はじめての魔術
☆
薬草や毒消し草を取った森に入り、早速魔術について先生に教えて貰う事になった。
先生と言ってもシャトルとセシリーである。
「魔術と一言で言っても色々あるのよね。まず魔力を使った術式をもう少し細かく分けると、私達人間が作り出した術式が魔術。神々が作り出した術式が聖術。そして精霊が使う術式が精霊術。他にも悪魔術や治癒術なんて物もあるけど、その二つは基本的に使うのを禁止されているわ」
「そうなの? 悪魔術はなんとなくわかるけど、治癒術も?」
悪魔術って多分あの大きな目玉の悪魔が関係している術だろうな。
『うむ。悪魔術は基本的に悪魔と契約をして使う力じゃ。使い方を間違えば身を亡ぼす術として禁じている。治癒術は秘術とされていて、一般的には知られていない。が、犯罪者や盗賊団の中に治癒術の使い手がいた場合は厄介になるため、使い手と分かった瞬間から魔術研究所という施設に送られるのじゃ』
「使えるだけで? その、送られると何されるの?」
例えばうっかり使えるというのが分かった時点で確保され、一生牢獄の中で過ごすことになるってことも?
『超好待遇で家まで与えられて一生苦労しない生活が待っているのう』
「今すぐ治癒術教えてくれる? 俺楽したい」
スカウト的なやつかな。才能を持つ者は引き抜かれる感じ。
「あれ、でもシャトルって出会ったばかりの頃、俺の怪我を治してくれなかったっけ?」
「そうね。あれこそ治癒術。私は身元が周囲と違ってはっきりしているから使うことを許されているの。と言っても、公の場では控えてって言われているわね。お忍びの意味が無くなっちゃうからね」
元々が好待遇だもんね。今は俺の先生をしてくれているけど、ギルドでは上位の実力者。で、正体は王族。色々と完璧すぎませんか?
「じゃあ俺が今から教えて貰えるのは魔術って事?」
「そうね。まずは店主殿からもらった本を開いてみましょう」
そう言われ俺は分厚い本を開いた。そこには色々な文字や図形が書かれてあって、開いただけで眠くなりそうな感じだ。
同時に美少女と近距離で一冊の本を一緒に見ているという状況に心臓が爆発しそうである。
「ここのページに基本的な魔力の流れが書いてあるわね。多分だけど本来ならこの原理を理解するのはかなり難しいと思うけど、集中して文字が読めたり物の名前が分かるということは原理を考えるよりもやってみた方ができると思うわよ」
「うーん、じゃあとりあえず付箋が挟まってる『氷球』という魔術から試してみるか」
氷属性の下位魔術の『氷球』。その名の通り氷の球を手から出して飛ばす打撃系に近い魔術である。
応用次第では夏場にジュースとか冷やす際に氷で困ることは無いんじゃないかな。
とりあえず本に書いてある通りの『体内の魔力を手に流れるような感じを創造して、同時に使いたい魔術の属性も想像して最後に術の名前を言う』っと。
「『氷球』!」
とりあえず勢いだけで叫んでみた。
次の瞬間。
バシュッ!
そんな音と同時に、手首に軽い衝撃が走った。
「へー。やっぱり才能はあるみたいね。今のが魔術よ」
夢かと思った。いや、夢なんだけど、ここは夢の中の現実である。
確かに俺の手から氷の粒が放たれて、奥の木に突き刺さっている。
「おおおおおお! すげえええええ!」
あまりの衝撃に思わず叫んでしまった。
「あ、うん? そうね、初めて魔術が使えた時は驚くわね。その、おめでとう」
『我からすれば氷属性の魔力は自分そのものと言っても過言では無いからカルマ殿の感情はわからぬが、とりあえず嬉しそうじゃな』
思ったよりも二人はドライである。だが二人の言葉が聞こえないくらい俺は嬉しかった。
夢の中の出来事でも、テレビの前でキャラクターが使う魔術にあこがれを持つだけだった今までと違い、今は自分の手から魔術を放ったのだ。
「魔力量はまだあるみたいだし、次はイノシシを狙いましょう。当てることだけを考えて、追撃はセシリーにお願いするわ」
『頭を狙えば良いかのう』
そうだ。今のはあくまでも試し打ち。次は実践である。
森の中に入り息をひそめて歩くと、シャトルが俺の背中を叩いた。
(あそこに一匹いるわ。さっきみたいに叫ばなくても魔術は放てるから、今度は静かに使って当ててみなさい)
(わかった)
まるでステルスゲームをやっている感覚である。草の茂みに隠れて動物の頭を狙う。
スナイパーライフルを使えばスコープを使って狙いを定めるけど、魔術の場合はどうなんだろう。手をパーに広げて中指と人差し指の間を中心と考えてまずは撃ってみよう。
「『氷球』」
バシュッ!
