったでござる」
「絶対痛そう。絶対痛そう」
そして震える男性陣。俺もやってもらおうかな。と、そう思った瞬間スマホが鳴った。どうやら店主さんからのメッセージだ。
『小さい空腹の小悪魔は血液中の老廃物を吸い取る能力を持っていますが、あまりやりすぎると中毒になります。あと、悪魔的に最初に老廃物を吸わせてしまうと、その後に理不尽な要求をしてくることがあるので、もしもやるなら何か食べ物を与えてからやってもらってください。場合によっては命を取られます』
超重要なことをメッセージで軽く言わないで貰えないかなこの店主さんは!?
「どうしよう、これ週一くらいでやってもらおうかしら」
「あー、音葉。クーちゃんのマッサージ? は月一くらいにしないと魔術的に危ないっぽい。あと、絶対俺のいるところでやってもらってね」
「へ? そうなんだ。分かった。じゃあ来月以降に疲れた時にお願いね!」
『マカセロ。オトハ、イイニンゲン』
と言うか名前覚えちゃってるじゃん。




