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この世界


 ☆


 目を覚まし、現実に戻ってきたことをしっかりと確認。

 そう言えばボールペンを渡したまま返してもらうのを忘れていた。

 以前夢の世界で着ていた鎧がこっちで目覚めた時にその服を着ていたが、今度は逆でこっちで持っていた物をあっちに置いてくることで、こっちでは消えてしまう。

「夢……というよりも、夢がトリガーになって俺は転移しているって思った方が良いのかな。いい加減夢の世界って言うよりも異世界って思った方が納得できるんじゃないかな」

 色々と頭の中がゴチャゴチャになりつつあり、とりあえず頭を冷やすために洗面器に水を入れて顔を洗おうと思った。

「……氷を入れたら冷たい水で顔を洗えるだろうか」

 そんなことを思った。

 夢の世界では氷の魔術を取得した。

 その前は物をじっくり見ると情報が頭の中に入って来る能力も得ている。

 今でも洗面器をジッと見ると『洗面器』という文字が頭の中に流れ込んできた。

「まあ、できなかったらできなかったで仕方が無いよね」

 そう思い、俺は洗面器の中に向って放った。


「『氷球』!」


 ☆


 大学の購買には生活用品も売っていて、歯ブラシやシャンプー等も売っている。ここの大学に通う学生の半数は一人暮らしをしているため、需要があるのだ。

「あの、洗面器って無いですか?」

「ああ、ありますよ」

 洗面器を購入し、ついでに店員さんに相談をした。


「あの、洗面台に大きな穴が空いたんですが、修理業者を紹介してもらって良いですか?」

「排水溝が壊れたんですか? それだったら紹介できますが」

「いや、排水溝の横にこう……『思いっきり固い石で殴ってできた感じの穴』なんですが」

「一体どういう状況でそんなことがあったんですか? えっと、一応電話で聞いてみますよ。それとも何か事件でしたら警察を呼んだ方が良いと思いますよ?」


 うん。俺も何を言っているかわからないけど事実なんだ。

 イノシシの背中に当たって、多少の出血があるという事は、それなりに威力はある。それを超至近距離で洗面台に向って放ったら、そりゃ洗面器も洗面台も破壊してしまうだろう。

 今一番心配しているのは大学卒業後の引っ越しにかかる追加費用である。いや、まだ威力は弱かったと言っても思いっきり洗面器をぶっ壊したわけだし、応急処置を行ったところで全部取り換えだろう。

「おや、狩真氏。浮かない顔をしてどうしたでござる?」

「尾竹先輩?」

 店員さんが電話で話している間に後ろから尾竹先輩が話しかけてきた。それにしてもいつも通りリュックにポスターブレード。周囲からは凄く目立ってしまい、俺としてはちょっと離れたい。

「洗面台を壊してしまったので、その相談を」

「おや、それくらいの日曜大工ならば拙者が行うでござるよ。おかたんをやっていると結構物を破壊してしまうという状況に遭遇するでござる」

 どんな状況?

「あ、尾竹さん。ちょうど良かった。そこの学生が洗面台を壊したらしくて」

「話は伺ったでござるよ。任せて欲しいでござる。可愛い後輩のためにひと肌脱ぐでござる。あ、拙者は決して男に興味は無いでござる。あくまでも可愛い後輩というのは先輩面するための決まり文句でござるよ」

