青春な大学生活
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午前の長い授業紹介が終わりようやく昼休みになった。
基本的には九十分で一限。今日だけは各授業の説明ということで一時間毎に先生が入れ替わっていた。選択科目がかなりあり、必須科目は一日に一つか二つくらいだった。
各学年で単位のボーダーラインがあり、それを下回れば留年。受講する授業は各学年毎にあるものの、あくまでも推奨というだけで一年生の間に四年生の授業を受けても問題は無いらしい。
中には一年生の時点で三年生までの授業を全部受けて二年で卒業した先輩もいるとか。世の中には凄い人もいるんだね。
そんなこんなで昼休み。俺は売店で菓子パンと牛乳を買い食堂へ向かうと、先に席を取りに行っていた音葉さんの姿があった。
が、いかにも年上の先輩たちに話しかけられている様子。
「可愛いじゃん。一年?」
「俺たちと一緒に飯どうよ?」
凄い、ナンパって本当にあるんだ。
と、そんな事を思っている場合じゃ無かった。音葉さんが困っている。
「お、音葉。お待たせ。知り合い?」
「あ、狩真。ごめんね、もう約束してて」
「男いたのかよ。なあ後輩、彼女借りて良い?」
借りるって、音葉さんは物じゃない。ちょっとイラっとして言い返そうとしたら俺の背中を誰かがポンと叩いた。
「狩真。悪い、待たせたな」
木戸だった。というかすげー痩せてない?
「ん? あ、誰かと思ったら先輩じゃないっすか。どうしたんすか?」
木戸が先ほどのナンパ先輩に話しかけた。サッカー部の先輩だったのかな?
「げ、昨日の新人かよ。って、やべ!」
木戸の後ろを見て男たちは走って去って行った。何を見たんだろう。
「彼女いるのに学校内でナンパするってすごいな。これで僕にまとわりつくマネージャーが減れば良いんだけど」
あ、陰にマネージャーがいたのか。と言うかマネージャーは木戸にまとわりついていたんだし、どっちもどっちじゃね? 多分お互い別れた後木戸に急接近すると思うよ。
苦笑していると音葉さんが話しかけてきた。
「狩真! ありがとう! それとさっき呼び捨てだった……」
「うえ!? あ、いや、勢いで。ごめん!」
「ううん、そのままでいいの。音葉って呼んで」
「わ、わかった」
なんか照れる。すげー青春って感じがして背中が痒い。
「付き合いたてのカップルかよ。それより飯食べようぜ。腹減ってヤバイ」
「だ、だな!」
そしてお互い準備した昼食を取り出した。
俺は菓子パンと牛乳。一番質素である。
音葉はお弁当箱の中にサンドイッチが入っていた。うん、ザ・女子って感じなお弁当である。
木戸は可愛いお弁当箱にご飯の上に海苔でハートマークが書かれてあった。
「えっと、木戸の彼女さん手作り?」
そんな音葉の素朴な疑問に俺は噴き出してしまった。
俺は木戸の弁当を高校三年間見て来たから慣れていたけど、初見は二度見する作品である。
「妹だ。これを持って行かないと怒られるんだよ」
「その、とてもお兄さん想いの妹さんね!」
想いか……あの子は重すぎる想い故に木戸はサッカーで全国大会に行くことになったことを俺以外知らない。
お兄ちゃんのサッカーは世界一と言って、応援は全力。負けそうな場合や木戸にスライディングしそうな選手には今にも存在を消しにかかる勢いで襲いにかかる。
それ故に木戸はスライディングを全部回避し、シュートは絶対に止められない強靭な力を得てしまった。
彼は時折サッカー場で吠えると言われていたが、俺は知っていた。吠えているのではなく、悲鳴なのだと。
「ということで狩真。時々お前の家に泊めさせてくれ。お前は許されているからな」
「まあ、俺も木戸には助けられているからね。それくらいは良いよ」
「え!? なんかズルい!」
音葉はこれ以上踏み込んではいけないのだよ。木戸の妹がどこで目を光らせているかわからないからね。
「って、狩真。指怪我してる? 絆創膏あるから張ったげるよ」
そう言って鞄から絆創膏を取り出して俺の手を掴んで指に巻いた。小学生のフォークダンス以来の初めて女の子の手に触れた感じがする。あ、木戸の妹を抑え込むのに何度か触れてたけど、あれはノーカンだ。
「ありがとう」
「何かで切ったの?」
「それが身に覚えが無いんだ」
切った経緯を話すと二人ともポカンとしていた。そりゃ、夢の中で切ったなんて言ったら誰も信じないだろう。
「寝てる間にどこかで切ったとか?」
「そんな感じかな。布団の繊維のどこかで切ったのかも。夢の中で指を切る状況もあって、ちょっと不気味なんだけどね」
そんなことを話していたら突然耳元からぼそっと誰かが話しかけてきた。
「きっと……それは……はあ……グールの首飾りの……影響でござる……ふう……」
「きもい! って、尾竹先輩!?」
耳元で鼻息荒めに何やって来るんだこいつは!
