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074 恥ずかしがりやな後輩ちゃんと

プールとプールとあとプール、ついでにイートインスペースがある複合型アミューズメント施設という名のプールにやってきた。

手のひらダンスホールな姉さんに赤い靴を履かせられたせいで半死半生だった私だけど、みんなでわいわいと更衣室までくればテンションもうなぎ登り。

ちょうどそんなとき先輩から、合流はお昼からというメールが来た。本来あった用事を無理に半日にしてまで遊びに来てくれるらしいので、もちろん労いの言葉を返しておく。

なんなら朝から合流してみせるという熱意に満ちたメールを昨日頂いていたけどさすがに無理だったらしい。


「先輩やっぱりお昼からになるみたい」

「そう。残念だわ」

「私もお会いしたかったのだけれど」


……そういえば姉さんと先輩が遭遇するのか。

なんだろう、こう、そこはかとなく混ぜるな危険の香りがするけど……まあ仕方ないよね。


なにはともあれ着替えようかとカーテン個室に入る。

それから水着を取りだそうとして、いったんバッグを閉じる。

いやまさかなと何度か首を振ってバッグを開いて、現実があまりにも現実すぎることをバッグの隅々まで確認。深い絶望と怒りに身を震わせ、叫びたくなる衝動をかみ潰した後、既に水着に着替えて個室の外で待っていた後輩ちゃんのそっ首を掴んで引きずりこんだ。


白黒ショートパンツのビキニスタイル水着に白のラッシュガードという装いの彼女は、布面積多めだから気兼ねなく直視できる。


「どしたッスかぁ?」

「どうしたもこうしたもないよね」


そのニヤケ面にバックの中から取り出した恐るべき現実―――すなわち先輩チョイスであるフロントクロスなホルターネックの水着を突きつける。


「これみうちゃんだよね」

「だってぇ、センパイのこれ着てるとこめちゃキレイだったんッスよぉ♡」

「いやいやいや。こういうのはもうちょっと大人の―――待って。見た?」

「ッス」

「先輩に着せられるところも?」

「全然気づかないんッスもんねぇ♪」

「ゔぅあ……」


あんな姿を他人に見られていたという絶望感。

嘘でしょ泣きたい。むしろ心は既に泣いてる。


うずくまる私に、彼女の囁きが降ってくる。


「と、こ、ろ、でぇ……♡」

「な、なに?」


見上げる彼女は、それはもうにんまりと張り裂けそうな笑みを浮かべている。


「センパイ、おねぇさんと車内でナニしてたんッスかぁ……♡」

「………………ナンノコトカナ」

「ごまかしてもダメッスよぉ」


後輩ちゃんの手が私のポケットをあさった。

簡単に抜き出したリルカを口にくわえながら、おなかをふぃと押し付けてくる。

柔らかな素肌の感触。薄い脂肪のぬくもりと、見下ろす鮮烈なまなざし。


ゆっくりと落ちてくるリルカを口で受け取ると、ラッシュガードから取り出した防水ケース入りのスマホが私を受け入れる。


「ひとりでお着換えできないんッスよね、センパイ……♡」

「……じゃあ、着替えさせてくれるの?」


私が言うと、後輩ちゃんは楽しそうに笑って布を取りあげる。

ぴろん、と動画撮影を始めたスマホを首からぶら下げながら、両手を広げて私に脱衣を求めてくる。


本当は、着替えくらい自分でできる。一回着たから着方は覚えた。

だけど彼女がああして私のシてきたことをあげつらったのは、ただのからかいだけとも思えなかったから。だからこうして、彼女の望むように、身体を差し出すことにためらいはない。


といっても向き合ってなんてあまりにも恥ずかしすぎるから後ろを向いて、なるべく振り向かないようにと、肌をさらす。

わずかに聞こえる息遣い。

ブラを外した時なんて、はっ、と息をのむ声さえあった。

私の体は彼女を満足させているだろうか。そんなかすかな不安がよぎって、ごくりと唾をのんだ。


「―――センパイ、こういうのって、イヤじゃないッス?」


かすかな沈黙を挟んで、彼女が問いかける。

こういうの、とは、例えば後輩ちゃんに肌をさらすことだろうか。

それとも、彼女が割と求めがちな、すこし過激な関わり合いだろうか。


私は首だけで振り向いて、不安げな彼女に笑いかける。


「みうちゃんがえっちな気持ちだけじゃないのは、分かってるつもりだよ」

「……みう、センパイの身体、スキなんッス。キレイで、かっこいいッス」

「そうかな。私はあんまり分からないけど……ふふ。でも、ありがとう」

「ッスよ。……だからほかの人じゃなくて、昨日のセンパイと比べたいんッス」


彼女の細い指が背に触れる。つぅ、となぞり下ろす心地はむずがゆくて、目を閉じながら吐息する。


「お風呂でも思ったッスけど、センパイって背中キレイッスよね」

「みうちゃんも、ちょっと日焼けしてるのがかわいいよ?」

「へへ。みう焼けやすいんッスよ」


しゅるり、と巻き付く布。

きゅ、と身体に纏って、手早く後ろで結ばれる。

すっと伸びた手が胸元を整えて、のぞき込む彼女の真剣なまなざしに嬉しくなる。


「キツくないッス?」

「うん。ちょうどいいかな。やっぱりちょっと着せられてる感がある気がするけど」

「そんなことないッスよ。センパイってなんか、こぉ、りんっ!って感じじゃないッスか。似合ってるッス」

「えぇー?そうかな」


くすくすと笑いながら、下も脱ぐ。

試着室とは違って、完全な素肌をさらそうというのだ。

変に思われないかなとドキドキしながら下着に手をかけると、後輩ちゃんがその手を止めた。


「……ごめんなさいッス。やっぱちょっと、ムリッス」

「え?」


振り向いてみれば、真っ赤になって顔とレンズを覆う後輩ちゃん。


「お風呂でもなるべく見ないようにしてたんッスけど、さすがにこれは、ハズいッス」

「ふふ。そっか。うん。まあ、私も正直爆発しそうだった」

「ホントッスかぁ?なーんかヨユーってカンジッスけど」

「そんなことないよ」


両想いと分かっている子に、この密閉空間で肌をさらすのはさすがに勇気がいる。

だけどさっきみたいな、私に水着を着せようという真剣な感じならまあかろうじて耐えられるかも……?と思っていたんだけど、どうやらそれは向こうのほうが無理らしい。


「みう、外で待ってるッスから」

「あ、みうちゃんちょっと」

「ッス?」


そそくさと出ていこうとする彼女の首からスマホを取り上げる。

内カメにしてから台に置いて、ちゃんと下が映っていないことを確認してから、唖然とする彼女の頭をなでた。


「お着換え手伝ってくれたお礼ね」

「……せんぱい、あの、みうじつはせんぱいのことスキなんッスけど」

「うーん。知ってるつもりだよ?」

「いや、だからッスね?」

「中途半端な関係でも、気持ちはちゃんと本気で受け止めたいから。……物足りないかもしれないけど、いまはこれで我慢してね」


つん、と胸の真ん中を押すと、彼女はよろめきながらカーテンの向こうに出て行った。


私はカメラに手を振って、絶対に下の方が見えないようにと細心の注意を払いながら着替えていく。




終わって外に出ると後輩ちゃんに恨めし気な視線を向けられたけど、スマホを返したらめちゃくちゃ大事に抱きしめていたので多分満足してくれたんだろう。


まだ残っている時間はどう活用しようかなぁなんて考えつつ、まずはこれを目撃したたまきとメイちゃんをどうにかごまかす必要がありそうだった。……無理か。

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