大叔母様
「フーリエ!?」
シャムロエ様は店主さんに驚き、一歩下がった。
「はあ、どうしてこの辺の人達はワタチの名前を簡単に呼ぶんですかね。その度にパムレ様のご飯に野菜が増えるというのに」
「……ウルトラ緊急事態じゃん。ちょっと、皆好き勝手に店主の名前呼ばないで」
さっきまでパムレットを食べていたパムレが反応した。本当にとばっちりである。
「って、店主さん? どうしてここに?」
「妙に強い魔力を感じたのですよ。夕食の買い物の帰りに魔力の発生源を辿ったらこんなことになっていたのです」
ため息をつく店主さん。そして店主さんはシャムロエ様を睨んだ。
「残念ですが、今回のワタチはカルマ様の味方です。言ったと思いますが『リエン』を探すには彼の協力が必要なのですよ」
「相変わらず親馬鹿ね。何百年も探して見つかっていないのに、まだあきらめていないの?」
「死に分かれなら仕方がありません。ですが、生きているのであれば会いたいというのが親です。ようやく千年以上探して見つけた小さな希望を潰そうとしているなら、ワタチは全力で阻止しますよ」
「フーリエが私に力で勝てると思ってるの?」
「ワタチがシャムロエ様に勝てなくても、ガラン王国をぶっ壊すくらいは簡単です」
その言葉にシャムロエ様は溜息をついた。
「はあ、わかったわよ。私の負けよ。ただでさえ城は半壊してるのに、さらに破壊なんてされたら、いよいよもって国が終わるもの」
そう言ってシャムロエ様は店の出入り口に向って行った。
「大叔母様、どこへ?」
「どこって、帰るのよ。シャトラの行方は分かったし、その場所にシャトルとマオがいるならとりあえず良いわよ。魔術研究所の副館長もいるなら、シャトラにとっても色々と教えて貰えそうだしね」
「おっと。クーがその中にカウントされるとは思わなかった。が、クーとしてはシャムロエ元女王にカウンセリングをしたい所だ」
「不要よ」
そう言い残してシャムロエ様は去って行った。
☆
一分ほど沈黙が続き、俺は再び目の前のパムレットを口に入れた。さっきよりも味わう余裕は無かった。
というか専門店であれだけの騒ぎを立てたのに、周囲の様子は変わらないことに今気が付いた。
「……ふう」
「ああ、パムレが『認識阻害』を使ったのか」
もしかしてこうなることは予想していたのだろうか。
「あ、あの、カルマ様」
シャトラが頭を下げて来た。
「庇ってくれてありがとうございます」
「ああ、いや、大したことはしていないよ」
「いや、大したことよ」
シャトルがようやく口を開いた。
「大叔母様は私達から見てとても怖い存在なの」
「その割に好き勝手言ってたよね」
「まさかこの国に来てるなんて思わないわよ。城の中では遠くに見えただけで私は震えていたわ」
それなら好き勝手場所を問わずに悪口を言わないようにしないとね。多分帰ったらずっと言われそうだな。
「シャトラが城を壊して家出をしたのは、大叔母様に捕まりたくない一心での行動です。普通に逃げてたら先ほど一瞬で移動する力を使っていつの間にか背後を取られて捕まります」
「凄かったな。アレって瞬間移動的な魔術?」
そう聞くと店主さんが答えてくれた。
「あれは単純な身体能力です。シャムロエ様は特殊な魔力を持ちますが、魔術は使えません。強靭な力だけでワタチ達三大魔術師と渡り合えます」
「化け物じゃん」
おっと、うっかり声が出てしまった。周囲を確認し、シャムロエ様がいないことを確認した。
「それよりもシャトルが口出せないのは今ので分かったとは言え、クアンとパムレはガン無視だったよね?」
「……一応理由はあった。パムレが助言したらこの店は壊された」
「クーに関しては単純に力では勝てないからだよ。知識は力だが、理不尽な力の前には勝てないのもまた知識の弱さなのだよ。それに、それとなく外に上司の気配もあったからこそ、展開は読めていた。この場において狩真少年を失うことに対して一番都合が悪いのは上司だからな」
店主さんは息子を探すために俺が重要な手掛かりと言っていた。もしただの冒険者だったら、あの場でどうなっていたのか。ううん、想像したくないな。
「と、とにかくカルマ様にはお礼を言いたいです! ありがとうございます!」
「い、いえいえ。結果的に店主さんに助けてもらったし、店主さんこそありがとうございます」
「そうですね。ワタチに助けてもらったので、ここは貸しひとつとしましょう」
にやりと笑って店主さんは荷物を持って店を出た。
☆
パムレット専門店を出て、今度は本屋に到着。
やはり一国の姫ということもあり、書物には興味があるらしい。
「……ふあー。パムレは本に関してそこまで興味が無いから外でフラッとしてくる」
そう言ってパムレは外に出て行った。
シャトルはシャトラと一緒に色々な本を見ていた。取り残された俺はクアンと一緒におすすめの本コーナーを眺めていた。
「魔力お化けは性格上理解できるが、狩真少年こそ字は読めないから、この世界の書物に興味はないだろう?」
「魔術かどうかわからないけど、文字をジッと見つめると読めるんだよ。こう、頭の中に文章が入り込むような感じ」
「何!? それは本当か?」
「え、何で急に驚いたの?」
クアンは鞄を漁り、奥の方から一冊の薄いノートを取り出した。
「この文章を読めるか?」
「えっと……『火球』?」
その瞬間、クアンが持っていた本が燃え始めた。すぐに本を閉じて火を消し、周囲の本へは燃え移らなかった。
「想定外だ。そんな能力は『原初の魔力』にも存在しない」
「原初の魔力?」
「この世界を作り出した魔力のことだ。今はそれよりも君の『文字が読めちゃう能力』についてだ」
文字が読めちゃう能力って、もっと良い名前無いの?
