クアンの手紙
☆
クアンからの手紙に驚きつつ、内容は……凄く長く色々書いてあるけど『そのうち会いに行くね!』という内容だった。
「……心中お察し。クアンは面倒な言葉をつらつらと言う人」
「パムレは知ってる人なの?」
「……仲良しではある。多分今頃馬車を使ってこっちに向ってると思う」
ヨーロッパ生まれのクアン。と言うかヨーロッパの人なのに日本語が凄く綺麗だったな。
「クアンって魔術研究所の副館長って以外に、どういう人かわかる?」
シャトルに尋ねると、案外すんなりと答えてくれた。
「私も小さい頃に一度だけ会ったことがあるわね。とにかく何でも分かる人かしら。大叔母様の話だと、この世界で初めて魔術と科学を用いた効率的な作用をもたらした人って言ってたわ」
「魔術と科学を用いた?」
「例えばこの国のすぐ近くに鉱石の採掘場があるんだけど、今までは力がある男の人がひたすら道具を使って掘るか、それなりに大きな魔術を使って採掘するかの二択だったんだけど、クアンって人が簡単に扱える爆薬を製造して、採掘効率がかなり向上したらしいわ」
「えっと、それって俺の住む地球では爆薬を使うって発想自体簡単に思いつくことだと思うけど」
ダイナマイトが良い例だよね。
『固定概念に囚われたら駄目ぞ』
「セシリー? 固定概念って?」
『この世界は魔術が進んでいた。クアン殿の話では、魔術に依存するあまり、他の発想まで辿り着かなくなっていたのじゃ。例えばカルマ殿が火を出す場合、どのようにする?』
「えっと、マッチという物を使うか、木をこすり合わせる方法とか、道具があるならバーナーを使うかな」
『うむ、おそらくそれらは何かしらの道具が無いとできないじゃろう。が、この世界ではほとんどの人間が魔術を使う事ができる。手から火を出せるのであれば、他の方法は不要になるのじゃよ』
なるほど。あるからこそ進化しない文明ってことか。確かに、手から火を出せるのなら、マッチなんて作る必要も無いし、わざわざ道具を買う必要すらなくなる。
「と言うかセシリーはクアンって人の事を知ってるの?」
『魔力お化けと同じくらいには知ってるのう。じゃが、我は少し苦手じゃ』
精霊が苦手と思う人間が来てるのかー。やだなー。
「クアンは異界の文明をいくつかこっちの世界に輸入したって言われているわ。理由はわからないけど、結構長生きしているって噂ね」
「知らない文明を教えたら、そりゃ偉い地位に立つよね。いいなー」
もしも俺が早くこっちに来てたら、少しズルできたのでは?
「……補足。クアンはかなり努力した」
「そうなの?」
「……カルマも経験があると思うけど、クアンは元々魔術を知らなかった。魔術で簡単にできることをわざわざ手間をかけてやる必要も無い。例えばここにマッチ棒を出して火を出しても、この世界の人は誰も驚かない」
「なるほど。じゃあクアンはどんなことを教えたの?」
「……水路を作って作物を効率的に作った。その後に簡易的な爆薬を作って、採掘の効率化を図った。紙の製造に関してもクアンが来てから大幅に向上して、魔術研究所は図書館を一つ増設した。人を集めるために長い間信頼を集め、魔術を使わずに新しい魔術の開発など、その功績はヤバイ」
「思った以上にすごい事やってた!」
てっきり『摩擦で静電気が生まれるぜ!(どやっ)』レベルを想像してたけど、水路ってナントカ平和賞を取れるレベルでしょ!
「それに私たちが想像している以上に相当頭が良いって大叔母様から聞いたわ。そのニホンゴって文字を使うってことは二つ以上の言葉を知ってるってことでしょ?」
「そうか。ヨーロッパ出身って書いてあるし、フランス語とかが母国語だったら、最低でも三つの言葉を知っているな。しかも凄く漢字を使ってるし、頭が良いってレベルでは無いのでは? 天才か何かかな?」
というか字も凄く綺麗だし、日本人の俺よりも漢字とか得意なのでは?
目の前にチートな魔術師がいるけど、知能的にもチートな人がいるのか。し、かも地球出身。うわー。
「……落ち込む必要は無い。クアンは変な性格だけど、相手を陥れる人ではない。狩真と会ったら同じ地球出身者ということで喜ぶと思う。手紙も狩真に合わせて書いてるし、知識でマウントを取る事はあまりしない」
「うーん、まだどういう人か想像できないけど、とりあえず偉い人ではあるんだよね?」
「そうね。そもそも魔術研究所の副館長というと、三大魔術師の右腕みたいなものだし、地位としては国王と同等くらいね」
姫が隣にいる状態でそれを言われると混乱するけど、とりあえず偉い人なんだ。
ん?
三大魔術師の右腕が国王レベルってことは、パムレってそれより凄いの?
