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闇商人


 ☆


 目の前は真っ暗だった。当然だ。俺の身長を超えるオオトカゲに頭から食われたのである。

 しかし不思議だ。その後の痛みが無い。もしやこれが死んだときの状況だろうか。

 と、考え込んでいると、視界の上から光が見え始めて、徐々に真っ黒だった光景が見え始めた。まるでステージの大弾幕のように、景色が上から見えてくる。どういう状況だ?

「りざああああああああああ!」

 と、突然目の前の店員が叫び始めた。

「いつまでアースリザードを被っているのよ。ほら」

 そう言ってシャトルは俺を纏っている何かを取ってくれた。そして呆然としていた俺の手元にその取った大きな何かを置いた。

「ぬおああああああああ! クビいいいいいいいい!?」

 巨大なトカゲのクビである。

 マグロの解体ショーで頭だけがまな板の上に置いてあるのを一度見たことはあるが、あれよりも衝撃的である。

「貴様! 私の所有物を殺してタダで済むと思うな!」

「あら、残念だけど恐喝だけならこっちも泣き寝入りする状態だったけど、こっちのカルマは頭から食われているわ。襲われた以上はギルドとして人命を優先しただけよ。それに……」

 シャトルは床に置いていた猫のトラを持ち上げた。

「人の所有物を盗んだ盗賊なら、なおさら重い罪になるわね。今セシリーちゃんに応援を呼ばせているから、覚悟しなさい」

 そう言えばいつの間にかセシリーの姿が無かった。もしかしてギルドまで飛んでいったのかな。

「ぐう、リザ……りざああああ」

 店員は泣きながらアースリザードの死体を抱きかかえていた。幼い頃から大事にしていたというなら、この涙は本物なのだろう。

「カルマ。盗賊に同情したらそれこそ命を失うわ。それに貴方は死にかけた。私が居なかったら死んでいた。分かる?」

「そう……だね。うん。それにシャトル、助けてくれてありがとう」

「それで良いわ。あ、応援が来たみたいね」

 そしてギルドから数名派遣された冒険者が来て、店員の確保と動物たちの保護を行い、事件は幕を閉じた。


 ☆


「いつもなら一番平和的な依頼なのに、まさかアースリザードが登場するほどのヤバイ事件に発達するとは思いませんでした。シャトル様がいなかったらやばかったですね」

「そうね。あ、アースリザードの討伐って報酬出ないかしら?」

「鱗は鎧で使えるらしいので、それなりに価値があるそうです。ちょっと相場がわからないので、後で良いですか?」

「事後報告で良いわよ。店主殿は嘘言わないし、売れた後に適正価格で私達に渡してちょうだい」

「ありがとうございます。手間が省けるので助かります」

 アースリザードの取引を終えて、本題であるトラの引き渡しをするため待つことになった。弱っているというのもあるが、俺の腕の中で震えていて動こうとしないから檻の中に入れるなどはしなかった。

 とりあえずひと肌のミルクを準備してもらってそれを差し出すと、ゆっくりだが飲み始めた。

「トラ!」

 と、ギルドでは縁遠い少女の声……いや、店主さんを除いた可愛らしい少女の声が鳴り響き、周囲の冒険者は入り口を見た。

「ひっ!」

 と、見た目おっかない人ばかりだから、周囲の人を見て少女は驚いて近くにいた女性の後ろに隠れた。おそらく母親だろうか。

「す、すみません。ここに飼い猫がいると聞いたのですが」

「あ、はい。こっちです」

 受付を中断させてシャトルが案内し、俺の座るテーブルに来た。俺はトラへミルクを与えているため、交互に見ていた。

「トラ!」

 その声に猫のトラは反応して、顔を上げた。少女を見つけると、足を震えながら小さく『にゃー』と鳴いた。

「ありがとうございます! もう一週間も探しても見つからなくて、あきらめていました」

 母親らしき人が頭を下げて、お礼を言った。そして隣の少女も頭を一生懸命下げていた。

「い、いえ。無事に見つかって良かったです。あ、結構弱っているみたいなので、ゆっくり休ませていました」

「何から何まで。ギルドだと猫探しはあまり受け付けてくれないって聞いていましたが、認識を改めさせていただきます」

 母親の発言に周囲は顔を背けた。うん、君たち言われてるぞ。

「おにーちゃん、ありがとう!」

「おう。お礼を言える子は良い子だ。トラも会えて嬉しいと思っているぞ」

 ミルクを飲まずに少女に近づこうとしているトラを見る限り、空腹よりも飼い主に早く触れたいのだろうか。

 優しく顔のミルクを拭いて取り、少女にトラを渡すと、慣れた手つきで少女はトラに抱き着いた。

「もうにげちゃめっ! とらだあああ!」

 その光景を見てやって良かったと思えた。まあ、いつもなら猫を探して渡して終わりなんだろうけど、大きなトカゲに食われかけたもんな。

「ありがとうございます。えっと、こちらお礼の銀貨です」

「へ?」

 そう言って母親は俺に小袋を渡してきた。中には銀貨が入っていた。

「あ、いや、すでに報酬は受け取ってます。追加でいただくわけには……」

 そう言うとシャトルは俺を遮るように銀貨の小袋を取った。

「銀貨五枚。ちょっと多いわね。三枚にしてあげるから、次からもし依頼を出す場合は最初からこの依頼料で出してくれるとここにいる『優しいおじさんたち』が率先して引き受けてくれるわ」

