店主の依頼
☆
「カルマ様に依頼したいのは、ワタチの息子の捜索です」
「店主さんの息子さん?」
血は繋がっていないお子さんの捜索? 行方不明になったのかな。
「約千年前、隣国のガラン王国で一人の犯罪者が現れました。その名はレイジ」
「レイジ? それってマリー先生たちが言っていた人かな」
「おそらく同一人物ですね。彼はワタチの息子リエンの持つ能力を奪うために色々な戦略を用いて仕掛けてきました。結果、息子は行方不明になりました」
「ちょ……ちょっと待って」
うっかり聞き逃したけど、再度確認しないといけない内容があった。
「千年前? え、息子さんって精霊か何かですか?」
「人間です。もちろんちゃんと理由があります」
そう言って話を続けた。
「リエンは特殊な力を使い逃亡しようとしました。結果、レイジから逃げることはできたのですが、逃げた先というのが不明なのです」
「不明……えっと、人間だったら千年も行方不明だったらもう亡くなっているんじゃ」
「確固たる証拠があります。あ、ちょうど良いところにシャトル様がいらっしゃいましたね」
そう言ってシャトルは広間に入ってきて椅子に座った。
「何か真剣な話?」
「すみませんが、セシリー様を出してもらって良いですか?」
「はーい。セシリーちゃんー」
『ほい』
ポンっと音を立てて出てくる青い髪の小さな少女。うーん、クーちゃんと比べたらこっちの方が千倍良いなー。
「元々リエンはこのセシリー様と契約していました。契約精霊は主の気配をなんとなく感じ取れるそうです」
『うむ。本来距離が離れるくらいであれば位置まではっきりと分かるのじゃが、リエン様は場所だけは分からぬ。ただ、生きてはいる』
生きて……人間が千年も?
「これはワタチから個人的な依頼になります。どうか、息子を探してください」
そう言って頭を下げる店主さん。
「その、特に急いでいるわけでは無いんですよね?」
「明日明後日までなどの依頼ではありません。が、できる限り早く見つけて欲しいというのが本音です」
「何か理由が?」
「それこそレイジです」
またしてもレイジと言う名前が出てきた。
「レイジはリエンの力を狙っています。レイジよりも先にリエンを見つけてワタチや三大魔術師達で保護する必要があります。それくらいレイジの野望は大きい物です」
スケールが大きい物語……か。とりあえず地球とここミルダ大陸を行き来できる俺にしかできないのであれば、引き受けるしかないだろう。
「わかりました。ただ、宿代も稼がないといけないので、他の仕事をしつつという形で良いですか?」
「はい。むしろ助かります。リエン捜査に集中されると雑務をしてくれる冒険者はいないんですよね。ちなみにシャトル様がカリマ様とご一緒に行動されているので、最近大型の魔獣討伐での怪我人が増えているんですよね」
ちらっとシャトルを見る店主さん。いや、そりゃ凄腕のお姫様が俺の教育係り的な場所でとどまってたらそうなるよね。
「大型の魔獣は難しいけど、小型の魔獣ならそろそろ良いんじゃないかしら? 氷の魔術を覚えたんだし、前衛を私がやれば比較的安全だと思うわ」
「そうですね。まだ日も浅い若手に魔獣討伐をさせるのはちょっと気が引けますが、シャトル様がいるなら良いでしょう。ちょうど調査班の報告書が来ていたので、それを持ってきますね」
そう言って店主さんは受付に向かった。
「まさか店主さんの息子さんが行方不明で、しかも特殊な力があるとは。と言うか店主さんは何者? それに聞いたらまずいと思ったけど、店主さんは千年前に行方を失った息子をって言ってたけど、そうなると店主さんも普通の人間じゃ無いよね?」
『ふむ、ざっくり言うと強い店主じゃな。その内時が来れば話してくれるじゃろうて』
「ちなみに私は一年かけて探しているけど全く手掛かりはないわね。唯一このセシリーちゃんが手がかりだった感じかしら」
