060 熱々な姉と
ちゃぷん。
蛇口から垂れた水滴が波紋を生む。
わわ、と広がる水の隆起はやがて障害物にあたって、その輪郭をなぞるようにゆがむ。
身じろぎ。
波紋が生まれて、私にまで届く。
それは肌に反射して、向かってくる波と重なり合って大げさに揺れる。
たぷゅたぷゅと揺れるふたつの物体から、つぅ、と水が零れ落ちるのをぼんやりと見ていた。
―――姉さんとお風呂に入っている。
憂鬱な後輩ちゃんが帰ってしまったのと入れ違いに帰ってきた姉さんと。
三角に折りたたんでも交差する足が姉さんのお尻の下に滑って潜り込みそうになるのを頑張って止めるのに、姉さんは気にせず足先でつついてくる。
リルカを使った姉さんは、相変わらずいたずらっ子が過ぎる。
その足の合間につい誘われそうになる私の視線に気づくのに、わざと膝を揺らしたりして煽ってきたり。てのひらですくった水を肩からかけて、胸の谷間に水たまりを作ってみたり。
「ゆみ。どうしてこっちにこないの?」
「えぇー。それはちょっと、ハードルが」
なにせ狭い浴槽だから、その密着感たるや。
普段そんなこと気にせず抱き合っているといえばそうなんだけど、お風呂っていう特殊な場所が普通をぼやけさせてくる。
だって、これほどプライベートな場所もないだろう。
そこに姉さんと一緒に入っているということが、なにかこう、たまらない。
「あら、そう」
私の返答はお気に召さなかったようで、姉さんはざぶぅと身を乗り出してくる。
あ、と思う前に柔らかな熱がふたつ膝の頭に乗っかって、私の三角を抱くようにして姉さんは顔を寄せてくる。
「せっかくの甘えんぼなのに、もったいないじゃない?」
私がリルカをつかって姉さんに甘えることを、姉さんはたまに甘えんぼと表現する。
姉さんにもったいないと言われれば確かにもったいない気もして、なにより姉さんが恥ずかしがる私を不満げに見つめてくるものだから、私はすこしだけ吹っ切れることにした。
「姉さん」
両手を広げて招くと、姉さんはにこりと目を細めて腕の中に入り込んでくる。
豊かな胸の感触がぎゅっと押し付けられて、抱きしめる腕が少し緊張する。
熱く濡れた姉さんの体は心地がいい。
やけどしそうな吐息を交わして、姉さんとのキスを楽しむ。
恋人のいる実の姉とキスをする。
そんなことに、もういささかのためらいもなくなっている。
倫理的にはまずいんだろうなと、そんなことをぼんやり考えてみた。
だけど姉さんの熱に立ち昇る蒸気がそんなものを覆い隠して、どうでもよくなってしまう。
姉さんの他の女のことなんてどうでもいい。
姉さんが姉さんであることなんてもっとどうでもいい。
いま腕の中に、舌の上に、喉の奥に、この熱愛の大海に彼女を独り占めしている。
「ッ、ふ……のぼせちゃいそう」
「ふふ。いいのよ。そうしたら、一緒に涼しいところで眠りましょう?」
ああそれは、なんと心地のいい誘いだろう。
私は笑って、また姉さんを吸った。
脳がゆだる。
体中のたんぱく質が、姉さんの熱に変えられていく心地。
姉さんを愛する以外の機能を失って、溶け出すように身体を交わらせる。
体の芯から熱いのに、とても心穏やかになっていく。
弾む心臓が、それなのにいつもよりもゆっくりと思える。
「―――ひさしぶりよね、ゆみ」
「……そう、だね」
ふと湯にとけるつぶやき。
見上げる姉さんは穏やかな笑みを浮かべていて、優しい手つきで頭をなでてくれる。
こうして姉さんに甘えるのは、確かに久しぶりなことだった。
以前ならリルカを使っているくらいの触れ合いが日常に紛れ込むようになったから……というわけではない。
より精力仲良くしていこうと決めてしまったから、反対に、あまり簡単にリルカを使いたくないと、そう思っている。姉さんとはどうすればいいのかまだピンときていなくて、だから……。
「私のこと、怒ってる?」
「うふふ。そんなことはないのよ」
不安を取り払うような、柔らかなくちづけ。
ホッとする私に、姉さんはまなじりを落とす。
「ゆみが頑張っているのは、とてもよく分かるもの。むしろ、そんなあなたをこうして甘やかしてあげられなくて、少し悲しいの」
「そんな。姉さんはいっぱい甘やかしてくれてるよ。いつもいつも、私はもらってばっかり……」
「そんなことないわ。ゆみと一緒にいると、私が幸せなの。それだけなのよ」
ぐい、と、押し込まれる。
口元に届きそうなくらいにお湯の中に沈む。
明かりを背に、眩んだ姉さんが私を見下ろす。
「今みたいなことを。……普段から、させて?」
姉さんの言葉がじわりと肌を犯す。
初めて甘えたとき。キスをしたとき。姉妹でなくなってみたとき。
そのたびに緩く深くなる姉さんとの関わりをもっと変えようという提案。
キスをして、肌を重ねて、湯に交わって。
そんなことを、普通にするのなら。
だったら。
今の時間は、それよりももっと、もっと深く、姉さんと……?
「だ、めだよ、だって、」
「あら。なにを想像しているの?」
「え」
くすくすと笑う姉さんのキスが降ってくる。
呆然と受け取ると、姉さんはぺろりと唇を舐めた。
「べつにただ、こんなことをしなくてもいい関係になりましょうと。そう言っているだけよ?だって、ゆみのお小遣いももったいないものね」
「あぅ」
まるで不埒な想像をした私をからかうような口ぶりで姉さんは言う。
まるでというか、まるきりというか。
だってこんなの仕方ない。
恥ずかしくて恨めしげに睨みつけると、姉さんは楽しそうに笑う。
そしてそっと耳元でささやいた。
「だからダメよ、ゆみ。絶対に、姉さんとそんなことしたいなんて言っちゃダメ」
ぞわり、と総毛立つ。
ぱくぱくと口を開閉させる私をまたくすくすと笑って、額に触れたくちづけが遠ざかる。
姉さんの言葉はとても普通だ。
普通すぎて。
普通すぎるのに。
じゃあどうしてそんな、まるで私にはじめてキスをしたときみたいな、そんな顔をするんだ。
―――言われたい、のだろうか。
姉さんが。
今のこの30分に、私の言葉を受け入れざるを得ないこの瞬間に。
今よりももっと深い関係を、求められたいのだとしたら。
ああそんなの、そんなのって、ひどすぎる。
「ね、姉さん……」
「うふふ。なあに?ゆみ」
もちろん私はなにも言えない。
言えるわけがない。
けっきょくこの時間が終わるまで、言えるわけがなかった。
……もしかしたら、もう二度と姉さんにリルカを使えないかもしれない。
そんなことを、ぼんやりと思った。




