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 ☆


 まるでゲームの序盤の感想を言っているような感覚で、初日から今日までの夢の内容をざっくりと説明した。

 当然俺が格好悪い部分は省略。主に魔術や精霊、そして魔獣や悪魔が存在する世界に行き来しているという絶対に頭がおかしいと思われる内容を真剣に説明した。

 一通り説明を終えると、尾竹先輩が紅茶を一飲みして、窓の先の空を眺めて一言発した。

「狩真氏に画力があれば、その金髪の美少女の似顔絵を描いてもらいたい所でござる」

「まあ、そこまで自信は無いですけど、小さい頃はピカソになれるかもねって褒めてくれた先生もいるし、頑張って描きますよ?」

「拙者の想像だけで我慢するでござる。もし描かれた場合、次に夢の話を聞いた時にその金髪美少女が芸術的な人物像で脳内を駆け巡るでござる」

 小学生の頃は喜んだものだ。今思い返せば、当時の先生は俺の描いた絵を精一杯なオブラートに包んだのだろう。

「え、ピカソの絵の独特な表現は凄いと思うわよ。捉え方は人それぞれだけど、彼の絵は誰にも真似できない発想から成り立つ絵よ」

 いやまあ、亡くなっても名を残すほどの人だからその手の業界の人が見たら確かに素晴らしい絵なんだろうけど、俺にはわからないな。特に色々な色が使われた顔とか。

「しかし夢の出来事を淡々と語られてもフィクションですと言われてしまえば終わってしまう話題でござる。他に決定的な変わったことは無いのでござる?」

「二つあります。一つは夢の中で着ていた衣類を着た状態で目覚めました」

「う、うーん、偶然夢の中で同じ服を着てたとかじゃないの? 今のゲームって現代風の服装で駆け巡ったりもするし」

 実際夢と現実を行き来していない人はわからない感覚である。が、絶対に日本ではありえない服装で目を覚ましている。

「腰に剣をぶら下げて鎧を着た状態で目覚めたんだ」

「狩真、コスプレに目覚めたか?」

「意味合いが違う! 夢から目覚めたの!」

 木戸のボケに思わず思いっきり突っ込んじゃったよ。

「ふむ、拙者もポスターブレードは持っているでござるが、本物の剣をぶら下げて布団から目覚めると言うのは不可思議な現象でござる。剣と言うのはこういうのでござるか?」

 そう言って尾竹先輩は部室の棚に飾ってある刀を取り出した。じっと見ると『村正』という文字が頭の中に入ってきた。

「村正?」

「お、知っているでござるか? これは妖刀村正と呼ばれる刀を作った子孫が作った刀でござる。無名故に価値は無い物の、その形は血を引き継いだ者のみが作り出せる芸術品でござるよ」

「へー、お前、刀について詳しいのか?」

 あ、いや、そういうわけでは無いんだけどね。

「えっと、まず俺が腰にぶら下げてた剣はゲームに出てくるソードみたいなやつかな。そして、二つの内もう一つの決定的な異変がさっき見せた能力なんだ」

「さっき?」

「うん。俺はあの刀が『村正』という名前だったなんて知らなかった。こう、うまく言葉にはできないんだけど、夢の世界で物をじっくり見ると名前が浮き出てくる能力を得て、それが今も引き継がれているんだ」

「なっ!」

 尾竹先輩は驚いた。そして本棚に駆け込み、一冊の本を取り出して俺に渡してきた。

「こ、この本が何か分かるでござるか?」

「え、えっと……『インド百科事典』って書いてあるけど」


「騙されたでござったー!」


 その場で倒れ込む尾竹先輩。だから一体どうした。

「実はこれ、とあるフリーマーケットで入手した書物で、書名は『ネクロノミコン』と言われたのでござる。文字も読めず、中には色々な文字や図形が書かれていた故に禁書かと思っていたのでござるよ」

 ネクロノミコンって、クトゥルフ神話とかに出てくる本だよね。一部の熱狂的ファンは物語をモチーフに本まで作ったって聞いたことがあるけど。

「ぐぬぬ、しかし実際にインドで使われているタミル語とこの本に書かれている文字を照合すると、一部同じ文脈があるでござるな。悔しいでござるが狩真氏は謎能力を夢の世界で得て、それが現実でも使えるというチート能力を得たわけでござるな」

「名前がわかるだけでまだどこで役に立つかわかりませんし、それにじっくりと見る必要もあって結構疲れるんですよね」

「ほほう、まるで魔法を使いすぎると枯渇する魔力でござるな」

 魔力。そう言えば今日の夢では魔術を教えて貰うんだっけ。

「夢の世界の人が言ってたけど、俺の中には多少なりとも魔力があって、もしかしたら小さな火くらいは出せるかもって言ってたよ」

「マジかよ。と言うかさっきから冗談にしか聞こえない話ばっかりなんだが、本当なんだよな」

「ああ。流石に大学に剣を持ってくるわけにもいかなかったし、剣を持ってこようとすると寝返りがうてないからあっちに置いて来たけど、それっぽい小さな物があったら持ってくるよ」

