パムレット専門店
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「おおー! 姉様。見てください、この白くキラキラと輝くパムレットを!」
「はいはい。見てるわよー」
全員でこの国一番盛り上がっている店と名高い『パムレット専門店』に到着。どうやらシャトラはここにずっと来たかったらしい。
「……パムレは会うたびにここへ飛ばしてって頼まれてた。やっと言われなくなる」
「いや、一度味わったら、もう一度来たくなるんじゃない?」
俺はプレーンのパムレットを食べた。専門店というだけあって、生地はフワフワで凄くおいしい。シュークリーム等とはまた違った食感だ。
「はあ、この背徳感と幸せな感じ。この生活を毎日味わっている姉様はズルいです」
「一応結構な修羅場を潜っているわよ? カルマが来てから少し休んでいるけど、大きな魔獣とか倒してたし」
「それらを経験したとしてもこのパムレットは超越した褒美です。ガラン王国発祥なのにガラン王国を超える種類。そして無料で配布されているおまけのお菓子のパムレ。はあ、ガラン王国も同等くらい豊かだったら良いのに」
パムレと言うのは俺の隣で口の周りにクリームをつけている少女のことではなく、小さなクッキーのことだ。
店員さんがこのお菓子のパムレを渡した際に軽く歴史を話していた。
過去にパムレットを作るほどの材料が無く、ギリギリの材料で食事を作っていた日々が続く中、疲弊した兵士達に少しでも心にゆとりをもたらそうと考案されたお菓子が、このパムレらしい。
パン生地に使われていた材料をクッキーにして、パムレットと同じ材料から生まれた子供のような存在ということでパムレと名付けられたそうな。
そして、隣で二つ目のパムレットにかぶりつく銀髪少女は、パムレットが好きすぎて自分の名前をパムレットにしようと思ったけど、さすがにそれは恐れ多いということで、その子供(という設定)のパムレにしたらしい。
「マオ様……こほん、パムレ様は北の土地でも限定パムレットを食べているので、ズルいです」
「……パムレだけじゃない。クアンも北の国ゲイルド魔術国家から来た。クアンもすでに食している」
「おーい、その生産性の無い争いにクーを巻き込まないでもらおう。クーは頭を使う故に、パムレやパムレットはそれなりに役に立つアイテムなのだよ。そこの魔力お化けと一緒にしないでいただこう」
そんな感じでワチャワチャとはしゃぐ少女たち。と、俺はなんとなくさっきから元気が無いシャトルに声をかけた。
「元気が無さそうだけど、大丈夫?」
「へ、あ、うん。久しぶりにシャトラの顔を見て、昔を色々と思い出していたのよ。ここまで笑うシャトラは久しぶりに見たからね」
「そうなの?」
「いつもは部屋の中に入れられて、凄く窮屈な生活を送っていた。私も早々に旅に出たから、手紙でしかやり取りをしていなかったけど、いつもつまらない日々だって言ってたのよ。なんというか、こうして一緒に外に出れて不思議な感じね」
「そう言えば魔力の制御がまだうまくできていないから部屋から出れなかったんじゃ無かったっけ? 一緒にこうして外に出て大丈夫なの?」
そう聞くと、パムレが三つ目のパムレットをほおばりながら答えた。
「……シャトラの魔力はパムレが抑え込んでいる。ついでに言うと、先日のフーリエとの戦闘でかなり魔力を消費しているから、とてつもない感情の変化が無い限りは大丈夫。まあ、寝ている時は流石に抑え込めないけどね」
あ、一応陰で支えていたんだね。
「と言うのは表向きの言い訳だよ狩真少年」
「え?」
「魔力お化けはガラン王国に借りを作っているだけさ。狩真少年とシャトル少女に関してはクーの上司繋がりで護衛等をしているが、シャトラ少女に関しては誰からも依頼はされていない。つまるところいつ誘拐されてもおかしくない状況にパムレ少女がボランティア感覚で護衛しているのだよ」
「そうなの?」
パムレに今のクアンの推測をそのまま聞いてみた。
「……半分正解。むしろ借りを返している感じ。一回着地をミスってガラン王国の城にぶつかったことがあって、半壊させちゃった」
「ガラン王国の城って何回壊されてるの!?」
少なからず今の発言で二回壊されてるよね?
「……とは言え、シャトラはパムレの数少ないお友達。守るのは当然として、シャムロエに恩を売るのはおまけ」
「シャムロエ?」
新しく聞いたことが無いような名前が出てきた。
と、その俺の質問にシャトルが答えた。
「時々話題に出てくる『大叔母様』の事よ。なんだかよくわからない魔力を持っていて、不老不死なのよ。数千年前の女王で、今はそれなりに権力は持っているけど、基本的には隠居生活をしているわね」
「へー。不老不死とはまた凄い能力だな」
「そうなのよね。しかも魔力の所為かわからないけど、凄い怪力なのよ」
「へー、どれくらい怪力なのかしら?」
「聞いた話だと片手で岩を握り潰すのよ。やばくない? 殴るとか道具を使うんじゃなくて、岩を握りつぶして壊すのよ? もはや怪力という概念を超えた何かよね」
「そうね。握り潰して壊したことくらいはあるわね。そうそう、最近だと『壊れた城の外壁を取り除くのに壊したわね』」
……ん?
