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ホンモノの魔術


 地面から出てきた空腹の小悪魔はゆっくりと浮遊して店主さんに近づいた。

 俺は見慣れた光景だが、三人は固まっていた。

「な、なあ狩真。僕は合成映像でも見てるのか?」

「人形……じゃ無いよね?」

「まさか本物でござるか?」

 驚く三人に俺は店主さんに話しかけた。

「店主さん、この三人はオカルト探求部ですけど、まだ悪魔とか見たことは無いですよ?」

「そうですか。なら今見ました。そもそもオカルト探求部に入っているならこれくらいの現象で驚く方がおかしいですよ。慣れてください。そもそもこんな小悪魔よりも貴方達が持っている道具の方がよほど危険ですよ」

 慣れてくださいって……。そして道具の方が危険ってサラッと重要なことを言ったよな。

「狩真様は知っていますが、この子は『空腹の小悪魔』と言う悪魔です。扱い方を間違えば危険ですが、すでに飼いならしている状態なので安全です。触ってみますか?」

「せせせせ拙者は躊躇するでござる!」

「ぼ、僕もちょっと……」

 男二人は後ろに後ずさった。が、一人だけは違った。

「ちょっと気持ち悪いけど……クリっとしている感じが……可愛い?」

 まじで!?

 そしてゆっくりとだけど空腹の小悪魔の頭っぽい部分を撫で始めたよ!?

「おお、空腹の小悪魔を気に入るとはさすがオカルト探求部ですね」

「別に気には入ってないです……」

 なんとなくだが空腹の小悪魔は喜んでいるような?

 慣れの為にも今度クーちゃんも撫でてあげようかな。

「さて本題ですよ。この悪魔は衣服にこびりついた臭いの元を吸いつくしてくれるように契約しました。試しに狩真様、服を一枚この子に渡してみてください」

「う、うん」

 そう言って俺は上着を脱いで空腹の小悪魔に渡した。春になったばかりだし、少し寒い。

『ジュジュジュジュジュウウウウウウウ』

 大きな目玉の下から大きな口が出てきて上着を丸のみすると、口(目)の中でもごもご言っている。

 そしてガムを乱暴に吐き出すように上着が吐き出された。

「白! まるで新品みたいな感じ!」

「見た目は怖いけど一家に一匹欲しいわね」

「ふむ、拙者も洗濯は苦手故に欲しいくらいでござるな」

 大好評で一気に空腹の小悪魔の評価が上がった。が、俺は一つ気になった点を言った。


「凄くベトベトなんだけど……」


「ここからは別料金ですよ。クリーニングの相場は分かりませんが、一人分の服で二千円で、乾燥までやります」

「悪魔的商法だよこれ!」


 後出しで足元を見てくる商法だ。ひどい人だ!

「これでも良心的な価格だと思いますよ? というか普通の人なら一万とか取ります。狩真様はご近所ということで角を立てないような価格かつ、狩真様に限りご飯も提供してますよ?」

「五千円払うからそれ以上俺と店主さんの裏事情を言うのはやめてください!」

「毎度です!」

 悪魔を通り過ぎて鬼だ。

「狩真って将来尻に敷かれるタイプね」

「うむ」

「同意だな」

 二千円組は冷たい目で見てくる。くそー。

「というか乾燥はどうやるんだ?」

「ふむ、それをするとなれば今日は店を閉めないとですね。まあ今日だけで結構売り上げを出せたので良いでしょう。尾竹様、すみませんが店の鍵を閉めていただいても?」

「分かったでござる!」

 そう言って尾竹先輩は店の扉に『本日の営業終了』のプレートを付けて鍵を閉めた。

「この子の事はもちろんですが、ここで見たことは他言無用です。オカルト探求部という特殊な部活に入っているから見せてあげますね。『風球』!」

 店主さんが何かを唱えると、右手が光り出した。同時に締め切った部屋の中なのにまるで巨大な扇風機が壁のあちこちに設置されて、俺たちに強風を浴びせ始めた。

「『火球』!」

 そして今度は店主さんの左手が光り出した。そこから炎が出てきて、風が突然熱風に変化した。

 数秒間その熱風を浴びせられ、やがて風が静まると、俺の上着は完全に乾いていた。

「な、何でござるか今のは」

「夢?」

「いや……あはは、信じられないな」

 今まで俺が見せた魔術は手品のような物ばかりだ。物の名前を当てたり、相手の心を読むというのは、確かに凄いけど説得力に欠ける。

 かと言って制御がまだできていない『氷球』を見せるわけにはいかない。万が一怪我をさせてしまってはいけない。

 故に店主さんの魔術は皆にとって初めて『異世界のモノ』という感覚だろう。そして俺もここまでしっかりと見るのは初めてだ。今までは単発の魔術ばかりで、長い時間発動する魔術と言うのは初めて見た。

