心情読破
☆
夢の世界。約一週間くらいになったけど、実質倍の時間を経験している気がする。
疲れはしっかりと取れている。なんというか、こっちの世界だと地球での出来事が夢っぽく思えて目覚めが良い。
「あ、シュークリームっと。あった」
念のため鉄製の小箱の中にシュークリーム。そして保冷材も入れて、クッションを巻いてそれを抱き枕代わりにして寝た。だって、そのまま箱を抱いて寝ると冷たいんだもん。
「中のシュークリームも問題無し。これをパムレに渡せば良いのかな」
そう独り言をつぶやきながら廊下を出て食堂へ向かうと、朝から依頼を受けようとしていた冒険者が列を作って待っていた。
受付には店主さんの他にも数名いて、朝から慌ただしく働いていた。と、店主さんと目が合った。
「あ、カルマ様。おはようございます! 今日は早起きですね!」
「おはようございます。店主さんの朝って結構忙しいんですね。いつもこんな忙しそうなのに起こしてくれてありがとうございます」
「いえ! カルマ様はワタチにとって重要な冒険者です。これくらい当然ですよ」
「でもギルドの受付もやっているし、贔屓って言われるんじゃ?」
「それならご安心を。基本的に依頼はどの受付の人から受けても同じですが、冒険者によっては担当の受付もいます。シャトル様の担当受付はワタチになっているので、そのお仲間という形で行っていれば問題ありません」
そう言えば隣国の姫だもんな。そりゃ、専属のギルドの受付がいてもおかしくはないか。
「あ、噂をすれば二人が来ましたね」
「あら、今日はしっかりと髪が整っているわね。気合十分?」
「……おはー。ねむい」
シャトルは元気そうだ。一方でパムレは眠そう。というかいつも目は半開きな気がする。
「っと、忘れる前に渡しておこう。パムレ、これ」
そう言って箱を渡した。
「……まさか本当に地球からお菓子を持ってくるとは。しかもシュークリーム……」
シュークリームを知っているのか。マリー先生の事も知っているし、パムレは地球の事をある程度知っているのかな?
「……ふむ、契約は成立。パムレはしばらく狩真に協力する」
「ありがとう」
そう言って握手を交わす。と、隣の姫さんは真顔で立っていた。
「うそ……三大魔術師と協力関係? 何百年の間どの国も成し遂げなかったことが、お菓子一つで達成できるなんて……」
それほど凄い事なのだろうか。
と、疑問に思っているとパムレはシュークリームをほおばりながら答えた。
「……あくまでも協力するのはリエンの捜索と狩真のサポートとシャトルの保護。ガラン王国の政治的な部分は触れない。というか触れるのは違反」
「充分よ! 三大魔術師に守ってもらうなんて、国王とかにならないと無理だと思うんだけど、私もとうとうその領域まで来たかー」
なんだか窓の外を眺めて悟っているよ。
というか一つ疑問があった。
「セシリー。いる?」
そう呼びかけるとポンっと音を立てて出てきた。
『何じゃ?』
「パムレは昨日どこで寝てたの?」
『シャトラ殿の抱き枕になってたぞ。護衛とかいう以前に一線超えとるな』
「そうじゃん! 普通に色々と会話が弾んで自然と一緒の布団で寝てたけど、気が付けば私三大魔術師と一緒に寝てたんじゃん!」
「……超苦しかった。意外に力があるのはガラン王国の血筋だね」
同性で良かったね。尾竹先輩ならきっと女の子同士が同じ布団に寝たという状況を聞いたら多分『良い……』と言って空を眺めると思うよ。
☆
ということでシュークリームを渡したついでに俺は相手の心を読み解く『心情読破』という魔術を教えて貰うことになった。
「まさか三大魔術師から魔術を教えて貰うなんてね。魔術学校に通っている生徒が聞いたら気を失うわよ」
「……シャトルも見たげるよ?」
「本当に!? やったー!」
緊張したり喜んだりと、忙しい少女である。
「……『心情読破』は相手の心を読み解く術式。かつて神々が使われた術で、魔術という括りでは無く神術という括りに分類される。普通の魔術と違う所は、神術は魔術のように何かを変化させるような動作は不要。つまり、ざっくり言えば術を唱えれば良いだけ」
「術を唱えるだけ? えっと、『心情読破』って言えば良いの?」
「……そ。ただ、それだけでは発動しない。意識を相手の心の中を『見る』感覚で唱える。魔力があれば実は誰でもできるお手軽な術式」
もし地球の人が全員魔力を持っていて全員『心情読破』を使えたら、嘘とか付けなさそうだな。
「えっと、こうかしら。『心情読破』!」
シャトルが唱えた瞬間目が金色になった。目の色と髪の色が同じ金色になり、すげーまぶしい。
「す……すげー……まぶ?」
「おお! 少し読まれた!?」
今の俺の心の中の感想が読まれてしまった。
「結構難しいわね。相手をジーっと見ないといけないし、その間周囲の音が遮断された気がするし、練習が必要ね」
「……慣れればパムレみたいに常に起動とかできる」
『補足じゃが、魔力お化けは例外じゃ。そもそも『神』という存在が作り出した術式で、欠点として目が金色に輝くのに対してこやつは光らない。つまり、神が作り出した術式に細工すらしているのじゃよ』
やっぱりチートキャラだ。いや、敵じゃなくて本当に良かったよ。
「えっと、『心情読破』!」
そう言って俺はシャトルの心を覗いてみた。
(あー、それにしてもあの三大魔術師のマオと一緒に寝たなんて、大叔母様が知ったら何て言うかしら。というかあのほっぺた凄くフニフニしてるのよね。さりげなく突いたら怒られるかしら?)
