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人の心


 ☆


 夢の世界を含めると体感四日ほど挟んだ久しぶりの大学である。

「あ、狩真ー」

 そう言って笑顔が眩しい音葉は手を振ってこっちに来た。


「ん? 線香の匂い?」

「あ、あはは。ちょっと色々あってね。臭かったらごめん」

「ううん、特に気にならないかな。というか落ち着く匂いかも」

 一瞬ドキッとしてしまった。

 でも、店主さんから事前に色々聞いていたから少しだけ残念である。

 この線香のような匂いは『万物の発狂を抑えるお香』の残り香で、人体に大きな影響は与えないが、多少のイライラやストレスを一気に軽減するほどの効力はあるらしい。

「言い換えると違法薬物に近い存在だよな……」

「え? 何か言った?」

「いや、別に。今日の夢もまた凄かったな―と思っただけだよ」

 うっかり思ったことが声に出てしまい焦ってしまった。


 ☆


 昼休みに入り、いつも通りのメンバーで食堂に行き、各々が食事をしていると尾竹先輩が話しかけてきた。

「今日の夢はどうだったでござる?」

「えっと、新しい術を学びました。あっちの世界では凄い強い魔術師という女の子も仲間になって、とりあえず安全になりましたね」


「女の子が仲間……拙者、今ここで後輩をこのポスターソードで切りたいでござる」


 こっちの方が安全じゃ無かった。

「いやいや、そもそもあっちの世界で常に一緒に行動している人も、ある国では姫らしいから。一人が二人に増えただけだから」

「拙者の魂のグーを食らわして良いでござるか?」

「狩真、今のはさすがに無いな」

「狩真……実は誠実そうなのに遊び人?」

「駄目だ! 言えば言うほど俺が不利になる!」

 そういえばあっちの世界では男の知り合いって鍛冶屋をしていたゴルドさんしか知らないな。よし、今度は男の友人を作ろう!

「それで、一体どんな魔術を覚えたでござる?」

「相手の心を読み取る魔術ですね。周りに人が少ないので今試しに使って見ます?」

「周囲に人がいると不都合でござるか? まあ良いでござる。拙者の内なる心を読み取るなぞ、不可能でござるがな」

 どこからそんな自信が出てくるのかな?

 もしくは『心情偽装』を知っているとか?

「では、使います。『心情読破』!」

 そう言って俺は尾竹先輩の心を読んだ。


『魔法少女プリティーパステルステラテッドクリスタルの限定フィギュアが来月発売でござるが、はてさて資金が少々足りないでござるな』


「尾竹先輩って見た目も心もそのままですね。フィギュアはその……頑張って稼いでください」


「なっ! ほ、本当に読まれたでござるか!?」


 驚く尾竹先輩。同時に周囲も驚いていた。

「おい狩真。今お前の目が黄色っぽく光ってたぞ? しかも結構な光だったな」

「光るアイコンタクトでもつけてる?」

 俺は読んでいる側だからわからないけど、今度スマホで写真でも撮ってもらおうかな。

「相手の心を読む術は目が光るのがデメリットで、尾竹先輩は今限定フィギュアを買おうにも資金が足りないという悩みがあるらしい」

「違うでござる! 現時点で全く無関係の事を想像すれば、より信憑性が高まると思っただけでござる! 仮に『本当に心を読めるのでござるか?』とか思っても、つまらないでござろう?」

