火炎の姫君
☆
「はい、こちらホットミルクです」
「ありがとう」
テーブルの上にホットミルクが置かれ、お礼を言う金髪少女。
見た目は完全にシャトルを小さくしたバージョンで、パムレよりも身長は低い。ツンとした目つきは姉にそっくりだが、常に何かに怯えている表情を浮かべている。
何より服装が『姫!』という感じで、フリフリなドレスを身に纏っていた。と言っても、子供用のドレスという感じで、小さい女の子がアニメのキャラクターになりきっている感じと言われれば、そう見える。と言うか尾竹先輩はこういうの大好きだろうなー。髪はフワフワしてて肩まであるし、お金持ちのお嬢様という髪型をしている。
「改めて、この子は私の妹のシャトラ。ガラン王国の王位継承権第二位の姫よ」
「またヤバイ地位の人が増えてきたなー」
俺のツッコミはまるで聞いていなかったような雰囲気で、ホットミルクを飲むお姫様。うわー、お世辞抜きで普通に可愛い。
「なんでしょうか?」
「あ、いや、俺は狩真、です」
「初めまして。姉がお世話になっています」
ちっちゃいのに凄く礼儀正しい。教育がしっかりなされているのかな。
「ちっちゃくて悪いですか?」
「貴女も心読む系なんですね。俺のプライベートはこの世界に無いんだな」
そう言えばシャトルが以前、魔術に関してはシャトラが特化しているとかって言ってたっけ。
「それよりも突然どうしたの? 定期的に手紙は届けていると思うけど」
「重大な事件が発生したので、姉様の下へ急いで来ました」
「重大……母様たちに何かあったの?」
ガラン王国で何か事件が?
もしそうならシャトルとしては見過ごせないよな。
「楽しみにしていたパムレットを大叔母様に食べられました。城をボンして姉様の所に家出です」
「……それは重罪。超同情する」
「何やっちゃってんの!?」
えっと、つまり、お菓子を食べられたから家出をしたと。うーん、子供っぽいというか、いや、子供なんだけど。
と、そんなことを思っていたら後ろからツンツンと店主さんに突っつかれ、耳打ちされた。
(今情報が入ったのですが、ガラン王国の城は半壊したそうです。住民には空から大岩が降ってきたって誤魔化していますが、パニック状態らしいですね。これを機に盗賊等が押し入らないように厳戒態勢みたいですよ)
(そんな爆弾がここにいるの!? 魔力お化けよりもお化けじゃん!)
家出とかそういうレベルじゃないじゃん。何やってるのその大叔母様と言う人は!
そしてさすがギルドだ。情報が早い!
「とりあえず母上に心配かけないように手紙を送るわ。ちょっと外に出てるから、その間シャトラの事お願いね」
そう言って頭を抱えながらシャトルは出て行った。
って、出て行った!?
いやいや、一体何をすれば良いの!?
「姉様の馬鹿。会いに来たのに置いて行くんだ」
と、ぼそっと何かを話した。もしかして結構寂しがり屋?
「えっと、シャトラ……さま?」
「シャトラで良いです。姉様が普通に話している人ならシャトラも同じく接して欲しいです」
「分かった。シャトラって聞いた話だと確か精霊と契約していなかったっけ? シャトルが氷でシャトラが火の精霊って聞いてたんだけど」
「そうです。出てきてフェリー」
そう言ってポンっと音を出して机の上に手のひらサイズの少女が……うつ伏せで出てきた。
髪は真っ赤で、纏っている服も真っ赤なワンピース。セシリーは水色で見た目からひんやりしているが、こっちはあったかそう。
『どもー。フェリーだー』
「えっと、ずいぶんとセシリーと違って、その、おくつろぎになってるね」
『ちがうー。君たちを守るためにさっき大量の魔力を使ったから立てないー』
「魔獣を倒したのって君だったの!? それはどうもありがとう!」
まさかの命の恩人だった。
「ちょっと違います。フェリーは補助に回ってもらい、シャトラが砲台になって魔力を放ちました。まだ制御が上手くできないので、フェリーに負担がかかってしまいましたが、いつもはここまで倒れるほどはならないです」
「じゃあなんで?」
「城をボンしたので」
「精霊を労わってあげよう? なんだか話を聞くたびにこの火の精霊が可哀そうに思えて来たよ!」
家出に次いで魔獣退治も魔力を大量に使ったのか。
「それよりも、三大魔術師のマオ様がここに居るのは何故ですか?」
「……狩真の護衛とシャトルの護衛。ついでに魔術を教えてる」
「ならシャトラにも教えてください! 『パムレット同盟』として!」
なんだその同盟は。
「……補足。パムレとシャトラは実はちょくちょく会ってる。同じパムレット好きとして、月一くらいの頻度でお菓子食べてる」
「結構な頻度で会ってるね!」
シャトルはパムレに会った時、結構緊張してたよね!?