「文字だけじゃなくて物の名前とか人の名前も見えるよ。店主さんの名前も当てちゃって、その時はセシリーが焦ってたかな」
「ふむ、となればなおさら『ネクロノミコン』は君にとって重要なアイテムになるな」
ネクロノミコンが?
「先ほど見せた文書はクーがネクロノミコンから引用した物だ。全てのページを書き写す前に消えてしまったため、下級の魔術しか無いがな」
「え、燃えちゃったけど大丈夫なの?」
「魔術研究所に書き写しなら沢山ある。それよりも、今の文書が見ただけで読めるという部分が重要だ」
「どういう意味?」
「ネクロノミコンはクーでも解読に時間がかかる。あらゆる暗号や未来に考案された暗号までも使われている文書で構成されていて、常人が一頁を解読するのも一生涯かかるほどだ。それを見ただけで解読できるのであれば『世界の理』さえ手が届くだろう」
世界の理。たしか尾竹先輩が言っていた単語だ。
「でも、ネクロノミコンを読めたところで俺に何の得が?」
「ネクロノミコンにはあらゆる魔術が書いてある。当然、その首飾りを外す方法も書いてあるだろう」
「まあ、その可能性はあるだろうけど、今更驚くことは無いのでは?」
「重要なのは時間だ。ネクロノミコンは解読に時間がかかる。クーは効率よりも先に作業性を考えて書き写しを行っていたのだが、ふとお手洗いに行った瞬間消えていたのだよ」
ネクロノミコンは消える。確かそんなことを言っていたよね。足が生えている方がよほど良いとも言っていたような。
「書き写すのも時間がかかる。解読しながらだと余計に無理だ。つまるところ、即解読できるのならば、君の望みは適うだろう」
「でも解読した所で地球で呪いを解かないと意味が無いのでは?」
「先ほどその問題に関して、答えは出ている。書き写したノートを読めば同じ魔術が使える。つまり、君が必要としている魔術をノートに書き写し、それを地球で使えば良いのだよ」
なるほど。つまりネクロノミコンを見つけて、その呪文をその場では使わないで、地球で使えば良いという事か。
「さて、ここからは順番が重要だ」
「順番?」
「クーの上司の依頼である息子の捜索には君とネクロノミコンが深く関わっている。仮にネクロノミコンを見つけて、その首飾りの呪いを解いた場合、君は晴れて自由の身だ。だが、クーの上司の依頼は未解決のままということだ」
「そりゃ、当然店主さんにはお世話になっているから息子さんを探すよ」
「クー個人としてはそうしてもらえると職場の雰囲気が良くなるから是非ともと言いたいが、一応人生の先輩として助言するなら、自分の時間を第一に考えるのだな」
「自分の時間?」
「君は事件に巻き込まれた身だ。その巻き込まれたことにより得た力と環境が上司の息子捜索に関して都合が良かった。言い方は悪いが利用されているともとれる環境が嫌なら逃げるのも手だと言いたいのだよ」
「ちょっと待って、まるでクアンは俺に店主さんの息子さんを捜索するなって聞こえるけど?」
そう言うとクアンは一冊の本を持って答えた。
「探すなとは言っていない。探さなくても良いと言っている。君が歩むべき道は一つだけというのは人生の先輩として見ていられないだけなのだよ」
そう言って俺に一冊の書物を渡してきた。
「おすすめの本だ。これを読み終えたら是非マリー女史にも見せてあげてくれ」