「じゃあ別に今日の夜ご飯のメニューでも良かったのでは?」

「うぐ!」

 尾竹先輩の曇っている眼鏡にヒビが入った。何も言い返せないのだろう。というかどういう仕組みで眼鏡にヒビが入ったんだろう。

「すげー。次は僕の心を読んでみてくれ」

「ああ。『心情読破』!」

 そして木戸の心を読んだ。


『今日のセレンは少し機嫌が良かったから晩御飯は比較的豪華かもな』


「お前もそこそこ妹を溺愛してるんだな。晩御飯楽しみだな」

「マジカヨ! 本当に読みやがった!」


 驚く木戸。これで信じてくれただろう。

「じゃあ次は音葉だな」

「え、ウチは……遠慮しとく。二人を読んだんだし……」

 いつもニコニコしている音葉が珍しく苦笑していた。

「まあ、相手のプライベートを問答無用で覗き込む術だから、俺も嫌がる人には使わないかな。何より結構疲れるのと、目が光るから目立つかもしれないんだよね」

「それもそうか。悪いな、音葉」

「ううん! 謝らないで。その、さすがに本当に心を読める術があるって思ったら驚いただけ。えっと、狩真はウチに使ったりしないでね?」

「え? うん。というか俺はこの術を使って一度気を失っているんだ。無暗に使って気を失いたくないし、嫌がる人に使わないよ」

 地球の人相手にパムレットという単語が流れてくることは無いと思うけど、少しトラウマだよね。

「ありがと」

 何だろう。一応使わないとは言った物の、珍しく元気が無い音葉が少しだけ気になった。


 ☆


 昼休みに入り、いつも通りの昼食。木戸と俺は隣同士で、音葉と尾竹先輩は向かい合わせで座っていた。

 なんだかんだでこのグループが固定しつつある。まあ木戸はサッカー部と掛け持ちしているけどね。

「さて、今日の弁当は何だろうな……って、あれ?」

 木戸は鞄を漁ると、何も無い事に気が付いた。

「どうした木戸。今日は弁当か?」

「あ、ああ。セレンが押し付けるように渡してきたから、仕方がなく持ってきたんだが、弁当の包みが無くなってる」

「おいおいおい、それってやばいんじゃね? 帰ったら『兄さん、ワタクシのお弁当を落としたのですか?』って言われてバーサーカー状態になるぞ?」

 俺が忠告するまでも無く、木戸は焦っていた。あのセレンの弁当を食べることができなかったなんて、どう報告すれば良いのだろう。

「だ、大丈夫よ。正直に無くなってたって言えば、きっとセレンちゃんは許してくれるわよ」

「そういう優しい妹じゃないから焦っているんだが……ん? ファスナーが壊れかけてる?」

 無理やり開けた跡。これってまさか。

 そんなことを思っていたら、後ろから大きな男が近づいてきた。

「よお木戸。どうした?」

「田崎先輩。いえ、鞄の中身が盗まれたみたいで」

「そら大変だな」

 そう言いつつ、田崎先輩はそれほど心配していない様子。これはもしかして。

(なあ音葉。少しの間立ち上がって俺を隠してくれないか? 相手の心を読む)

(わ、わかった)

 こそっと話し、そして音葉は立ち上がった。

「この辺に落ちてたりしてないのー?」

 そんな不自然な動きをしつつ、しっかり俺を隠してくれていた。その間に俺は『心情読破』を使った。


『生意気な一年が。彼女が作った弁当は今頃部室でぶっ壊してるよ!』


 黒だ。

 この先輩、わざとここに来て、木戸の慌てる姿を見に来たんだ。

「あ、あの、もしかして田崎先輩が隠したりとか?」

「ああ!? 俺が何だって!?」

 突然の怒鳴りに俺は少し驚いた。

 が……『少し』だった。声量にだけ驚き、それ以外は特に怖くは感じなかった。

 もしかして、夢の中での出来事で恐怖体験を味わっていたから、これくらいでは怖くなくなったかな。

「じっと俺を睨むとは良い度胸だな。証拠でもあるのかよ」

「木戸が困っている最中に不自然すぎる流れで会話に入ってきたのが気になりました。こんな大勢いる食堂で鞄の中を探して昼食を見つける人は沢山います。まるで、木戸が最初から困るのを知っていたような気がしたんです」

「グダグダうるせえな。ぶん殴るぞ」

「先輩! こいつは関係ないです。手は出さないでください!」

 木戸が前に立つ。

 次の瞬間。


「たざきいいいいいいいいいいいい! ここにいるかあああああああああああ!」


 食堂に響き渡る声。

「せ、先生?」

 タンクトップの男が入り口で腕を組んで立っていた。

「早くサッカー部の部室に来い! 貴様達の所為で大変なことになってる!」


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