「なるほど。安易に使うと罪悪感が襲い掛かって来るな」
「……ちなみにパムレは常にシャトルの心の声を聞いてるからもう慣れてる」
「ちょっと待って!? 今使ったの!? うそうそ!?」
顔を真っ赤にして両手をブンブン振っている姿は姫というよりも普通に女の子だった。
「……ふむ、なかなか相性が良いみたい。神術の基本は想像。相手の心を読み取るという本来ありえないことを想像するから、想像力が足りない人はそもそも使えない」
「なるほど。ゲームとか漫画とかで相手の心を読み取るような場面を想像したから、簡単に発動できたのか」
まさかここにきて地球での経験が生かされるとは。ん?
ということは今取得できたということは、地球でもこの術が使えるのでは?
『おっと、念のためカルマ殿に忠告しておくが、『心情読破』を使っている最中のカルマ殿の目は金色に輝いておった。もしも暗闇で使ったら明かりになるほどの輝き故に、チキュウで使うならば相手と場所を選ぶのじゃ』
俺の表情から察したのか、セシリーが助言をしてくれた。
「そっか。デメリットを忘れるところだった。ありがとうセシリー」
そして何度かシャトルとお互いの心を読み取り合い、練習を重ねた。
「私は断片的だけど最初よりは見えるようになったわ。これでシャトラの心の声が聴けるかしら?」
『妹殿はなかなか難しいからのう。我の妹も苦戦するくらいじゃし、何とも言えぬのう』
そうか。相手の心を読みながら会話することもできるのか。つまり心理戦に置いてこの術を取得していれば有利なのでは?
「……甘い。まるでシュークリームのように狩真の考えは甘い」
常に心を読んでいるパムレが腕を組んで話しかけてきた。その姿は……うん、ちょっと背伸びした女の子にしか見えないけど、凄く強いんだよなー。
「そうなの?」
「……『心情読破』の弱点は三つ。一つは心を偽装する『心情偽装』という術で、本心を読ませない方法がある」
おお、まるでうそ発見器から逃れるための方法みたいだ。
「……二つ目は『何も考えない』。これはちょっと特殊だけど、人形や機械のような人間に対しては無効」
「まるで映画だな。意思を持たない人か……」
普通では考えられないけど、この世界ではそういう人もいるんだろうな。
「……もう一つは……そうだね。試しにパムレにやってみて」
「へ? まあ、いいけど」
俺はためらいも無くパムレに向って『心情読破』を使った。次の瞬間。
(パムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレット
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「ぬあああああああ!?」
目を開けると白い天井だった。え、地球!?
「目を覚ましましたね」
「おあああああああああああ!?」
横から声が聞こえて反射的に叫んでしまった。
「驚きすぎですよ。もうワタチとは何度か会っているでしょうに」
「いやいや、ここ俺の家だよね!? どうやって入ったの!?」
「いや、床からヌっと」
「床からヌッと!?」
意味が分からないよ!
「というより、マオ様に呼ばれたんですよ」
そう言って店主さんは小さな紙を俺に渡した。
『パムレに『心情読破』を使わせたんだけど、想像以上にパムレのパムレット愛が強すぎて気を失った。介抱よろ』
「軽いな!」
と、突っ込んだらちょっと頭がくらっとした。
「それくらいで済んで良かったですね。マオ様へ『心情読破』を使うと、頭の中に描かれている物が一気に流れてきます。もしかしたらそのまま侵略されてカルマ様はパムレットしか言えない人間になってたかもしれませんね」
「そんなヤバイ状態だったの!?」
事前に言ってよ。というか結構昼間だったのに気を失ってこっちに来たということはかなりの時間寝てしまったのか。時計を見ると六時だし。
「というかパムレに呼ばれたって言ってたけど、パムレもここに来たの?」
「まさか。この手紙に魔力が込められていたのですよ。そこの空腹の小悪魔がその手紙を見て急いでワタチの家に来たんです。まったく、凄く心配してましたよ」
「え?」
ふと、布団の上を見るとクーちゃんがぐっすりと寝ていた。周辺は涙で濡れている?
「かなり頭の中をパムレットで浸食されていたみたいだったので、とりあえず心を落ち着かせるお香を焚きました」
「わざわざありがとうございます。はは、クーちゃんも大げさだな。お香程度で治る状況でここまで心配してくれたのか」
見た目はまだ慣れないけど、ぐっすりと寝ている姿は少しだけ可愛く見えた。
「なーに言ってるんですか。万物の発狂を抑え込む究極のお香ですよ。悪魔的要素が多すぎて市場に出ませんが、数十万の値段はしますよ」
「ヤバいじゃん!? え、そんな危険な状態だったの!?」
本来ならば『悪いオーラを追い出すお香』だの『金運がアップするツボ』などは信じないが、店主さんの持っている物は本物だ。おそらく『万物の発狂を抑えるお香』というのはマジなやつだろう。
「まあ『あっちのワタチ』が狩真様に迷惑をかけているみたいなので、サービスしますよ。それに、今回はマオ様の依頼ですからね」
「はは、良かったー。貯金が一気に無くなるかと思った。いや、むしろ借金生活になりかけたかな?」
ホッとしているといつの間にか結構時間が経過していた。
「ほら、今日からまた大学ですよね。朝ごはんもついでに準備したので食べてください」
何というか……至れり尽くせりだなあ。