さっきと同じような氷の塊りが勢いよく放たれた。そしてその氷の球はイノシシの背中に命中し、イノシシは驚いて反対方向へと逃げようとした。
『『アイス・ウォール』!』
イノシシの向かった先に氷の壁が突然生成され、そこに勢いよく体当たりをする。頭を強く打ったのか、その場でイノシシは倒れた。
「おお!」
さっきの巨大な氷の壁はセシリーの魔術。いや、精霊が放ったから精霊術だろう。俺のような初心者と比べて精霊は強い。
「運も実力の内だろうけど、一発目で命中はお見事よ。それに背中に当たったことで傷を最小限に抑えることができたわ」
「あはは。当たったのはビギナーズラック。えっと、まぐれかな。でも練習すれば狙い撃ちはできそうかも」
『うむ。狙い撃ちができるなら頭を狙うが良い。まあ、あの悪魔店主的には今の背中に命中させて我が壁を作って倒した方がより食材が手に入るから嬉しいと思うがな』
なるほど。例えば今回氷の魔術でイノシシを倒したけど、火の魔術で倒した場合、万が一巨大な火力で倒した場合はほとんど食材が残らない。もしかしてその辺も考えて氷の魔術を薦めてきたのかな?
「そういえばシャトルは治癒術以外に魔術って使えるの?」
「一応下位の火属性とセシリーの補助ありで氷は使えるわね。この大陸の中で考えれば私も魔術師として見ればかなり弱い方だけど、母国のガラン王国では数名しかいないのよ?」
「へー。じゃあシャトルってガラン王国の中では一番魔術では強いってこと?」
そんな質問をすると、シャトルは若干顔を歪めた。
「あー、うん。『二番目』くらいかしら」
え、もしかして聞いちゃまずい質問だったかな?
「えっと、ごめん。なんか踏み込んだみたいで」
「ああ、違うの。そもそもガラン王国の話を出したのは私だし、カルマは悪く無いわ。その、私は父親似で、母親似の妹がかなり魔術に長けているの」
シャトルって妹いるの!?
でも表情を歪めたということは、それほど仲良く無いのかな。
ちらっとセシリーを見ると、なんとなく察してくれたのか、首を横に振った。
「そうなんだ。えっと、とりあえずイノシシを倒したし、この後どうするか教えてくれないかな。もしかして血を抜いたりとか必要なんじゃない?」
「あら、解体自体は知らなさそうなのに知識はありそうね。そうね、とりあえず目の前の獲物を丁寧に解体して残りの二頭を倒しましょう」
☆
無事にイノシシ三頭の討伐を終えて、俺は一頭。シャトルが二頭両手に持ってギルドへ向かった。
初めての血抜き作業に一瞬背筋が凍りつつも、これからの事を考えると戸惑ってる余裕は無いと自分に言い聞かせてシャトルの指導の下しっかりと血抜きから解体まで終わらせた。
「ただいま帰りました」
「あ、お帰りなさい。おお! なかなか綺麗な状態ですね!」
獲物を見ると店主さんは目を輝かせて驚いていた。
「えっと、獲物をそのまま持ってきて大丈夫なんですか?」
持ち帰る寸前で昨日の出来事を思い出した。実力者の冒険者が獲物を持ってきた時に店主さんがかなり怒っていた様子だったし、大丈夫なのかな?
「先日のは魔獣ですからね。魔獣の血は色々な影響を受けて悪い物を引き寄せるのですよ。普通の動物でも床を汚されるのは困りますが、今回しっかりと処理をして持ってきてくれたので大歓迎です!」
血を抜いて布で血が床に落ちないように最低限の処理はしていた。それに所々セシリーが凍らせているし、現代の地球では考えられない持ち運び方と場所を問わず簡単にできる冷凍保存である。
ギルドの職員が数名出てきてイノシシを裏へ持って行った。
「早速受領書を処理しますね。えっと、羽ペン羽ペン」
そう言って店主さんは受付の周りを見て何か書く道具を探していた。
「あ、ペンならありますよ。はい」
そう言って俺は何も考えずにボールペンを渡した。
「これは……『チキュウ』の?」
店主さんがボールペンを見てしばらく止まった。俺も反射的にペンを渡したため何も考えていなかったが、店主さんが『チキュウ』と言った瞬間一つの疑問が生まれた。
「え、店主さん、地球を知っているんですか?」
俺の夢であればこの世界の人全員が俺によって生まれたことになる。だから別に店主さんが地球について知っていてもおかしくはない。
だから、俺の質問はそこまで深い理由は無かった。ただの日常会話程度のつもりで質問した。
が、店主さんはしばらくボールペンを見つめ、そして俺を見た。
「これはいつどこで手に入れた物ですか? 正直に答えてください」
たかがボールペンだ。だが、店主さんの表情は真剣だった。
「いや、説明が難しいんだけど、持ってきたのは今朝って言った方が良いかな」
「つまりカルマ様はチキュウとこの世界を毎日行き来しているという事ですか?」
「まあ」
地球というか、俺は夢の世界と現実を行き来しているだけなんだけどね。
「やはりワタチの選択は正しかったですね。シャトル様と組ませて正解でした」
そう言って俺からボールペンを受け取り、それを使って受領書にさらさらと文字を書き始めた。
「ボールペン、ありがとうございます。ふふ、これでようやく目的が達成できそうです」
目的?
