二日目の朝
☆
かれこれ三十分くらい日向ぼっこをしていた。こんなにつまらない夢はあるだろうか。
いや、大草原で日向ぼっこをしている夢というのもまた普段味わえない物だから良いんだけど、それにしたって目を覚ますの遅くない?
と言うか夢の中で夢って気がついちゃってるよ俺。
「とりあえず起き上がって探検してみるか。ゲームとかで探索は基本だよね」
そう自分に言い聞かせて起き上がった。
目の前には看板があり、読めない文字で何かが書いてある。
「夢の割には凄い凝ってるな。ん?」
看板の文字を集中して見ると、頭に文字が入り込んできた。
『右、フェルリアル貿易国』
俺の夢すげーな。しっかり国の名前までファンタジーだ。
しかし頭に入り込んでくる文字が日本語と言うのは現実味が無いと言えるだろう。将来VRのゲーム技術が発展したら、こういうゲームが普通にできちゃったりするのかな?
とりあえず看板通りに歩くと、大きな門が見えた。中には町があり、ゲーム序盤に主人公が訪れる街という感覚である。
「次!」
入る前に何か検査をしているみたい。見た目は外国人だが言語は日本語……いや、吹き替えがされている映画を見ている感じだ。口の動きと聞こえてくる言葉が違っている。
全身フルアーマーで顔は良く見えないが、おそらくマッチョな男の人が入っているのだろう。
とりあえず列に並んでいると、俺の番になった。
「次、何しにここへ?」
「えっと……」
俺、何しに来たって言えば良いのかな?
とりあえずひたすらモンスターを倒すゲームとか漫画とかだと冒険者に登録しに来たとかいえば大丈夫かな!
「ぼ、冒険者ギルドに登録しに来ました!」
「ん? 新人か。それならすぐそこだ。それにしても珍しい服を着ているな」
「あはは、ありがとう!」
さすが俺の夢。色々と都合が良く作られている。よく見たら周囲はファンタジーゲームっぽい服装なのに、俺だけワイシャツとズボンはスーツの黒いやつだ。入学式が終わってすぐに布団に入ったから仕方が無いか。
とりあえず俺は案内された施設へと向かった。看板には『冒険者ギルド』と書かれてあり、二階には『宿・寒がり店主の休憩所』と書かれてある。もしかして宿と提携を結んでいるのかな。
施設に入ると中は凄い盛り上がっていた。酒を飲む大男や次の魔物を倒すための作戦など、まるでオンラインゲームの集会所の様な雰囲気を醸し出していた。
受付の窓口に立つと声が聞こえた。
「いらっしゃいませ」
うん、声は聞こえたんだけどどこから声が聞こえたんだろう?
「下です! 下!」
下?
って、凄く小さい女の子が受付の椅子に座っていた。もしかして受付の子供さんとかだろうか?
「えっと、受付の係りの人はいますか?」
「ワタチです!」
そう言って元気よく手を挙げる少女。
水色の短髪で目が真っ赤に染まっている。小柄で色白の少女は頬を膨らませて怒っている様子。と言うか受付がこんなに小さい少女という設定はもしかして俺の願望が生んだ設定なのかな。
「あー、冒険者登録をしたいんだ」
「わかりました! まずはこのカードに血を一滴垂らしてください」
そう言ってゴトっとナイフを机に置かれた。
ゴトっとナイフを机に置かれた!?
「いや、え? ナイフ?」
俺が驚くと逆に周囲は不思議がってざわめき始めた。
「はい。えっと、何事にも契約には血が必要ですから。あ、一滴で充分ですよ」
「う、うん」
夢の中とは言え、指を少し切るのはちょっと抵抗があるな。そーっと指にナイフを近づけると、少しだけ血が滲み出てきた。
「こ、これで良い?」
「大丈夫ですが、これくらいの血を流すのに躊躇ってて、本当に冒険者になるおつもりですか?」
やたらリアルな質問してくる夢である。まあ、漫画とかならピュッと血を出してスカッと終わりなんだろうけど、実際はそんなことはできないよね。実際ちょっとだけ血を出す傷を作るなんてやった事ないもんな。
「う、うん! 大丈夫。えっと、依頼とかは無いのかな!」
「残念ですが本日貴方が受けられるレベルの依頼は無いため、明日また来ていただければと思います! あ、もし宿が無ければ後払いで一週間銅貨一枚で部屋を貸しますよ?」
「あ、じゃあそれで」
流れるままに俺は宿の部屋を予約し、そしてちっこい受付の後ろをついて行く。
「この部屋です。ちょっとボロボロですがご了承ください」
「大丈夫。まあ夢だし」
「夢?」
「こっちの話」
そう言って俺は部屋の中に入った。布団が敷いてあって、机があり、背もたれの無い小さな椅子が一つある簡素な部屋だった。
布団はかなりボロボロで、これで寝るのかと思うと気が重い。というか夢の中で寝るの?
「まあ、ゲームだと寝れば次の日になって体力も全回復だし、イベントも進むだろうからとりあえず寝るふりでもしてみるか」
そんな独り言を言って俺は布団の中に入った。
意識は徐々に遠くなり、すっかりと布団に身を任せる状態になった。
☆
朝起きると見覚えのある真っ白な天井があった。
外は明るく、そしてけたたましくスマホから朝を知らせる目覚ましの音が鳴り響いていた。
そう言えば昨日は部活勧誘を終えてそのまま眠くなって布団の中に入ったんだっけ。
とりあえず寝癖も凄いし朝のシャワーでも浴びようかと思い、風呂場へ向かった。
「なかなか凄い夢だったな」
まるでゲームの中に入り込んだと思わせる夢。冒険者に登録してこれから冒険の始まりという所で夢から目覚める。まあ、夢っていつも良いところで目が覚めちゃうよね。
そう言えば昨日帰った時にネックレスを外そうと思って外せなかったんだっけ。今も首にしっかりとつけてあるけど、これどうやって取るんだろう。
外すための金具も無いし、首が通るほど輪は大きくない。つけるときは……ん、俺ってどうやってこのネックレスを付けたんだっけ?
