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オカルトショップの店主


 ☆


 午後の授業を終えて早速帰ろうと思ったが、そう言えば冷蔵庫の中身が空っぽだったことを思い出した。

 一度自宅に帰って授業などで使用する教科書は置いて、俺は近所のスーパーに行くことになった。

「サイコロステーキと皮無しウインナー。あとは……」

 焼けば美味しい。そしてお腹が膨れる。料理と言えるものでは無いが、焼いているだけで『一人暮らしで料理!』という感じである。

「あとはコショウは買っておこうかな」

 親から毎月仕送りを送ってもらっている。もちろん無駄使いせずに大切に使い、日々節約である。というか夜は夢の世界に行くからそこまで遊ぶわけにもいかない。

「そう言えばあっちの世界で手に入れた道具を持ちかえれるなら、珍しい鉱石とか地球で売れば良いのでは?」

 ゲームでは金や銀は簡単に手に入る。と言ってもゲームによって異なる。場合によってはゲームの後半にならないと手に入らない。

 もしもオリハルコンとか手に入って地球に持ってきたらどうなるんだろう。いや、騒ぎになって変な組織に追われたら家族にも迷惑がかかるしやめておこう。

 そんな事を思いながら乾燥わかめに手を伸ばした瞬間、隣で同じく乾燥わかめを取ろうとした人と手がぶつかってしまった。


「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ。ワタチも不注意でした」


 赤い目。

 そして特徴的な水色の髪。

 さらに俺よりも身長は低く、夢の中で見た店主さんそのものだった。


「ん? どうしました?」

「え、いや、その、俺の事を知っていますか?」

「突然何を言ってるんですか? ナンパですか? ワタチは貴方と出会うのは初めてですよ?」

 当然だ。あの店主さんは夢の中の人。しかし目の前の水色髪の少女と瓜二つである。

「す、すみません。俺の知り合いにすごく似ていて、思わず声をかけてしまいました。ナンパでは無いのでご安心ください」

「そうでしたか。ふふ、そのお知り合いさんとまた出会えると良いですね」

「はい。では『フーリエ』さん、これもまた縁なのでどこかで会えると良いですね」

「そうですね。では」

 そう言って俺は乾燥わかめを取ってその場を離れた。


 速足でレジへ向かい、ビニールに買った物を詰め込み、走って店を出た。


 俺は後悔した。彼女の名前を言わずにそのまま立ち去れば良かったのだ。だが、同時に確証を得たかった。だから俺は『フーリエさん』とわざと呼んで『誰ですか?』という答えが欲しかった。が、普通に会話が続いてしまった。つまり彼女の名前はあの店主さんと同じく『フーリエ』なのだ。

 スーパーへ行くときは公園を迂回して歩道を進んだが、俺は逃げるように公園を突っ切った。と、次の瞬間、何も無かった場所に足を引っかけてしまい、俺は壮大に転んでしまった。


「どうしてワタチの名前を知っているのですか?」


 背筋が凍った。

 俺の後ろには水色の髪の少女が目を真っ赤にして立っていた。

「ひっ!」

 腰が抜けた状態で俺は少女から逃げるように腕と足だけで動いていた。が、少女は淡々とこっちに歩いてきた。そして顔を近づけて話しかけてきた。

「もう一度質問です。何故ワタチの名前を知っているのですか?」

 まるでホラー映画である。小さな子供がどこからともなく現れて襲い掛かって来る映画そのものだ。少女の目は燃えるように真っ赤で、それが俺をじっくりと見てくる。

 怖い。

 恐怖のあまり声も出ない。何かされているわけではない。が、追いかけられているというだけでこれほど人って動けないのかと思うとホラー映画で主人公たちが大げさに逃げているのは逆に心が強いのかもしれない。実際は身動きが取れない。


「あまりワタクシの生徒をいじめないで貰えるかしら。フーリエ」


 声が聞こえた。

 振り向くと、そこには紫髪の女性……マリー先生が立っていた。

「マリー様? どうしてここに?」

「ワタクシの家はこの辺よ。偶然見かけたと思ったら学生に襲い掛かっているんだもの。それにその子はオカルト探求部の部員で明日出会う予定よ。明日名前を呼ばれるよりも今日中に呼ばれて正解だったと思うわ」

