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深海の怪物


 ☆


 巨大なタコの足が出てからは、勝負は一方的だった。

 精霊の力を借りれなくなったシャトラは、自前の魔力で魔術を放つも、タコの足はびくともせず、強く何度も叩きつけていた。

 俺はその攻撃に驚いて腰が抜けてしまった。というのも、俺よりも若い少女が巨大なタコの足に叩きつけられる場面を目撃したからだ。ゲームでもそういうシーンはあるが、ここは夢の中でも現実と同等。

 叩きつけられているシャトラは魔術で壁を生成して耐えたが、タコの足は何度もシャトラに攻撃をした。結果、魔術で生成した壁が破壊された。

 壁が壊れた瞬間、シャトラは力を使い切ったのか、その場で倒れ、勝負の結果が出た。同時にタコの足はゆっくりと地面に潜っていき、消えた。

「悪いわね。シャトラを背負ってもらって」

「まあ、これくらいはできるよ」

 巨大なタコの足は、俺の思っている以上に周囲に影響を与える大悪魔らしく、氷の精霊セシリーと契約をしているシャトルも少し影響を受けていた。

「セシリーは気を失っちゃって出てこれない上に、私も体のあちこちが痛むって、店主殿ってやっぱり凄いのね。歩くだけでやっとよ」

「久々に本気を出しちゃいましたね。『深海の怪物』はワタチの出せる悪魔術の中でもかなり強力な術です。格の違いを見せるにはちょうど良いでしょう」

「……大人げない」

「こうなったのもパムレ様がワタチの名前を言ったからですー。明日からパムレ様に野菜を食べてもらえると思うと、とても楽しみですね」

 見た目はどっちも小さいから子供の喧嘩にしか見えない。でもこの二人って大陸の中で強い魔術師なんだもんなー。信じたくないなー。

「……狩真。野菜を甘くする調味料を地球から持ってきて」

「砂糖と蜂蜜以外知らないな……」

 あんな戦闘が行われた後とは思えない程、ほのぼのとした帰路。なんというか、ストーリー序盤の主人公が凄い強いキャラクター同士の戦闘を見せられた気分だ。

「ちなみにパムレはあのタコの足みたいなやつに対して、対抗策ってあるの?」

「……超余裕。フーリエは悪魔だから、とある属性が超弱い。だからあのタコの足もパムレなら簡単。でも他の人は相性の良い属性の魔術を放っても、一本くらいしか対処できないかな」

「むしろパムレ様には『深海の怪物』は使いませんよ。地道に魔術で攻撃をした方が、まだ勝てる見込みがありますよ」

「……それだと互角かパムレの方がまだ強いかな」

 あんな大悪魔を前にして余裕という辺り、やっぱりパムレは強いのか。そして、互角に戦える術がある店主さんもまた強いのだろう。三大魔術師という称号は思った以上に壁が大きいみたいだな。

「ということで、もう一度言いますが、このことは他言無用でお願いします。ワタチの事はこれからも『店主さん』と呼んでください」

「わかりました」

「ええ」


 ☆


 翌朝。

 地球に戻ると、顔の上にクーちゃんが乗っていた。おかげで顔が唾液だらけで顔と枕がベトベトなんだけど!

『ギャギャ! オキタ!』

「クーちゃん、顔に乗るのは止めてね。顔がベトベトだ」

『アクマノマリョクヲ、カンジタ。オチツイタ』

 なるほど。ミルダ大陸で『しんかいのー……』なんだっけ、あのタコの悪魔を目の当たりにしたから、俺にも少し影響があったのかな?

「深海ってつく悪魔の事、知ってる?」

『シンカイノカイブツ。ダイアクマ。ウエヲミタスタメ、スベテヲクラウギャ』

 おおー。なんかキャラクター説明をしてくれるマスコットみたい。

『チナミニ……『深海の怪物』は本来、海で召喚しなければ本当の力を発揮できません。地上で召喚した場合は足しか地上に出せないため、飢えをしのぐために召喚主の魔力を吸い続けます。かなり強力な悪魔術ですが、デメリットが大きいですギャー』

「すごい流暢に話し始めたんだけど!?」

 驚くとクーちゃんは翼を器用に折りたたんで、まるで腕を組んでいる感じになった。というか、羽ばたいていないのにふわふわ浮いているけど、翼で飛んでいるわけじゃないんだ。

