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起床時の杞憂


 ☆


 布団の汚れ無し!

 ズボンの汚れ無し!

 普通の事なのに、これほど布団が汚れていない事に安堵したのは初めてだろう。

 夢の世界でトイレをした場合、現実世界の俺はどうなのだろうと思ったけれど、どうやら最後の状態が引き継がれて地球へ帰って来るらしい。まあ、服が変わっているから分かってはいた結果だが、それでも心配だ。

 とは言え、いくら布団やズボンが汚れていなかったとしても、異世界では風呂が無い。つまり砂埃や汗などで汚れた状態が引き継がれている。

 寝る直前に濡れタオルで体を拭いたけど、やっぱりお湯と石鹸。そしてシャンプーを使って洗った状態には適わない。

 実家暮らしではやらなかった朝風呂をして、今日も大学へと向かう。夢から覚めれば大学生で、夢の中では冒険者。小説の物語の様だけどような出来事だが、現実だから仕方がない。

 髪を乾かして軽く整える。そして外に出て歩くこと五分。やはり大学と家が近いと言うのはかなり便利だ。特に今回の様な体が汚れている状態で目を覚ました場合でも、ゆっくりと体を洗う事ができる。


 大学の正門に到着すると木戸と遭遇した。

「木戸おはよう」

「おう狩真。お前も一限からか」

「今日は科学の授業が連続で入ってて結構大変なんだよね」

 授業によっては二限連続の物もある。今日はちょうどその連続で行われる授業がある。

「僕もそっちの学科にすれば良かったよ。こっちは二限に体育だ。体動かしたくねえな」

「全国でも有名なサッカー選手が何を言うのやら」

「能ある鷹は爪を隠すって言うだろ?」

「自分で言うか?」

 そんな他愛もない会話をしてお互い笑い合った。

 パッと見た感じ、地味な俺とチャラい木戸で正反対だが、人は見かけによらないのである。

 と、そんな話をしていたら校舎入り口で音葉の姿が見えた。同時に音葉もこっちに気が付いた。

「おはよー狩真に木戸。ふあー」

「朝から大あくびとは余裕だな」

「へへ。実は昨日父さんの許可をもらって色々と調べてたんだ。一応オカルト探求部だからね」

 予想以上に真面目な回答に困惑。そう言えば俺たちオカルト探求部でした。そして今日は木曜日。つまり入学式以外で最初の活動日となる。

「へー、何を調べてたの?」

「木戸の『グールの首飾り』について。でも全然答えは見つからなかったかな」

 そして音葉は鞄から小さな本を取り出した。神話に出てくる秘宝や伝承の本?

「それは何?」

「ああ、さっき売店で売ってたから買ってみたの。本当は漫画家やライトノベル作家が買うような物らしいんだけど、グールの首飾りや見透かしの望遠鏡ってなんか神話とかに出てそうだし、伝承があればわかるかなって」

 考え方が柔軟だなー。俺にはそんな事思いもつかなかった。強いて言えばゲームに出てきそうなアイテムだなーくらいで、伝承とかは気にしたことがなかった。エクスカリバーとか名前が格好良い強い伝説の剣ってだけで、アーサー王については全く知らない完全なゲーム脳である。

 そんな会話をしながら教室へ向かい、途中で木戸と別れて科学の授業が行われる教室へ入った。当然席は前の方。いや、友達が少ない俺は孤立するよりも誰かと一緒ならどこでも良いんだけどね!

 流石に四日目ともなればある程度のグループが出来上がる。流石に音葉だけしか話せる人がいないのはこの先の大学生活に影響してしまう為、多少挨拶くらいはして顔と名前は覚えるようにしている。

「笹部、おはよう」

「おう木戸。今日も彼女と一緒か?」

「あはは、別に付き合って無いよ」

「マジで!?」

 と、話せばそんな会話も飛び交う。まあ部活が一緒という理由なだけで常に一緒に行動しているのはさすがに変ではあるが、かといって音葉とは恋人関係というわけでもない。

「沖田もおはよう」

「うーっす」

 そんな感じで軽く会話をしつつ前の席に座る。自然な流れで音葉が隣に座り今日行われる授業の準備をする。うん、青春だ。

 環境工学課という事で、科学は必修の科目。つまりこの授業の期末試験で赤点を取れば留年してしまう。

 サボるつもりは無いが、隣に成績優秀者がいるととても心強い。

「はい、席に着きなさい。授業を始めるわよ」

 教室に入ってきたのは女性の先生。その容姿に全員が驚きざわついた。

 紫色の髪。そして色白の肌と高身長。スラッとした体はどこからどう見てもモデルである。

 そして何より日本人には見えない。ヨーロッパの人かな?