「ほっ」

 どうやら売店の店員さんと尾竹先輩は知り合いなのだろうか。


 場所を変えて大学の庭へ移動。

 金曜日は二限から授業だったから朝は余裕があったはずだが、洗面台の件で早く来ることになるとは思わなかった。

「それにしてもちょうど良かったでござるな。修理はいつにするでござる?」

「うーん、最悪洗面台が無くても生きてはいけますので、先輩の都合が良い日でお願いします」

「うむ。では明日の帰りで良いでござるか? オカルトショップで購入する物を保管するために一度大学へ行く用事があるのでござる」

「ありがとうございます」

「ちなみにどんな感じで壊れたでござる? 水が出ないとかでござるか?」

「ああ、こんな感じです」

 そう言って俺はスマホで撮った写真を尾竹先輩に見せた。


「ロケランでも放たれたでござるか? いや、壊れたという表現が可愛いレベルのぶっ壊れ方でござるな。これは想定外でござるよ。え、空き巣すら疑うレベルでござるな」


 うん。最初に写真を見せれば良かったかな。

 と言うか尾竹先輩ってここまで焦る人なんだ。いつも変な口調でヘラヘラしている人だと思ってたけど、ガチの事件性がある現場とか遭遇すると焦る人なのかな。

「えっと、大丈夫そうですか?」

「ふむ、想定よりも大きな穴でござるが、耐水性の粘土を使えば見た目は大丈夫でござる。と言うか何があったでござる?」

 ふむ、あまり大声では言えないけど、オカルト探求部の部長には相談した方が良いよな。

「実は、夢の中で魔術を一つ覚えたんです」

「ほうほう。それは興味深いでござる」

「氷の粒を放つ魔術を覚えたんです」

「ほうほう。氷属性とはこれまたマニアックでござる」


「今朝、目覚めた後に試しに使ったらこうなりました」

「拙者は今命の危機を感じているでござる。え、もしかして狩真氏に失礼な事を言うと、この洗面台と同じく頭に大穴が空くでござる?」


 しないよ。やったら殺人じゃん。

「ふむ、以前じっくりと見れば文字や道具の名前が分かると言ってたでござるが、やはり魔術的な関係でござるか。そして今回新たに夢の世界で覚えた魔術もこちらでも使えるようになった。つまるところ、狩真氏の思っている夢というのはもはや夢とは言えないのではないでござるか?」

 薄々俺も感じてはいた。夢の世界で負った傷が現実世界でも反映されていたり、道具を持ちこめる。これは単純に夢という言葉で方付けて良い物では無い。

「情報が足りない以上結論付けるのは早いでござるが、どの道明日はオカルトショップへ行くでござる。そこの店主殿は色々と伝承を知っている故に相談してみると良いでござるよ」

「わかりました」

「うむ。では拙者は二限の授業を受ける前に用事がある故。さらば!」

 そう言って尾竹先輩は走って去って行った。なんだかんだで話しやすいし頼れる先輩なんだけど、眼鏡は曇っているし髭は雑に生えているし太ってて清潔感が若干無いように見えるんだよな。

「あ、狩真! おはよー」

 入れ替わりに音葉が手を振ってこっちに来た。

「大学の庭のベンチで休憩って、なかなかお洒落な過ごし方してるね」

「さっきまで尾竹先輩と話をしていたけどね」

「あ、そうなんだ。挨拶できなくて残念だな」

 苦笑する音葉。人は見かけで判断してはダメという言葉はあるが、それを差し引いても尾竹先輩の恰好は近づきがたいモノである。そんな中普通に話しかけようとする音葉はやっぱり凄いな。


 ☆


 午前の授業を終えていつも通りの昼休み。

 俺と音葉は時々天井を見ながら今日の授業を思い出していた。

「二人とも顔が変だぞ。狩真は普段通りだが、音葉はもう少しシャキッとした方が良いと思うぜ?」

「俺はいつも通りとは失礼な。今日の授業はまさかの映画鑑賞で、かなり昔の映画を放映したんだよ」

「ああ。学年末試験に感想文を書かされる授業で僕の学科でも選択科目としてあったな」

「約二千年前の映画って言われたんだけど、本当かどうか疑うレベルで綺麗な映像だったよ。車が空を飛んだり、それがタイムマシンとして動いているところとか、二千年前の人ってもしかしてウチ達とそれほど変わらない考えとか技術の持ち主なのかしら」