ダメだ。まだ頭が少しポーッとしている。
「うーん、やっぱりどこにも結び目が無いな。どこだろう」
探っていると、一瞬指先に痛みが走った。
「いっ。何か刺さる痛み? 何だろう」
何かで切ったような跡が人差し指に残っていた。紐で切ったわけでは無いし、布団の近くに紙があったわけでもない。じゃあいつ?
「ん? これって夢の中で血を出した時に切った切り傷だよな。え、夢の出来事が現実に?」
そんなありえない想像をしてみた。だが、それ以外に心当たりは無かった。
いや、もしかしたら夢の中の出来事と現実がリンクし、指を切ったタイミングで寝相で指に怪我をしたのだろうか。
とりあえず昨日渡されたプリントで切ったと仮定して、今日大学へ行く準備をした。今日は授業の説明会ということで、各教室でどういう授業を行うかのプレゼンが行われる日だ。
と、スマホが一瞬光り出した。誰かが俺にメッセージを送ったのだろうか。
『チャットグループを作ったでござる。ルーム名はおかたんでござるよ』
うん、文章で誰か分かった。
『おはようございます! あ、狩真、今日の説明会一緒に見て回らない? 同じ学科みたいだし、知り合いと一緒なら色々と便利だし!』
『拙者は二年生二日目にして後輩の青春という眩しい光に当てられて血の涙を流さないといけないのでござろうか』
一体何を言っているんだろう。とは言え音葉さんは綺麗な女の子だし、一緒に歩くのは少し緊張する。が、断る理由も無い。
『わかった。じゃあ正面入り口に集合で良い?』
『うん!』
『あの、そういうやり取りはグループチャットじゃなくて個人でやらぬ?』
先輩のおっしゃる通りでござる。ちがう、おっしゃる通りだ。
☆
大学へ向かうと正門前に音葉さんが立っていた。
「あ、狩真ー!」
すげー、美女が俺の苗字を呼んで手を振ってるよ。こっちが夢に思えて来た。
「ご、ごめん。待ってた?」
「今来たところだよ。それよりも一限目の科目紹介始まるよー」
「だね。えっと、一年目は歴史とか科学とかで専門分野は二年目からなんだな」
俺が所属する環境工学科はいわゆる地球温暖化や再生エネルギー等を専門に勉強する学科だ。学科そのものに興味はほとんど無かったが、地球の環境を調べるための機械などには興味があった。
大学から渡された分厚い書類によると、一年目では基本的に高校までに習った数学の応用や英語。そして第二外国語の選択に科学実験など。受験勉強をしっかり行った人はまず問題無いだろう。
「狩真は第二外国語どうするの?」
「フランス語かな。特に理由は無いけど、ヨーロッパの文化って憧れるんだよね」
「一緒だ! じゃあ結構授業は一緒になるかもね」
「お、おう」
こんな綺麗な人が普通に話しかけてくるって、本当にこの先何かあるのではと思うくらいだ。
そんな時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「狩真ー。と、知らない女子? とりあえずおはよー」
「木戸か。おはよう」
振り向くと木戸……と、周囲に数名の女子がいるんだけど。ドチラサマデショウカ。
「狩真のお友達?」
「このチャラい男は高校の友人の木戸。あ、こっちは同じ部活の篠原 音葉さん」
「あの狩真が一日で成長を。俺は感動した。篠原さん、狩真をよろしくな!」
「はい! よくわかりませんが!」
何が!?
「と言うか木戸の後ろの女性たちは?」
すげーこっちを睨んでいるんだけど。
「全員サッカー部のマネージャー。昨日体験入部したら、それ以降ずっとあんな感じなんだ」
まあ、木戸は俺と違って格好良いからバレンタインデーとかも木戸の机の上は凄い事になっていたけど、大学入学して早々取り合いになっているのか。
「と言うか狩真も隅に置けないな。同じサークルにこんな可愛い美女と一緒だと嬉しいだろ」
突然話を振られて動揺する俺。ここで『そうだね』って言えれば良いんだけど、チキンな俺には無理です。
「木戸さんはお世辞がお上手ですね!」
すげー、さらっと流したぞ。もしかして言われ慣れてるのかな?
「木戸さんも狩真と同じ学科ですか?」
「同級生だしタメ口で良いよ。残念だが俺は建築学科。俺も狩真と同じ学科にすれば良かったぜ」
「音葉さんがいるから?」
チキンな俺の全力な反撃である。
「へ? 狩真がいるからに決まってるだろ?」
『え、もしかして木戸君って』
『そういう?』
『大変な情報よ。絶対漫画研究会の女子に言ったらだめよ!』
ちょっと、俺の大学生活が突然灰色になりそうなんだけど!
「っと、そろそろお互い教室に行かないとな。昼飯とか一緒にどうだ?」
「あ、うん」
「篠原さんは?」
「音葉で良いよ! ウチも一緒で良いの?」
「当然。むしろ俺を一人にしないでくれ」
木戸の壁になりたくは無いんだけど。さっきから後ろの女性陣の半数が殺意丸出し。半数はさっきの木戸の発言で何かノートのようなものに何かを書き記しているよ。