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081 幸福な姉と(3)

夏休みが明けると、学校はなにか、本当にこんな場所だったっけと、そう思えるような不思議な違和感に満たされている。


思えば学校というのは奇妙な施設だ。

みんながみんな、いろいろと形は違えど似たような服を着ている。

校則という優しい拘束による後ろ盾と安全に保護されて、のびのびと、とはいかなくとものうのうと生きていくことができる。


だけどここに姉さんはいない。


姉さんは今、恋人である御剣さんとのデートを楽しんでいることだろう。

あの人の前で笑って、あの人と好きを触れ合って、あの人と時間を重ねている。


私以外の人と、姉さんが、いる。


今までは、あまり意識していなかった。

意識する必要さえないと思っていた。


心のどこかに優越感があった。

私は、姉さんの妹という絶対的に無二の存在である私は、きっと姉さんにとって永遠に、なによりも、どこまでも特別なんだとそう思っていた。


御剣さんに目撃されたとき、私は、本当は、うれしかったんだ。

これで姉さんは、御剣さんなんか捨てて私のものになってくれる。

それとも、御剣さんに捨てられて悲しむ姉さんと、もっと仲良くなれる、もっと愛し合える……そんな風にさえ思っていた。


それを喜ぶ自分を嫌悪して、だけど、確かに喜びはあった。

あったんだ。


それなのに今、姉さんは、私のそばにいない。


それどころか、御剣さんと一緒にいるのだ。

嫉妬、なんだろうか。

それにしてはどこか空虚だ。燃え尽きたあとの灰がじくじくと温度を失って、湿気をまとって固着するような。


「―――おい。おいって」

「…………?」


声に、振り向く。

そこには、ベッドの上で体を起こしているユラギちゃんがいた。

どうしてこんなところにいるんだろうという疑問を彼女に投げかけようとして、だけどそれは口の中で方向転換して胃の中に落ちてきた。


「なんで……」

「なに」

「なんでここにいるんだろう」

「はぁ?突然座り込んどいてなに言ってんだよ」

「私が?」

「なに先輩悪霊にでも取りつかれてんの」


怪訝な表情を浮かべる彼女は私の周囲をぐるりと見まわしたり、私をいろんな方向から眺めたりする。たぶんそうしても悪霊は見つからないだろうけど、心配してくれているのは何となく伝わってきた。


「ありがと。大丈夫だから。ごめんね、起こしちゃって」


なにはともあれ、邪魔するべきじゃない。

そう思って立ち上がろうとする私の制服を、彼女は引き留めた。


「大丈夫なやつは大丈夫なんて言わないから」

「えぅ。じゃあ、なんて言うの?」

「なんにも。すくなくとも先輩は、大丈夫なときは笑ってんじゃないの」

「……そうかな」


引かれるまま、ベッドのふちにまた座る。

隣に座った彼女は足をプラプラさせながらくぁとあくびをする。


「なんか知んないけどさ。無理して出てかなくてよくない?別に今日なんてただの始業式だし。先輩がヤバいんだったらわたしなんてとっくにドロップアウトじゃん」

「なるほど。すごい説得力」

「でしょ」


くつくつと笑う彼女に、つい、つられて笑う。

ああ確かに今、自分は大丈夫じゃないかもしれない。

それを自覚できるくらいには、彼女のおかげで持ち直したような気がする。


ベッドのふちをつかむ彼女の手に、私の手のひらを重ねてみた。

その手が拒むことなく受け入れられることも、また少し、私の心を支えてくれる。


「このままさ。抜け出そうって言ったら、一緒に来てくれる?」

「やだよ。ちゃんと最後までいとかないと早退になるし」

「ええー。お姉さんと青春しようぜっ☆」

「キモい」


うざがらみに行ったらあっさりと跳ね除けられる。

うわぁー、と悲鳴を上げてベッドに沈んでみる私を、彼女はひどく冷めた目で見る。

そんな視線も心地よくて、私は大きく吐息した。


暗く淀んでいた気持ちが、きっと彼女のもとに足を運ばせたのだろう。

私が彼女という場所でとても安らげることを、私の心は知っているのだ。


「あーあ。姉さん振られないかなぁ」

「は?なに言ってんの……?」

「うん。なんかね、姉さんが今日デートなんだ」

「……心配して損した」


苦虫を噛み潰すような表情になる彼女に、私はまた笑ってしまう。

たしかに、彼女のやさしさは、今の私にはあまりにも分不相応だ。


どんな言葉を弄したところで、意味なんてない。


私は姉さんを独占したいのだ。

姉さんの体を、時間を、人生を、心を―――私のものに、したいのだ。


私のものというと、どこか語弊がある。

私のひとつにしたい?……ひとつになりたい。まあ、そんなところか。

あげるとかもらうとかいう次元を通り超えて、互いがお互いを自分のように気遣って、気遣わなくて、そんなものに、なりたい。


なるほどこれは特別な思いなのだろう。

あまりにも自己中心的すぎてほかの人にはとても向けられないこの思いを、姉さんには姉さんだから向けられる。向けてしまう。


ああ。

どうしよっかな、あの人。

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