セレンの二つ目の事件
待ってる間暇だったから、とりあえず俺の頭の中にある単語を絞り出して話題を作り出した。
「実際魔術を見てみてどうだった?」
「うーん、正直まだ信じられないかな。父さんの博物館には魑魅魍魎の類の伝承が書かれてある巻物とかはあるけど、所詮は伝承。例えば砂煙が狼に見えて、それが偶然敵軍を襲い掛かったなんてことが創作も入って伝わったものもあるくらいだからね」
そう言って音葉は鞄から『空腹の小悪魔』のキーホルダーを取り出した。それ、まだ持ってたんだ。
「このちょっと気持ち悪いキーホルダーも、実は本物がいたなんて信じられないし、実際見ても、大きなぬいぐるみなんじゃ無いかなって思ったかな。なんというか、博物館に展示されている『不思議な力を使って~』という類のものが現実味を帯びちゃって、少し困ったかも」
「でも、オカルト探求部に入ったということは、そういうのを探すという目的があったんじゃないの?」
「そうなんだけどね。でも、想像を超えていたというか、許容範囲外というか。珈琲店でサンドウィッチを注文したら、凄い大きいサンドウィッチが机に置かれたくらい驚いているの」
想像を超えていると言う点は尾竹先輩と同じ感想を抱いてるようだ。
「例えがなかなかわかりにくいような」
まあ写真に書かれてあるメニューよりもどうせ小さいだろうなーと思って注文したら、逆に凄く大きなパターンって嬉しいよね。
「でも、だからこそ、もっと調べたら色々あるかもってやる気は出てきたかな」
「あれ、こういう時『続けられるか不安』的なことを言うんじゃないの?」
「そんなことを言う人に見える? 博物館の展示物は未だに謎ばかり。その謎を解き明かせば、博物館の利益にもなるの」
もしかして博物館の運営って結構大変なのかな?
「答えたく無かったら言わないで良いんだけど、博物館って結構赤字とか?」
「あはは、実は結構大変みたい。重要文化財の保管をしているから、一応国からの補助金で成り立っているけど、いつ終わるかわからないんだ」
「だからオカルト探求部に入ったの?」
「新しい発見とかを博物館に展示出来たら面白いでしょ?」
そりゃ。
「でも、今の所結構難しいかな。流石に空腹の小悪魔……だっけ? あの悪魔を展示したら皆驚いちゃうかな」
「驚くだけで済めば良いけどね。まあ、他言無用らしいから出来ないけど」
お互い苦笑し、この話題は自然と終わりを迎えた。
「そうそう、前々から気になってたんだけど、狩真とセレンちゃんって結構仲が良いの?」
「唐突だな。仲が良いかと聞かれたら、仲は良いと答えるかな。けど、俺にとっても妹みたいな感じかな」
「異性としては?」
「あはは。そりゃ最初は可愛いって思ったし、今も『見た目は』可愛いけど、木戸に向ける視線を見ていたら、色々と諦めるよね」
「おおー、意識してた日があったんだ!」
「まあね。最初に木戸から言われて病院に通ってた時のセレンはずっと窓を眺めていたんだ。動かずにご飯も俺からスプーンで口に運ぶとき以外は動かなかったし」
「あーんしたの!?」
「相手は病人だからね?」
当時は少し緊張したけど、三日くらい連続でやってたら慣れてしまった。一週間くらいからは『どうして俺がこれをやっているのだろう』って思った。
「けど、そこでも事件は起こったんだ」
「また事件?」
そう。セレンに関する事件は一度だけでは無かった。
「木戸が全国の高校生の中から代表で選ばれた試合の後、チームのサポーターから飲み物を貰った場面がテレビに映ったんだけど、その瞬間セレンは窓から飛び降りたんだよ」
「ええ!?」
今でも鮮明に覚えている。部屋が二階だったから怪我は小さかったが、それでも足の骨にヒビが入って動けなくなっていた。
俺はすぐに追いかけて押さえつけ、病院の先生と一緒に病室へ運び、ひたすら慰めていた。
木戸が連絡を受けてすぐに帰ってきてようやく落ち着いたが、木戸はその日一日中俺にお礼と謝罪を繰り返し言っていた。
同級生なのに何故ここまでお礼と謝罪を言って来るのかとも思った。もう少し気軽な関係なのが同級生じゃないのかとも思った。
「その、木戸のご両親について話に出てこなかったけど、もしかして複雑な関係とか?」
「俺たちが遊びに行った日は会ってないだけで、普通に仲が良い……と言いたいけど、セレンの扱いがわからなくて一歩引いてる感じ」
「実の娘なのに」
そう。
最初に橋から飛び降りた日も、病院の窓から飛び降りた日も、木戸の両親は真っ先に駆け付けた。もちろん俺にはお礼を言ったり、話もするが、セレンとはあまり会話をした光景を見たことが無い。
「そんなわけで、その病院の事件の日、俺が偶然病室にいて、すぐに手当てができる状態だったから、俺がいなかったら命を落としていたかもしれないということで、木戸は俺に大きな借りがあるっていつも思っているんだ」
俺としては何も無いつまらない高校生活だったのが、少しだけ変化を加えてくれたから、そこまで気にしなくて良いんだけどね。
「じゃあセレンちゃんが万が一狩真に惚れたら、絶対に付き合うしかないわね」
「あはは、多分それは無いと思うけどね」
見た目は誰がどう見ても美少女。兄の為に料理を作っているため、料理はかなり上手。そして兄のユニフォームを毎日洗濯しているから家事スキルは凄い。
あれ?
