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006 バイト先の女子中学生と

リルカはなにも、だれでも言いなりにできる魔法のカードじゃない。

これの力はあくまで金銭の授受があって成立する援助交際を強制するというだけのことで、当然のようにお金がないとどうしようもない。

女性ひとりの人生を30分独占しても2,500円という良心的価格とはいえ、女子高生のお財布事情には優しくないものだ。

堅物生徒会長をおもちゃでじっくりほぐしたりしていればすぐにお財布は本業を忘れてカードゲームとかしだしてしまう。


だから当然私はアルバイトをしている。といっても、リルカを手にする前からだけど。


バイト先は近くのパン屋さんで、昔から家族ぐるみのお付き合いをさせていただいているところだ。時給はあまり高いとは言えないけど、待遇に関しては文句のつけようもないし、しかも休日なんかは賄いという体でお昼ご飯をごちそうになったりできるから正直大学生になってもお世話になりたい。


そんなパン屋さんでの休憩時間。

バックヤードのロッカールームで食事をしていると、ももの間に座るバイト先の娘さんがハムカツサンドをはみはみしながらふとたずねてきた。


「そーいえばユミ姉、バイト増やしたの?」


どうやら彼女の母親、つまり店長に話してるのを聞いていたらしい。

紙パックのいちごミルクをズュゴゴゴと飲み干して頷く。


「そうだね」

「なになに、ヒモでもできたの?」


きらきらと瞳を輝かせてくる彼女はなにか致命的に間違っている。

なんでそこでヒモが出てくるのやら。そしてなにを期待しているのやら。

中学一年生である彼女の耳は、妙に偏った年の取り方をしている。


まあでも、そんなに気になるなら、教えてあげよう。


「そうじゃなくて、これのせいで最近入用なんだ」


そう言ってリルカを見せびらかすと、彼女はぱちくりとまたたく。

ふらっと伸びてくる手からカードを遠ざけてにやりと笑ってみれば、ぷくぅと頬を膨らませた。

それをぷすっとつついてしぼませれば彼女は楽しげに笑うから、私もつられて笑う。


「んでんで、それなに?」


どうやら使うという意思がないとリルカの効果は発揮されないようだ。

無邪気に問いかけてくる彼女に笑みを浮かべて、私は改めて彼女にカードを差し出した。


このカードをここに持ってきている時点で、ほんとはこうするつもりだったんだ。


「メイちゃんも、体験してみたい?」

「え……」

「損はさせないよ」


キュッと身体をおしつけて、メイちゃんと指を絡ませる。

それだけで真っ赤になるくらい初心な彼女は、ぎこちなく頷いてスマホを取り出した。

うっかり手を滑らせて落っこちたスマホを拾い上げて、見せつけるように、彼女を買った。


どきどきと硬直する彼女のお腹にそっと手のひらを当てながら、持っていたハムカツサンドをひょいと取り上げる。

ゆらゆら揺らすと、彼女の視線は面白いようにそれを追いかけた。


「まずはこれくらいかな。はい、あーん」

「ぁ、あー、」


大きく開いた彼女の口にハムカツサンドを進めていく。

彼女は髪がかからないようにと手でよけながら、それを受け入れた。

あむ、とくわえた一口は、恥ずかしいのかずいぶんと控えめだ。

軽くトーストされたパンにはさまれた分厚いハムカツと、ぷりぷりの卵にしゃきしゃきのキャベツをあみあみと噛み切って、彼女は俯きながらもぐもぐと咀嚼する。


かわいい。


いつもは全然気にしないのに、口元に手を当てて隠そうとするところなんて特にかわいい。


「おいしい?」

「う、うん」

「ふふ。私も好きなんだぁ、これ」


そう言いながら、私は彼女の一口ごとハムカツサンドをかじる。

目を見開いた彼女の凝視を唇に感じながら、もぐもぐ、ごくり。


「うん。おいし」


これ見よがしにぺろりと唇を舐めてみせれば、彼女は無意識にか自分の唇をなぞる。

なにを想像しているのかと聞いてみるのも面白そうだったけど、もっと面白いことを思いついた。


私はもっと彼女に顔を寄せて頬をすりあわせる。


「ひぁっ」

「ねえ、メイちゃん」


くんくんと鼻が動く。

私の吐息を嗅いでいるのだと思うとすこし恥ずかしい。

でも彼女の頬が赤みを増したということは、どうやらお気に召したらしい。……まあ、たぶんいまはハムカツサンドの匂いだと思うんだけど。

それともそれをついさっき食べた、っていう連想か……さすがにそれはちょっと、うん。


そんなことを考えつつ、なにかを待つ彼女をたっぷりとじらす。

じらしてじらして、彼女の目がグルグルし始めるくらいじらしてから、満を持して彼女へと問いかける。


「―――ほしい?」

「ぅ、えと、」


うろうろと視線をさまよわせるメイちゃん。

その視線がなんども唇を通過して、やがて吸い込まれるように通過できなくなって、私の唇を凝視しながら、彼女はまた、ごくりと唾を呑んだ。

引き込むように唇を湿らせて、そうして彼女は、唇を震わせる。


「ほ、ほしい、です」

「よくできました―――目、閉じて?」

「は、はゃい」


きゅ、と全身の筋肉を使って目を閉じる彼女を、またしばらくじらす。

不安とどきどきに吐息がどんどん荒くなって、不安げに表情が歪んで、でも言いつけを守って目を閉じたまま。

すがるように私の制服のエプロンをぎゅうと掴んで、恥ずかしくておねだりをすることもできないから、なんども言葉を噛んで。


そんな愛らしい彼女をそれはもうたっぷりと堪能してから、ようやく私は彼女にごほうびをあげた。


―――あむ。


と、差し出したハムカツサンドを彼女はかじる。

もぐ、も、ぐ?

と確かめるように咀嚼して、彼女はおもむろに目を開いた。

そして自分がくわえているものを確かめ、私の目を見て、またハムカツサンドを見て。


彼女は爆発した。


その日の午後ずっと不機嫌な彼女を猫かわいがるというアフターまでついて、2,500円じゃあちょっと安すぎたかもしれない。

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