「あー、それには複雑な事情があるのです」
「え、店主さんが事情を知ってるの?」
「ギルドマスターを侮ってはいけません。先程、王位継承権第二位と言ってましたが、実際ガラン王国の次期女王として考えられているのはシャトラ様の方です。ガラン王国で代々受け継がれている魔力を色濃く秘めているのがシャトラ様なので、三大魔術師であるマオ様とは多く接点を持っておこうというのが現女王の考えですね」
「それ本人に言っちゃって良いやつ?」
「マオ様もといパムレ様は人の声を聞きません。そういう思惑で接近したら即バレですよ」
そうだった。相手の心と会話をするパムレ。つまり下心があった状態でパムレと会話をすると、すぐにバレちゃうんだよね。
ん?
「でも、そうだとわかって結構な頻度で会ってるの?」
「……大叔母様って言われてるシャムロエの依頼。シャトラの魔力はかなり大きく、制御が上手くできていないから、何かあった時の為の相談できる人として、多く接して欲しいって言われた」
「でも城はボンしたんだよね」
「……したね」
「何かあっちゃったね」
「……あっちゃったね」
「怒られない?」
「……さあ」
目を逸らすパムレ。うん、完全にその内女王か大叔母様たる人物がこの辺に来て説教をするんじゃないかな!
「それよりもマオ様が姉様に教えているのにシャトラに魔術を教えないのは不公平です! 毎回パムレットを渡して誤魔化していますが、もう誤魔化されませんよ!」
一体何度パムレットで誤魔化したんだろう。
「……シャトラは魔力が強すぎる。パムレが教えたら、魔術王国のゲイルド魔術国家の王家すら超える魔術師になる。それは色々とまずい」
「納得できません……今日はこのホットミルクで我慢しますが、明日こそ魔術を教えて貰います」
「……フーリエ、明日から毎日違うお菓子準備して」
「だー! だから名前で呼ばないでください! それと毎日は無理です! 三日に一度が限度です!」
できるんだ。
「というか、城を半壊させるレベルの魔術師でも魔術大国の王家の方が強いんだ。カーストは分からないけど、三大魔術師の下に魔術大国の王家って認識で良い?」
そんな小さな疑問をパムレに言って見ると、目をぱちくり。そして。
「……いや、さすがに城半壊するほど強くないよ? ……あれ、もしかしてガラン王家の方が強いかもって思ってるよ?」
「俺でも思いつく疑問なんだからもう少しちゃんと考えよう?」
え、つまり三大魔術師の下にシャトルって事?
それってすごい強いじゃん。
「力関係で言うならカルマ様の考えは少し違います。三大魔術師と並んで強いのが、先ほどから話題に上がる『大叔母様』と呼ばれているシャムロエ様で、彼女は武力で押し切ります。ミルダ大陸から少し離れたところにある小さな孤島には鉱石を司る妖精が住んでいて、その方もとても強いとの噂ですね」
「あ、じゃあ強い人は沢山いるのか。それを聞いて一安心かな」
究極に強い三大魔術師の一人がここで油を売ってて、いざという事態が他で起こってたらどうしようと思ってたけど、やっぱり世界は広いんだね。
「ちょっと気になったのですが、マオ様。先程この店主様を『フーリエ』と言いました?」
その質問にパムレは顔を逸らした。
「……言ってない」
「いえ、シャトラは記憶力が良いので、忘れません。言いましたよね?」
「……言ってない」
両肩を掴んでブンブンと振り回すシャトラと振り回されるパムレ。その姿は似ていないけど姉妹みたいだ。
「えっと、どうして店主さんの名前が気になるの?」
その質問に、シャトラは答えた。
「三大魔術師の一人、魔術研究所の館長様と同じ名前だからですよ」