「この人がオカルト探求部の……そうでしたか」

 そう言うと店主さん……にそっくりな少女の目は真っ赤に光っていた状態から少しだけ弱まった。

「はあ、ワタクシが偶然いなかったら危なかったわよ。オカルトショップの店主は物騒って言ったわよね」

「へ、フーリエさんがオカルトショップの店主?」

 そう言うとまたしてもフーリエさんは目を赤くして俺を見た。

「あ、えっと、もしかして名前を言ってはいけない感じですか?」

「そういうわけではありません。ただ、何故貴方のような一般の方がワタチの名前を知っているのかが気になっただけです」

「えっと、その、そっくりな知り合いの名前もフーリエさんって名前で、でも名前で呼んではいけないから店主さんって普段は呼んでいたのですが……」

 何故か名前で呼んではいけないギルド受付のフーリエさん。理由は不明だが、まさかこっちのフーリエさんも同じく名前で呼んではいけないとは思わなかった。

「この子はフーリエが尾竹に売りつけた『グールの首飾り』の所為であっちの世界と行き来しているのよ。むしろこの子は貴女の被害者よ」

「あの首飾りで?」

「はい」

 そう言って俺は服で隠れている取れない首飾りを引っ張って見せた。

「なるほど。やたら今回の反応は明確だったので何かあるのかと思いましたが、貴方はこれをきちんと使えたのですね」

 この首飾りの所為でありえないトラブルに巻き込まれている。それを売りつけた人が目の前にいる。うーん、凄く複雑ではあるがかと言って解決策が見つからない。

「それよりも狩真。貴方の買った食材が袋から出て大変な事になっているけど、良いの?」

「へ?」


 見てみると転んだ衝撃でサイコロステーキや生卵が飛び出て、サイコロステーキはラップからも出ていて砂まみれ。卵は全て割れていた。


「あー!」

 節約を心掛けていた故にこの損失は痛い。タイムセールにも恵まれて安く買えた卵が全て割れて砂まみれとなった今、ただお金を投げ捨てたに等しい状態である。

「はあ、まあワタチも脅した感じでしたし、ご飯くらいはご馳走しますよ。ワタチの家に来ますか?」

「へ、良いんですか?」

「ただし、ワタチの名前は今後呼ばないでください。店主さんって皆呼んでます」

「はい! というかその方が俺も助かります」

 夢と現実で分けていたら絶対に混乱してしまう。

「ワタクシもフーリエのご飯久しぶりに食べたいわね」

「マリー様もいい加減ワタチの名前を呼ばないで下さい。それと三日前に食べたばかりでしょうに」

 マリー先生って店主さんとそこまで親密な仲なんだ。

「とりあえず案内しますからワタチの家に来てください。ついでにマリー様のご飯も準備しますよ」

「やった」

 まさかの教授も含め女性二人とご飯。しかも手作りというイベント発生に驚きの感情が込み上げてきた。


 ☆


 って、ここは……。

「俺の家の隣じゃないですか!」

「ええ!? お隣さんだったのですか!?」

 俺は一〇一号室。そして店主さんはその隣の一〇二号室だった。引っ越しの挨拶で留守だったから粗品をポストに入れただけで顔は見ていなかった。


「ち……ちなみにワタクシは一〇三号室よ」

「そんな事ある!?」


 マリー先生は何度もご飯を食べに行っている感じだったから家も近いのかなーと思ったら、まさかの店主さんの隣かよ!

「大学教授だから一軒家とかに住んでいるのかと」

「給料はかなり良いわね。ワタクシの趣味が海外旅行だからお金はそっちに回しているだけよ」

 なるほど。趣味にお金を使って私生活では節約か。俺も自分で働くようになったらそうありたいな。

 とりあえず店主さんの家に入ると、同じアパートだからという理由もあって俺の部屋とあまり変わりなかった。

 布団があってタンスもあり、備え付けのクローゼット。俺が思う少女が住む部屋とは程遠い普通の部屋だった。

「フーリエに期待したら駄目よ。この子はある意味特殊なんだから」

「マリー様の夕ご飯は白米と鰹節だけで良いですね」

「うそうそ! いつもの美味しいご飯が食べたいわー!」

 立場的にマリー先生の方が弱いのだろうか。とは言え初めてセレン以外の女の子の部屋に入ったという事で少しだけドキドキしている。

「座っててください。ちゃっちゃとご飯を作りますので。『あっちの世界のワタチ』よりは腕は落ちているので期待しないでくださいね」

 あっちの世界。つまり夢の中の店主さんということだろう。グールの首飾りを売りつけたのも店主さんという事は何かを知っているのだろうか。

 何か聞こうと思ったけどキッチンに向ってしまったため何も聞けなかった。

 そう言えばマリー先生は何かを知っているのだろうか。

「ん? もしかしてその首飾りやあっちの世界について聞こうとしている?」

「はい。聞いても良いですか?」

「仮に質問に答えられたとしても、ワタクシが得することは無いだろうし、今すぐ解決はできないと思うわよ? あっちの世界を行き来できる程度だったらむしろ年頃の男の子なら楽しむべきじゃないかしら」

「ええ、最初はそう思っていました。けど」

 そう言って俺は、右手を前に突き出した。同時に左手でスマートフォンを操作し、破壊した洗面台の画像を見せた。

「俺は魔術が使えます。信じられないかもしれませんが、今すぐマリー先生の頭に大穴を空けることくらいは簡単です。ゲームの世界に憧れを持つのは確かに俺の年頃だと良くあることですが、必ずしも本当に現実で起こって良い物ではありません」

「あっちの世界で取得した魔術をこっちでも使える……? それは興味深い内容ね。でもワタクシを脅したところで特別な情報が得られるわけでも無いわよ」

「それは俺が決めることです。小さな情報でも良いので話してください」

 俺は冷静では無かった。目の前の先生に多少怪我をさせてでも情報が欲しい。

 もしもその少しの情報でこのグールの首飾りが取れるなら、今すぐにでも取りたい。


「少しは冷静になったらどうですか。『空腹の小悪魔』、カルマ様の腕を甘噛みしなさい」


 キッチンから顔を出した店主さんが俺に向って何かを放った。その何かは俺の右腕に付着した。これは……血?

 と、次の瞬間、俺の右腕が光り出し、思わず目を閉じた。


 光が収まり目を開けると、俺の右腕は夢の世界で見た……あの巨大な目玉に翼が生えた気持ち悪い生き物が俺の腕を咥えていた。

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