「……(どやっ)」
すごいどや顔された。
☆
「カルマ、右上に鳥!」
「『氷球』!」
シャトルの掛け声ですぐに魔術を放ち、カラスくらいの大きさの鳥に氷の球をぶつけて落とした。
「せえい!」
落ちた鳥の首をシャトルがナイフで切り落とす。これで動くことは無い。
「ふう、これで十匹。店主さんの依頼は達成かな」
「想像以上に早いわね。空中のモノに当てるのって、魔術に限らず戦闘では難しいんだけど、投げる武器とか得意だったりする?」
「いやいや、強いて言えばゲームで的を当てるとかかな」
「げえむ?」
「えっと、的に当てる遊びとかはやってたかな。でも実戦経験は無いから、偶然なところは多いと思うよ」
そう言うとパムレはいつ座ったのかわからないが、俺の身長よりも大きな岩に座りながら話始めた。
「……イメージは大事。ゲーム感覚で空中の的に当てることができるなら、もっと楽に制御できると思う」
「そうなの?」
「……この世界にはテレビゲームが存在しない。だから全部実践。ボードゲームはあるけど、立体的で仮想の空間内で使う遊びはクアンがことごとく却下していった」
「そうなの? というかパムレはゲームって単語は知っているんだ」
ひょいっと岩の上から飛び、両手から器用に風を出してゆっくりと着地をした。簡単にやってるけど、普通にこれ凄いよね。
「……厳密に言うとパムレも地球出身。ただ、地球での滞在時間は限りなく少ない。暇なときに地球のゲームをクアンに考案したら『作るのは簡単だがこの大陸でそれは作ってはいけない』って言われた。超暇」
さらっと凄い情報を言ってるよね。マリー先生の事も知っているし、どこかで何かが繋がっているとは思っているからそこまで驚きはしないけど、
「二人して私にはわからない会話して、なんかズルい!」
そして首が無い鳥を片手にこっちへ来る一国の姫。
「ズルいって……毎日パムレと一緒に寝てるよね?」
「え? カルマ、もしかしてパムレちゃんと一緒の布団で寝たいの?」
「……え、ちょっと身の危険を感じる」
「誤解を生むな!」
何を言い出すんだこの姫は。そしてパムレはジト目で見ないでくれる?
と、次の瞬間だった。
『だれかああああああ!』
男の叫び声が聞こえた。
「……先に行く」
そう言ってパムレは一瞬で森の奥へ飛んでいった。
「カルマ、私達も行くわよ。セシリーは周囲の警戒をお願い!」
『任された』
☆
森を進むと、広く開けた場所に到着し、そこには巨大な熊が五体立っていた。
奥に二体ほど倒れている。おそらくパムレが倒したのだろう。
「……商人が一人、治療してるから五体を引き寄せて」
パムレの声が聞こえ、そこを見ると腹部から大量の血を流した男が倒れていた。少し光っている所を見ると、治癒術を使っているのだろう。
「クマって確か魔獣の中では結構強いわよね。それが五体って、災害モノよ」
『魔力お化けが敵殲滅よりも人命救助を優先したということは、それほど危機的状況という事じゃ。二分ほど注意を逸らせば大丈夫じゃろう』
「わかった。カルマは後ろで氷の魔術を使って!」
「う、うん!」
そして俺は言われた通り、後方から熊に向って『氷球』を放った。
「『氷球』!」
『ギャガアアアアア!』
当たったけど、俺の身長の四倍はある巨体はびくともしない。
「セシリー、カルマに手を貸してあげて! 私は反対方向から魔術を放つ!」
『わかった。無理はするな、主人よ』
そう言ってセシリーも『氷球』を放ち始めた。俺と比べたらかなり大きな氷を出しているが、それすらも弾き飛ばしている。
攻撃を避けながら熊の背後に立ち、炎の魔術をシャトルは放った。
「『火球』!」
『グガアアアアアアアア!』
手ごたえはありそうだが、それでも敵の動きは変わらず、シャトルに向って殴ろうとしていた。
その時だった。
『む!? シャトル殿、カルマ殿、その場に伏せろ!』
「え!?」
セシリーの声にすぐ反応できず、聞き返そうとした瞬間、パムレが俺に何かを唱えた。
「……緊急事態、『プルグラビティ』」
「ぬおおおおああ!」
突然体が重くなり、俺はその場でうつぶせになった。反射的に起き上がろうとしたが、凄まじい重力に何もできない。
その瞬間だった。
「『獄炎』」
すさまじい轟音。
そして、俺の真上は突然真っ赤に染まり、一気に熱気が襲って来た。
そして、轟音が止むと、周囲から焼けた臭いがした。同時に体が軽くなり、起き上がると、周囲は焼け焦げていた。
「これは……」
無意識に『よく見ると名前が見える能力』を使っていた。すると、ある個所で一つの名前が浮かび上がってきた。
「『シャトラ』?」