 今日の授業のプリントを鞄から取り出す。映像は確かに古かったけど、こうして残っているといういことは昔の映画として中古店とかで売ってたりするのかな。


「ほほう。タイムスリップをする車の映画でござるか。なかなかあの先生もマニアックなチョイスをするでござるな」


 と、俺の背中からにゅっと尾竹先輩が登場。思わず『ギャ』と叫んでしまった。

「音葉氏の言う通り、この映画は西暦一九〇〇年代。そして現在は西暦四千年代。技術的には西暦二千年代と同じと言われているでござるな」

「そうなの? 歴史の授業だと西暦三千年から教えられて、あとは紀元前とかしか学ばないから、二千年代や三千年代って俺はわからないんだよね」

「拙者は色々と調べたでござるが、高校生が知るには早すぎると言うか、無駄になってしまうというか、かなり難しい時代なのでござるよ」

 空白の三千年代。一説によると地球は外来生物によって崩壊されたとか、各地の地殻変動によりあらゆる人類が死滅し、そこから千年という長い期間を経て今になったってドキュメンタリー番組では言われている。

「そこも含めて我らおかたんは真実を知るのでござる。失われた近代文明。そして数ある聖遺物。それらを解明することで『世界の理』を拙者は導き出すのでござるよ」

 手をグーにして立ち上がる尾竹先輩。うん、周囲が皆見てくるから恥ずかしい。それに『世界の理』ってゲームとかに出てきそうな単語を堂々と話すのはやっぱり尾竹先輩という感じだ。

「あ、そうそう。明日は駅前集合で良いでござるな。オカルトショップは路地裏にある故に初見ではなかなかたどり着けないのでござる」

 そう言って尾竹先輩はグループチャットに『旧東京駅九時』と書いて送ってきた。

「そう言えばオカルトショップに行くときにマリー先生は来るの?」

 以前オカルトショップへ尾竹先輩とマリー先生が一緒に行ったと言っていたし、今回も同伴なのかな。


「ワタクシも行くわよ。あそこの店主は色々と物騒だからね」


 マリー先生も俺の背後からにゅっと現れた。思わず『わあ』と声が出てしまった。

「狩真氏。拙者と反応が異なるでござるな。やはり美人なマリー女史が良いのでござるな?」

「二回目だから反応が違うだけです! マリー先生こんにちは!」

 決して美人な教授だからという意味では無い。うん。まあ、多少はあるかもしれないけど。

「ふふ。こんにちは」

 相変わらず紫色の髪が特徴の美人教授である。手には資料を持っていて白衣も着ている。おそらく午後の授業の資料だろう。

「明日について聞こうと思っていたけど、おおよそ把握したわ」

「まさか盗み聞き?」

「空気を呼んだのよ。相手の表情を見ればなんとなく分かるわ。例えば君の目をじっくり見れば……」

 そう言ってマリー先生は俺の目をじっくりと見た。綺麗な先生だからこそジッと見つめられると照れるんだけど……。


 ん?

 今先生の目が金色に輝いている?

 確かゴルドさんに心を読まれた時も目が光っていたような。


「だー! 先生、学生の誘惑は駄目です! ウチが許しません!」

「あら、そういう関係だったの? ふふ、面白い部員が入ってワタクシも退屈しなくて良さそうね」

「そういう関係でもありません!」

 はっきり言われると凄く傷つくんだけど! 実際音葉とは普通の友達だから傷つくことは無いんだけど!

「それにしても……そう。貴方はワタクシの目が金色に見えたのね。これは明日がさらに楽しみになってきたわ」

 そう言って先生は軽く手を振って立ち去った。俺、マリー先生の目が金色になったことを口に出したっけ? もしくはゴルドさんと同じように俺の心を?

「全く。実は学生をたぶらかしている悪女じゃないのかしら?」

 と、隣でぷんすかと怒る音葉を見て俺の頭に渦巻く考えがスッと消えていった。

「まあまあ、からかっているだけだよ。それよりも早くお昼を食べようよ。木戸の弁当を見てから食べないと午後のやる気が出ないんだよ」

「セレンの面白弁当を楽しみにするな!」

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