三大魔術師マオ
☆
魔術研究所の館長。静寂の鈴の巫女。そして『魔力お化け』。
三人の中でも一番格好がつかない異名を持つこの大陸最強の魔術師の一人が、俺たちの目の前に立っていた。
「……セシリー。久しぶりだね。フェリーは元気?」
『妹はこやつの妹の面倒を見ていて忙しそうじゃ。我もこいつのお世話に手を焼いておるぞ』
「……いつも通りで結構。あとはリエンを見つけるだけだね。さて、目の前の虫退治をさっさと終わらせよ」
そう言って銀髪の少女は右手を前に出して、
一瞬で大量にいたカマキリたちが粉々になった。
「え、え!? 一体何をしたの?」
「……見た感じ装甲は薄いから、大量の細かいかまいたちっぽい魔術を放った。ちょっと木とかに傷ができたけど、切り倒すよりは良いかな」
確かに、よく見ると凄く細かい切り傷が所々にあった。
「あ、ありがとうございます。えっと、三大魔術師のマオさん」
「……堅苦しい挨拶とか言葉は面倒。それとセシリーがいたからマオって名乗ったけど、騒ぎになるからパムレって呼んで欲しい。あと呼び捨てで良い」
パムレ。これまた凄く呼びにくい名前だ。
「……文句ある?」
「心を読まれた!?」
やっぱり『心情読破』は禁止にすべきでしょ。プライバシーなんて消えてしまう。
「……それよりもセシリーがあの程度で手こずっているのは残念。お腹痛いの?」
『たーけ! 精霊が腹を下してたまるか! 精霊は契約者や側近の魔力に影響する。リエン様から距離が離れた今、ちょっと弱体化しただけじゃ』
「それって遠回しに私が弱いって言ってるよね。泣いて良い?」
『違うぞシャトル殿! 魔力的な部分で若干劣っているだけじゃ! 剣術は目を見張る物があるぞー!』
ここまで焦っているセシリーを俺は初めて見たかもしれない。
「……さすがガラン王国の血筋。パムレも見ていて落ち着く。さて、依頼完了したし、帰ろ」
「あ、その前に入り口に大怪我した人がいるの。その人を運ばないと」
☆
寒がり店主の休憩所に到着すると、テーブルには瀕死状態だった男冒険者と傷だらけだった女性冒険者がご飯を食べていた。
「すげー元気じゃん!」
「……パムレが治した」
やべーよ。あのカマキリを粉々にするし、あの傷だらけの冒険者の治療もやったのかよ。
やっぱり三大魔術師ってすごい人なんだな。ちっこいけど。
「あ、お帰りなさいませ。あ、パムレ様もお疲れ様です」
そして店主さんが出迎えてくれた。店主さんは普段マオのことをパムレと呼ぶようにしているのかな。
「……ただいま。カマキリの親が一体と子が二十。見習い冒険者に出す依頼とは思えない。犠牲者を増やすつもりなの?」
「え!? そんなヤバイ状況だったんですか!? カルマ様、怪我とかしてませんでしたか?」
「あはは、パムレが来てくれたので助かりました」
「念のためパムレ様に依頼を出して正解でした。最近お肉の値段が上がっていたので、もしかして森で異変があったのかなとは思っていましたが、そこまで増えていましたか。数匹だったらシャトル様が討伐、もしくは少し多かったら退却してギルド全体で対策を練るなんて考えていましたが……」
魔獣がどのように増えるのかはわからないが、地球のカマキリであれば一つの卵から沢山のカマキリが生まれてくる。もしかして卵でも作られたのかな。
「パムレ様の援護があったとは言え手配ミスはワタチの原因です。依頼は成功に加えておかずを増やしますね」
「わーい」
最近店主さんの料理が無いと生きて行けない体になってしまった気がする。地球の店主さんの料理もおいしいし、いざ自炊をしたら自分の不出来でショックを受けるのかな。
「そう言えば依頼を出したって言ってたけど、パムレは俺たちを助けるために来てくれたの?」
「……半分はそこの店主に呼ばれたから。もう半分は……」
そう言って俺の目をじっと見て来た。
「……なるほど。地球から来た正真正銘の地球人だね。確かに今まで手がかりも無い状態でリエンを探すよりは一歩前進かな」
「見ただけでわかるの?」
「……なんとなく。記憶の中は地球のことばかり。それにしても今の地球はパムレが思っている以上に『もとに戻っている』みたいだね」
記憶を……と言う事は俺の考えだけじゃなくて記憶を読み取ったのかな。
と言うか『もとに戻った』って何かすげー意味深なことを言ったような。
「……店主から事情は聞いているよ。その首飾りを壊したいんだよね」
「あ、うん。でも現状静寂の鈴って道具でしか壊せないとか、ネクロノミコンって本でしか壊せないとか、とにかく方法はあるみたいだけど、地球で壊さないと意味が無いんだ」
そう言うとパムレは少し考え込んだ。
そしてしばらくして口を開いた。
「……お腹空いた」
「今!?」
突然の空腹宣言。俺だけでなくシャトルやセシリーもその場で転びそうになった。
「あはは、パムレ様はこれでも結構忙しいのでお腹も空くんですよ。今日は助けても頂いたので『パムレット』を出してあげますよ」
「……おおー。この国のパムレットは色々と個性があって面白い」
「パムレット?」
俺がその疑問をぼそりと言うと、目にも止まらぬ速さでパムレは抱き着いてきて顔をグイっと近づいてきた。
「……パムレットを知らない? じゃあその口に教えてあげよう」
☆
目の前にはなんと……シュークリームが出てきた。
いや、どちらかと言うとマリトッツォかな?