「セシリーってシャトルといつ出会ったの?」
『うむ、シャトル殿が生まれた時から我は出会っていた。本来契約精霊は主を失った瞬間から契約は途切れる。しかし、先ほども話に出た通り主であるリエン様が生きている故に途切れることが無く、血縁のシャトル殿に仕えているんじゃよ』
「なるほど。それが確固たる証拠か。仮の話だけど、そのリエンさんという人が亡くなった瞬間、セシリーはどうなるの?」
『今まで契約が切れた経験が無いためわからぬが、おそらくシャトル殿に与えていた氷精霊の加護は無くなるじゃろう。我の力の一部をシャトル殿が使えるのは氷精霊の加護があるからと思ってもらって良い。当然、再契約をすれば元に戻るし、むしろ加護は強くなるのう』
この世界では精霊は代々受け継がれるものではないのか。まあ、精霊にもプライベートはあるだろうし、主が亡くなるイコール定年退職みたいな感じなのかな。
「まあ私はそもそも力が弱かったところにセシリーの加護があったから平均以上の強さを持っているけど、妹のシャトラは大変なのよね」
「少しだけ話に出てたよね。シャトルよりも魔力が多いんだっけ?」
「シャトラは先祖の血を色濃く受け継いだの。世界を生み出したと言われる『原初の魔力』を複数保持していて、その上セシリーの妹となる火の精霊がついているから、力の制御が完璧にできるまでは部屋に閉じ込められているのよ」
原初の魔力。なんだその強そうな名前の魔力は。
『ちなみにシャトラ殿もレイジに狙われているとされている故に、三大魔術師の監視対象となっているぞ』
「レイジに狙われている? つまりリエンさんって人も原初の魔力ってやつを持っていると言う事?」
『察しが良いな。まああの悪魔店主の依頼をやっていたり、シャトル殿と同行していたら妹のシャトラや我の妹にも会うじゃろう』
そんな会話をしていたら、店主さんが一枚の紙を持って俺に渡してきた。
「虫の魔獣で最近巨大化して木をなぎ倒しているという情報がありました。相手は近距離を得意とするので、前衛がシャトル様なら大丈夫でしょう」
「カマキリね。わかったわ」
名前にもう少し捻りは無いのだろうか。
☆
森に到着すると小さなテントがあった。どうやら魔獣退治に出ていたのは俺たちだけじゃないらしい。
「ん? なんか鉄っぽい臭い?」
「怪我人がいるのね。大丈夫ー?」
そう言ってシャトルはテントの外から声をかけると、中から鎧を着た女性が出てきた。顔や腕には細かい切り傷があり、疲れ切っていた。
「同業者ですか? でしたら薬があれば分けてもらえますか?」
「良いけど、どれくらい必よ……」
シャトルは黙った。一体何があったのかと思い、テントの中を見ると、俺と同じくらいの男の人が横たわっていた。
腹部には大きな切り傷。まるで包丁で刺されたような大怪我だ。包帯できつく巻かれているが、そこから血が滲み出ている。
「薬ですぐに治る怪我では無さそうね。馬車を待つしかないと思うわ」
「やはりそうですか……」
落ち込む女性。そして後ろには苦しそうにもだえる男性。
『これが現実じゃよ』
「セシリー?」
冒険者には見えない俺の頭の後ろに現れてセシリーは耳打ちしてきた。
『むしろ手足が残っていただけでも奇跡じゃよ。馬車を待っていれば助かる。が、この経験で心が折れて、冒険者を辞める者は多い』
「そりゃ、こんな目にあえば誰だってそう思うよな」
ゲームではやられた場合、コンティニューができる。もしくは凄い回復薬で一気に怪我が治ったり、蘇生さえ簡単にできる。
しかしここは半分現実だ。この男がこのまま放置されれば死んでしまうし、俺も大怪我を負えば死んでしまう。難易度が高いゲーム……という考えすら甘いかもしれないな。
「とりあえず魔術で水を生成したから、これで怪我をした個所を拭くといいわ」
「ありがとうございます。あの、カマキリには気を付けてください」