「あ、ああ」

 ただの妄想の語り合いは面白い。言いたいことを好き勝手言えるからだ。が、今の俺の状況は現実である。

「木戸は夢の中では冒険をして、現実では大学生活を過ごしているけど、疲れないの?」

「うん。眠気に関しては問題無いかな。夢の中ではこっちの出来事が夢だった感覚で目覚めるし、こっちで目覚めた時はあっちが夢ということで目覚めるから、結構目覚めはすっきりなんだ」

「それなら良かった。もう三日くらい経つから寝不足じゃないかなって心配したよ」

 音葉さんの優しい心遣いに俺は感動の涙を流しそうだ。

「それにしてもまさか今年の新入部員にこれほどの逸材が来るとは思わなかったでござる。これはおかたんの活動もはかどるでござるよ」

「逸材って……原因はこのグールの首飾りだと思うんだけど」

 そう言って俺は首飾りを持ち上げた。やっぱり紐は切れることなく、そしてつなぎ目も見当たらない。

「その記念品の選定についてはマリー教授と一緒に選んだでござる」

「マリー先生が?」

「オカルトショップの店主殿とマリー教授が部員の苗字と名前と生年月日から占い、当てはまった記念品を授与するのでござる。見透かしの望遠鏡や龍の角の首飾りも同様の方法で決めたでござるよ」

 なるほど。適当にオカルトっぽい物を与えてたわけじゃないんだ。と言うかあのマリー先生と一緒にそのオカルトショップとやらに行ったのか。音葉さんと尾竹先輩が並ぶだけでも凄い次元が違く見えるのに、マリー先生と尾竹先輩が並んで歩いているとかすげー違和感。

「さて、今日はなかなか良い議論もできた上に木戸氏へ記念品を渡せたでござる。次の活動は来週の木曜と言いたいところでござるが、皆様日曜のご予定はいかがでござる?」

「ウチは空いてますよ?」

「俺も空いてます」

「悪い、僕はサッカー関係で……」

 木戸は予定表を見て苦笑していた。

「ふむ、我が大学はそれほど強豪校というわけでは無いでござるが、今年は気合が入っているのでござろうか」

「あ、いや、僕個人的な予定で、高校時代に活躍したサッカー選手の取材が……」

「まぶい! 何でござるこの陰と陽の差は! 部活動では無くメディアとの打合せとは人生で一度は言ってみたいでござる!」

 喜怒哀楽が激しい先輩である。

「で、ですがほら、尾竹先輩ってコミックサーキットで本を出しているんですよね? 漫画とかの企業からオファーとか来ないんですか?」

 そう言えば音葉さんってライトノベルとかコミックサーキットって普通に言ってるけど、その辺の知識はあるんだ。見た目は立派なお嬢様だし、実家も博物館の館長の娘だからアニメや漫画とは縁遠い世界に住んでると思ってた。

「エスエヌエスでもそれなりに反響はあり、一度は書籍化の話もあったのでござるが、ファミレスで打合せを行った際に一目拙者の容姿を見て無かったことになったでござるな」

 うわー。凄い気まずい話な上に、音葉さんが俺を見て助けを求めてるよ。

 何とかフォローというか、話題を出さないと。

「で、でも尾竹先輩って今でもコミックサーキットに作品を出しているんですよね」

「うむ。拙者にとって書籍化は夢。そして漫画を描くのは偉大なる先輩が教えてくれた拙者の生きる希望でござる」

 時々話に出てくる『偉大なる先輩』とやらは一体どういう人たちなんだろう。

「その、偉大なる先輩ってどんな人なんですか?」

「一言で言えば百戦錬磨でござる。何事も完璧にやり遂げる先輩で、何より食べることが大好きな先輩でござった。卒業後は音信不通となり拙者はいつか会える日を夢見て待っているのでござるよ」

 そう言って一枚の紙にサラサラと絵を描き始めた。そこにはきれいな女性の顔が書いてあった。

「へー、尾竹先輩ってこの綺麗な先輩が好きだったの?」

「音葉氏は面白い事を言うでござるな。拙者に恋愛感情はすでに無いでござる。強いて言えば、尊敬と言う意味で好意を持っていたでござるが、異性としては見ていなかったでござるな」

 恋バナに発展できなくて音葉はしょんぼりした表情で俺を見た。と言うか毎回俺を見て助けを求めないでくれる?