パン生地の中にクリームがはみ出ていて、ざっくり言えばお菓子である。
「ちなみにパムレットは私の国のガラン王国で最初に作られたと言われているわ」
シャトルがエッヘンと言わんばかりにどや顔を見せて来た。そんなにこのお菓子は凄いのか?
「……パムレットはこの大陸全土に広がっているお菓子。ガラン王国は元祖ということもあり一番単純な作り故に無駄が無くおいしい。フェルリアル貿易国はかつて存在していた国のパムレット専門店が作り上げた進化したパムレットをさらに改良し、フルーツを使って香りや味に変化をもたらしている。そして北のゲイルド魔術国家は寒冷地ということもありその季候を取り入れてシャーベットにしたパムレットを作りそれがとても美味。各国でパムレットが集まった時、毎度ながらどのパムレットが一番おいしいかを審査するパムレット大会が行われるも、いつも僅差。その時の審査員次第では一位が変わる大会はパムレット大会を除いて存在しないくらいパムレットは凄い」
ここまで流暢に長々と一息で説明されるとは思わなかったよ。というか最初の「……」は何? って言いたくなるくらいツッコミ所が多いな!
「とりあえずいただきます。はむっ」
夕食前にお菓子を食べることになるとは。ん? これはなかなか。
「なるほど。甘すぎず、フワッとした触感と生クリームがトロっとしていて、そして一口で凄い満足感があるのか」
「……カルマは見どころがある。セシリー、良い人間を仲間にしたね」
『魔力お化けに久々に褒められたと思ったら……じゃが、カルマ殿は今こそまだ未熟じゃが、磨けば強い。特殊な力もあるしのう』
「確かジッと見つめると物が分かるんだっけ?」
「……じっと見る?」
「ああ、こう、物とか人をジーっと見ると名前が分かるんだ。例えばこのパムレットをジッとみると……うん、パムレットって名前が出てきた」
「……パムレットって事前に知ってたからじゃ?」
いやまあ、その通りなんだよね。名前を言われる前にこの能力を見せれれば一番良かったけど、この力の話が出て来るなんて思ってなかったよ。
と、苦笑しているとセシリーがフォローに入ってくれた。
『それが、悪魔店主の名前も当てたのじゃよ。我が証人じゃよ』
「私は知らなかったけど、その時知ったわね」
「……ふむ、ジッと見ると名前が分かる魔術。聞いたことが無い」
「パムレは魔術に詳しいの?」
そんな素朴な疑問を投げたらセシリーがため息をついて答えてくれた。
『そやつは歩く爆弾じゃよ。五秒あればこの国は崩壊する』
「詳しいとかそう言う次元じゃ無くね?」
チートじゃん。
「……嘘ではない。でも国を壊してメリットはない。パムレットが無くなったら生きる意味がない」
そう言って微笑みながらパクパクとパムレットをほおばるパムレは、身長もあいまって子供っぽい可愛らしさがある。
「……魔術に詳しいというのは間違いではない。三大魔術師なんて地位にいると色々な国の秘術や伝承も耳に入る。場合によってはパムレも使う事ができる」
「場合によっては?」
「……例えば治癒術。あれはゲイルド魔術国家の王族にしか使えない秘術だけど、なんか魔力をコネコネしてプニッとさせたらできた」
「凄くわかりにくい……えっと、凄腕の料理人が何かの野菜の千切りをダダダっとやって『ほら、簡単でしょ?』ってやってる感じかな?」
「……まあ、そんなとこ」
そう返答して再度パムレットをほおばる。
三大魔術師ーなんて言うからもっと凄い人だと思ってたけど、話を合わせてくれるし、一緒にご飯を食べているし、案外接しやすい存在なのかな。
と、隣に座っているシャトルを見た。
「ん? シャトル、ご飯に手を付けていないけど調子悪いの?」
「目の前に三大魔術師がいるのよ? 正直に言うわ。この場から走って逃げだしたいくらいよ」
「やっぱり凄い存在なんだね!」