「科学を担当するマリーよ。前期と後期で科学は必修だから頑張りなさい」

 大学教授とは思えない若さ。いや、大学教授にも若い人はいるけど、俺の想像する大学教授って結構ご年配なイメージなんだよね。

(凄い綺麗な先生ね)

 と、音葉がこっそり耳打ちしてきた。

 さすがに声に出して同意をするのは恥ずかしかったから、とりあえず頷いた。

「軽く自己紹介をするわ。ワタクシはマリー。見ての通り日本人では無いわ。ヨーロッパの大学を卒業して日本の研究施設で働いた後、ここの大学で教授をすることになったの。今はオカルト探求部の顧問もしているわ」

 え!? 俺たちの顧問の先生だったの!?

「あら、オカルト探求部に一年生が三人入部したって言ってたけど、貴方はその一人だったの?」

 え、俺、声に出てたか?

「あ、は、はい。隣の音……篠原さんもオカルト探求部です」

「へえ。あの見た目がオタクの部長の勧誘をよく受け入れたわね。楽しくなりそうね」

 ニコッと笑顔を見せるマリー先生に思わずドキッとしてしまった。

 同時に周囲の男子学生たちが一気に手を挙げ始めた。

「俺もオカルト探求部に入りたい!」

「俺も俺も!」

 大騒ぎの中、マリー先生は二回手を叩き騒ぎを止めた。

「残念ながらオカルト探求部は現在新入部員を受け入れてないの。まあどうしても入りたいなら部長に相談しなさい。そこの二人は決定権が無いからお願いしてもダメよ」

 尾竹部長って結構信頼されているのか。そして背後からはすさまじい殺気を感じるぞ。

「さて、環境工学科に在籍している以上は絶対に落としてほしくない授業よ。実験や外出して色々な物を集めて貰ったりもするわ。試験も難しいから覚悟しなさい」

 試験か。高校の期末試験と大学の期末試験ではきっとレベルが違う。どれくらい難しいのか気になる所だ。

 と、そんなことを頭の中で考えていたらマリー先生は目を細めて俺を見てニコッと笑った。

「そうね。ただ難しいって言っても一年生にはわからないわね。ざっくりと教えてあげるわ」

 なんだろう。またしてもという感じがした。さっきはうっかり声が出たかと思ったけど、今度は違う。マリー先生は相手の考えていることを表情から察することが得意なのだろうか。


「この教室にいる学生の半数が二年生以上よ。中にはワタクシの自己紹介を聞いたのが三回目の学生もいるわね」


 半数先輩かよ!

 しかも三回目って、二回留年してるの!?

 振り向くと確かに同級生以外に年上っぽい人がちらほらと見えた。前に座っているとわからないものだ。

「さて、それじゃあ楽しい楽しい科学の授業よ」


 ☆


「とまあ、オカルト探求部の顧問の先生の授業を受けたよ」

「マジかよ。オカルト探求部って顧問いたのかよ」

 いつも通りの昼休み。

 俺と音葉と木戸はいつも通り菓子パンと弁当を持ち寄って食べていた。当然木戸の弁当の蓋を開けると、ピンク色のハートマークがご飯の上に描かれていた。

 そしてそれを見て尾竹先輩は後ろで血の涙を流していた。うん、暑苦しい。

「羨ましいでござるな。さながらお人形のような妹にこれほど愛されている兄上。きっと恋人ができた日には夜に包丁を持って部屋に入って来るのであろうな」

「あー、まあ否定はしないっすよ。実際彼女ができた時にセレンは……」

 そこまで言って木戸ははっと気が付いた。その話を知っているのは俺と音葉だけ。

 何となく空気を読んだ尾竹先輩が俺たちの顔を見て察した。

「ふむ、冗談のつもりが触れてはいけない過去に触れてしまった様子。深々と謝罪させていただくでござる」

「ああいや、僕が勝手に話しただけだ。気にしないでくれ」

「ふむ、ではどうでも良い話題に変更するでござる。どうして木戸氏の一人称は『僕』でござる? 見た目からして絶対に似合わないでござる」


「妹の前で一度だけ『お……俺はー』って言ったら、襟掴まれて、宙に浮いたんだ……」


「言葉使いまで縛られている家庭環境と、拙者が今何を話しても地雷だらけの状況に涙が止まらないでござる。リアルヤンデレ妹は少し考えものでござるな」


 それは初めて知った。そう言えば俺は高校の頃から自然と変わったけど、木戸は茶髪だし服装もチャラいけどピアスとかしてないし言葉とかもそこまで強くは無いよな。

「でも音葉は一度会ってみたいんでしょ?」

「だって写真を見たら抱き着きたくなるレベルの子よ? 女子の特権をフル活用するわ」

 まあ、男の俺が抱き着いたら犯罪だもんな。そもそもやらないけど、可愛いのは認める。

「じゃあ予定を決めて僕の家に来るか?」

「良いの!? ねえ、木戸も行こうよ!」

「まあ、実家も近いし顔出すついでに行くか。尾竹先輩も来ますか?」

「本来なら是非と大声で言いたい所でござるが、残念なことに休日は漫画を描いたり友人の手伝い、そしてオカルトショップに行く予定でなかなか自分の時間がないのでござるよ」

 オカルトショップ?