「さて、拙者の過去の話はこれくらいにして、日曜の予定でござる。木戸氏はまた次の機会ということで、他二名は午前九時に駅前集合でよろしいでござるか?」

「はい」

「問題無いです。どこかへ出かけるのですか?」

「例のオカルトショップでござる。流石に木戸氏の今の状況はのんびりしていられない故、本当なら今日にでも連れて行きたいでござるが、拙者の用事があるのでござる」

 なるほど。

 このグールの首飾りは元々オカルトショップとやらで受け取った物であれば、取り外し方も分かるかもしれない。

 実際昨晩の夢はやばかった。巨大な目に巨大な口。シャトルやセシリーがいなかったら十八歳以下は閲覧禁止のグロテスクな映画を実体験するレベルの現象が起こっていたかもしれなかった。

 夢の世界が楽しいかと言われたら、若干心躍るところはある。が、怖い部分もある。自分の気分で行き来できるのであれば、そうしたい。

「では決定でござる。では、解散!」


 ☆


 家に帰るとグループチャットに何件かメッセージが入っていた。

『木戸、夢の中の物が持って帰れるなら、逆もできるんじゃないか?』

『それ良いわね。スマホとか持って行ったら?』

『紛失した時のことを考えて、最初は無難な物の方が良いと思うでござるよ?』

 ふむ、一理あるな。実際服は反映されてたわけだし、ちょっとした小物を持って行くのは良いかもしれないな。

 そう思い俺は部屋をぐるりと見て回り、ボールペンを見つけた。

 ファンタジーな世界には似合わない物かつ安い。うん、これにしよう。

 そして俺はいつも通り風呂に入って夕食を食べ、ボールペンの話をした後布団に入るのだった。


 ☆


 そして起き上がるとあら不思議。夢の世界。

 さすがに四度目となれば何も驚くことは無い。

 そしてしっかりポケットにはボールペンが入っていた。うん、木戸の言う通り現実世界の物を持ってくることはできるらしい。

『カルマ様。朝ですー。朝食を食べたら受付に来てくださいー』

 と、店主さんの声がドア超しに聞こえた。

「了解ですー」

 そして皮の鎧を着て腰に剣を構える。少しどっしりと感じるし、筋トレとかした方が良いのかな。

 扉を開けると隣の部屋の扉も同時に開き、シャトルとセシリーが出てきた。

「あ、おはよう」

「おはよう。冒険者は結構寝坊する人が多いけど、カルマはそうじゃないのね」

「二度寝するほど余裕も無いし、今は宿代を稼がないと」

「ふふ、そうね。いつまでも私におんぶされてたら悲しいわよね」

 痛いところをついてくる。

 実際俺は今ギリギリの稼ぎで宿に住んでいる。が、それはシャトルと一緒に依頼をやっているからであり、本来シャトルは俺に合わせて依頼をしない方が稼げるのである。


 朝食を食べ終えて、店主さんの所へ行くと、一枚の紙を渡された。

 パッと見て何が書いてあるかわからないけど、よく見ると文字が頭の中に入り込んでくる。この感覚だけはまだ慣れない。

「イノシシ三頭の討伐もしくは捕獲?」

「はい。これはワタチからの依頼となります。ギルドと宿を経営していると食材がどんどん無くなって来るので、時々初心者の冒険者に依頼しているのです」

「店主さんからの依頼? それって店主さん的に赤字なのでは?」

「赤字ではありません。銀貨数枚で大量の肉が手に入る。追加報酬で宿を数日提供。実力を見てイノシシの討伐数を増やして報酬を同額か少し上げる等をすればワタチ的にも美味しい依頼になります」

「へー。という事は逆に結構人気の依頼になるのでは?」

「それは受付特権のご指名を行使しています。確かに掲示板に張り出せば争奪戦になりますが、それでは新人冒険者が育たないですからね。それにセシリー様から聞きましたが、魔術の勉強もしたいという事だったので、ちょうど良いと思ったのですよ」

 振り向くとシャトルの頭の上に乗っているセシリーがどや顔をしていた。まあ、確かにありがたい。

「基本的な魔術を使うには呪文を唱えつつ魔力を体内で形を作って放出なのですが、慣れればパッと出せるようになります。ちょうど氷の精霊もいますし、氷の魔術を覚えるのが良いでしょう」

 そう言って店主さんから一冊の本を渡された。

「これは?」

「これはワタチの息子が幼い頃に読んでいた魔術の書物です。氷の魔術について書いてあるので、軽く読んでみてください。才能があれば一瞬で使えるようになりますよ」

 おおー。なんだかすごく重みのある武器になりそうな本だ。

 そして俺はお礼を……言う前に無意識で店主さんの発言に引っかかってしまった。


「店主さん、息子さんいるんだ。ちっちゃいのに」

「養子ですよ。あとワタチはこう見えて超年上です」


 店主さんの赤い目がギラりと輝いた。一瞬背筋がヒヤッとしてしまったよ。失敬失敬。

「あ、ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

「はい。では気を付けて行ってきてください」

 店主さんに見送られて俺とシャトルとセシリーは早速町の外、西へ進んだ森の中へと入っていった。

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