猫探し
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本日のクエストは猫探し。
昨日に続いて動物の狩猟かなと思ったら、まさかの町の住人からの依頼だった。
「猫や犬の捜索依頼は時々来るのですが、報酬が少ないのであまり受ける人がいないのですよ。ペナルティも無しでやっているのですが、動物の狩猟の方が儲かるんですよね」
そう言って渡された紙には猫探しの依頼と依頼者の名前が書いてあった。
銅貨二枚の報酬か。まだ相場等はわからないけど、感覚的に銅貨一枚で百円くらいだと思うと、日給二百円。シャトルと俺で分けても百円って考えれば割に合わないだろう。
「まあ、ゲームでのチュートリアルの中には探索系もあるし、何より家族の捜索だもんね。引き受けます」
「ありがとうございます。では先方にはワタチが伝えますので、早速探してください。銀色の鈴で赤い首輪が目印だそうです」
そう言って手がかりのメモを渡された。
「ということでごめんねシャトル。ギルドで上位の実力者なのに安い依頼を立て続けに受けることになって」
「別に構わないわ。それに依頼人は多分小さな子供よね。子供にとって銅貨二枚は大金よ。お金を払ってまで依頼に来るなんて、よほど心配しているに違いないわ」
『ということじゃカルマ殿。我の主は人情に弱い。実際カルマ殿が来る前は一日に複数依頼を受けて、その中には飼い犬の捜索依頼も沢山あった』
そうなんだ。というか一日一つという制限は無くて複数受けられるのか。
「じゃあ早速聞き込み調査かな。えっと、名前は『トラ』だって。ふむ、猫にトラという名前を付けるとは実は地球人?」
「ん? よくわからないけど名前があるなら探しやすいわね。赤い首輪に銀色の鈴に名前はトラ。とりあえず猫を見かけたかどうかを探しましょう」
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そしてこっちの世界で昼になった。
おかしいな。こういうチュートリアルってすぐに見つかるものじゃないんだ。
かれこれ三時間は探し回ってるよ。
「まあすぐに見つかったら運が良い方よ。一日探した挙句飼い主の家の屋根裏に寝てたなんてこともあったからね」
『数回すれ違ったこともあったな。あの時は思わず凍らせてしまおうかと思ったわい』
低報酬で一日かけて探しても難しい。確かに受ける人は少ないかもな。
「この世界にテイマーみたいな人はいないの?」
「ていまー?」
「こう……動物の飼育に長けている特技を持つ人とか。魔術師とか料理人みたいな感じで動物を手なずけるのに長けている人とか」
「馬を売っている商人とかはいるけど、カルマの言っているような職業の人は聞いたことは無いわね。セシリーちゃんは知ってる?」
『知らぬの』
うーん。やっぱりゲームのようにはいかないか。むしろここをゲームの世界って考えたら詰みそうな気がする。
いや待てよ。現実では絶対ダメな方法を逆に考えてみよう。
「ねえシャトル。そもそも猫とか犬ッて売ってるの?」
「馬を売ってる商人以外だと……まあ小動物を扱っている商人ならいるわね。え、まさか」
「いや、あくまでも可能性だよ。俺の知っている世界ではありえないけど、だからこそこっちではありえるかもって思っただけ」
「一応言っておくけど飼い猫を盗んでそれを売るのは違法よ?」
「飼い猫だってわからなくすればどうかな。例えばその特徴の首輪とかを切り取っちゃうとか」
「……まあ、考えにくいけど」
そう言ってシャトルは考え込み、そして俺を見た。
「まあどこにいるかわからなくて足踏みしているよりはマシね。確かこっちにあるからついてきて」
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フェルリアル貿易国の商業区画に到着。
ゴルドさんの防具店はこの区画の隅っこに位置していて、ここをしっかりと散策したことは無いんだよね。ある程度お金がまとまったら買い物をしに来るのはありかもしれないな。
パッと見ただけで目まぐるしいほどの露店の数々。まるで花火大会が開かれるお祭りの屋台が沢山ある状態である。
そして色とりどりの旗やチラシを配っている人もいて、これが毎日行われていると思うとさすがファンタジーと思った。
シャトルの後ろを歩くこと数分。賑やかな屋台から少し離れた場所にある一軒家に到着。一応ここも商業区画の中の店らしい。中からは猫や犬の鳴き声が沢山聞こえてきた。
扉を叩いて入ると、沢山の檻。そして犬や猫のほかに爬虫類や魚までもが商品として並べられていた。
「いらっしゃいませ」
小太りの商人が俺たちの前に来て両手を合わせてスリスリしていた。いかにも商人という感じである。この仕草って何か意味があるのかな。
「恋人と猫を飼いたいって思って来たの。見せてくれる?」
「恋人!?」
『恋人!?』
思わず驚いた。
「ええ。ええ。新しい家族の前に共通の愛しい猫を持つことでさらに仲が深まるでしょう。って、どうしてお二人は驚かれているのでしょう?」
「あ!? いや、あはは。最近恋人になったばかりだから慣れないから驚いちゃって」
『ご主人が公の場で堂々と言うとは思わなかっただけじゃ。店員よ、気にするでない』
焦る俺たちを怪しむ店員。
「まあ良いでしょう。猫となれば三匹います。どうぞお気に入りの猫をお選びください。ちょっと鍵を取りに行くのでお待ちくださいね」
そう言って店員は店の奥に行った。
「は・な・し・を・あ・わ・せ・な・さい!」
「唐突過ぎるんだよ! せめて事前に言ってよ!」
嘘でも金髪美少女に恋人って言われたらドキッとするわ!
