096 サボりの後輩と
実の妹の貞操を狙ってるっぽい婚約者持ち姉さんと眠れない夜を過ごした翌日。
気がついたら朝になっていて、しかもそこそこ目覚めがよかったのでなんだかんだ眠っていたらしい。恐るべき安眠保障だった。
まあ学校に行っている間にちゃんとユキノさんに説得されて冷静になっていることだろう。
とそんな風に思っておくことにして、私は意気揚々と学校へ向かった。
……もとい、向かっていた。
のに。
なぜか、私は今タクシーに詰め込まれて後輩ちゃんとドアに挟まれている。
それはもう突然のことだった。
タクシーの窓から呼びかけられて、振り向いたら私服の後輩ちゃんがいて、で、困惑している間に有無を言わさずタクシーに乗せられて。
なんでだろう。
これは、つまり……なんだ?
「あの、みうちゃん?」
「えへへー♡ 今日はいっしょにサボりッス♡」
「なるほど?」
どうやら私はいまから後輩ちゃんと学校をさぼってどこかに遊びに行くらしい。
ちらりと運転席のほうを見ると、気のよさそうなおっちゃんが見事なサムズアップを見せてくれた。
『青春、だねっ!(キラーン)』
みたいな。
職業人としてどうなんだろう。
「えらく突然だね。別に、言ってくれたら付き合ったのに」
「ときめいたッスか?」
「まったく」
「ちぇっ。タクシー代ムダだったッス」
ひどすぎる。
もっとこう、ほかに言い方はなかったんだろうか。
おっちゃんが悲しそうにうつむいている……哀れ。
「じゃあもういいッス! どっか適当な公園で下ろしてほしいッスー」
というわけで見知らぬ公園で降ろされて、後輩ちゃんがスマホでぱぱっとお支払い。
一瞬どきりとした私に目ざとく気が付いた彼女はにやりと笑って、私をトイレに連れ込んだ。
そしてずっと手に持っていた紙袋を渡されて、中を覗いてみるとそこには服らしき布の塊が詰まっている。
「お着換えッスー!」
「用意周到だね」
さも当然といった顔で個室について来ようとする後輩ちゃんを外で待たせてお着換え。
普段の私の格好からさほど遠くはない雰囲気のパンツルック。
サイズも当然のようにぴったりだったけど、一緒に入っていた下着は着なかった。
「おまたせ」
「むむっ。センパイ下も替えなきゃっすよぉ。補導されたらどーするッスかぁ」
「いや、着てるからね? っていうか下着が見えてるならそれもう明らかにほかの理由で補導されてるから」
「けちんぼッスー」
ケチとかいう問題でもないと思う。
まあそれはさておき。
スマホで見てみると見知らぬ公園はどうやら学校とは真反対にあるようで、距離的には家と駅がちょうど同じくらい近くにある。
「どうする? とりあえず駅行っとく?」
「センパイんっちでもいいッスよぉ?」
「や、姉さんいるから」
「それカゾクがいないときに呼びたいってことッスね! 『うち今日家族いないんだ』ってやつッスね!?」
「ある意味はまあ、そうだね」
「ひゅー!ッス」
せっかくなら一対一がいいし。
そんなことを伝えてみると、後輩ちゃんは目を輝かせて私の腕を引いた。
「今日はラブホデートッス!」
「バカなこと言ってないで水族館にでも行かない? クラゲ見たい」
「みうもクラゲみるッスー!」
―――というわけで。
私たちは、特に意味もなく学校をさぼって水族館に行くことにした。
学校をさぼるのにも水族館に行くのにも理由はなかった。
後輩ちゃんは急に思いついたから私をさらって、私も急に思いついたから提案した。それだけのことだ。
最寄りの水族館でさえも、電車をいくつか乗り継いでいった先にある。
電車通学の学生やこれからお仕事を頑張りそうなスーツ姿のみんなに紛れて、不良学生ふたりも電車待ち。きゃらきゃらとおしゃべりをする私たちははたから見たら実は一目瞭然に高校生なのかもしれない。だとしてもそれを指摘するようなお節介はそうそうないだろうから、人目もはばからず笑っていた。
そうしていると、やがて電車が遠くのほうに見えてくる。
音と振動、そして待ちわびた物へと人の目が集まっていく。
私たちは少しだけキスをした。
「センパイ、アレ、してほしいッス……♡」
「えっ。電車来たよ?」
「ッス♪」
どうやらそれをこそ望んでいるらしい。
いったい何をさせられるのやらと思いながら、私は人目につかないように後輩ちゃんをぴぴっと買った。
開いた自動扉に、人の波が吸い込まれていく。
手をつないで離れないようにしながらぎゅうぎゅうと押し込まれて、あれよあれよの間に扉の前に押し付けられる。
扉を背に私を見上げる後輩ちゃんをかばうように手をついて支えれば、彼女はきらきらと目を輝かせて嬉しそうにした。
こういうのも好きらしい。
けっこう乙女なところがあるよね、後輩ちゃん。
―――そして電車が出発して。
さてここからどんなふうに仕掛けてくるんだろうと思っていたら、あっという間にひとつ隣の駅にたどり着いてしまった。
ただただ嬉しそうに笑う後輩ちゃんと、けっきょくのんびりとお話をしているだけの時間だった。
もしかしたらと思って、そっと頬に触れてみる。
だけどそうしたって彼女は当たり前にすりすりとじゃれついてくるだけで、それはいつも通りのことだ。首筋を撫でて、肩に触れて、腕を撫でおろすだけじゃ彼女がかわいいことくらいしかわからない。
ガタンッ
と、ひときわ大きく揺れる。
「おっと」
バランスを崩して彼女に覆いかぶさってしまう。
「ごめんね」
「いッスよぉ♪」
彼女はそっと腰に手をまわして笑う。
離れれば簡単にほどける拘束を、だけどどうしてほどこうと思えるだろう。
私は少し彼女に近くなった。
満員の電車とはいえ、近すぎるほどに。
なにげなく、彼女の脇腹に触れる。
指先でそっと布地をなぞって、おへそをくりくりと押す。
「みうちゃんってさ。……なんだかんだけっこう好きだよね」
「んふふ♡ センパイはトクベツッスよぉ♡」
「光栄です」
ふぃふぃと細いおなかを包みながら、揺れのせいだと思われるくらいささやかに唇を触れさせる。額に、頬に、耳元に―――そのつど彼女もお返しをしながら、すこしずつ抱き寄せる力が増していく。
「えへっ♡ なんか、ハイトクカンッス」
「なんでかなぁ。別におかしなことしてないと思うよ」
我ながら白々しいことを言いつつ、服の裾からうっかり手を滑り込ませる。
インナーのさらさらした感触があるかないかで指を引いてさもなにもしてませんよっていう顔をする私を、彼女はくすくす楽しそうに笑う。
その表情を慎重にうかがいながら、私の指は、そっと布を避けていく。
そして―――
ぷしゅぅ~
「わ」
「っとッス」
後ろの扉が開いて、私たちはたたらを踏む。
まるで普通に避けただけですよっていう顔で扉の脇に逃れてから、改めて乗りなおした。
しばらくなにをするでもなくふたりできょろきょろしていて、ふと目が合って、そして笑いあう。
学校サボってバカみたいなことしてるものだと思う。
だけどそれがまた楽しくて、笑えて笑えて仕方がないのだ。
さて、まだ二駅分くらいはある時間をどう使おうかな。
―――ちなみに水族館は楽しかった。ペンギンかわいい。