「ええ」
そう言ってテントから出て俺たちは森へ入った。
森の中はとても静かで風でなびく葉っぱの音しか聞こえない。
『あの悪魔店主、かなり侮っているな』
「どういうこと?」
「これを見て」
シャトルとセシリーに案内され、指を刺した先には巨大な切株があった。
「カマキリは本来人間の身長と同じくらい。でもこの巨大な切株を見る限りその倍以上。つまり、かなり危険なカマキリがいるということよ」
『あの冒険者たちは運が良かったのう。いや、もしかしたら助かった者は二人だけだったという可能性もあるのう』
そんな話を聞くと背筋が凍った。
「でも巨大って事は足音とかすぐ分かるってことだよね?」
「そうね。そしてこんな静かなのは周囲に動物たちが逃げたことを意味するわ。つまり……」
その瞬間。
「セシリー! 壁!」
『承知!』
俺の目の前に巨大な氷の壁が生成された。そしてそこに巨大なカマが突き刺さった。
「で、でか!」
俺の三倍の身長はあるカマキリ。正直……キモイ。そして怖い。
「ぼーっとしない! 後衛で氷の魔術!」
「う、うん!」
俺はすぐに氷の魔術『氷球』を生成して、巨大なカマキリに向って放った。
その球はあっさりとカマで切られ、同時に距離を詰められる。
「てええええい!」
シャトルが短剣を使ってカマキリの攻撃を弾く。そして隙があれば攻撃し、着実にダメージを与えていた。
「虫だから火の魔術が使えれば……」
『森の中で炎は悪手じゃ。こっちの逃げ場が消えるぞ』
「なるほど。じゃあどうすれば」
『とにかく氷を放て!』
言われた通りに俺は無我夢中になって氷の球を放った。周囲の木々に当たることもあれば、カマで切られてしまうこともあり、意味があるのか不明だったが、とにかく放った。
「てえええい!」
シャトルが叫んだその瞬間、巨大カマキリの右腕が切断された。
『ギャアアアアアアアアアアアア!』
断末魔が森に広がり、木々に隠れていた鳥たちはいっせいに飛び始めた。
巨大カマキリの右腕からは緑色の血液がぽたぽたと流れ出て、明らかに動きが鈍くなっている。
「はあ、はあ、とりあえず射程範囲内……なっ!」
「どうしたの?」
『これは……ちょっとまずいのう』
巨大カマキリはその場から動かない。ジッと俺たちを見ていた。
すると、その後ろから無数の赤い光がポツポツと現れた。
「うそ、十……二十はいるわ」
「え、もしかしてあの赤い点って、目!?」
その瞬間、巨大カマキリの後ろから俺の身長くらいの大きさのカマキリが一斉に飛びかかってきた。
「キモイキモイキモイ! と言うかヤバイよね!」
「セシリー! とにかく大きな氷!」
『間に合わぬ! 逃げろ!』
絶望的な状況。
だが、カマキリたちは急に動きを止めた。
何か気配を感じたのか、怯えているようにも見える?
「え……ど、どうしたのかしら。逃げて良いのかしら?」
「背中を見せたら刺される可能性とかあるよね? この場合どうすれば?」
カマキリたちは足を震えさせながら少しずつ後ろに下がっていた。巨大なカマキリも小さく鳴いていた。
その時だった。
「……フーリエの依頼で来たと思ったら、まさかの大惨事だね」
後ろから女の子の声が聞こえた。
振り返ると、そこには銀色で長い髪。そして白いローブを着た少女が立っていた。
「迷子か? えっと、危ないから下がった方が良いと思うよ?」
「……? ああ、大丈夫。フーリエ……寒がり店主の休憩所の店主から、君たちを守るように来た増援だよ」
増援? この小さな少女が?
「店主殿を知っているの? セシリー、この子の事は知ってる?」
セシリーにシャトルは質問をすると、セシリーは溜息をついて答えた。
『大陸で最悪……いや、最強の魔術師。そして精霊すら怯える魔力の保持者にして『魔力お化け』とも言われている三大魔術師の一人、マオじゃよ』