「我がオカルト探求部もといおかたんは時に人の力も借りなければいけないのでござる。実はそのグールの首飾りもそこの店主から頂いたものでござるよ」

「へー。つまりオカルト探求部御用達の店なんだ。ウチ達も一度あいさつに行った方が良いのかしら?」

「是非と言いたいですが、知る人ぞ知る店故に会員手続きが必要なのでござる。土曜日に拙者が全員分の会員証を貰ってくるので、その後に行くでござるよ」

 オカルトショップって雑貨屋じゃないのか。会員登録が必要なオカルトショップって、大丈夫なのかな?

「それはそうと今日は記念すべき本年度最初の活動日にして木戸氏の初部室へ来る日でござる。しっかり記念品も授ける故に覚悟しててほしいでござるよ」

「お、僕も首飾りが良いな」

「ふふ、お楽しみでござる」

 そしていつの間にかお昼時間は過ぎて午後の授業を知らせる鐘が鳴るのだった。


 ☆


 午後の授業もまったりと終えて待ちに待ったサークルの時間。って思っているのはおそらく俺の隣を歩いている音葉だろう。まあ、俺も木戸が入部してきて最初の日だから楽しみではあるけどね。

 食堂で木戸と待ち合わせをして、そこから部室塔へ向かう。俺と音葉さんは二度目ましてだが、やはり部屋の中にある色々な銅像や貴重そうな本を見ると圧倒してしまう。

「うわー、骨董品を集めるのが趣味なおじさんとか呼んだら喜びそうなものばかりだな」

 確かに。怪しいツボとかありがたそうな札とかいっぱいあるもんね。

「お待たせしたでござるー。ささ、こちらに座るでござるよ」

 そう言って以前座った大き目のソファーに座った。尾竹先輩は紅茶を注ぎ、音葉さんはそれを運んでくれた。

 漂う紅茶の香りはとても心を落ち着かせてくれる。絶対にこのサークルに入ってなかったらこの紅茶と出会う事は無かっただろう。

 と、木戸がカップを持って香りを確かめる。

「アールグレイ?」

「おお、木戸氏は紅茶に詳しいでござるか?」

 意外だ。

「セレン……妹がお茶にうるさくてな。かなりこだわっているから僕か親にしか出したことが無いんだ」

「つまり好感度を上げればセレンちゃんの紅茶が飲めるという事ね。狩真、勝負よ」

「確かに俺も飲んだことは無いけど、負けたら結構悔しい勝負に乗りたくは無いな」

 少なからずセレンとは数年の付き合いというか、そこまで盛り上がった会話をしたわけではないが、それでも一緒に遊んだことのある仲である。が、こだわりの紅茶を出してくれないということは、俺もまだまだなのだろう。あれ、涙が出てきた。

「さて、早速木戸氏にこちらを贈呈でござる」

「お、待ってました」

 そして尾竹先輩は小さな箱を取り出した。開けると中から尖った石の様な欠片が入っていた。装飾もされていて、俺と同様に首につけられるようになっている。

「『破壊龍の角』でござる。千年前に地球のあらゆる悪霊を破壊し平和をもたらした龍が、力を使い果たす直前で折れた角の先端と言われているでござるよ」

 今まで見たアイテムの中で群を抜いて胡散臭い物だ。

 確かに角っぽく尖っているけど、先端は削れて丸い。俺の首飾りと違ってこっちはタコ糸が使われていて、簡単にほどけそうである。

 早速木戸はそれを首につける。

「へー、龍ってなんか格好良いな。まあ、サッカー中はつけられないし、部活中だけつけるようにするよ」

 そう言ってシュッと解いた。


「チッ」

「おい狩真。今舌打ちしたな? 僕もお前と同じように呪われろとか思っていたな」


 そりゃ思ってたよ。だって木戸だもん。

「はっはっは。なかなか愉快なメンバーが集まり拙者は感動でござる。さて、木戸氏は昼食でご一緒しましたし、自己紹介等は飛ばして部活動を行うでござる」

「オカルト探求部の部活動ってコミックサーキットの手伝い以外だと何があるのですか?」

「基本的にはオーパーツや不可解な歴史を解き明かすのが我がおかたんの活動内容でござるが、今日は狩真氏の夢の話を聞かせていただこう」

 そう。

 俺はこのグールの首飾りを貰ってから、日常と非日常を経験していた。

 夢の話を誰かにするのはちょっとおかしな話だが、どうしても説明がつかない部分もある。

「とりあえず今日までに見た夢の話を簡単に話すよ」

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