057 憂鬱な後輩ちゃんと(2)
「さて、じゃあクッキー作ろー」
「お~!ッス~♪」
ふたりでいぇーいと手を突き上げてレッツクッキーン。
それくらいの勢いでやらないと発狂しそうなマイクロ水着エプロンスタイルでお送りしています。そうしないと裸エプロンになってやるとかいう後輩ちゃんの謎の脅しに屈した私が悪いんだろうかこれ……。
ともあれ。
「といってもクッキーなんて混ぜこねするだけだからねえ」
「泡だて器いらないんッス?」
「今度こそその腕を酷使してもらうよ」
「がんばるッスー!」
返事だけはいいんだよね後輩ちゃん。
やれやれとあきれつつ、着てしまったものは仕方がないので、ふたりでいちゃいちゃと絡み合いながらクッキー生地を作っていく。
「みう、サックリまぜるってゆーのがよくわかんないんッスよねー」
「サイトによってはザックリとか書いてあったりねー。なんか意味違くない?みたいな」
「センパイはナニ派ッス?」
「……それとなく?」
くだらない会話をしながらまぜまぜ。
いつものように私が後ろから抱きしめるような体勢で。
こぶりなお尻をふにふにと押し付けられて、煽られるままに腕をさすさすしたりエプロンの下に手を入れてみちゃったり。
なにせ布地が薄いので身体の感触がとてもよく分かって、もしかしてこれはえっちなことなのではないかという気がしてくる。背中とか目視できる範囲はヒモだし。背筋のくぼみ感がかわいすぎる。学内で一番後輩ちゃんの背骨の形に詳しい人間になれそう。
でも水着もスキンシップも健全なものなので組み合わせても健全だろう。たぶん。とりあえず他の人には見せられないけどとても健全。
「で、これしばらくあれね、寝かせとくの。30分くらい」
「はいッスぅ……♡」
そんなことをしていたものだから、私たちと同じくらい混ぜこねしたマーブルな生地を冷蔵庫に入れるころには、ふたりともちょっと息切れしていた。クーラーきいてるのにちょっと汗もかくくらい。
けん……ぜん……?
「30分もあれば一回くらいできるッスよ……♡」
「せわしないのはやだなあ」
ここぞとばかりに正面から抱き着いてくる後輩ちゃんをさらっと流して、ついでに洗い物も流してリビングに。
ふたりでソファに座って、特に意味もなく触れ合いながら適当におしゃべりする。
「クッキー作るの久々かも」
「ごぶさただったんッスね♡」
「なかなかねえ。洗い物とかも面倒だし」
「みうメーワクだったッス?」
「まさか。かわいい後輩ちゃんのおねだりだったらいくらでも」
ちゅっと頬にキスをすると、くすぐったく笑った彼女はお返しを唇にくれる。
クッキーを焼こうっていうのにこんな甘いもの食べちゃっていいんだろうか、とかそんな間抜けなことを考えてみた。
と。
そこで、とつぜん断続的なバイブ音が聞こえてくる。
テーブルの上に避難させといたスマホに着信が来たらしい。
ちゅっと後輩ちゃんにキスで断りを入れて拾い上げると、生徒会長さんだった。
着信を切って、今忙しいという旨を伝える。
どうやら彼女は勉強の息抜きに私の声が聞きたいと思ってくれたようで、それ自体は心から嬉しかったから、その想いを全力で伝えておいた。
後輩ちゃんに向き直ると、きょとんとした様子で首をかしげている。
「いんッス?」
「目の前の人を一番大事にしたいかな」
さすがにそれくらいはわきまえているつもりだ。
少し極端すぎる対応だったかもしれないとは思うけど、少なくとも、私を好きと言ってくれる彼女と一緒にいて、他の子にあまりでれでれしたくない。生徒会長さんとか、だって絶対にやにやしちゃうし。
彼女は私の答えに目じりを落として、首に腕を回してくる。
「ずぅっとその目にうつってたくなるッス……♡」
のしかかるようにキスが降ってくる。
彼女のしなやかな身体を引き倒して、ふたりでソファに倒れこんだ。
エプロンを着てそんなことをしているのがどこか滑稽で、私はくすくすと笑いながら彼女のお尻をさする。
「ゃん♡せんぱいもえっちじゃないッスかぁ……♡」
「これくらいはスキンシップじゃない?」
「えぇ~、じゃあこれはどうッス?」
後輩ちゃんの膝がするりと股の間に入り込む。
反射的にももで挟んで止めると、後輩ちゃんはにやにや笑った。
「スキンシップッスよ♪」
「ふふ。スキンシップだね」
にこにこ笑いながら、彼女の背筋をなぞる。
指先が這い上がるのに合わせて背をそらす彼女がかわいい。
私は片膝を立てて、彼女のお尻をうしろから押した。
くてんと倒れこむ彼女を抱きとめて、なでなでしながら背筋をくすぐり続ける。
「んっ、くすぐったいッス……♡」
ゆさゆさと体をすりつけてくる後輩ちゃんの、ハートマークが浮かんでいそうなとろけた視線がとてもかわいい。
そうこうしていると30分なんてあっという間で、なんなら多分余裕で通り過ぎたころ、クッキーづくりを再開する。
「というわけで焼くぞー」
「おー!ッス!」
マイクロ水着エプロンにもずいぶんと慣れて、ついでにふれあいでテンションが上がっているのでノリノリな私たち。
棒状のマーブル生地をさくさく切って並べて予熱したオーブンにイン。
「おぉー、焼けてるッス」
「まだ見た目は変わらないんじゃないかな」
オレンジ色のスポットライトを浴びるクッキーたちをふたりで眺める。
後輩ちゃんは興味津々なようで、瞬きの数が減るほどに魅入られている。
どちらかというと私はそんな横顔を眺めていた。
―――なんとなく、今なら聞けそうな気がした。
「今日、」
「センパイ」
私の言葉をさえぎって、困ったように微笑む彼女が私を見る。
「ごめんなさいッス。もうちょっとだけ、待ってほしいッス」
「わかった。ありがと」
「なんでそこでお礼なんッスか……もぅ……」
ちょっぴり頬を染めて、彼女はそっと頭を肩に乗せてくる。
それを受け入れて、ちゅっと額……というよりは生え際くらいにキスをする。
「おいしく焼けるといいね」
「オイシイに決まってるッス。センパイが作ってくれたんッスから」
「ふたりでね」
「……ッスね」
それから私たちは、クッキーが焼けるのをのんびりと眺めていた。
ゆっくりとすぎる時間も、これはこれで幸福だった。