 店主さんは俺の上着を取り、少し臭いを確認してから渡した。

「これくらいなら普通の洗剤でも落ちますね。シュールストレミングとやらは詳しく知りませんが、直接触れると結構危険な物みたいですね。残り香に触れただけでここまでしないといけないとは、人間は本当に怖いですね」

「あはは」

 苦笑しつつ上着を受け取る。若干変な臭いはするものの、シュールストレミングよりはかなりマシである。

「さて、ワタチも早く帰れるなら早く帰りたいので次々出してください」

「じゃあ次はウチ!」

 そう言って音葉は手を挙げた。

「レディーファーストでござるな」

「だな。尾竹先輩と僕は待ちますか」

 そして全員がその場で停止。


「出てってくれない?」


「「「失礼!」」」


 ☆


 店の外で待っていると、木戸が話しかけてきた。

「なあ、お前の夢の中っていつもあんな魔術が飛び交っているのか?」

「突然な質問だな。夢の中の出来事なんてそこまで興味を持って無かっただろ」

「いや、興味が無かったというか、正直わからなかったんだ」

 木戸は服で隠れていた『龍の角の首飾り』を取り出した。

「魔法とかオカルトって所詮は映画の中のフィクションだろ? お前の言葉を信じていないってわけじゃ無いが、それでも夢の中での出来事は所詮妄想だろって軽く思ってたんだよ」

「拙者もでござる」

 尾竹先輩も会話に加わってきた。

「正直、あの空腹の小悪魔という悪魔を見せられてから拙者は立つことだけで精一杯だったでござる。そしてあの風を使った魔術。それに手から火を出されてしまっては信じるしか無いでござる」

「先輩は俺の家で洗面台を修理しましたよね?」

「あれくらい、普通にハンマーで壊せば同じ状況になるでござる。ただ、拙者は『そうあってほしくない』と言い聞かせてたでござる」

「どういうことですか?」

「拙者は世界に『ざまあみろ』と言うために世界の理を探しているでござる。が、魔術や悪魔が実在するとなれば、拙者が思った以上に世界の理は大きな物。それは許容をはるかに超えるのでござるよ」

 尾竹先輩の夢は世界に立ち向かうこと。世界というのは人ではなく概念のことだろう。自信に理不尽な現象を与え続けた世界に対して挑む先輩には悪魔や魔術という存在は大きすぎるのだろう。

「僕では協力できる範囲は狭いけどさ、相談ならいつでも受けるからな!」

 そう言って俺の肩をガシっと掴んだ。


「木戸ってそういうキャラだったの?」


 と、突然扉が開いた。

「驚かすなよ!」

「終わったから呼びに来ただけよ。それよりも木戸ってもしかして」

「勘違いするなよ。狩真はこれでも大きすぎる借りがあるんだ」

「借りって思うなっていつも言ってるだろ」

 もちろん借りというのは妹のセレンのことである。

 暇が少しでもあれば病院に行き様子を見る。木戸は日本で注目を浴びているサッカー選手だったから家にいる日が少なかった。そのため、少しでも危ない行動をしないよう監視役として最初は病室にいるだけだった。

 数日もいればなんとなく会話も生まれる。それが良かったのか、精神的な部分で徐々に回復していった。それが木戸にとって大きな借りだと思っているらしい。

「終わったのなら次は拙者たちでござるー。こんな悪臭では自宅のフィギュアやポスターにも影響が出るでござるー」

「流石に臭い兄貴というのは嫌だろうしな。二人はこのまま帰るか?」

「いや、皆を待ってるよ」

「うん。ここの路地裏って少し怖いし、狩真だけだと不安かな」

「えー」

「ふふ、冗談。でも皆で帰った方が楽しいでしょ?」

 ちょっとショックを受けつつ、実際この路地裏を二人だけで帰るのは少し怖いな。

「じゃあ行ってくるでござる―」

 そして二人はオカルトショップに入って行った。

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