「昨日ぶりでござるな。あ、君は初見ですな。拙者は尾竹でござる。サッカー少年こと木戸氏と友人だったとは意外ですな」
「お、僕の事知ってるのか?」
「そりゃ有名ですからな」
確かにテレビで何度か出てたし、知る人ぞ知る存在だもんね。
「陰の界隈では魔王的存在でござる。ネット記事で木戸氏の笑顔の写真が掲載される度に何人が血の涙を流したであろう」
「嫉妬かよ!」
思わず突っ込んじゃった。
「とは言えこうしてお話できる相手となると、拙者の考えは改めないといけないと思ったでござる。木戸氏は優しい青年でござるな」
「まあ、優しいかはわからないがな。それに僕は彼女もいないし気楽に楽しく大学生活を楽しむだけだよ」
「ほほう。まさかのリアルが充実していそうな人物だと思ったら恋人がいないとな。これは朗報でござる。きっと陰の界隈も涙を流して木戸氏を迎い入れるでござるよ」
「妹の所為で彼女が作れなくてな」
「はぶしっ!」
尾竹先輩の眼鏡が割れた!?
ショックで眼鏡が割れるって本当だったんだ!
「そ、それよりもグールの首飾りが原因ってどういうことですか?」
すごく強引に話を切り替えて見た。
「う、うむ。グールの首飾りは夢の世界と現実を行き来する道具でござる。夢の中で受けた傷が現実に反映されたのでござろう」
「そんな漫画の様な事、あるんですか?」
「現実というのは時にフィクションすら超えるのでござる。空を飛ぶ人間を魔女と断定し死刑にした者たちが数百年後に飛行機が誕生するなんて誰も想像していなかったのでござるよ」
いやまあそうだけども。
「えー、良いなー。ウチの見透かしの望遠鏡も見えるようにならないですか?」
「うーむ、色々な場所で修繕依頼をしてみたでござるが、どこもダメだったでござる」
肩を落とす音葉。まあ、そりゃそうだよね。
「そうだ、尾竹先輩。このネックレスってどうやって取るんですか? なんか結び目が見つからなくて」
そんな質問をすると、尾竹先輩は首をかしげて答えた。
「はて、それは外せないでござる。現代風に言えば呪いのアイテムでござるからね」
「俺呪われてるの!? え!?」
衝撃的な言葉に背筋が凍った。無理やりグールの首飾りを引っ張っても紐がちぎれることは無かった。
「狩真。諦めろ。ちょっとビジュアル系な感じでイケてるぜぶふっ!」
「噴き出してるじゃん! ドクロのアクセサリーと同類なのこれ!?」
いや、むしろドクロのアクセサリーの方がまだマシである。外せるもん。
「本当に呪いのアイテムってあるんだー」
「音葉は音葉で何感心してるの!?」
目をギラギラに輝かせて俺のグールの首飾りを見る音葉。と言うか顔近い。
「まあ次の部活の日までに探してみるでござるよ。今日は拙者バイト故に今日はもう帰るでござるよ」
「くう、それまで我慢か」
まさかゲームの中にだけ存在する呪いの装備が現実にも存在するとは思わなかった。
「ウチもこの見透かしの望遠鏡が見えるように探してみようかな。お父さんの博物館に何か資料あるかな」
「音葉氏の父上は博物館の館長でござったな。近々見学に行ってもよろしいでござるか?」
「良いですよ。なんか部活って感じですね!」
そんな会話を見ていた木戸が尾竹先輩に話しかけた。
「なあ尾竹先輩。僕もその」
「却下でござる」
「まだ何も言ってない!」
早い答えに俺も驚いた。
「大方おかたんに入部したいという志半端な発言が過ったでござる。拙者の部活は常に真剣。木戸氏の様な陽の者を入れては秩序が乱れるでござろう」
すげー嫉妬しか無い発言である。
「確かにサッカー部と兼部になるけどよ、入るからには真剣に望むからそこを何とか!」
「駄目でござる」
よほど妹がいることに尾竹先輩は許せなかったのだろう。
うーん、ここは助け舟を出すか。
「尾竹先輩、ちょっとこれを見てください」
そう言って俺はスマホの写真を尾竹先輩に見せた。
そこには金髪でツインテールのゴスロリの服を着た美少女の姿があった。
目がツンとしていて、歳は十くらい。兎の人形を持っていて上目遣いでこっちを見ている画像だった。
「これが木戸の妹です。もしかしたら木戸が入部したら会えるかもしれません」
「ようこそオカルト探求部へ。木戸氏の様な人材は部活をより盛り上げてくれるであろう」
「狩真! 一体何を見せた!?」
想像以上の効果である。
と、俺のスマホを音葉が覗き込んだ。
「え!? これが木戸の妹!? 全く似てない!」
「あいつの画像かよ! そ、そうだよ。あいつは母親似だから兄妹なのかって周りからは言われるんだよ」
俺も実は今も信じられない。こんな人形の様な美少女が血のつながった妹だとは。
そして、兄の事になるとバーサーカーになるのも未だに信じられない。
「次の部活動は木曜日でござる。木戸氏にも入部記念に何か差し上げるので来て欲しいでござる」
「おうよ。サッカー部は月水金だから被らなくて助かるぜ」
「では拙者はバイトへ行くでござる!」
そう言って尾竹先輩は風のように去って行った。