一体何を考えているのだろう。
「カルマ様。そしてシャトル様にセシリー様。今日は特別におかずを二品追加しますよ。今日のワタチは機嫌がすこぶる良いです!」
「店主殿の機嫌が良いとたいてい翌日無茶な依頼ばかりだから気が重いのよね」
「ふふ、『まだ』その時ではありませんが、いずれ大きなお仕事をお任せします。それまでカルマ様も強くなってくださいね」
何故だか期待される俺。そして肩を落とすシャトル。一体何が待ち受けているのだろうか。
☆
夜になり自室の部屋の布団に入ろうとした瞬間、扉が叩かれた。
『我じゃ』
セシリー? 夜遅くに何だろう。
扉を開けるといつもの小さな氷の精霊がふわふわと浮いて扉の外で待っていた。
『少し話をするが、良いか?』
「まあ」
そして部屋の中に案内し、俺は椅子に座った。
『質問じゃが、カルマ殿は毎日チキュウとやらに帰っているのか?』
「まあ、毎日というか毎晩? 俺にとってここはこのグールの首飾りが見せている夢の世界に過ぎないし、寝れば現実。また寝ればこの世界って感じで行き来しているよ。一日や二日ならまだ良いけど、三日以上同じ感じが続いているし、いい加減この首飾りを外したいかな」
『まさか半透明の状態がそういう事だったとは……外すという件じゃが、少し待った方が良い』
「え?」
俺としては早くこのシーソーな感じから抜け出したいんだけど。まあ、魔術が使えるこの世界は楽しいから良いけどさ。
『まず現状況を簡単に説明する。先日カルマ殿は異世界人だと言った。それは我が勝手な解釈でこっちに来て帰り方に困っていて、その首飾りが唯一の手がかりだと思っていた。まさか毎日行き来しているとは思わなかったのじゃ』
以前ゴルドさんに出会った時、地球という単語は出た。それにゴルドさんからの手紙を受け取った店主さんはそこからシャトルとパーティを組むように勧めた。
『過去に別の世界からここへ来る人は数名いる。今も北の魔術研究所にチキュウとやらから来た頭のおかしい人間が住んでいる。じゃが、ゴルド殿も悪魔店主もカルマ殿が『毎日』行き来しているとは思っていなかったのじゃよ。数日前に転移したばかり。我を含めそう皆が思っていたじゃろう』
北の魔術研究所に地球から来た人がいる?
それは俺と同じく日本人だろうか。
それに毎日行き来している現状がそこまで重要なことなのだろうか。
『そのグールの首飾りを壊す方法は我も思いつく。が、もしもこの世界で壊した場合はカルマ殿にとって永遠にこの世界から抜け出せないことになるぞ』
「どういうこと?」
『我は一度主人の安全確保のためにここで見張ったことがあるのは覚えておるな? あの時のカルマ殿は半透明になっていて、生物と言うよりも概念に近い存在じゃった。そして目覚めた瞬間一瞬光り出して、今の姿になった。転移者は我達にとって未知の存在。カルマ殿は寝るときにそういう状態になるのかくらいに考えておったが、もしやその状態の時は地球で生活しているという考えにたどり着く』
そう言えばそんなことを言ってたっけ。今の地球の俺ってどうなってるんだろうとか思ったけど、どうせ夢だし問題無いかな程度に考えていた。
『道具を持ちこんだり、逆にこっちの物を持ち運べる。それを可能とする道具がその首飾りである以上、もしも壊すのであれば地球で壊すと良い』
「いや、試したけどさ。全然切れないし、壊れないんだよね」
呪いのアイテムって言われたし。そもそも最初がどうなっていたのか気になる。
『ふむ、地球でも試したのか。じゃが、地球で壊すことを薦めて置いてかなり不躾で申し訳ないが、今の所現状を維持してくれぬか?』
現状維持?
つまりこの首飾りを壊さずにそのままにするってこと?
『前にも言ったが、我らはあの悪魔店主から依頼を受けている。その依頼を達成するにはカルマ殿の力が真に必須となった。時が来たら説明する故、それまで我慢してくれぬか?』
「まあ、ゲーム感覚で楽しんでるし、別にかまわないけど」
あの巨大な目玉が出ないなら俺としては全然楽しめるから良いかな。
『うむ。これ以上いるとあの悪魔店主に見つかってしまう故、そろそろ退出するぞ。すまぬな夜遅くに』
「う、うん」
そう言ってセシリーは壁をすり抜けて俺の部屋から出て行った。一応入って来る時はマナーを守ってドアから入ってきたのかな。
それにしてもセシリーっていつも店主さんを呼ぶとき『悪魔店主』って言ってるけど、実はセシリーと店主さんって仲が悪いのかな?
その辺もその内聞けると良いかな。