「は、はい。ありがとうございます!」

 そう言って母親はペコリと頭を下げた。

「おにーちゃん。おねーちゃん。ありがと! だいすき!」

「ふふ、ありがとう。次は気を付けるのよ」

「うん!」

 そして少女は大きく手を振ってトラを持ち帰って行った。母親も嬉しそうに周りの冒険者に会釈しながらギルドを出て行った。

「シャトル、銀貨受け取って良かったの?」

「今後の為よ。家畜を探す依頼料は低いから、こういう時に相場を上げないとね。今回は偶然追加報酬をくれた人だったけど、普段は面会にすら来なくて、店主殿が直接届けて終わりって事が多いのよ」

 じゃあ今回はレアケースだったんだ。


「まあ、アースリザード討伐という依頼だったら金貨数枚だったけどね。あの母親は運が良いわね」

「やっぱりあのリザードはヤバイやつだったんだね!」


 例えばスライムや大きなイノシシの討伐も、ゲーム内ではチュートリアルな敵であるが、実際で会えばかなり危ない存在だと実感した。

 主人公が簡単に倒すものだから村人が『最近魔物が現れて大変なのじゃよー』という言葉も、雑魚敵ばっかりだから村人だけで対処できるんじゃね? とすら思っていたが、こうして経験をするとどれほど難しい事かが分かる。

 昨日もしくは一昨日の俺は村人と同等の実力であり、頑張ればイノシシを倒せるレベルの実力だったのにも関わらず今日は大きなトカゲのアースリザードを討伐したのだ。これは自信を持って良いのでは?


『倒したのはシャトル殿ぞ? 身動き取れなかったカルマ殿がどや顔をする場面では無いぞ?』

「俺の心をしっかりと読まないでくれる?」


 隣でセシリーが目を金色に輝かせて俺の心を読んでいた。

「そう言えば相手の心を読む魔術だっけ? それって便利だね」

『魔術というか神術じゃな。『心情読破』と言って相手の考えている事を読み取ることができるのう』

「俺にも使えるかな。多少戦闘で役に立てない分、サポート面で少しでも役に立ちたいかな」

『ふむ。神術の文献は隣国のガラン王国の一般図書館にある。悪魔店主に依頼をすれば書き写しくらいは貰えると思うぞ?』

「おお。じゃあ早速聞いてみよう」

 そう言って俺は受付に向かった。

「ということで店主さん。『しんじょーどくは』を使うための書物って無い?」

「むむ、セシリー様の入れ知恵ですね。本当なら全力で拒否したい所ですが、今回のクエストで御迷惑をかけた以上は仕方がありません。書類の手配をするので待っててください」

 おお、セシリーの言う通りやってくれるみたい。

 と言うか『本当は全力で拒否』って言ってたけど、何か理由があるのかな。

 そんなことを思ったらセシリーが叫びながら店主さんに近づいた。


『嘘じゃろ悪魔店主!? 貴様は神術が大の苦手じゃろうて!』

「だーらっしゃい! 今回はカルマ様のお願いだからやるんですー! セシリー様は今夜覚えておいてくださいよ!」

『ぬあああああ!』


 えっと、何?

 と、二人のやり取りを見ていて隣で苦笑するシャトルが話しかけてきた。

「時々二人は喧嘩するのよ。気にしたら疲れるだけだから無視よ。それよりお腹空いたしご飯にしましょう」

「う、うん」

 まあ、契約者がそう言うなら別に良いか。


 ☆


 ご飯を食べ終えて静まり返った夜。

 廊下でシャトルと別れを告げて部屋に入って防具を置いて私服に着替えた。

 店主さんから渡されたマリー先生への手紙もポケットに入れて、後は布団に入るだけである。


 うん、大きなトカゲを思い出して、眠れないぞ。


「と言うか寝なかったらどうなるんだろう。今の所居眠りとか昼寝をしたことが無いからわからないけど、夜に寝なかった場合はどうなるんだか」

 と考えつつ布団に潜り込む。


 ☆


 どうやら強制的に寝るらしい。

 目を開けたら白い天井だ。つまり夢からの目覚めである。

「二度寝するほどの眠気も無いし、これもグールの首飾りの影響?」

 そんな独り言を言って取り合えず体を起こした。

 同時に隣の部屋から扉が閉まる音が聞こえた。もしかして店主さんは今からオカルトショップに向かったのかな。


『ピンポーン』


 インターホン?

「はい」

 ドアフォンの受話器を取り、外の人に話しかけた。

『ワタチです。どうせ今日ワタチの店に行くなら一緒に行きましょう。あ、朝ごはんを用意しましたよ』

 まさかの俺の家への用事だった。

「い、今行きます!」

 そして扉を開けるといつもの店主さん……よりも表情硬い店主さんがタッパーを持って立っていた。

「言い忘れていましたが、どうせ来ると思って隣のマリー様も起こしてます。まもなく来ますよ」

 あの、俺の家を待ち合わせ場所にしないでくれる?

 と、思った次の瞬間。


『ぎゃああああああああああああああ!』


 事件性のある悲鳴!?

「な、何事!?」

「安心してください。目覚まし代わりにマリー様の周囲に空腹の小悪魔……あの目玉の悪魔を五体ほど召喚しました」

 ホラー映画かよ!

「と言うかあの目玉の悪魔って店主さんが自由に召喚できるタイプなの?」

「悪魔術は使い方を間違わなければ良いのです。あ、あっちの世界では禁止されているので秘密ですよ」

 仮にできてもあの目玉の召喚は進んでやりたいとは思わないな。

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