こっちは恋人がいない大学一年生だぞこらー!
「鍵を取ってまいりましたー。って、どうされました?」
「なんでもないわ。ね?」
店員が突如登場と同時に俺の腕をガシっと掴むシャトル。あれ、今凄く青春を感じているぞ。ファンタジーなのに。
「ははは。仲がよろしいのですね。ではこちらの猫はいかがですかな。とても落ち着きのある猫で、お二人にはピッタリかと」
そう言って檻の中から一匹の猫が出された。
やせ細っていて、おとなしいというよりも衰弱している状態ではと思える。もちろんシャトルも顔を歪めてその猫を優しく持ち上げて撫でていた。
首輪はもちろん無い。が、よく見ると首輪の跡がうっすらと残っている。
「あの、この猫の入手経路を教えて貰っても?」
「企業秘密ですな。まあ大半の猫は精霊の森の野生の子猫を捕獲しているという噂ですからな」
教えてはくれないか。まあ仮にこの猫が今回探しているトラとは限らない。首輪の跡があるだけで他の猫の可能性もある。いや、他の猫の可能性でも駄目だとは思うけどね。
しかし首輪の跡から何か情報を得ることはできないだろうか。
俺はジッと猫の首輪の跡を見つめた。すると一つの単語が俺の頭の中に入ってきた。
『トラ』
間違いない。この猫は探している猫のトラだ!
「セシリー、御免。心を読み取る術は使える?」
『『心情読破』か? 任せろ』
「ありがとう。それで店員さん、この猫の入手先は何故秘密なの? 言えない事情があるの?」
「言ってしまえば我々の猫を捕獲する場所がバレてしまって穴場が無くなると思っているだけですよ。こっちは子猫を売って商売しているのに、売る前に捕らわれては大変ですからな」
その言葉を聞いて俺はセシリーを見た。
『ふむ。大当たりじゃな。どうやら依頼人の家に侵入して盗んだ猫じゃのう』
「ほう。小さい上にフワフワと浮いているからてっきり妖精か何かだと思っていましたが、心を読み取る魔術を使える高位な存在でしたか。これは一本取られましたな」
「ということで猫を盗んだことは証明された。おとなしく捕まってください」
腰の剣を抜いて相手に突き付ける。
「待ちなさいカルマ。相手の商人は妙に落ち着いているわ」
確かに。証拠もあって刃物を突き付けられている状態なのに、笑顔を絶やしていない。俺の世界だったら果物ナイフを持って街を歩くだけで大騒ぎである。
「商人たる者、常に盗賊対策等をしているのですよ? 十人以上の盗賊に襲われたこともありましたが、それに比べれば二人と一匹なんて可愛い者です」
そして店員は一つの鍵を取り出して、一つの檻の鍵を開けた。
「そして店に泥棒が入っても問題が無いように防犯対策もしています。もっとも、私はその防犯対策が機能しているかどうかはしっかり見たことはありません。なんせ、泥棒は存在ごと消えてしまいますからね」
そして檻から巨大なトカゲがノッソリと出てきた。トカゲというか巨大なワニとでも言える。とにかく大きく、そのトカゲは店員の足元をぐるりと回って股から顔を出し、俺たちを見ていた。
「アースリザード。どうしてこんなところに?」
シャトルが腰の短剣に触れつつ話始めた。
「小さい頃から手名付けている家族ですよ。私の言葉は絶対に聞いてくれるアースリザードで、多分大陸中のアースリザードの中では一番賢いでしょう」
これはもしかしてヤバイんじゃないか?
街中で巨大なモンスターに遭遇。そしてここから外に逃げれば騒ぎになる。
何よりシャトルの反応を見ると、このアースリザードとやらは先日狩猟したイノシシとは比べ物にならない強い動物に違いない。というか見た目からして絶対に強い。
見た目。トカゲ。爬虫類。いや、できるか?
「セシリー! この部屋の気温を下げて!」
『よくわからぬが任せろ!』
「ちょっとセシリーちゃんは私の契約精霊よ!」
シャトルの反論はもっともだが、後で謝ると心に誓いつつ今はセシリー頼みである。
セシリーは両手から白い煙を出した。まさしく冷気である。俺は思いつく限りの行動として冷気を両手を使ってアースリザードとやらに向って仰いでいた。
「冷気……はっ! 貴様、その白い煙を出すな!」
トカゲのような動物は急激な温度変化や冷気に弱いって何かで見た。まさかそれがここで役に立つとは思わなかった。もしかして地球での知識が若干役に立つ?
「やめて欲しかったら違法に捕獲したことを自白して自首するんだ」
「わかった! だからやめさせろ!」
「……セシリー。もう良いよ」
『う、うむ』
そしてセシリーは冷気を出すのを止めた。
アースリザードは少し苦しんでいる声を出しているが、店員が毛布をかけたおかげで声は止んだ。
「では自首を」
そう言って俺は一歩近づく。
次の瞬間。
「馬鹿め! いけ、リザ!」
『シャアアアアアアアアア!』
一瞬にして距離を詰められた。
まるで時間がゆっくりと進んでいるように思えた。
目の前には大きく口を開いたアースリザード。俺はその光景に驚くだけで身動きが取れなかった。
「途中までは満点よ。でも最後で気を抜いたらゼロ点ね。てえええええい!」
横でシャトルの声が聞こえた。
が、アースリザードの開いた口は俺の顔面目掛けて飛んできていた。
俺はアースリザードの開いた口に顔面を突っ込んだ。