『空腹の小悪魔は召喚主の目や口の代わりになります。万が一何かあった時用の監視と言う事で召喚したので、常にワタチに監視されていると思ってくださいギャー』

「クーちゃんだと思ったら店主さんだったのかよ! おはようございます!」

 そもそもが監視役だもんな。というか、もしかして名前を付けたり、名前を教えた時にグッドタイミングで来た理由って、クーちゃんを通じて情報を仕入れていたからか。


「つまり、俺のプライベートは皆無なんですね」

『安全の保障とプライベート。どちらを取りますかギャー?』

「あ……安全で」


 背に腹は代えられなかった。

『とりあえず普段はそこまで関与しませんよ。『深海の怪物』の魔力を感じたのでちょっと様子を見に来ただけです。では引き続き空腹の小悪魔と遊んでくださいギャー』

 この空腹の小悪魔を通して会話をすると、語尾が『ギャー』になるのかな。とは言え、急に流暢に話始めたら店主さんだと思っておこう。

『ギャギャ?』

「どうしよう。なんか見慣れて来たから、だんだん愛着湧いてきたな。すげーキモチワルイはずなのに」

 無意識に撫でてるし。俺、どうしたんだろう。

「ちなみにクーちゃんは普通に会話できるの?」

『ギャ? ムズカシイコトバ、ワカラナイ。カンタンナコトバ、ワカル』

「つまり俺が一人で寂しい時も話し相手になってくれるのか」

『ナニカノゾム? ダイショウイタダク』

「なるほど。クーちゃんに悩みを聞いてもらうには何かを支払わないといけないのか。まあ、ちょっとした悩みの相談だし多分大丈夫だろう」

 そう言って俺は冷蔵庫の中にあった『かに風味かまぼこ』を取り出した。いわゆるカニカマである。

「これが対価だ。これ一つで悩みとか聞いてくれる?」

『ギャギャ。ダイショウイタダイタ』

 そしてむしゃむしゃと俺の手の上で食べるクーちゃん。


 バタン。


「言い忘れていましたが、血の契約と名前を教える以上の事は今後絶対にしないでくださいね。悪魔ってすぐに足元を見て来るので、突然理不尽な要求もします。特にカニカマは駄目です。理由は言いませんが、カニカマは駄目です」


 ばたん。


「いや、だから絶対狙って来てるじゃん! 監視してたから絶妙なタイミングで入ってきてたんだな! それと何でカニカマ限定で駄目なの!?」

 どんどん俺は悪魔に染まって来るのだろう。辛いなー。


 ☆


 そして大学に到着。掲示板には昨日のシュールストレミング事件について書かれてあった。

『学内で悪臭を放つ缶詰を空け、周囲に迷惑をかけた学生に対し、停学処分にしました。以降、学内には周囲に迷惑をかける危険物の持ち込みは禁止とします』

 まあ、当然だよね。

「あ、狩真」

「音葉。おはよう」

「おはよー。わー、シュールストレミング事件について書かれてある。そして停学になったんだ」

「色々と事情を知っている俺としては複雑だな」

 持ち込んだのは木戸なんだけど、盗んだのは木戸の先輩達だ。

 しかも女性用下着に包まれていて、窃盗の罪も追加だろう。なんというか、セレンだけは敵に回したくないな。

「あら、貴方達。おはよう」

「マリー先生。おはようございます」

 今朝家を出た時は会わなかったけど、似た時間に家を出たのかな。

 というか、マリー先生ってすごい綺麗だし、目立つ色の髪をしているから、周囲の学生は皆ちらちらと見ているよ。


「あ、狩真の家のお米、美味しかったわ」

「なんで今ここで言うの!? 凄い語弊しか生まないじゃん!」


 突然のテロだ。

 そして当然周囲は『え、先生が学生の家の米を?』とざわつき始めた。モチロン音葉もだ。

「フーリエが今日は忙しいからっておにぎりを置いてくれたのよ。手紙に狩真の家の米って書いてあったわ。あれは新米ね」

「だから何で情報を増やすの!? 目立っているのわかっていますよね!?」

 周囲は『フーリエって誰だ?』『昔の数学者の名前か?』と、色々とざわついていた。

「あ、ああ。狩真がご近所さんに引っ越のご挨拶で渡したお米を、偶然にもさらにご近所だったマリー先生におすそ分けされたのですね!」

 音葉の言葉に周囲は『なるほど』『先生が近所なのか』『それなら納得』と言い始めた。

「やるわね。流石はオカルト探求部ね」

「狩真はこの大学で最初の友達なので、困っていたらウチが助けますよ」

「ふふ、良い仲間が『こっちにも』いて良かったわね。では」

 そう言ってマリー先生はその場から去った。

「あ、ありがとう」

「別に良いよ。それよりも次の講義の時間、もうすぐだから行こ!」


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