途中から俺はパムレットを食べていたから話しを聞いていただけなんだけど、シャトルやシャトラとは違った声質の、でもちょっと似ている人の声が聞こえてたぞ?
「……あ、シャムロエ。おひさ」
「久しぶりねマオ。で、おまけが何だって?」
いつの間にか俺とパムレの間の狭い場所に椅子を置いて誰かが座っていた。
服装はシャトルに似ていて冒険者のような動きやすい恰好。そして髪は金髪のストレートで、顔には目元を隠す仮面をつけていた。
「お、お、お、大叔母様!?」
「ええ!?」
気配が無かった。そして俺は驚いた拍子に無意識に隣に座っていた少女を注視したら、『シャムロエ』という名前が頭に入り込んだ。つまり、本物である。
「クアンも久しいわね。目が真っ赤だけど『本物』はどうしたの?」
「おっと、その話はクーのパーソナルスペースだ。それ以外の質問なら答えよう」
え、今の質問、凄く意味がありそうに思えるんだけど!?
「そしてその子は……チキュウの人かしら?」
「は、はい。狩真と言います。えっと、シャムロエ様」
「かしこまらなくて良いわよ。フーリエから軽く話は聞いているわ。シャトルが世話になっているわ」
「いえ、俺こそ色々と教えて貰っているので」
そう言うと仮面の目の部分から微かだが、目を細くしてシャトルを見た。
「へー。シャトル、この子が気に入ったの?」
「何のことですか大叔母様」
「別にー。さて、それよりもシャトラ。そろそろ帰るわよ」
「え」
突然の提案だった。
「パムレットを食べたシャルルドは反省しているわ。だから魔力の暴走がしないうちに城に帰るわよ」
「い、嫌です! シャトラはまだ外の世界を」
その瞬間、
隣に座っていたはずのシャムロエ様が
シャトラの後ろに立っていた。
「っは……」
「帰るわよ?」
シャトラは震えながら過呼吸をしていた。それほど怖いと感じているのだろう。
「大叔母様、シャトラは」
「シャトルは黙ってなさい」
「っく!」
シャムロエ様が睨むと、シャトルはビクっと震えた。仮面越しにわかる。そして素人の俺でもわかる。この人は強い。
と、そんなやり取りを見かねたのか、シャトルの横からセシリーが現れた。
『我が主人を怯えさすなシャムロエ殿。もっと別な言葉があるじゃろうて』
「言葉を選んだところですぐに解決しないわよ。それとも貴女がシャトラを説得するのかしら?」
『……』
黙り込んでセシリーはポンと音を立てて消えた。
パムレとクアンは目の前のパムレットを食べている。まるで無関係だと言っているような光景だ。
「さあ、帰るわよ」
「い……いや」
シャトラは怯えていた。そして助けを求める目は俺に向いていた。
ここで俺が声を出せば解決するのか?
漫画の主人公のようになるようになるのか?
パムレとクアンは目を閉じながらパムレットを食べている。シャトルは怯えている。
「あ……あの!」
声を出した瞬間、俺の頭に手が乗っていた。
全く見えなかった。
まるでテレビのドラマでシーンが変わった瞬間のように見えた。
目の前には仮面をつけた少女が俺の頭に手を置いて、不気味な笑みを浮かべていた。
「何か?」
俺は声が出なかった。シャトルが怯えている気持ちがわかった。
「シャトルが世話になっていることとシャトラが家出していることは別の話よ。王家の問題に口を出すなら、私だって容赦しないわよ?」
頭に置かれた手に少しだけ力を入れられた。痛いわけでは無い。ただ、この先どうなるかという状況が一瞬でわからされた。
だが、シャトラの目はまだ助けを求めていた。俺の口は勝手に動いていた。
「シャトラはまだ外の世界を見たいって言ってます」
「十分よ。魔力の制御がもう少し上手くいったらもう少し外に出る機会を増やすわ」
「今が良いと思います。俺も微力ながら応援します。だから」
「無力の人間が守れると? 言っておくけど、やってみないとわからないとか、頑張りますとか、そういう答えは不要よ。絶対的な答え以外受け付けないわ」
「っ!」
頭に置いた手にさらに力が入った。ツボ押しマッサージくらいの痛みが伝わってきた。
「でも!」
何か言おうと思った瞬間だった。
「そろそろ頭の手を避けてもらいますか? これ以上力が入るようならワタチもそれなりに対処しますよ?」
俺とシャムロエ殿の間から、ひょこっと店主さんが現れた。