バーサーカーが無ければただの天使じゃん。
「一瞬考えた?」
「心読んだ!?」
驚くと音葉はクスクスと笑った。
「冗談よ。でもセレンちゃんはウチの妹的存在だから、まずウチを通してね」
「いつからセレンは音葉の妹になったんだよ」
そう言うと、俺のスマホがブルっと鳴った。
『音葉お姉さまは……急に抱き着かなければ良いお姉さまだと思います』
「だそうだ」
セレンからのメッセージを読み上げると、音葉は周囲を見渡した。
「ちょっと待って、どこで聞いてるの?」
そういう人なんだよこのバーサーカー妹は。
『それと狩真さん、さっきからワタクシの悪口を言ってるの、全部筒抜けですからね? 良いんですか? ワタクシと『お風呂』一緒に入ったことを音葉お姉さまに話しても良いんですよ?』
「ちょっとそこに頭を地についてウチに踏まれなさい。何お風呂って!?」
おお!?
真横に音葉の顔があった!?
でも凄く怒ってて照れる暇が無い!
「ちょっと待て誤解だ! あれは木戸の家に一日だけ泊まりに行った時にセレンも入ってきたんだよ! 風呂は広いから木戸も一緒だったよ!」
「なるほど。じゃあ木戸も同罪ね」
兄妹でも罪なの!?
「何だ。服が乾いたから外に出て見たら、ずいぶんと楽しそうに騒いでいるな」
と、木戸がニコニコしながら店から出てきた。
「今、木戸と狩真がセレンちゃんとお風呂に入ったという情報が入ったから、問い詰めていた所よ」
「ぐあぶばふあ!?」
木戸の後ろに立っていた男(尾竹先輩)が、変な声を出して倒れた。
「セレン嬢と……おふ……狩真氏、それは犯罪でござる」
「高校生の頃の話ですよ! 俺は少し驚きましたが、木戸は普通にその状況を受け入れてましたよ!」
そう言うと木戸はきっぱりと答えた。
「当り前だろう。兄妹なんだか……おい待て音葉。僕の腕はそんな場所には曲がらないたたたたたたた!」
すげー。博物館の娘って関節技でも覚えるのかな?
と言うか、この状況をどこかで見ているなら兄のピンチと女性との接触で色々と危ないと思うけど、大丈夫なのか?
「お前のおにーちゃんがピンチだけど、助けないの?」
『ワタクシだって敵を選びます。今のは兄の失言で、当然の報いです』
凄い!
とうとう木戸に危害を加えることができる人間が登場した!
☆
路地裏を出て家に帰る途中で一人、また一人と別れ、最終的に俺と店主さんだけになった。
「いつも思います。人間は集団にいないと気が済まないのでしょうか」
「いや、店主さんも人間じゃ無いの?」
「そこは無回答ですね。そもそもワタチが他の世界にも居る時点で何かがあると思えるでしょう」
「まあ」
それでも見た目は人なんだよな。ちっこいけど。
「店主さんって趣味とか無いの?」
「突然何ですか?」
「いや、夢の世界の店主さんはいつも笑っているけど、こっちの店主さんは冷静というか、暗いような」
「お金を数えること。空腹の小悪魔のキーホルダーを作る事。それらで自我を保っている状態ですね。ワタチはこの世界に取り残された『何か』に過ぎません。この世界の神様の気まぐれで生きることを許されているだけなので、それ以上の高望みはしませんよ」
やっぱり少し暗いよな。マリー先生と話している時はまだ少しだけ明るいように見えるけど、それでも夢の世界の店主さんほどでは無いかな。
「何か勘違いをしているようですね」
「へ?」
気が付いたら、店主さんは俺の正面に立って、俺の目をまっすぐ見ていた。
「ワタチは『まだ』マシな方です。数百年生きてきて、時代の流れに沿ってやることを変えてきたから生きています。ですが、あっちのワタチはすでに精神がぶっ壊れているのです」
店主さんの口調はまるで誰かを陥れるような、とても乱暴な物に思えた。
「それはどういう意味ですか?」
「そのうちわかります。ワタチは狩真様をサポートします。狩真様はワタチに気を使わないでください。強いて言うなら『こっち』のワタチではなく、『あっち』のワタチを助けてあげてください」




